好きな人にはバレンタインでドキドキしてほしいのです。いいえ、ずっと私にドキドキしてほしいのです。
明日はバレンタイン。
手作りチョコを、りょう先輩に作るの。
そして私は告白するよ。
大好きなりょう先輩に。
大好きだって伝えるよ。
りょう先輩が卒業する前に言わなきゃ。
後悔はしたくないから。
私の想い、チョコと一緒に届け!
◇
そしてバレンタイン当日。
起きてすぐに、お父さんの元へチョコを持って行く。
「おはよう、お父さん。はい、チョコだよ」
「おっ、今年もモエの愛情たっぷりの、手作りチョコなのか? 食べるのが勿体ないよ」
「早く食べてよ。お父さんは味見係りなのよ?」
「もっ、モエ、、、。お父さんは毒見をするのか?」
「毒見じゃなくて、味見よ」
「今年は本命チョコがあるのか?」
「お父さんには関係ないでしょう? お父さんはただ味見をすればいいの!」
お父さんは涙目でチョコを食べていた。
美味しいと言いながら。
チョコは完璧。
でも私には心配なことがある。
それはラッピング。
不器用な私はラッピングが苦手。
どうしてもリボン結びができないの。
可愛いリボンを買ったのに。
それでも何度も練習をした。
良くできたラッピングを、りょう先輩への本命チョコにした。
もう一つ、良くできたラッピングは、仕方がないからリョー先輩のチョコにした。
友チョコも準備をした。
さあ、決戦の日よ。
バレンタインは戦いの日なんだからね。
気合いを入れるわよ。
学校に着いて、告白のことで頭がいっぱいの私は、授業なんて聞いていない。
ずっとドキドキして落ち着かない。
今日はお昼休みに、りょう先輩は来なかった。
良かったよ。
緊張しすぎて、何も話せなかったと思うから。
私の決戦はいよいよだよ。
放課後、りょう先輩へ告白をする。
今日は一緒に帰ると約束をしていたから、りょう先輩の教室で待っているはず。
私は急いでりょう先輩の教室へ行く。
教室の前で深呼吸をする。
そしてドアに手をかけた時、中から声がした。
「リョウ。ルウからバレンタインのチョコを預かってきたよ」
りょう先輩がリョー先輩へ、そう言ったのが聞こえた。
「ルウから? 今年も凄いクオリティのチョコなのか?」
「うん。今年はピンク色だよ」
「ルウのチョコは美味しいからいいけど、食べるのが申し訳ないくらいのクオリティだからな」
「愛情たっぷりなんだよ」
「まあ、そうだろうな」
ルウちゃんのチョコに勝てる訳がないよ。
私のチョコなんて、ラッピングが不細工で、チョコをただ溶かして型に入れただけ。
こんなチョコを渡そうとするなんて、恥ずかしい。
こんなチョコで告白をしようとするなんて、フラれるに決まっている。
私は荷物を取りに自分の教室へ戻り、椅子に座って窓の外を眺めた。
帰ろう。
チョコはもう、渡さない。
告白もしない。
諦めるよ。
最初から無理だったんだもん。
仕方ないよね。
ハッピーエンドなんて願う私がバカだったのよ。
リョー先輩はそれを教えてくれていたのに。
私が好きにならないように。
私が傷つかないように。
リョー先輩は私にわざと冷たくしていた。
りょう先輩の、優しさの意味を勘違いさせないように。
そんなリョー先輩は冷たさの中に、優しさを隠していた。
本当は優しいリョー先輩。
最初から気付いていたのに。
リョー先輩が本当は優しいことを。
それなのに気付かないフリをした。
どうしてリョー先輩の優しさを、知ったらダメだったの?
勘違いをするから?
そんなの、りょう先輩と同じなのに。
私を妹扱いして、私の喜ぶ言葉を簡単に口にできて、可愛いりょう先輩と同じ、、、なの?
あれ?
リョー先輩って私を妹扱いしていたかな?
意地悪だったけど、でもその後ちゃんとフォローがあった。
ちゃんと私のことを考えてくれていた。
どうして今まで気付かなかったの?
私はリョー先輩に、ずっと優しくされていた。
「リョー先輩」
「何?」
私の小さな声は誰かの耳に届いていた。
私は声のする方を向くと、そこには心配そうに私を見るリョー先輩がいた。
「どうして?」
「なんとなく、居るかもって思ったんだ」
「リョー、、先輩」
「何で泣くんだよ?」
「だって、、、それはリョー先輩が、、優しいからです」
私は泣きながら言う。
「分かったから。モエ、泣くなよ。俺が泣かせたみたいだろう?」
リョー先輩は頭を優しく撫でてくれる。
優しい言い方じゃないけど、手から伝わってくる。
リョー先輩の優しさ、温もりが。
◇◇
「泣き止んだか?」
「はい」
「それで、本当はどうして泣いたんだよ? 目にゴミが入った嘘は、俺にはバレバレだからな」
「そうですよね。そんな嘘はすぐにバレますよね?」
「モエ、お前に泣かれると俺は困るんだよ」
リョー先輩が困った顔で言う。
私ったら、迷惑をかけているの?
