第81話 神託
天庭に戻ってシルヴィアさんを別のソファに寝かせる。
「ソラ君……サクラを救ってくれて……本当に、ありがとう……」
「あの時エリス様が教えてくれなければ間に合いませんでした。ですから、ありがとうございます」
「あの……ソラ君、少し顔が怖くなってるわよ……?」
言葉を選んで恐る恐る僕に聞いてくるエリス様。
「あ、ああ……すみません。久しぶりに本気で怒ってしまって……。うまく感情の表現ができてないです。すみません、醜い顔して」
「いや、可愛い顔だと思うけど……」
それはそれで複雑なんだけど……。
「シルヴィも、お疲れ様……」
「主……」
ふたりは主従関係だけど、良い関係のようだ。
「それよりサクラさん、起きませんね……」
神薬で元に戻しているから、身体の具合なら大丈夫のはず。
起きないのはきっと精神的な問題だろう。
自分の腕がなくなった感覚なんて味わったことがないからわからないけど、きっと想像もできないほどの痛みなのだろう。
念のためアイテムボックスから『患グラス』をかけてサクラさんの状態を確認したのがいけなかった。
「なるほど、ショック状態のようですね……ッ!?」
『患グラス』は周囲の状態を文字に起こしてくれる。
僕は突然『患グラス』から入ってきた予想外の情報にビックリしてしまった。
「ああ、気付いてしまったのね……」
「……いつからですか?」
「数日前よ」
絶対遠征行く前じゃん……。
「そうそうソラ君、もうすぐサクラの誕生日なのよ」
「え、そうなんですか?」
それは初耳だ。
「だからその……サクラへのプレゼントを一緒に探すのはどうかなって……」
「……構いませんが、エリス様は地上に降りられませんよね?」
「降神憑依を使えばシルヴィの身体で行けるわ!」
「な……主!?」
「こーしんひょーい?」
詳しく聞くと、エリス様がシルヴィアさんの身体を依り代として一時的に示現できるそうだ。
「……主と旦那様のためなら……」
「まあ、シルヴィの意識を消してもいいんだけど……」
そんなことできるんだ……。
「是非、それでお願いします!!」
そんなに嫌なんだ……。
「いや、やっぱりあなたも一緒に来なさい」
「そ、そんなの……拷問です!」
拷問て……。
僕、そんなに嫌われてたのか。
「じゃあ明日、セイクラッドの大通りの噴水のところで待ち合わせねっ……!」
「分かりました」
「あと、後ででいいから、神託で魔王が倒されたことを伝えてもらえないかしら……?私もシルヴィも力を使いすぎちゃって……しばらくできそうにないから」
「いいですけど、皆さんのように荘厳にはできませんよ……?」
「可愛らしいお告げも良いと思うわよ?」
隙あらば可愛いばかり言ってくるなぁ……。
僕は了承するとサクラさんを抱えて天庭を離れ、ハープちゃんに乗って聖女院の治療所に行き、サクラさんを預ける。
聖女院の皆さんに感謝され、ワープ陣からセイクラッドの迷宮に行き、再びハープちゃんで皆が泊まっている宿に向かう。
宿に着いた頃にはもう夜となっていた。
「シエラ様、お帰りなさいませ!」
元気のよいエルーちゃんに癒される。
「ただいま」
「……何か、ございましたか?」
「……私って、そんなにわかりやすい?」
「い、いえ……。でも普段と違って顔が強ばっておりますから……」
「そ、そっか……」
「ああでもいつも通り可愛らしいですよ!」
それ、さっきも言われたよ……。
「そうだ、神託をしないと……」
そう言うと、エルーちゃんは跪いてお祈りのポーズを取る。
それが御告げを聞く時の所作なのかな?
大きく一回深呼吸を入れて、拡声魔法をかける。
<告げます>
御披露目式で一回やったけど、マイクを使うときとは違う、自分の声が山びこのように聞こえる感覚は慣れない。
<魔王は討伐いたしました。サクラさんとシルヴィアさん以外の怪我人は出ておりません。二人の外傷は治りましたが、サクラさんは未だ目を覚ましておりません>
ふぅと息をつく。
<後一歩遅かったら、本当に取り返しのつかないことになっていました……。私は見えないものには気付けません。ですから、皆さんは何か気付いたことがあれば、それを私に教えてください。私を受け入れてくれたこの世界の皆さんを、私に守らせてください――>
就寝準備を終え、二人部屋のダブルベッドでエルーちゃんと横になる。
「お疲れ様でした、ソラ様」
「本当に……疲れたよ……」
「ソラ様……いいんですよ、泣いても」
そんなにわかりやすい顔してるのかな……?
「ぐすっ……本当に、間に合って良かった……」
手を広げるエルーちゃんに甘えて胸を借りると、優しく抱擁してくれる。
魔王のところに着いたとき、正直もう手遅れだと思った。
あの状況から回復できるのだから、神薬を集めておいて良かったと思う。
葵さんは救えなかったけど、サクラさんは救うことができた。
「僕の廃人ステータスも……少しは役に立ったかな……?」
「少しどころではないです。世界を救われ、サクラ様もお救いしているのですから。……私も幼少期にサクラ様に赤い瓶を振り撒かれて救われました」
「神薬を……?」
「あれが神薬……だったのですね。私は村一番の重症でしたが、こうして元気なのはサクラ様のおかげです」
「……サクラさんに仕えようとは思わなかったの?」
「そうしたい思いもありましたが、既にサクラ様には優秀なメイドさんがいますから。ですがこうしてソラ様にお仕えして、今私……とても幸せなんですよ?」
「……」
そんなに主らしいことしてないんだけどなぁ……。
「私、思うんです。ご恩はその恩人に返すのではなく、違う誰かに繋いでいけばよいのではないか、と……。ですから、私はサクラ様にいただいたご恩の分まで、ソラ様を癒して差し上げることにしたんです」
立派な考え方だ。
これで僕と同い年なんだから、正直しっかりしすぎだよ。
「でも、それでも僕は貰いすぎだと思うけどな……」
髪をさらりと撫でるエルーちゃんにふと恥ずかしくなりエルーちゃんに顔を埋める。
こんなに僕を甘やかしてくれるのなんて、お祖母ちゃんくらいだ。
「いいえっ、まだまだ全然足りません!だって……私は二度も命を救われているのですから!ですから、命あるかぎりお仕えいたしますよ!」
強気の言葉でも涙を流す僕を癒すような優しい声に安堵しながら、僕は緊張の糸が切れて安らかな眠りについたのだった。




