好きな人には喜んでほしいのです。
次の日、りょう先輩に誕生日プレゼントをあげて、お昼休みはパーティーをして盛り上がった。
私はりょう先輩が好きな、映画のDVDをプレゼントした。
何か残る物をあげたかった。
だってそれを見る度に、私を思い出してほしかったから。
そして、一緒に観られたらいいなぁと思いながら。
「今度の日曜日に、このDVDをみんなで観ようよ」
りょう先輩が私の願いを知っているかのように、DVDを受け取るとすぐに言った。
私は嬉し過ぎて、返事をするのを忘れていた。
「モエちゃん? もしかして、好きなジャンルじゃなかったかな?」
りょう先輩は、ワンコのようにシュンとして私を見ている。
「そんなことはないですよ。大好きです」
「えっ」
私の大好きの言葉に反応したのは、リョー先輩だった。
「だっ大好きっていうのは、DVDのことですよ?」
「それって本当なのか? DVDのことじゃなくて、DVDを観てる時に食べる、ポップコーンじゃないよな?」
私が焦って言うと、リョー先輩が私をからかうように言ってきた。
「もう! リョー先輩じゃありませんから」
「なっ、何で俺がポップコーンが好きなのを知ってんだよ?」
「えっ、リョー先輩ってポップコーンが好きなんですか?」
「二人とも、漫才はもういいよ」
りょう先輩が呆れ顔で言った。
でも、何でいつもリョー先輩とは、漫才のようになっちゃうんだろう?
どこか、ふざけるリョー先輩が悪いの。
いつも、私を怒らせるリョー先輩が悪いの。
そんな、リョー先輩に突っ掛かる私も悪いの。
◇
それから日曜日になり、学校で待ち合わせをして、りょう先輩の家へ行く。
待ち合わせにはリョー先輩はいなかった。
リョー先輩は少し遅れるみたい。
りょう先輩と二人きりになるのは初めてで、緊張した。
りょう先輩が会話を続けてくれるから、沈黙なんてなかったけど。
りょう先輩は、ちっとも緊張をしていないようだった。
私だけがこんなに緊張をしてバカみたい。
リョー先輩がいなくても、いつも通りでいいのに。
リョー先輩と二人きりの時は、緊張なんてしなかったのに。
好きな人と二人きりの時は、やっぱり緊張をするみたい。
りょう先輩の家へ着くと、りょう先輩の部屋へ入る。
勉強机の上には、甘いお菓子がたくさん乗っている。
勉強は何処でするのかな? と思った。
受験生なのに大丈夫なのかな? とも思った。
りょう先輩の部屋には、テレビの前に立派な二人掛けソファがあった。
そこに二人で座り、DVDを観る。
「リョー先輩が来ていないのに、観てもいいんですか?」
「いいよ。あいつは、この映画に興味はないからね」
「それならどうして一緒に観るなんて、約束をしたんですか?」
「モエちゃんがいるからだよ」
「私ですか?」
「うん。モエちゃんを気に入っているからだよ」
りょう先輩が言った言葉は、リョー先輩も言っていた言葉だった。
二人とも私を、何だと思っているんだろう?
私はお気に入りの女の子。
これは喜んでいいの?
お気に入りなら喜ぶべきなの?
「モエちゃん? 心配しないで。君は大切だから」
「えっ」
「お気に入りは大切だってことだよ?」
「大切ですか?」
「そうだよ。あっ、映画が始まるよ。最初が肝心だから、ちゃんと観なきゃね」
それから私達は映画に夢中になった。
ううん、違った。
夢中になったのは私だけだった。
りょう先輩は眠そうにしていた。
何度も観ているから、内容は分かっているはず。
何度も寝そうになっているりょう先輩を見ると、可愛くて笑ってしまう。
「りょう先輩。眠いようなら寝て下さい」
「いいの? それじゃあ遠慮なく」
りょう先輩はそう言って、私の膝に頭を乗せた。
「膝枕で寝れるなんて、幸せだよ」
りょう先輩は嬉しそうに笑って目を閉じた。
そういう意味で言った訳じゃないのに。
私は仕方なく膝枕をした。
膝枕をすると身動きがとれない。
りょう先輩はスヤスヤと眠っている。
映画の内容なんて頭の中に入ってこない。
「そいつなら、一度寝たら起きないから、動いていいよ」
私の頭の上からリョー先輩の声がした。
私が見上げると、リョー先輩が呆れた顔で見ていた。
「でも、、」
「モエがそのままがいいならいいけど、キツイなら膝枕なんてしなくていいと思うけど?」
「そうですね」
私はりょう先輩の頭を支えて、ソファから立ち上がる。
りょう先輩は全く起きなかった。
「モエ、ここに座りな」
リョー先輩がソファを背にして床に座る。
そして隣に座れと床を叩いている。
私はゆっくりと隣に座った。
「リョー先輩はこの映画は観ないんですよね?」
「そりゃあね、何度も観たら飽きるよ」
「りょう先輩に観せられた感じですね?」
「そう。恋愛映画なんて興味ないのにさ」
「それでも付き合うのは、りょう先輩が好きだからですよね?」
「いいや、俺は、男は好きにならないよ?」
また、ふざけるリョー先輩。
私は真剣に訊いているのに。
「リョー先輩はどうして、いつもふざけるんですか? どうして、いつも大事な所で本心を言わないんですか?」
「本心? 言ってるよ? 俺は男は好きにならないってね」
「リョー先輩。私はリョー先輩の本心が知りたいんです」
「それなら、りょうは俺のお気に入りって言えばいいのかよ?」
「お気に入りってどういう意味なんですか?」
「モエと同じだよ。面白いんだよ」
「面白い?」
「そう。俺のオモチャみたいだ。電源を入れると動きだすオモチャだよ」
オモチャ?
