第803話 知見
「ソラ様……そろそろ動かれないのですか?」
「え?いや、今動いてるんだけど……。えっ、もしかして……き、気持ち良くなかった……?」
それは一大事だ。
夜の生活がうまく行かないのは、お互いにとって良くない。
何より、今まであのえっちなことには一家言あるエルーちゃんに演じさせてしまっていたことが個人的にダメージがでかい。
「そ、そういう意味じゃなくてですね……っ!」
「あっ……」
「~~~~っ!?」
……うーん、女性は演技がうまいとはよく言うけれど、これだけ乱れていて演技だったというのなら、正直女性不信に陥ってしまいそうだ。
「はぁ、はぁっ、リン様のお返事、なされないのですか?」
「あっ……」
そういえばそれどころじゃなくて忘れてた。
ひとまずエルーちゃんが演技していたわけじゃなくて良かった。
「忘れてたって顔してますね……?」
「うっ……」
「いくらリン様もソラ様に負い目があるとはいえ、流石にひどいと思います!」
返す言葉もなく、エルーちゃんを満足させた僕はそのまま着替えを手伝われて強制的に柊さんのお部屋に連れていかれた。
「まあ、ソラ様!本日もお髪がお綺麗でございますね!」
「ありがとう、東子ちゃん。エルーちゃんが毎日セットしてくれるお陰かな……」
髪が伸びてきてから、エルーちゃんは僕の髪で遊ぶ……というか髪型を作るようになった。
「まぁ!おのろけも素敵ですが、本日は私の主様をなんとかしてくださるのでしょう?」
「そ、そうだね……」
「ここ数日、ずっと泣いていらしたのですから。ほらリン様、ソラ様がいらっしゃいましたよ」
柊さんはベッドの上で踞っていたが、僕の存在に気付くとそのままの状態でこちらを伺うように見つめてきた。
「ぐすっ、天先輩……今日の私服もぎゃんかわ……」
ぼそっと変なこと言わないでよ……。
情緒大丈夫そ?
「あなたの方が可愛いでしょうに……」
「えっ……?」
エルーちゃん、にこにこしてるなぁ。
普通、エルーちゃんが僕を非難する立場のはずなんだけどな。
「先日の件ですが」
「ま、待ってください!こ、心の準備が……」
「リン様、死ぬときは一緒でございます」
いや、殺さないし、なんでそもそも死ぬ前提なの……?
「そう身構えないでください。ハナから断るつもりもありませんし」
「へっ……?」
「クズの梓お姉ちゃんの血が流れていますからね。私も同類ですよ」
「そ、そんな……天先輩がクズだなんて……」
いや、前世の世間的価値観でいけば、僕はどっち付かずのクズには変わりない。
本来ならエルーちゃんだけを愛する気でいたけれど、エルーちゃんたっての希望で僕はこうなってしまった。
でもいくら相手が法律の通用しない聖女だからって、この世界の子達は聖女に気を許しすぎていて、逆に心配になるよ。
相手が僕みたいな万年ヘタレじゃなくて、正真正銘のクズになってしまったらどうするつもりだったんだろう?
「柊さん、いえ凛ちゃん」
「……っ!」
「私と人生を共にしてくださいますか?」
「は、はいっ……!」
「良かったですね、リン様」
告白された瞬間はハープちゃんとシルヴィが憑依していたから、そのまま回答してしまうと、僕の意見なのかハープちゃんの意見なのかシルヴィの意見なのか曖昧になってしまう。
正式な回答をするときは本当の僕である必要があるだろう。
多重人格になると、こうやって困っていくんだなとよく分からない知見を得たのだった。




