第821話 七草
……とりあえず今回のことはお互いに荒療治だったとはいえ、流石に度が過ぎていた。
「申し訳ございませんでした……」
「もう二度とこういうやり方はしないでね?こ、こういうのは、普通に聞いてくれればいいんだから……」
「ですが、私が普通に聞いたとて、ソラ様は聞き入れてくださいましたでしょうか?」
「こんな年増、断っていたのではありませんか……?」
「いや、メルヴィナお姉ちゃんはまだ年増ってほどの年齢でもないでしょ……」
「もう今年でアラサーの仲間入りでございます……」
6、7歳差くらいだし、そこまで離れすぎているわけでもないと思う。
それにこの世界の人……特に聖国の人種族は遠い過去にエルフ種と交配した過去がある人が多いらしく、そのせいか前世の人達より少し長生きだし、年を召しても若々しい人が多い。
セレーナお義母さんとかマークお義父さんとか、もういい年だと思うのにまだ薹も立っていないんだから、本当に凄いと思う。
「それにメルヴィナお姉ちゃんは僕があんなになっちゃったんだから、もっと」
「そうですね……昨日のソラ様は過去一蕩けておられましたし……」
「そ、そうなのですね……でも、確かにあんなに沢山……」
「と、とにかく!同意無しなのはもう二度としないこと!はいっ、約束ね!」
ろくでもない会話の広げかたをされて、強制的に会話を終了させるしかなくなってしまった。
積極的になったことはお互いに良いこともあるけれど、何事も限度があるってものだ。
まぁでもこれも距離が近くなったからこその悩みだとは思う。
これから生涯を共にする伴侶とは、こうやって距離を縮めていくのだなと学んだ。
「おはよう、涼花さんに、ブルームお義父さん……って、何してるの?」
「収穫の手伝いさ。折角ここに来ているのだから、手伝おうと思って」
「折角の正月休みなんだから、きちんと休めばいいのに……。お義父さんも腰悪くするんだから、止めましょうよ……」
「涼花に誘われて、面白そうでつい……」
似た者同士というか、植物が好きなんだろうな。
まぁ後で終わったあとにヒールでもかけてあげよう。
「大根に、カブ……ペンペン草……ああ、春の七草ですね」
「ご存じでしたか。ソラ様は博識ですね」
「いえ、季節の七草の中でも春の七草は特に有名ですからね。日本の人たちなら七草粥くらいは聞いたことあると思いますよ。むしろこっちの人たちが知っていることの方が驚きですよ」
芹、薺、御形、繁縷、仏の座、菘、蘿蔔。
今の言葉でいうなら薺はペンペン草、菘は蕪、蘿蔔は大根のことだ。
日本でいうところの奈良時代末期に編纂された万葉集に記された春の七草と秋の七草が書かれていたそうだけど、その中でも春の七草は特に有名だ。
なぜ秋が知られず春なものが有名になったかまでは知らないが、春の七草は有名な短歌が知られるようになったからなのではないかと思う。
短歌は語呂の良さで言えばダントツだろうし、作業中に歌ったりするように口ずさみやすい。
そうやって口伝していくことで、識字率が決して今より多くなかった同時の人達でも広く知れ渡ったのかもしれない。
そうして平安時期に有名になった春の七草は1月7日の人日の節句の日に無病息災を願うため、そして冬場に不足しがちな栄養を取るため七草の全てをお粥と混ぜて煮た七草粥として食べる風習がついたらしい。
「おんやぁ、大聖女様は物識りだべなぁ!」
「ほら、今日の賄いは七草粥だよ。たんとお食べ」
戸建ての奥から大柄のおばちゃんが大きなトレーに沢山の汁椀を乗せてやって来ると、収穫作業を止めてみんなでご相伴に預かる。
「えっ……?あの、私は手伝ってないのにいただくわけには……」
「あっはっは、若いのがそんなこと、気にするもんじゃないよ!」
「それに大聖女様にゃ豊穣の祈りで世話になってんだ。そのお陰でこうやって美味しい野菜ができてんだから感謝すんのはこっちのほうよ」
「ありがとう。ほらソラちゃん、美味しいよ。ふーふー、あーん」
「もう、涼花さんたら……あーむっ」
涼花さんに餌付けされるままにスプーンに口をつける。
大根は細く切られており、しゃきしゃきとしていて美味しい。
カブは出汁として染み渡っているようで、とてもほどよい甘味に仕上がっている。
幼い頃給食で食べた以来の懐かしさと、寒い今の時期に食べる温かさで、心も身体も温まった。