「ごめんなさい。もう、泣かないです」
「そうじゃないんだ」
「えっ」
私は頭を下げて謝っていたから、リョー先輩の言葉を不思議に思って顔を上げた。
リョー先輩は顔を赤くして、手で口元を隠す仕草をしている。
まるで言いたいけど言えないから、口を手で押さえているように見えた。
こんな感情を押し殺すリョー先輩を、初めて見た。
「リョー先輩?」
「俺は最初から知っているんだ。モエがあいつを好きになっていたのを」
「えっ」
「だから最初はモエの為に言っていた。でもそれが、いつの間にか俺の為に言っていたんだよ」
「リョー先輩? 意味がよく分からないです」
「いいよ。分からなくて」
「どうしてですか? 私は知りたいです」
「君は知らなくていいんだ。あいつがいるから」
「えっ」
「モエちゃんはここに居たんだね。どうして迎えに来てくれなかったの?」
りょう先輩が教室へ入ってきて、私に近付いてくる。
「あっ、りょう先輩。ごめんなさい。今日は用事があるので、急いで帰らなきゃいけないんです」
「そうなの? モエちゃんと一緒にルウのチョコを食べようと思ったのに」
「りょう! それは言うな!」
リョー先輩が怒りながら大きな声で言った。
どうしてそんなに怒るの?
「ルウちゃんのチョコはクオリティが凄いんですよね? やっぱり可愛い子が作るチョコは次元が違いますよね?」
「何で面白くないのに笑うんだよ?」
私が愛想笑いをしていたら、リョー先輩は怒りながら言った。
私が悪いの?
「仕方ないじゃないですか。私にはそんな素敵なチョコは作れないし、ラッピングもできないし、ルウちゃんみたいに可愛くもないです」
私はうつむいて言った。
顔なんて上げられない。
今の私は絶対に不細工だもん。
「モエは可愛いよ」
リョー先輩の言葉に私はリョー先輩を見た。
優しく微笑むリョー先輩に目を離せない。
凄くドキドキして胸が苦しいのに、目が離せない。
「僕はここにいるからね」
りょう先輩の呆れた声で、私はパッとリョー先輩から目を逸らした。
「モエちゃんは勘違いしているよ? ルウのチョコはある意味、変なチョコだもん」
「変なチョコですか?」
「うん。見せてあげるよ」
りょう先輩はチョコを見せてくれた。
ルウちゃんのチョコを見て、私は見たことを後悔した。
「これは本当にチョコですか?」
「チョコだよ。中味はピンク色のチョコなんだよ」
クオリティは凄い。
本物みたい。
でも、これは食べられないよ。
だってルウちゃんのチョコは目玉や耳、鼻や指の形のチョコだったから。
怖いの一言よ。
「ルウは毎年、こんな変なチョコをくれるんだ。こんなチョコを作れるなんて羨ましいって思うのか?」
呆れたようにリョー先輩が言った。
「でもリョー先輩はルウちゃんが可愛いから、何でも許すんですよね?」
「まあ、ルウは可愛いけど!妹みたいなもんだからね」
「やっぱり可愛いんですね。だからルウちゃんの言いなりなんですよね?」
「言いなり? 俺が?」
「そうですよ。可愛い子にはデレデレするんですよ」
「お前な、、、。デレデレしてんのは誰だよ?」
「それって私に言っているんですか?」
「そうだよ」
「もう! 漫才はいいから、本題に入ってくれるかな?」
りょう先輩がムッと怒って私達に言った。
「本題ですか? どういう意味ですか?」
「今日はバレンタインだよ? 女の子も男の子もドキドキする日だよ?」
「そのバレンタインに、私とリョー先輩は関係があるんですか?」
「あるよ。だってモエちゃんもリョウも好きだよね?」
りょう先輩の言葉に、私とリョー先輩は驚きながらお互いを見る。
リョー先輩は口元を手で隠しているけど、顔は真っ赤でバレバレだよ。
「モエが好きなのは俺じゃないんだよ」
リョー先輩は必死にりょう先輩に言っている。
仕方ないね。
私がはっきりしなきゃ。
「りょう先輩、チョコをどうぞ」
「えっ僕にくれるの? 嬉しいな。モエちゃんのチョコだ」
「私、りょう先輩が好きです。とっても可愛くて素直なりょう先輩が好きです」
「うん。僕もモエちゃんが好きだよ」
「嬉しいです。でもりょう先輩、私はりょう先輩よりも大好きな人を見つけました」
