第806話 予期
心の病気については僕自信がきちんと認知していなかったこともあり、ここにきて初めてきちんとお医者さんに診てもらった。
本来なら無視すべきものではなかったけれど、忙しさにかまけていたら診てもらうのを忘れてしまっていた。
傷つけるのは簡単でも、治すのはその何倍も時間がかかるらしい。
トラウマの類いのものは、その原因を取り除いても治るものではなく、「またそれが起こるかもしれない」という、いわゆる『予期不安』が何かの拍子に頭の中に浮かび上がってしまうことでもまた病んでしまうからだそうだ。
「みんなが居てくれて、ほんとに幸せ者だよ、僕は」
心の病気は理解してもらえないことも多い中、こうして聖女院の皆さんが寄り添ってくれるのは、元々歴代聖女達が前世に闇を抱えてこちらの世界に逃げてきた……いやエリス様にこの世界に逃がしてもらってきたという経歴がほとんどであることから、もはや慣れていることなのだろう。
それだけでなく、僕の心の闇の一部を体験したエルーちゃんや涼花さん、また同じトラウマを抱えている凛ちゃんやサクラさんなどの聖女の皆からの進言のお陰でもあると思う。
「でも泣いているソラ様、とっても可愛らしかったですよ」
「尊かった……」
「美少女は泣いている姿も絵になるものです……」
「誰が美少女だよ……もう」
エルーちゃんの宗教、婚約者達どころか聖女院中に広まりつつあるな……。
「……?」
「ソラちゃんは一度、きちんと鏡を見た方がいいと思うよ」
「……納得できないんですけど」
鏡見ろはこっちの台詞だよ。
「やぁーぁ!ほっぺぷにぷにしないでぇ!」
「女の子のきめ細やかさ……」
「自信なくしちゃいます……」
ぷくぅと怒ると、その頬を婚約者達が引き寄せられたようにぷにぷにしてくる。
「拗ねてる天先輩もベリーベリーキュート……」
「というか……僕が言えた義理じゃないけどさ。凛ちゃんは僕が沢山の婚約者を持つことに不満はないの?」
この世界のみんなはまだしも、前世の価値観を持っている凛ちゃんにとって、僕や梓お姉ちゃんのような考え方は嫌悪感を抱かれても不思議ではないはず。
「婚約者のみなさん優しい人ですし。それに今回のことで、天先輩が無事で心穏やかになれるのなら、私は何番目でもいいかなって……」
なんというか、僕には眩しすぎるくらい健気だ。
「どっちかと言うと私、別のことで怒ってるんですよ!」
「えっ……?僕、なんかしちゃった?」
「僕っ娘な天先輩も好きですが、先輩には『そらいろ』みたく『私』って言っていてほしいです」
「も、もぉーっ!」
「ふふ、可愛い牛さんです」
王子様扱いするくせに、なんで女の子らしさを求めるのさ、矛盾しすぎでしょ。
それに僕は女の子のふりをしたくて私呼びになってるんじゃなくて、女装したら勝手に変わっちゃうんだよ。
「エルーちゃんも、僕が僕って言ってるの、嫌い?」
「か、かわっ……!!」
「凛ちゃんも涼花さんも抱き締めないでよ、苦しいよ……」
二人の柔らかい胸で耳が踞ってしまい、声が籠って聞こえてくるも、エルーちゃんが何を言っているのかはなんとなく分かる気がした。
「私はどんなソラ様でも、お受け止めいたします」
そう口が動いた後、エルーちゃんはついばむように口付けをした。
「あ、エルーちゃん、ずるい」
「こらこら、順番だよ。ソラちゃんは逃げないから」
後宮は今日も姦しいけれど、病んでいる僕にとっては寂しくなくていいのかもしれない。
彼女達なりの気配りが、愛情表現にも表れていた。




