好きな人には分かってほしいのです。
「リョウ君、こっちよ」
リョウ君?
りょう先輩の妹さんがそう呼んだ。
すると私が思った通りの、リョー先輩が人混みから出てきた。
それにしても、リョー先輩がそんな風に呼ばれているのを、初めて聞いた。
「あれ? りょうと、、、何でいるんだよ?」
リョー先輩はわざと私の名前を言わなかった。
どうして?
もしかして、りょう先輩の妹さんがいるから?
「リョウ君。お兄ちゃんが彼女とデートしてるよ? 初めまして、妹のルウです」
「あっ、初めまして。モエです、、、ってデート?」
「モエさん可愛い」
ルウちゃんはそう言って、私を抱き締めた。
私が可愛い?
そんなことはありえない。
「こらっ、ルウ! モエちゃんが困ってるよ」
りょう先輩がそう言って私の腕を引っ張ると、仕方なさそうにルウちゃんは離れた。
ルウちゃんが離れると、りょう先輩の引っ張る力によって、私はバランスを崩す。
そんな私をりょう先輩は支えてくれた。
りょう先輩の顔が近くて驚いたけど、りょう先輩の身長にも驚いた。
りょう先輩って案外、身長が高いのね?
可愛い顔だから、低いのかと思っていた。
りょう先輩のことは、まだまだ知らないことだらけみたい。
「お兄ちゃんとモエさんがラブラブだぁ。リョウ君とルウもラブラブなんだよ?」
ルウちゃんはリョー先輩の腕に腕を絡ませる。
リョー先輩は嫌がってはいない。
ルウちゃんは可愛いからね。
嫌がる人はいないよね?
「ルウ。俺達は恋人じゃないだろう?」
リョー先輩はルウちゃんの頭を撫でながら言った。
「そこは気にしないの。一緒にお風呂に入った仲でしょう?」
「それは小さな頃の話だろう? 誤解させるような言い方はするなよな」
「誰に誤解をされたくないの?」
さっきまで笑っていたルウちゃんが、真顔でリョー先輩に訊いた。
リョー先輩はチラチラと私を見ながら、何も言わない。
「そんなのモエさんに決まってるよね? モエさんに、一人でお風呂に入れない人なんて思われたくないわよね?」
「あっ、ああ。そうだよ」
「さぁ、緑色のクマさんを探さなきゃ」
ルウちゃんは、急ぎ足でクマさんのキーホルダーの前に行き、探している。
緑色のクマはもう、無いのに。
「緑色のクマさんはいないみたい。欲しいのになぁ。緑色のクマさんはラッキークマさんなのに、、、」
「無いんだから仕方ないだろう?」
落ち込むルウちゃんに、リョー先輩は背中を優しく撫でて言う。
リョー先輩はやっぱり優しい人に見える。
「緑色のクマさんはなかったし、モエさんとお兄ちゃんの邪魔はしちゃダメだから、リョウ君、家に帰ろうよ」
「うん。そうだな」
そして二人は帰っていった。
ルウちゃんがリョー先輩の腕に腕を絡ませて。
少しは嫌がってもいいんじゃないの?
邪魔だとか、重いとか言って、振り払ってもいいんじゃないの?
リョー先輩はルウちゃんに対して、嫌がらなくても、緊張はしているのかなぁ?
ただ態度にも出ていないだけなのかなぁ?
もし、私があんなことをしたらリョー先輩は、私には絶対に意地悪をするはず。
そして私を怒らせて、リョー先輩はクスクスと笑うはず。
そんなことを考えていると、その場面を想像して笑えてきた。
りょう先輩にバレないように下を向いた。
「何か良いことがあったの?」
「えっ」
「何となく、笑っているように見えたからね」
「あっ、それはりょう先輩の可愛い妹の、ルウちゃんに会えたからですよ」
本当は、リョー先輩のことを考えていたけど、りょう先輩に言う必要はないからね。
それにルウちゃんに会えたことが嬉しいのは、嘘じゃないからね。
「ねえ、僕達って今、デートしてるの?」
「えっ、なっ何で私に訊くんですか?」
「だって、いつもはあいつがいるけど、今日は二人だよ?」
「二人ですけどデートじゃなくて、お買い物です。デートは好きな子として下さい」
「えっ、僕はモエちゃんが好きだよ?」
「その好きは、私のりょう先輩への好きとは違いますよ」
「一緒だよ。モエちゃんを見ていると、僕を見ているようだもん」
「どうしてそうなるんですか?」
「類は友を呼ぶって言うじゃん」
りょう先輩はニコニコとしながら言った。
私からすると、私とりょう先輩は全然、違って見えるよ。
私はりょう先輩に恋をしているんだから。
でもりょう先輩は私を、妹のように扱っているんだよ?
