第82話 情事
翌日、久しぶりに幸せな気分でよく眠れた僕は昼前に起きた。
「おはようございます」
寝顔を見つめられていたらしい。
そんなに面白い寝顔してたのかな?
「今日はいかがなされますか?」
化粧台の前に座ると、いつものようにエルーちゃんが準備をする。
「もうすぐサクラさんの誕生日なんだよね」
「ご存じだったのですね」
「いや、エリス様に教えて貰ったんだ。で、今日はエリス様とサクラさんのプレゼント探しに行く事になってね……」
「!?」
「だから、いつも通りで……」
「だ、駄目ですよ!デートなんですから、お洒落しましょう!」
そこで僕はようやくこれがデートだということに気づいた。
気楽に引き受けすぎだよ、僕……。
どうしよう、でも今さら断るのも何か違うし……。
それに、日頃お世話になっているサクラさんへのプレゼントは用意しておきたい。
「で、でも派手なのは目立つし……そうだ!」
「?」
可愛らしく首をかしげるエルーちゃんに提案をする。
「男装しようと思います!」
大通りまで来ると、シルヴィアさんと思わしき私服の美人が噴水の前でもじもじしていた。
いつも騎士服だからスカート姿は新鮮だ。
でもいつも気丈なシルヴィアさんの見た目でもじもじしていると違和感しかない。
「エリス様、お待たせしてすみません……」
「『ソラちゃ……』」
その言葉を最後に、時が止まった。
……正確にはシルヴィアさんだけ止まった。
「『ああ……男装のソラ君……もう無理過剰供給で死ぬ……』」
ふらっと倒れるシルヴィアさんを慌てて支える。
「あ、あああ主!?私を置いていかないでくださ……」
「大丈夫ですか?……ええと、シルヴィアさん?」
エリス様、天庭に帰っちゃったのかな?
「だ、だだだ旦那様……!私は大丈夫ですから……そろそろ離していただけるとっ……!」
「あ、ああごめんなさい……」
いつも通り……なのかはわからないけどよく見る真っ赤なシルヴィアさんだ。
「主、流石に自分からお願いしておいて、逃げるのは駄目ですよ!」
「『だって……あまりにも久しぶりに間近で男装をみたものだから、興奮しちゃって……』」
「言い訳はいいですから、まずは旦那様に謝りましょう!」
エリス様とシルヴィアさんが口論しているんだろうけど、端から見ていると一人芝居しているようにしか見えない……
「『ソラ君、ごめんなさい……』」
「いえ、気にしていませんから。それより、サクラさんになに買うか決めましたか?」
「『決めたわ!ずばり……』」
「ずばり……?」
「『マタニティウェアよ!!』」
どや顔をするシルヴィアさん。
「……ちょっと気が早いのでは?」
「『あれっ!?……そうなの?』」
そう、実は『患グラス』でサクラさんの様子を見たとき、「妊娠中」と出ていた。
だから今日は、妊娠祝いも兼ねたサプライズの誕生日プレゼントを買おうということになったのだ。
「すぐにお腹が大きくなるわけではないですから……」
「『確かに、それもそうね……』」
「まあでも備えておくのはいいことですし、産前産後にも着れるようなものなら良いんじゃないでしょうか?」
「『そ、そうよね!』」
天庭でエリス様に「いつからですか?」と聞いた時に「数日前よ」と答えていたから、奇しくも仕込みのタイミングすらも知ってしまった……。
というかそれを知っているということはまさかエリス様、他人の情事まで見てるんじゃ……。
いや、これ以上はパンドラの箱だ……。
服飾雑貨へ入り、二人それぞれで探してからお互いに意見を言い合うことにした。
僕も真剣にものを選んでいると、横から店員さんと思わしきお姉さんが近づいてきた。
「ボク、一緒に来ているあのお姉さんとはデート?」
「は、はい……多分」
そう言うと店員さんは目を輝かせる。
「やっぱりそうなのね!じゃあ、今は気になるあのお姉さんにプレゼントを選んでいるのかしら?」
「い、いえ……そういうわけでは……」
「じゃあ、何か探し物?」
「実は、妊娠祝いに……」
そう言ったとき、店員さんは一歩後ずさった。
「……その年で既に、孕ませているというの……!?これがおねショタのハッピーエンド……!最近のおねショタは進化しているのね……!」
なんか凄まじい誤解が起こった!?
「ち、違いますから!僕の、ではなくてっ!知り合いの妊娠祝いを二人で選んでるんです!」
この世界では結婚や男女の付き合いにはとくに年齢の縛りはないそうだから、こういう誤解も起きるのか……気を付けないと。
その後は店員さんからおすすめを聞いて、僕は産後も使えるブランケットにすることにした。
エリス様も他の店員さんと相談したらしく、産前から使えるような、マタニティウェアに兼用できる洋服を買うことにした。
また、シルヴィアさんからのプレゼントとして、クッションも買っていた。
噴水広場に戻ってくると、辺りは夕焼けに染まっていた。
「今日はありがとうございました。いい買い物ができた気がします」
「『こちらこそ……』」
噴水の前で振り向くと、相変わらずもじもじしているシルヴィアさん。
「この世界でまだ数ヶ月しか経っていないのに、色々ありました……。こんなに濃密な数ヶ月は今までありませんでした」
「『ソラ君は、この世界に連れてきたこと、恨んでる?』」
「まさか!そんなわけありませんよ。あの世界から引き離してくれたんですから」
「『でも、あの世界にあなたの理解者がいなかったわけでもないのよ……?』」
僕だけでなく周りの全てを見ていたエリス様が言うのなら、きっとそうなのだろう。
「たとえそうだとしても、あの世界にいたときにはきっと気が付けていなかったと思います」
あそこでの毎日の楽しみはエリス様がくれたゲームくらいしかなかったからね。
「僕はこの世界でそれを教わった。偽りの僕ではあるけれど、再び思い出させてくれたんです。だから、ありがとう、なんです!」
女装をすることで手に入れた今の地位に感謝することはあれど、憎むことなんてない。
「まだ気持ちに整理はついていませんし、たまにエリス様に怒りたくなることもありますが……」
「『う……』」
僕は耳元でぼそっと呟く。
「『!?』」
「おっと……」
きゅうぅと目を回して意識を失うエリス様に慌てて支えるも、シルヴィアさんさえも意識を失っていたらしく一向に意識が帰ってこない。
セイクラッドに来て、僕もラブラブの王子やサクラさんにあてられたのかもしれない。
でも気持ちは相手に伝えないと、この世界ではお互いにいつ居なくなるかわからない。
まだ芽生え始めた感情を大事にしようと心に決め、シルヴィアさんを天庭へと送り届けた。