私はそう言ってリョー先輩を見る。
「私はリョー先輩が大好きです。チョコを受け取ってくれますか?」
「当たり前だよ。受け取るよ」
リョー先輩はすぐに私からチョコを受け取った。
「りょう。お前は今すぐ帰れ!」
リョー先輩がりょう先輩に命令するように言った。
「何で? ルウとモエちゃんがくれたチョコを、一緒に食べようよ?」
「これからはモエと俺の時間だ。邪魔だから帰れ!」
「分かったよ。家に帰ってルウと一緒に食べるよ」
りょう先輩は渋々、帰っていった。
「そんな言い方をしなくてもいいじゃないですか?」
「あいつはそのくらい言わないと帰らないんだよ」
「でも、、」
「あいつが心配?」
「心配というか、可哀想ですね」
「モエはあいつを知らないようだけど、あいつってすぐに忘れるんだよ?」
「そうなんですか? でもリョー先輩みたいに、小さな頃から一緒にはいないんですから、私が知らなくて当たり前です」
「俺のことだけ知ってよ」
リョー先輩が真剣な顔で私に言った。
「リョー先輩?」
「俺だけ見てよ」
「リョー先輩? なんだか独占欲の強い人になっていますよ?」
「それはモエが大切だから。モエを失いたくないから」
「リョー先輩が可愛く見えます」
「可愛いのは、あいつだけで充分だよ」
「ねぇ、リョー先輩?」
「何?」
「私はもう、あなたのモノですよ?」
「なっ、何でそんなことを言うんだよ? 可愛すぎる」
リョー先輩は壊れちゃったみたいです。
顔を真っ赤にして。
余裕のない顔で。
これなら私はアレができる。
これでリョー先輩は私に頭が上がらなくなるわ。
私は近くの椅子に立ってリョー先輩を見下ろし、リョー先輩の頭を撫でた。
リョー先輩は驚いていたけど、嫌がらない。
「リョー先輩。私だって頭を撫でてあげられるんですからね。私をチビなんてバカにしないで下さいよ」
「そうだね。モエはチビじゃないよ」
リョー先輩は私を見上げて言った。
リョー先輩を上から見るなんてとても新鮮。
「でも、俺を見下ろすのは違うかな?」
「えっ」
私はリョー先輩に抱きかかえられて、椅子から下ろされた。
「モエは俺を見上げるのがいいんだよ」
「だから、私はチビじゃないです!」
「違うよ。モエは俺を見上げる顔が可愛いからだよ」
「私は可愛くないです」
「モエは可愛いよ。もっと近くで見たいんだ」
リョー先輩は私の顔に顔を近付ける。
恥ずかしい。
私は自分のバッグで顔を隠した。
「あっ、もっと見たいのに」
リョー先輩はそう言いながらバッグに触れた。
リョー先輩にバッグを取られちゃう。
「あっ、このクマ。ちゃんとつけてるんだね?」
「えっ、クマさん? 私はこのクマさんをつけていても恥ずかしくないし、使い道はたくさんあるので人にあげたりしません!」
「えっと、、何で怒ってんの?」
「分からないんですか?」
「分からないよ。俺も持ってるのに」
そしてリョー先輩は!ポケットから緑色のクマさんのキーホルダーを見せてくれた。
「どうして持っているんですか?」
「持ってるに決まってるだろう? 好きな女の子から貰ったんだからね」
「でも、ルウちゃんにあげたんじゃないんですか?」
「ルウには、やっと手に入れたやつをあげたんだよ」
「嘘。私の勘違いで泣くなんて。バカだぁ」
「もしかしてあいつが怒って、俺を部屋から追い出した日のことか?」
「はい。ごめんなさい」
「それじゃあ、さっき泣いていたのはどうしてなの?」
リョー先輩は私に優しく訊いてくる。
「それは、嬉しくて」
「嬉しい?」
「リョー先輩に会いたいって思っていたんです。そしたら目の前に居て、嬉しかったんです」
「そうか。モエはやっぱり可愛いよ」
リョー先輩は嬉しそうに笑って私の頭を撫でた。
「嬉しそうに笑うリョー先輩は好きですけど、私が緑色のクマさんのキーホルダーをあげた時に、笑顔がなくなっていたのは何故ですか?」
「それはモエが、あいつのプレゼントを買いに来た思い出だって言ったからだよ」
「二人で来た思い出です」
「えっ」
「二人が抜けてます。二人で初めて出掛けた思い出です」
「そっか。俺の勘違いだな」
「私達って勘違いが多いですね?」