ほらっ。
同じじゃないわよね?
違う好きだよね?
◇
「モエちゃ~ん。今日は僕のお家でお菓子パーティーだよ。さあ、行くよ」
「えっ、また、いきなりですか?」
私は放課後に、りょう先輩に腕を掴まれ、りょう先輩の家まで強制連行されました。
嫌じゃないよ。
ただ、いきなり過ぎて、心の準備ができないだけ。
「これはモエちゃんの。それでこれは僕の」
「りょう先輩? このお菓子の量を食べろと言うんですか?」
りょう先輩は部屋に着くと、私に抱えきれないほどの、お菓子をくれた。
「そうだよ? こんなのすぐになくなるよ」
「私を太らせるつもりですか?」
「ん? 僕は太らないから、モエちゃんも太らないよ」
私が太らないなんてどうして分かるんですか?
私は確実に太ると思いますよ?
太らないのなら、毎日たくさんお菓子を食べているでしょうからね。
「私はこの中から食べられる分だけ選びます」
「何か、遠足のお菓子を選んでいるみたいだね?」
「私は小学生じゃありませんよ?」
「そんなこと言ってないよ。でも小学生の時に、遠足のお菓子は食べられる分だけって、先生に言われていたのを思い出したんだ」
「そう先生に言われても、いつも食べきれなかったですよね?」
「えっ、僕は残さず食べてたよ?」
そうでした。
りょう先輩は甘党さんだから、どれだけでも食べられますよね?
りょう先輩に、お菓子に関する常識は通用しないですね。
でも、お菓子を食べている時のりょう先輩は、とっても可愛いなぁ。
私はりょう先輩を見ていた。
するとりょう先輩が、カラフルなお菓子を私に差し出す。
「これ、美味しいよ」
「すごい色ですね?」
「いろんな色や味があるんだよ。食べてみてよ」
「はい」
私は黄色の丸いチョコレートを口に入れた。
甘いけど、爽やかなレモンの香りが鼻を抜ける。
「美味しいでしょう?」
「はい。黄色はレモン味なんですね?」
「そうだよ。赤色はラズベリー味で、緑色はミント味。それに青色はソーダ味で、僕が一番好きな白色は中にマシュマロが入っているんだ」
りょう先輩の顔を見れば、本当に甘い物が好きってことがよく分かる。
とっても可愛いりょう先輩。
「りょう、俺はお菓子なんて食べないからな!」
リョー先輩がそう言って、私達がいる、りょう先輩の部屋へ入ってきた。
そして私を見て驚いていた。
そんなリョー先輩を見ても、りょう先輩は何も気にせず、立ち上がり何か準備をしている。
「今日はホットココアを飲んでもらうよ。いつもと何かが違うんだよ?」
「それなら俺はいらないだろう? 味見する奴はいるじゃん」
「ダメ。モエちゃんとここに居てよ」
そしてりょう先輩は部屋を出ていった。
リョー先輩と二人きりになった。
久しぶりで落ち着かない。
「ルウちゃんは、緑色のクマさんを手に入れることはできましたか?」
「うん」
「良かったですね。誰かにあげるのかなぁ?」
「俺があげたから、大事に持ってるよ」
「リョー先輩があげたんですか?」
「うん」
私があげたクマさんをあげたのかな?
人気だし、入荷日は未定だったから、何処のお店も無いはず。
リョー先輩って、人から貰った物を誰かにあげるの?
でも、リョー先輩はバッグにつけるのも恥ずかしいって言っていたし、使い道はなかったからね。
なんだろう?
