閑話225 美人局
【嶺肇視点】
「で、あんたは誰なんだ?」
適当にお茶を出して座椅子に座らせる。
迂闊に家に上げていいのかと迷ったが、どうせ俺はもう失うものは何もない、無敵の人そのものだ。
誰か分からない以上、ある程度のもてなしは必要だろう。
うっかり接した相手がいいところのお嬢様だったりした時に、こちらの立場が悪くなるようなことはしたくはない。
それに虚無で満たされた休日をただただ消化するだけより、この怪しい女の相手をするのも悪くない。
西洋の雰囲気があるが日本語が流暢だし、存在に違和感しか感じない。
何というか、人工物の最新鋭のロボットのような、そんな無機質な存在にも感じる。
「あ、これお土産ね」
「あ、ああ……」
お歳暮……しかも漬物とは、チョイスが日本人だな。
「私はエリスよ」
「いや、名乗られても知らんのだが……」
「あなた、ちょっと老けた?」
「そもそも会ったこともないだろう。あんたみたいな目立つ奴なんて、見てたら流石に覚えているはずだ」
あまり言いたくはないが、開発職に女は少ない。
だからこいつはどう考えても俺とは一生縁がないであろう美人だ。
聞き覚えがあるはずがない。
「ふふ、ツッコミ方が親子ね……やっぱり似てるわ」
「あんた、もしかして……星空の知り合いか?」
「親子」と言われて真っ先に思い付くのは、娘のことだ。
まぁどちらかといえば、天がこんな美人と知り合っているはずがないという消去法だが。
「失礼ね!あんな最低な女と一緒にしないでくれる?」
「じゃあなんだ、あんたは美人局か何かか?俺の名は知っているようだが……」
「あら?嬉しいこと言ってくれるじゃない。でも私にはカレシがいるの。だからごめんなさいね」
なんで俺が勝手にフラれたみたいな感じになっているんだ?
「まさか、もう一人の方は忘れちゃったの?」
「馬鹿言え……まさかお前、天の彼女か!?」
「ふふ、それはナイショ」
否定はしていないということは、きっとそういうことなのだろう。
あの質素な生活のなかのどこでこんなナイスバディーの女の彼女が出来るのか、甚だ疑問である。
だがあいつもこんな彼女がいたのなら、少しは幸せに生きた時があったのかもしれない。
「それは申し訳なかったな。もうニュースで知っているかもしれないが、ソラなら死んだよ」
あの時はインタビューとかされていて驚いたこともあった。
天がこんなに人気投稿者であったことに改めて気付かされたからな。
一時期は敵意を剥き出しにしていたが、そりゃあ俺なんかが敵う相手ではなかったってことだ。
「ソラ君はこっちにいるから大丈夫よ」
そう言って胸に手を当てるエリス。
その姿はまるで「心の中にいるから私は大丈夫」と自分に言い聞かせて律しているかのようだった。
「それより、今はあなたの話よ」
「は?」
「ソラ君から、あなたの事頼まれてしまったからね。仕方なくよ」
「何の話だ?」
「今の会社を辞めて、海外に来る気はある?」
「……は?」
まだ雪の降る折のこと。
これが俺の人生を左右する出来事になるとは、思いもよらなかった。




