閑話21 降魔王
※残酷描写があります。
【柚季桜視点】
「もう、いくらアレン様がいなくて寂しいからと言って、連日城に来ないで下さいよ……」
昨日に引き続きソフィアの所へ行くと、呆れたような顔をされてしまった。
「結婚してからというもの、ほぼ毎夜合っていたから離れ離れになるのは久しぶりなのよ」
「本当に、お熱いことですね……!」
昨日に引き続いてのろけたから聞き飽きてしまったようだ。
私としては、まだ語り足りていないのだけれど。
ソフィアの部屋から外へ出てお茶会をする庭園へと向かう。
「なんだか気を紛らわせるような楽しいこと、起きないかしらね……」
私がそう言うと突如、王城にあるすべての窓のガラスがパリンと割れた。
「真っ昼間だというのに、とんだ迷惑な登場の仕方をするわね……」
私がそう言うも、天から降りてくるその存在から目を離すことは出来なかった。
デーモンのように曲がった角に、竜のように獰猛な顔、黒いマント。
この世界では初めて遭う、魔物を統べる王。
「全く……気を紛らわせるって、こういうことじゃないっての……!」
「わ、私も加勢します……!」
「駄目。申し訳ないけど、貴女では足手まといよ」
きつく言うようだけども、私はソフィアを失いたくはない。
それに攻撃力が100以下の攻撃は魔王の侵食領域で消えてしまうため意味を成さない。
正直、私でも敵うか分からないのよね……。
エバ聖では何回もやり直したし、成功テイクも秘薬をがぶ飲みして倒したくらいだもの。
「……分かりました。私は避難誘導をいたしますから、ご武運を!」
聞き分けのよいソフィアに有り難みを感じつつ、視線はあの魔王から離さない。
こんな時に頼みの綱であるソラちゃんもアレンもいないのよね……。
いや、葵さんの時も、私がいないときを狙っていた。
……本当にずる賢い魔王だ。
今度は私の番、ということね……。
私は最悪の場合の覚悟をしつつ、アイテムボックスから『大精霊の大杖』を取り出す。
「グオオオオォォォォ!!」
魔王は一回途轍もない雄叫びを上げると、闇魔法のダーク・テンペストをお城に向かって放ってきた。
「もうっ!?」
私はそれを遮るように前に出て、リフレクトバリアを張る。
「くっ……」
魔王の攻撃に障壁は効かない。
だから防ぐには躱すか相殺するか、リフレクトバリアのみだ。
だけど張って待っているだけでいい障壁と違って、リフレクトバリアはタイミングを合わせて弾かないと反射せずにそのまま食らってしまう。
ダーク・テンペストは発生が分かりやすいので、まだ弾きやすい方だ。
バシンと闇の焔を弾き返す。
まだ逃げている人が大勢いる。
私が失敗すれば、その人たちが危ない。
私は上級魔法のフレア・バタフライを唱える。
魔法陣から顕れる光の蝶達が魔王の周囲を飛び交い撹乱させる。
蝶はそのまま魔王のもとへ向かうと、光を伴い盛大に爆発する。
「……グググ……」
「此方よ」
怒りを現した魔王は紫黒色の咆哮とも呼べる波動を放つ。
しかしこちらに攻撃しに来るかと思いきや、闇と炎の鎌をそれぞれ作り出すと、あさっての方向に飛んだ。
「まさかっ……」
魔王の目的に気付いた私は、言うよりも先に身体強化で先回りする。
予想通り、そこには逃げ遅れた親子がいた。
「くっ!」
闇の鎌を弾き返し、炎の鎌が来るのに構えていると、タイミングをずらして鎌が振り下ろされる。
「ごふっ……」
「サクラ様っ!?」
弾き返すのに失敗した炎の鎌は私の胸を抉り、私は吐血した。
今ので骨まで逝ったかもしれない。
「は、やく……行きなさい!」
「は、はいっ!」
私は近距離からディバインレーザーを放つと、少し魔王の顔を軽く掠め、魔王は距離を取った。
私は秘薬をあおり体力と魔力を全快にし、光魔法で骨を治す。
ソラちゃんには秘薬と神薬をもらっておいて本当に良かったわ……。
あの子には今度お礼を言うためにも、これを乗り越えなくちゃね……。
王城の人間があらかた避難をし終えると、魔王は私を狙い始める。
魔王の攻撃は大体タイミングが判りづらく、この鎌攻撃は特に分からない。
パターン性があるのかも分からないくらいに遅かったり早かったりすることがある。
流石にソラちゃんでも、これは捌けないわよね……?
私は結局タイミングを覚えるのを諦めて食らっていたけど、もうゲームでない今はそれをすると私の命に関わる。
もう周囲の人は逃げたので、リフレクトバリアで跳ね返そうとする必要はない。
私は身体強化でひたすら躱す。
「お返しよ!くらいなさい!」
両方の鎌を振り切ったタイミングで私はしゃがみ、下からゼロ距離のディバインレーザーを当てた。
だが魔王は止まらずに、そのまま振り切った左手の鎌を一回転させて、私の右手を切り飛ばした。
「ぐっ…………」
まさか、ダメージをお構いなしに攻撃してくるなんてっ……!
こんな痛みを受けたことは現世で、いや人生で一度もなかった。
痛みで胸まで張り裂けそうだ。
葵さんもこんな風に痛かったのかしら……?
それを考えると、申し訳なさでいっぱいになった。
ディバインレーザーの威力を強めると、流石の魔王も食らい続けるのはしんどいらしく、空を飛び距離を取った。
その隙を狙っていたかのように空から影が現れ、魔王を雷大剣で突き飛ばした。
「ナイス……タイミングよ、シルヴィ……」
地面に叩きつけられる魔王を背に、ばっさばっさとシルヴィがこちらへ降りて来る。
「サクラ様ッ!?大丈夫ですか!?」
私が血をだらだらと流していることに気付いたようだ。
「大丈夫よ、これが……あるから……」
私はアイテムボックスから神薬を左手に出し、口でコルクをきゅぽっと抜く。
そのまま体に振りかけると、あっという間に右手は生えてきて、流した血も魔力も体力も元に戻る。
「ふーっ……本当に大聖女様々ね!」
「旦那様の平穏のためにも、我々大人が頑張らないといけませんね」
あの子の方がよっぽど大人だと思うけどね……。
「それより、王城周辺の民の避難は完了です。同時にやってきた魔王の眷属は私が一掃いたしました」
「流石、魔王と戦い慣れているだけはあるわね!」
それに「民を第一に守りたい」という歴代の聖女の想いを汲み取ってそちらを優先してくれる辺り、シルヴィは解っている。
魔王が立ち上がると、私達は並んで構えた。
「さあ、反撃開始よ!」