凄く悲しい。
私があげた物を人にあげるなんて、、、。
「モエ?」
リョー先輩が久しぶりに私の名前を呼んだ。
リョー先輩を見ると、凄く心配している顔をしている。
「何で泣くの?」
リョー先輩の言葉で、私は泣いていることに気付いた。
すぐに顔を下に向けて、制服の袖で涙を拭った。
「モエ?」
「何でもないですよ」
「何でもない訳がないだろう?」
「めっ目にゴミが入ったんです」
「それなら見せてよ。確認してあげるから」
リョー先輩が私の咄嗟の嘘を信じてはいないのは、声で分かる。
「もう、大丈夫です」
「モエが分からないよ」
リョー先輩は小さな声で呟いた。
「私もリョー先輩が分かりません」
お互いに知らなすぎる私達。
長い年月を一緒に過ごした訳じゃないし、血の繋がりもない。
そんな私達が分かり合えるとは思えないよ。
リョー先輩のたった一言で傷つく私は、その一言に隠れた本心なんて見抜けない。
「モエちゃん。ホットココアができたよ」
りょう先輩がウキウキしながら部屋へ入ってきた。
私の様子を見てココアを机に置き、近寄ってきた。
「モエちゃん? どうしたの? 目が真っ赤だよ? 泣いたの? もしかして、こいつに何かされたの?」
りょう先輩は一度に沢山の質問を私にしてきた。
「りょう先輩、質問が多すぎます。私は大丈夫ですから」
「でも、、、。モエちゃんが良くても僕はダメ。リョウはこの部屋から出てけ!」
「分かったよ!」
りょう先輩の怒る顔を初めて見た。
そしてリョー先輩も怒って出ていった。
「りょう先輩。そんなに怒らないで下さい。私が悪いんですよ。勝手に悲しくなって、泣いたりしたから、、、」
「モエちゃんは悪くないよ。泣いたらダメなんてことはないよ。人は泣いてストレスを発散するんだからね」
りょう先輩は私の頭を優しく撫でてくれた。
りょう先輩の慰め方が可愛くて笑ってしまった。
「えっ、モエちゃん? どうしたの? 何か面白い所があったかな?」
「いいえ。りょう先輩が可愛くて」
「僕はこれでも男の子です」
「はい。知っています」
「それなら宜しい」
りょう先輩が本当に面白くて、優しさが嬉しくて、私は笑った。
りょう先輩は、モエちゃんには笑顔が一番お似合いだよと言って、一緒に笑った。
りょう先輩のことをまた好きになった。
優しい人。
りょう先輩の言葉に本心なんて隠れていない。
りょう先輩は本心を、ちゃんと言葉にしてくれる。
リョー先輩みたいに、隠したりしない。
リョー先輩みたいに、嘘の優しさなんて見せない。
リョー先輩なんて、、、嫌いよ。
「ココアが冷めちゃうよ」
「あっ、そうですね」
「このココアには秘密があるんだよ?」
「秘密ですか?」
「ココアをマドラーで混ぜてみてよ」
私はココアを混ぜると、キラキラと何かがココアの中で舞い踊るように、光っている。
「綺麗」
「金粉だよ」
「金粉ですか? ココアに金粉の組み合わせなんて不思議ですね?」
「珍しいでしょう? 商品名が砂金ココアっていうんだよ。このココアには、もう一つ秘密があるんだよ?」
「もう一つですか?」
「そう。これだよ」
「ハート形の金粉ですか?」
「うん。これをココアの真ん中に浮かせて、マドラーで一周かき混ぜて、沈まなければ願いが叶うんだよ」
私はハート形の金粉をりょう先輩から受け取る。
ハート形の金粉を、真ん中に浮かせるだけでも難しかった。
そしてゆっくりかき混ぜると、ハートが波紋でユラユラと揺れる。
お願い。
リョー先輩のことをもっと知りたいの。
だから沈まないで。
あれ?
何でリョー先輩なの?
「あっ」
マドラーが一周する前にハート形の金粉は沈んだ。
あと少しだったのに。
成功したら、私は何を叶えたかったの?
