第804話 手篭
「天先輩……あの、折角ですから、東子ちゃんももらってくださいませんか?」
「リ、リン様!?」
「もらってくださいって……東子ちゃんの意思はいいの……?」
「東子ちゃんも予てより天先輩のこと大好きだって、知っていますから」
「そんな……!私はお二人をただ見ているだけの『壁』であれば、それでよろしいのです!」
「東子ちゃんならソラ様のことをお慕いしておりますから大丈夫ですよ」
「エ、エルーシア様まで……!」
「東子ちゃんが他に好きな人がいるならやめるけど、どうする?」
「そんなっ!?わ、私は生涯をリン様とともに骨を埋めることを望むのみです……!」
「東子ちゃん、私はそういうの、望んでないよ。私を幸せにしてくれた分、東子ちゃんも幸せになって」
「リン様……」
主従関係ではあるものの、互いが互いの幸せを願うこの関係が尊く思えてくる。
むしろ僕の方が邪魔者なんじゃないかとすら思えてしまうほどだ。
「ソラ様……空きがあるようでしたら、私めももらっていただけますか?」
「空きだなんて……東子ちゃんはとっても魅力的な女の子だよ」
「ソラ様……」
一目惚れだったと明かしてくれた凛ちゃんにとって、僕の存在は心労の原因となっていたに違いない。
敏い東子ちゃんはそれを知りながら、ずっと陰で支えていた。
それこそ、自分の気持ちを抑えながら。
「東子ちゃん、もう我慢なんてしなくていいよ。私の婚約者に、なってくれますか?」
「は、はい……!」
「ふふ、棚からぼた餅。役得ですね!」
いや、棚から美少女が降ってきたら、それはもう事件なんよ……。
前世でモテたわけでなく、むしろ超絶嫌われていた僕にとって、僕に好意を抱くことはおろか、好印象を抱かれるだけでどれだけ貴重な存在だったことか。
僕が断れないのはエルーちゃんたっての希望というだけでなく、せっかく手に掴んだ僕を肯定してくれる存在を無意識に手離したくなかったのかもしれない。
手離した瞬間に、もう僕のことを嫌いになってしまっているかもしれない――そんな恐怖心がいつまで経っても抜けてくれない。
――凛ちゃんから見た僕は、王子様なんだそうだ。
こんななよっちくてどう見ても女にしか見えない王子様が居てたまるかって話なんだけど、別に茶化してそう言っているわけではないらしい。
その評価自体はそりゃあ嬉しいよ。
でも周囲の評価はよく聞いていているし、僕が王子様なんて柄じゃないことくらいは流石に分かる。
僕が筋肉質で屈強な男子に憧れるように、こんなのは無い物ねだりってことだ。
涼花さんと僕は「王子と姫」の関係と周囲からも言われるくらいに僕は姫扱いされてしまっている。
そんな僕が王子様としてやっていくには、この世の理を曲げでもしないと無理だろう。
「はぁっ、はぁっ……こうやって手篭めにしてきたんですね……」
「誤解だよ……女の子を満足させる方法はエルーちゃんから手取り足取り教えてもらっただけだし……」
「……」
……東子ちゃんに至っては気絶している。
凛ちゃんのお誕生日をお祝いしたのち、初めてをいただくというなんとも濃密な時間を三人で過ごした。
まさか仲良しな二人を同時に相手するとは思わなかったけど、満足させられたみたいでよかった。
「凛ちゃん、僕のこと……嫌いになった?」
「……きゅんとするから、そういうこと言うのやめてください」
「こんなこと言う王子様なんて、世界のどこ探してもいないでしょ?」
「そこはその……天先輩だからいいんです!」
……凛ちゃんの王子様像については、一度問い詰めた方がいい気がする。
でもある程度予想はついていて、エルーちゃんの「ソラ様の性別は男でも女でもなくソラ様」教の信仰に似たような気配がしているため、これをつつくのはやぶ蛇だということはなんとなく分かってしまった。




