閑話215 負け戦
【エルーシア視点】
『エルーちゃんは、私を幸せにしてくれる天才だよ』
ソラ様の眩しいくらいの笑顔が私に微笑みかけてくださる度に、その綺麗な瞳と吸い込まれるような女性も羨む唇に、どきりとしてしまいます。
えっちなことにかまけていたつもりはございません。
もちろん私の『癒快』は、その……そういうことをしないと欲求が溜まっていく一方ですので、幸せなことに昨日も一昨日もソラ様には沢山ご寵愛をいただいて参りましたが、ソラ様はただでさえお忙しい中で私達婚約者全員を満足させてくださいます。
ですが私はそれだけにかまけているようなことは御座いません。
常日頃から行っている魔法の練度を上げるための訓練とは別に、新しい水魔法の可能性を探っておりました。
高圧洗浄機やジェットウォッシュカッターといったソラ様の前世での知識が、私の新たな魔法の開発を導いてくださいました。
魔法においても数学においても戦闘実技においても、聖女学園では落ちこぼれであった私がここまで登り詰めたのも、全てソラ様のお陰でした。
そんなソラ様は御一人で世界の闇の元凶を叩こうとお考えになられました。
そのお覚悟がどれほど極まっておられるのか、世間は誰一人として知りません。
それは例えるならば、任務遂行に邪魔な存在は排除する勢いでございます。
そしてその排除の対象になるのは、私も例外ではございませんでした。
『でしたら、今回の武術大会後のデモンストレーションで、ソラ様が見定めてくださいませんか?』
折角ソラ様に才能を見出だしていただいたというのに、それを活用できなければ生きている価値がありません。
ソラ様は既に死を覚悟していらっしゃいます。
一番命を尊ばれるべきはソラ様の方であらせられるというのに……あろうことか民を守ることを選ばれたのです。
聖女の皆様はいつだって一人でも多くの民を助けることを考えていらっしゃいます。
私達が実力を示せば、その最悪の可能性を少しでも下げることができるかもしれません。
――ですが歴代最強の大聖女様は、私達を赦してはくださいませんでした。
「綺麗……」
高貴な龍の翼に、琥珀のように綺麗な竜眼、そして神々しいシルバーの髪に天使様の輪と翼を広げ、じっとこちらを見つめてきました。
男の姿ではあれほど抱き締めたくなるくらい可愛らしいというのに、二人の美女を取り込むと、一瞬で思わず女の私でも息をのんでしまうほどの美しさになられたのです。
『一粒で何度もおいしい』という言い方は不敬かもしれませんが、私の婚約者様はその振れ幅が凄まじく、私は彼の……いえ彼女の全てが愛おしく思えてしまいます。
ソラ様に実力で勝るなどという思い上がりがあるわけではありませんが、きっとソラ様ならシルヴィア様と教皇龍様を両方憑依させてくるであろうとは読んでいました。
最低限それに立ち向かうだけの力は皆さんと協力して身に付けたつもりでした。
ですが、今まで頑なに明かさなかったソラ様の『本気』が、初めて垣間見えた瞬間でもありました。
絶対に私達を行かせたくないというソラ様の意思とともに、今まで学問でも戦闘実技でも一度も表に出なかったソラ様の本気を出す姿が見られたのです。
それを見たとき、やっとソラ様に認められた、同じ舞台にやっと立てたのだと安堵しました。
ですがその安堵が命取りでした。
「『『ライジングレーザー』』」
ビィーーーー
ソラ様はいつも私なんかを褒めてくださいますが、『本気』を見た瞬間に、それはおべっかであることが容易にわかりました。
かくして私は、ソラ様との試合に敗れたのです。




