閑話22 桜散る
※残酷描写があります。
【柚季桜視点】
いつの間にか、ぽつぽつと雨が降り始めていた。
親友に心配かけちゃったかしら……?
「私が時間稼ぎをしておくわ!」
「お願いします!主!」
シルヴィが天に向かってそう叫ぶと空から雷が落ち、シルヴィは雷光を身に纏った。
エリスのサポートを入れたあのモードは攻撃の一切に雷魔法が付与されるだけでなく、単純な素早さと火力も段違いに上がる。
私とシルヴィは地上と上空の二手に分かれる。
私が魔王の左側から特大サイズの魔食い本を召喚する。
右に避ける動作に入ると、右上からシルヴィが挟み込む。
シルヴィは雷を迸らせながら大剣を軽々しく槍のように持ち、光属性と雷属性で強化させて魔王の胸の一点を突き刺した。
「ググッ…………」
「効いているようね」
魔王は光魔法しか弱点がなく、シルヴィは雷魔剣使いだから本来魔王とは相性が悪い。
だけど神であるエリスが天使のシルヴィに光魔法を付与できるので、魔王に対抗できる。
「…………」
相変わらず何語かも分からない呪文を静かに唱えるシルヴィを横目に、私は魔王を魔食い本で左右から挟み撃ちにする。
後ろへ行くとシルヴィがいるため、比較して弱い私の方を狙って前に逃げる。
私はそれを狙ってディバインレーザーで前から畳み掛けたとき、漆黒の沼が現れて魔王は沼に沈んだ。
沼は魔王を隠すと私の股を潜って背後に回り込む。
「想定済みよ」
チェックメイトと言うかのように私は特大の魔食い本を背中に召喚した。
魔食い本はぱくりと魔王をひと呑みすると、がぶりがぶりと大袈裟に咀嚼する。
「牙の尖った魔本の毒のお味はいかが?」
すると魔食い本は破裂して中から魔王が歩いてくる。
「化け物め……」
再び近距離で私に鎌攻撃が降りかかってきたとき、それをシルヴィの大剣が弾き飛ばした。
「お目覚めかしら?おはようエリス」
「『全く……心配かけさせないで!』」
「仕方ないじゃない、皆を避難させるためだもの」
長ったらしい詠唱を終えたシルヴィは神々しく光り輝き、「神格付与」モードからエリスがシルヴィに憑依する「降神憑依」モードに切り替わった。
「『一応、助っ人は呼んだわよ』っ、旦那様がっ!?」
器用に一人芝居みたいなことしないでよ……。
「あら、意外ね?」
「『……貴女に死なれるのも嫌なのよ!』」
「嬉しいことを言ってくれるじゃない」
久しぶりにデレてくれた親友に、少し懐かしさを感じた。
「さて……親友コンビ、見せつけてやりましょう!」
「『ええ!』」
「『――雷火の霹靂よ、大空の怒りよ――』」
シルヴィが大剣で鎌攻撃を捌きつつ、エリスは雷の最上級魔法の詠唱を行う。
私はそのサポートとして魔食い本で魔王を囲う。
「『――今、我与えし祝福が悪しき者を束縛する枷となれ――』」
一時的に身体の操縦をシルヴィに任せるというのも、シルヴィが本来使えない最上級魔法を使えるのも、降神憑依だからこそできるまさに神業だ。
「『――パラライズ・エクレール――』」
エリスが詠唱を終えると、魔法陣から麻痺効果のある雷が放射状に飛び出して辺りを包み込み、魔王の身体を拘束する。
「グオォォ……」
詠唱にもある通り、本来聖女はエリスから光属性の最上級魔法を貸し与えられているだけにすぎない。
なので貸し与えているエリスは光だけでなく、すべての属性の最上級魔法が打てる。
「『"たとえ奥方様がいなくとも……貴様など私達で十分だ!"』」
「"ええ、一気に畳み掛けますよ!"」
私とエリスは聖女祭で見たあの素敵な演劇を再現するかのように台詞を呟くと、だんだんと愉しくなってきた。
「奇しくも、あの演劇と同じ状況ね」
「『あの演劇はとっても良かったわ……』」
「同感ね」
私とシルヴィはお互いにアイコンタクトを交わす。
「『――雷光の交わりよ、』」
『交差する祝福よ――』
「『――今、我与えし祝福が全てを貫く双槍となれ――』」
私が白、シルヴィが黄色の光を手に纏うと、それを重ね合わせる。
「『『――クロス・ライトニング!!――』』」
高層ビル程の大きな雷光の槍が天から2つ振り下ろされ、魔王の身体を貫く。
雷と光の最上級合成魔法の十字雷光の前では魔王の存在はちっぽけなもので、魔王は完全に多い尽くされて存在すらも見えなくなった。
「ふう……」
一息ついたとき、私の影がやけに濃いことに気付く。
「しまっ……」
「『サクラッ!?』」
クロス・ライトニングを食らうのは承知の上で、漆黒の沼から意表を突くための布石を打っていたらしい。
だけど、気付くのが遅すぎた。
魔王は大鎌で的確に私の両腕を根本から刈り取った。
「ぐっ……!」
「『このっ!野郎!』」
シルヴィは雷光が付与された大剣で魔王を突き刺したが、もう魔王は詰みの準備をしていた。
まるでもし魔王が喋ることができたのなら、「この時を待っていた」とでも言っているかのように魔王がにやけ面をした。
予告もなしに直後、パアアァン!と特大の破裂音がする。
その途端に放たれる広範囲の漆黒の爆散瘴気。
爆発に直撃したシルヴィも体ごと吹き飛ばされ、私ももれなくベノムの毒に浸蝕される。
そしてアイテムボックスを開いた瞬間、私はやっと真相にたどり着いたのだった。
おかしいと思ったのよね……。
私よりも強いあの葵さんが、どうして魔王にやられたのか。
あのとき亡き骸を見たくなくて私は見るも聞くのも断ったけど、こうなるのならきちんと見ておけば良かった。
両腕がなければ魔法も使えない。
両腕がなければ、神薬の詮も開けられない。
全く、神薬にコルクみたいな固い蓋をつけたはどこのどいつよ……。
ああ、さっきまでここにいた親友か……。
あのお茶目さんめ……。
「くっ……サクラ……さ……ま……」
直撃して私以上に身体がボロボロのシルヴィは既に降神憑依が解け、天庭へ戻ったエリスから神力を施されて身体が再生されてゆく。
彼女自信はエリスからいくらでも神力を供給されるから、たとえダークベノムの毒まみれになっていても時間さえあれば回復できる。
だけどシルヴィが回復して立ち上がり、私に神薬を振り撒く頃には既に間に合わないだろう。
カラカラと音を立てて落ちる神薬。
私は、負けたのね。
そしてあの時の葵さんも負けていたことに気付いた。
なぜならあの5年前、魔王からドロップ品が出ていなかったから。
葵さんも私と同じように、両腕を失って負けたのだ。
まあでも、私の憧れの葵さんと同じなら、それもいいかもしれないわね……。
死を容認するしかないと悟ったとき、腕のない痛みも感覚もなくなり、私はただ倒れていくことしかできなかった。
「あとは……たの……んだわよ……エリス…………」
いつの間にかざあざあと降り続く雨に変わっていた。
ごめんね、親友。
ごめんね、ソラちゃん。
ごめんね、アレン……。
お腹を擦る腕もない私は自らが倒れる音を最後に、意識が遠のいていった――――