「それはモエだけだよ」
リョー先輩はクスクスと笑って言った。
「でも俺があいつとモエのことを、オモチャだって言ったのは悪かった。言葉を間違えたんだ。緊張してて」
「緊張ですか?」
「そう。モエが隣にいて近かったから、緊張で考えることもせず、ただ口から出たんだ。本当にごめん」
「緊張と嫉妬心ですよね? りょう先輩に嫉妬していたんですよね?」
「それは言わないようにしていたのに」
「本当に反省をしているんですか?」
「反省はしてるよ。分かったよ、言うよ。嫉妬していたんだ」
「分かりました。りょう先輩が許すなら私も許します」
りょう先輩に訊かなくても、必ず許すと思う。
りょう先輩はそういう人。
二人はそんなことで壊れる関係じゃない。
「ねぇ、リョー先輩?」
「ん? 何?」
「もっと教えて下さい」
「何を?」
「リョー先輩のことです」
「いいよ。でもそれならモエの全てを教えてくれるか?」
「う~ん。少しずつ教えてあげます」
「俺はもうすぐ卒業するんだけど、それでいい訳? 時間があんまり無いけど?」
リョー先輩はニヤリとして言った。
私に意地悪を言ってきたようだけど、私にはきかないわよ。
「いいえ、時間はたくさんあります。だってリョー先輩が卒業しても、これからずっと一緒にいるんですよ? 違うんですか?」
「年下のクセに生意気なこと言ったな?」
「私だってたまには反撃しますよ」
「それなら俺だって」
リョー先輩は私を抱き締めた。
「リョー先輩。大好きです」
「俺もモエが大好きだよ」
◇◇◇
「リョー先輩、卒業おめでとうございます」
「ありがとうモエ」
「リョー先輩、ネクタイくださいね」
「いいよ。つけてあげるよ」
リョー先輩は私にネクタイをつけてくれた。
私の胸元のリボンの下から、ネクタイが顔を出す。
家に帰ったら宝石箱に入れておこう。
「あっ、僕のモエちゃん」
りょう先輩がそう言いながら近付いてきた。
「俺のだよ」
リョー先輩が私を後ろから抱き締めて、胸元のネクタイを持ち上げて、りょう先輩に見せている。
「リョウは、モエちゃんのことになると独占欲が強くなって困るよ」
「お前には迷惑はかけていないだろう?」
「かけたじゃん。緑色のクマのキーホルダーを失くした時に、僕にも探させたじゃん。僕が取ったって疑ったし」
「それは言うなよな。あの時はごめんって謝っただろう?」
「でもモエちゃんには話をしたから知ってるよ?」
「えっ」
私、知らない。
聞いてないよ?
「あれ? 覚えていないの? お店で話をしたよね?」
「えっと、ごめんなさい。その時はリョー先輩のことでショックを受けてて、何も聞いていないです」
「二人とも、ちゃんと僕の言うことを聞かないから、こんなに時間がかかったんだよ?」
「えっ、どういう意味ですか?」
「二人とも、初めて会った時に、お互いに惹かれていることに、僕は気付いていたんだからね」
「はあ? でも最初はそんなことは思っていなかったけどな?」
リョー先輩は不思議そうにりょう先輩に言う。
「僕はリョウの、女の子の好みは知っているからね」
「そんなこと知らなくていいんだよ」
「リョウにはずっと、お礼をしたかったの」
「りょう。お前は本当に可愛いやつだな」
リョー先輩が、りょう先輩の髪をグシャグシャにしながら撫でている。
「リョー先輩は私のです」
私はりょう先輩に嫉妬して言ってしまった。
「分かってるよ」
リョー先輩は私を抱き締めてくれた。
「リョー先輩がいないこの学校はつまらないです」
「俺はそのクマと一緒にいるから」
リョー先輩は私を抱き締めながら、バッグについているキーホルダーをトントンとつつく。
「ねぇ、リョー先輩?」
「何?」
「いつかお嫁さんにして下さいね」
「えっ、あっ、うん。当たり前だよ」
「リョー先輩。すごくドキドキしてますね?」
「当たり前じゃん。可愛いモエがずっと隣にいてくれるんだからね」
リョー先輩。
ずっと私の隣にいてくださいね。
そう言うように、私はリョー先輩の首にギュッと抱き付いた。
リョー先輩のドキドキはおさまらないみたいです。
読んでいただき、誠にありがとうございます。