バカにしているの?
私もりょう先輩も、心を持っている人間だよ?
電源なんてないよ?
リョー先輩と居ると楽しいから一緒にいるのに。
ヒドイ。
「そんな言い方、りょう先輩に失礼よ!」
私はリョー先輩にタメ口で言ってしまった。
でも、りょう先輩の為にも、言いたかった。
りょう先輩も傷つくはずだから。
私はすぐに、りょう先輩の部屋を出た。
あのままあの部屋にいたら、悔しくて泣いてしまいそうだったから。
優しいはずのリョー先輩は、本当は優しくなかったの?
あの優しさは嘘だったの?
私もりょう先輩も騙されていたの?
◇◇
あの日から先輩達と私の関係が変わった。
「モエちゃん」
「また来たんですか?」
りょう先輩はあの日から、一人で私の教室に来るようになった。
りょう先輩はあの日の出来事を知らない。
だから毎日、私の所に来て、何があったのか訊いてくる。
私もリョー先輩も何も言わない。
だって、りょう先輩が知る必要はないから。
「いつになったら仲直りするの?」
「りょう先輩、私達はケンカなんてしていないですよ?」
「ケンカだよ。だから二人とも、後悔した顔をしているんだよ。謝れば済むのに」
「謝っても許しません」
「やっぱりケンカなんだね?」
「ケンカならまだ良いですよ、、、」
「モエちゃん?」
りょう先輩は心配そうに、私を見て言った。
こんな可愛いりょう先輩に、あんなヒドイことを言うなんて。
絶対に許さないんだから。
悪魔から天使を守らなきゃ。
「ねえ、モエちゃん。今日の放課後、僕に付き合ってくれる?」
「はい。いいですよ」
りょう先輩ったら、どうしたんだろう?
いつもは何も言わずに、私を連れ回すのになぁ?
放課後になり、りょう先輩は目的地を言わずに、その目的地まで私を連れていく。
りょう先輩の口数がいつもよりも少ない。
「りょう先輩? ここって、、、」
目的地へ着くと、私は驚いた。
だってここは、リョー先輩と一緒に来た場所。
りょう先輩の誕生日プレゼントを買った、女の子に人気のお店だった。
「ここのお菓子が美味しかったから、また食べたくなったんだ」
「りょう先輩は本当に、甘い物が好きなんですね?」
「うん。だからあいつは毎年このお店で、沢山のお菓子を買って誕生日プレゼントとしてくれるんだ」
「毎年ですか?」
「うん。毎年だよ」
「リョー先輩が一人でですか?」
「一人はちょっと入りにくいよね? このお店に男子高校生が、一人で入るのは勇気がいるよ」
「そうですよね?」
リョー先輩は誰と来るの?
「モエちゃん? あいつが誰と来るか気になる?」
「そっそんなことはないです。リョー先輩のことなんて気になりません」
「モエちゃん、バレバレだよ」
りょう先輩はクスクスと笑った。
私が気になるのは、リョー先輩と一緒に行きたいと思う人がいるのかってこと。
そして本心を教えてくれないリョー先輩と、一緒に居たいと思う人がいるのかってことよ。
嘘の優しさを見せるリョー先輩に、一緒に居たいと思ってくれる人はいるの?