「モエちゃん、惜しかったね。次は僕だよ」
りょう先輩は大成功だった。
願い事は口にしたら叶わないらしいから、教えてはもらえなかった。
「モエちゃんは何をお願いしたかったの?」
「えっと、その、、、」
私は困った。
だってリョー先輩のことを願ったなんて言えないもん。
「モエちゃんは今回、失敗したから教えても大丈夫だよ?」
「あの、それが、、私も緑色のクマさんのキーホルダーが欲しかったので、お願いしました」
「そうだったんだね? 緑色のクマのキーホルダーならあいつが持っていたけど、最近は見ていないから誰かにあげたのかな?」
「ハートの金粉の願いは、やっぱり叶わなかったってことですよね。それにリョー先輩からは貰いたくはありません」
「そんなにあいつが嫌いなの?」
「分からないだけです」
私の言葉に、りょう先輩は首を傾げて意味を考えている。
「嫌いかどうか分からないの?」
「えっ、そういう意味ではなくて、、、」
「僕はあいつが好きだよ。あいつは感情が顔にあまりでなくて、分からない時もあるけど、昔を思い出すと、あいつは人のことを思いやれる、優しい人だから安心できるんだよ」
「昔ですか? 私には昔の思い出なんてありませんよ?」
「思い出なんて、今から作ればいいじゃん。それに昔のことは僕が教えてあげるよ」
でもりょう先輩。
リョー先輩はあなたを、オモチャだって言ったんですよ?
その言葉に、優しさが隠れていると思いますか?
りょう先輩が思う優しいリョー先輩だったら、私があげたクマさんのキーホルダーを、ルウちゃんにあげて、私を傷つけるとは思わないんですか?
本当にリョー先輩は優しい人なんですか?
「僕達の始まりの話を教えてあげるよ」
「始まりって、小さな頃からの仲なんじゃないんですか?」
「幼馴染みだから小さな頃から知ってはいたけど、仲良しでは無かったんだ。僕達って、性格が全然違うでしょう? だから小学生になると、話さなくなったんだ」
「リョー先輩は一匹狼っぽいですよね? 何でも一人でできちゃう感じがします」
「そうだよ。あいつは何でもできたから、いつの間にか一人になっていたんだ」
一人で寂しくなかったのかな?
私だったら、無理だよ。
「それから中学一年生の時、僕が仲良くしている友達に言われたんだ。お前って女子みたいだなって、バカにしたようにね」
「ヒドイ言い方ですね」
「そうだね。でも僕は否定もせずに笑っていたんだ。するとそれを見ていたあいつが、言ったんだ。面白くないのに笑うなってね」
「リョー先輩もヒドイ言い方ですね」
「言い方はヒドイよね。でも僕は気付いたんだ。あいつは僕の為に怒っていたんだって」
どうして怒っているなんて分かるの?
「あいつの手が怒りで震えていたんだよ。あいつの目を見ても怒っているのは分かったんだ」
「りょう先輩はそれからどうしたんですか?」
「ん? それはちょっと言えないよ。モエちゃんには聞かせられない言葉を、少し言っただけだよ」
「人の気持ちが分からない人には、同じ立ち場になってもらわなきゃいけないですよね?」
「そうだよね。でも僕もそれをあいつに教えてもらったんだ。傷ついているなら言わなきゃ分からないんだよ?」
言わなきゃ分からないのは分かっている。
でも言えない時もある。
だから困るのよ。
「僕には言ってよ。僕がモエちゃんの助けになるからね」
りょう先輩は、私に言えないことがあることを分かっている。
だから言葉にして、僕に頼ってよと言うように、伝えてくれたんだ。
「ありがとうございます」
「うん。それならどうして泣いていたの?」
「りょう先輩。もしかして、私が泣いていた理由を知りたくて昔の話をしたんですか?」
「ん? そんなことはないよ~」
りょう先輩は分かりやすい嘘をついた。
優しい嘘を。
「りょう先輩。本当にありがとうございます。でも私が勝手に悲しくなっただけなんです。リョー先輩は何も悪くないんですよ」
「そうなの?」
りょう先輩は心配そうに私を見ていた。
私はそんなりょう先輩に、大丈夫だよと言うように笑った。
読んでいただき、誠にありがとうございます。
次が最終話です。