第822話 嗜好
冬休みが終わり、みんなが学校に通い始めた頃、僕は学園を休んで最後の準備をしていた。
「おかえり、私のお姫様。メルヴィナ殿とはお楽しみだったのかい?」
僕とエルーちゃんは療養と付き添いで休みいっぱいシュライヒ家にご厄介になっていたけれど、涼花さん達は数日で帰っていた。
「あの人、私のお尻舐めてくるんだよ……?いくら清浄で綺麗にしているとはいっても、汚いものは汚いよ」
「まぁ確かに、気持ちはわかるが……」
「えっ……?」
最近婚約者が容赦なくなってきている気がする。
というかそんなこと言う王子様、性別を抜きにしてもちょっとどうかと思うよ……。
「エルーちゃんまでメルヴィナお姉ちゃんの真似し出して、こっちは大変だったんだから……」
「だがそれを受け入れるソラちゃんも、満更ではなかったのだろう?そうやってお尻まで教え込まれるようになってしまっては、いよいよソラちゃんも嗜好としての性に目覚めたのかもしれないね」
なんだよ、嗜好としての性って。
でも僕にだって好みはあるよ。
耳が弱いとか、キスに弱いとか、そういうやつ。
……まぁそれが婚約者達には知られちゃってるけど。
確かに初めは僕の負の感情を抑える代わりにエルーちゃんがえっちな気持ちになるのを治めるために、あれやこれやと工夫して飽きが来ないようにしてきた。
でも最近では婚約者達の方が創意工夫をしてきて、なんだか僕の方が開発されてしまっているような気がする。
これが性の英才教育……いや、違うか。
「姉弟子に会うのは久しぶりだね」
「涼花さんは面識あるんだっけ?」
今回の付き添いは涼花さん。
心を病んでからエルーちゃんとはベッタリだったけれど、学業にまで迷惑をかけるわけにはいかない。
それにこれは僕のリハビリでもある。
今回はお泊まりじゃなくて日帰りだからと許して貰った。
今は南の国にワープして、王家お抱えの馬車で二人で移動中だ。
「ああ、そういえば前回会った時はソラちゃんはいなかったね。今回みたく対策会議で集まったときに、少しね」
「むぅ……私の義妹なのに、ずるいです」
「それなら私の義妹でもあるだろう?一体、どっちに嫉妬しているんだい?」
「……どっちも、です」
他人に甘えるようになってからというもの、ちょっと嫉妬深くなったのかもしれない。
嫉妬した自分を思い返して恥ずかしくなって顔をそらすと、ガタンと音がして馬車が揺れ、僕が体勢を崩しそうになる。
「きゃっ」
涼花さんはすかさず僕の腰に手を回し、抱き止めてくれた。
「大丈夫?」と低く優しい声が耳に響き渡ると、
僕も変な声出ちゃったし、本当に涼花さんと居ると王子様に見えてくることがあるんだよね。
「……全く、可愛いのはお尻以外も大概にして貰わないとね」
「っ、そんなこと言うなら、私も前から思ってたこと言うからね?」
「どうぞ、レディ」
「涼花さんが動く度に揺れるその胸と、今みたいなパンツスタイルでいるとヒップが強調されて、ちょっとムラって来るんだよ?」
「最近は見るの隠さなくなって、とても嬉しいよ」
全肯定なんだから、もう……。
「……それに一番えっちなのは、その長いポニーテールと、そのうなじ!これは同級生の元涼花さんファンクラブの皆さんも言ってたんだからね?」
ちなみに涼花さんファンクラブは涼花さんが僕と婚約してから、僕の怒りを買うかもしれないからと、解散したらしい。
代わりに立ったのは僕と凛ちゃんのファンクラブらしい。
「もしかして、誘ってる?」
「……そっちこそ」
腰を抱き止められたまま詰め寄られ、せめてもの抵抗として顔をそらすと、左手で顎をくいっと引っ張られ、偏差値のずば抜けた顔が目の前に来る。
スカート越しに下半身が少し反応してしまったのを太ももですかさず感知した涼花さんは、腰に回した手を引き寄せるように近づけていく。
僕がそれを受け入れるように目を閉じた時、がらっと馬車の扉を開ける音がした。
「……何してるんですぅ、師匠ぉ……?」




