第801話 猫吸
「盛大に失敗した気がする……」
後宮に戻って独り反省会をする僕。
眷属憑依をするようになってからというもの、強気な物言いが意図しない軋轢を生み出してしまっているように感じる。
僕が本来伝えたかった事が、150パーセントくらい強い言葉で威圧的になって出力される。
これではまるで、酔っ払った拍子に余計なことを口走る上司そのものだ。
「もう……やだぁ……」
<旦那様……>
でも、お酒の力を借りるじゃないけれど、説得力を持たせるにはある程度ああいう強気な物言いじゃなければならない時がある。
それは分かってる、分かってるんだけどさ。
「大事な話を、他人に頼るのは良くないんだろうな……」
前世でもいじめられていた時、「こんなにつらい思いをするのなら人格ごと身体を他人に明け渡したい」などと思ったことはごまんとあるけれど、それで実際に明け渡すのはまた話が変わってくる。
それは、『虎の威を借る狐』に他ならないからだ。
奇しくも仲直りする前のシェリーとセフィーから言われていたことは的を射ていたことになってしまった。
きっと僕は、まだまだ未熟な子供なんだろうな。
「落ち着こう、ソラちゃん。ほら、ソーニャ君達に癒されよう?」
「うぅ……」
『くぅん』
『なぁ~~』
獣化した大きな犬と大きな猫が僕を舐めて慰めてくれる。
「ふふ、くすぐったいよぉ……」
僕は二人に飛び込むようにもふもふを堪能していた。
神流ちゃんはふさふさ、ソーニャさんはもふもふって感じだ。
このもふもふは、きっとどんな羽毛でもベッドでも表現できないであろう絶妙なもふもふだ。
「「か、可愛い……!」」
思わず漏れてしまう婚約者の皆さんの声。
そんなに可愛い可愛い言わないでよ。
ろくでもない思考が、人をダメにするもふもふでやがて脳死になり、なにも考えなくて済むようになる。
それだけ聞くとある意味危険な薬でもやっているのかと思うけど、やってることはただの犬猫吸いだ。
猫吸いは合法ドラッグだった……?
「落ち着かれましたか、ソラ様?」
「エルーちゃん……」
「遠征に行かれる前に、ひとつ御願いがあるのですが……」
「どうしたの?」
「私と子作り、してくださいませんか?」
「ちょっ……!?」
き、急に何なのっ!?
「私はご一緒できませんから。であるならば、私めにできることといえば、もしもの時のためにソラ様の血を受け継ぐことしかないかと思いまして……」
「もしもって……」
確かに僕も死ぬ覚悟はあるとはいえ、そんな理由で子作りするのは違うような……。
「ん?あれ?」
「?」
「そもそもエルーちゃん、一緒に行くんだから子作りしちゃまずいでしょ……」
「「「えっ?」」」
驚いて思わず獣化を解いてしまう獣人二人に、エルーちゃんも涼花さんのカップに注ぐ紅茶を溢すほど動揺していた。
「ご一緒……してもよろしいのですか!?」
「あれ、言ってなかったっけ?『クロス・ライトニング』を耐えた時点で、連れていくことは決めていたんだよ」
「そ、そうだったの……ですね……はは、はははは……」
拍子抜けとばかりに力が抜け、へたりとその場に女の子座りしてしまうエルーちゃん。
「頑張ったね、エルーちゃん。一緒に、戦ってくれる?」
本当は連れていきたくなかったけど、エルーちゃんは協力して戦うことで強い敵と互角に戦える強さを持つことができると僕に証明してくれたのだ。
「ぐすっ、はいっ……!」
僕が優しくその頭を撫でると、涙ながらに太陽のような素敵な笑みを向けてくれた。




