第841話 幻影
「先程は失礼しました。フロアで雑談せずすぐさま奥の部屋にご案内していれば良かったですね」
まるで取り扱い注意のようだな。
まぁ最高権力なんて、どこも取り扱い注意といわれればその通りなんだけどね。
「まぁ冒険者は多少の荒くれ者がいてこそなところはありますからね」
危険な環境に身を置いているからこそ常に抱えるストレスを発散しないとやっていられないというのは何となく分かる。
異世界の醍醐味ともいえるし、悪いところともいえる。
「ご理解いただけて何よりです、師匠。冬場はあまり仕事がないからか、冒険者達も気が立ってまして……」
フィストリアの冬場はマイナス気温が当たり前の世界。
魔力で暖はとれるものの、逆に言えば外に出て何かするにも移動するにも、暖をとりながらでなければならなくなる。
これには大量のコストもかかるし、積雪による事故率も上がってしまう。
だから自然と大事な作業は夏場に行い、冬のために備蓄して冬場は極力外に出ないのがこの国の暗黙のルールのようなものだ。
うまくいっている貴族家こそ、いかに冬に動かないでいられるかを考えるのだそうだ。
「それで師匠、今回はどんなご用件で?」
「幻影の森に行きたいと思っているのですが」
「……」
ん?
「どうしたんです?」
この硬直……また僕、何かしたのかな?
4人の聖女からも散々廃人ゲーマーと呼ばれてきたけど、そのせいで無神経なことを言うことも多いことに最近気付いてきた。
具体的にはたまに僕の一言でこうして場の空気が固まることがある。
「師匠、今まで幻影の森に行って帰ってきた実績を持つ人はいませんよ」
「えっ、そうなんですか?」
「聖女様なら実績は御座いますが、それでもSランク冒険者でも避けて通るのが幻影の森です」
「……マジ?」
僕は助けを求めるようにゆっくりと顔を涼花さんに向けると、涼花さんのツボに入ったのか顔を赤らめながら平静を保とうとしていた。
「過去、幻影の森で行方不明になった聖女様もいると聞いている。だから聖女様でもほとんど近付かない領域さ」
幻影の森は攻略して森全体にかかっている幻影の魔法を解除しない限り抜け出せない特殊な森だ。
今の僕なら全魔力を駆使すれば幻影の魔法を解除できそうだけど、流石に邪道だろう。
ちなみに行方不明になった聖女はシルヴィが回収したらしい。
「うーん、時間さえかければ誰でも攻略できるのにな……って、何?」
「いえ、相変わらず師匠は師匠だなと思っただけです」
僕、遠回しにディスられてる?
「何それ……どういう意味ですか?」
「……師匠、そういう情報はそれとなく横流ししてくださいよ」
やだよ、何無料で情報だけ貰おうとしているのさ?
「御自身で行けるなら、私達に何を聞きたいのでしょう?」
「幻影の森に最近異変が起きていないか聞こうかと思っていたのですが、その様子だと無駄足だったみたいですね」
「では」と言い個室を去ろうとしたとき、後ろから袖を引っ張られた。
「まだ何か?」
「実は幻影の森攻略者に同行したいという依頼があるんです」