「僕の妹だよ」
「えっ」
「あいつは、僕の妹と来るんだ。いつも妹にも何か買ってあげてるけど、一緒に行ったお礼だって言ってたよ」
私もお礼にクマさんのキーホルダーを貰ったよ。
りょう先輩の妹さんと同じなんだね。
「りょう先輩には妹さんがいたんですね?」
「そうだよ。だからかもしれないね。最初にモエちゃんを見た時、側に居たいと思ったのは」
りょう先輩は私を、妹のように可愛がってくれていたんだ。
最初から恋愛に発展することはなかったんだ。
私とりょう先輩にはハッピーエンドは訪れない。
それでも私は、りょう先輩が好き。
だからこの関係のままでもいいのかもしれない。
好きになったら仕方ない。
ハッピーエンドじゃなくても、この想いは大切にしたい。
「それじゃあ、最初に行くコーナーは何処がいい?」
「りょう先輩の行きたいコーナーからでいいですよ」
「それならお菓子コーナーだね」
リョー先輩と来た時には、私が一人で舞い上がっちゃったから、今回はりょう先輩を優先しなきゃ。
りょう先輩が楽しんでくれたら、私も嬉しいから。
りょう先輩は、たくさんのお菓子を両手いっぱいに持っていた。
そしてそのままレジへ向かった。
私はその間に、クマさんのキーホルダーを見ていた。
緑色のクマさんは欠品していた。
入荷予定もないみたいだった。
リョー先輩に買ってあげたやつが、本当に最後の一個だったんだ。
「そのクマって、あいつが持ってるよね?」
「えっ」
私は驚いて振り向くと、大きな袋を持って、りょう先輩が立っていた。
「大事にポケットに入れているのを見たよ? キーホルダーなんだから、バッグにでもつければいいのにって言ったら、恥ずかしいって言ってたんだ」
「恥ずかしいかぁ、、、」
リョー先輩はバッグにつけるつもりは、なかったみたいだね。
嘘だったんだね?
嬉しそうにしていたのも嘘なんだね?
だからあの時、笑顔が消えたんだ。
どうして気付かなかったんだろう?
私って本当にバカ。
「、、、、なんだよ。ってモエちゃん? 聞いてるの?」
「えっ、あっはい! 聞いてますよ」
本当は全然聞いていない。
リョー先輩の嘘がショックすぎて。
リョー先輩のことが、分からなくなって。
「僕はずっとあいつと一緒にいるから、あいつの考えていることは分かるけど、モエちゃんには難しいよね?」
「えっ」
「あいつって、僕と違って、喜怒哀楽が分からないからね。でもモエちゃんには出してるよね? いつも楽しそうにしてるし」
「意地悪なだけですよ」
「そうだね。モエちゃんにだけだよ」
りょう先輩は私にウインクをして言った。
そんな、りょう先輩も可愛い。
胸がキュンとした。
「モエちゃんに良い事を教えてあげるよ」
「良い事ですか?」
「そうだよ。この緑色のクマは、自分の為じゃなくて、誰かの為に手に入れた人は、幸せが訪れるんだよ?」
「そんなこと初めて聞きましたよ?」
「だってこの事は、原作本を読んだ妹が言っていたんだ」
「アニメしか観ていない私には、知らない事ですね?」
「うん。だから、モエちゃんにも良い事があるよ」
「はい!」
私は嬉しくなった。
だって私は、リョー先輩に緑色のクマさんをあげたから。
あれ?
私ってりょう先輩に、クマさんのキーホルダーをあげたことを言っていないよね?
そっか。
りょう先輩は、いつか私が誰かに、クマさんのキーホルダーをあげる時のことを考えて、言っているんだよね?
だってリョー先輩にあげたことは知らないはずだから。
「お兄ちゃん?」
私達の後ろから声がした。
りょう先輩と二人で振り向くと、そこにはフランス人形のような、可愛らしい女の子が立っていた。
「ルウ! もしかして、ルウもお菓子を買いにきたの?」
「お兄ちゃん、違うわよ。私はクマさんを探しているの」
「クマ?」
「そうよ。お兄ちゃんの目の前にあるクマさんのキーホルダーよ」
「それなら沢山あるよ」
りょう先輩はそう言って、妹さんに場所を譲る為に端に寄る。
「お~い、ルウ」
聞き覚えのある声に私は目線を上にあげた。
だって、その相手の顔を見るには、上を見なければいけないことを、私は知っているから。
読んでいただき、誠にありがとうございます。
楽しくお読みいただけましたら、幸いです。