好きな人には笑っていてほしいのです。
彼と出会ったのは高校の入学式の日。
私は入学式が終わり、クラスのみんなが帰った教室で、窓から外を見ていた。
高校生活が充実することを願いながら、外を見ていた。
そんな私は、教室のドアを誰かが開けて、入ってきたことに気付かなかった。
「この教室、懐かしいなあ」
「えっ」
「そんなに驚かなくてもいいと思うけどな?」
「あの、えっと」
「入学おめでとう」
「えっと、ありがとうございます?」
「何で最後にハテナなの? 君って面白いね」
私に話しかけてきたのは、制服のネクタイの色で分かる。
三年生の先輩だ。
先輩は私の隣に座って笑っていた。
先輩の笑顔を見た時に、私は恋をした。
可愛い先輩。
「おいっ、勝手に行くなよな」
いきなり教室に、もう一人の先輩が入ってきた。
後から入ってきた先輩は、身長は高く眉間にシワを寄せて、少し怖い。
「だって、この子が一人で寂しそうにしていたから、心配になったんだよ」
先に入ってきた可愛い先輩が、私を心配そうに見ながら言った。
「お前は、外を見ている女子みんなに声をかけるのかよ?」
「みんなじゃないよ。でも、君には笑顔でいてほしいんだよ」
可愛い先輩は私に笑いかけて言った。
「そうやって女子に優しくしたら、勘違いをするだろう? これで何回目だよ? お前は学習しろよな!」
「この子はそんなことは思わないよね?」
可愛い先輩は私の頭を撫でながら言った。
私は小さくうなずいた。
本当はもう、好きになっていたのに。
「その子の頭を勝手に触るなよ」
「そんなに怒らなくても、この子は怒ってないんだからいいじゃん」
「ダメだ」
「いいよね?」
可愛い先輩は、私に同意を求めるように訊いてきた。
可愛いワンコのように見える先輩に、私は首を縦に振る。
「ほらっ、いいって言ってるよ。ところで君の名前は何ていうの?」
「私はモエといいます」
「モエちゃん。可愛い名前だね?」
「可愛いのは名前だけですよ」
「そんなことはないよ。名前も、モエちゃん自身も可愛いよ」
可愛い先輩は、今の言葉を、女の子みんなに言うんだろうなぁと思った。
それでも私は嬉しかった。
だから優しくて、可愛い先輩を嫌いにはならなかった。
「僕はりょうだよ」
「りょう先輩ですね」
「そうだよ。でもね僕だけじゃないんだ」
「どういうことですか?」
「俺も同じ名前だから」
もう一人の背の高い先輩が、りょう先輩の視線に気付き言った。
友達と同じ名前なんて珍しい。
「僕のことは何て呼んでもいいよ。りょう君でも、りょうちゃんでもね」
「でも、先輩ですから、、」
りょう先輩は、とてもフレンドリーに会話をしてくれる。
「俺は先輩って呼んでくれればいいよ」
「でも、、、」
「君は俺を呼ぶことはないと思うから、大丈夫だよ」
りょう先輩に比べ、背の高い先輩は冷たい言い方だった。
「りょう。そんなヒドイ言い方をしなくても、、。モエちゃんが可哀想じゃん」
「でもな、この子はこれから、学校に慣れるのに大変なんだよ。それに、どうせ俺達よりも、同じ年齢の男子と仲良くするんだよ」
「え~でも、モエちゃん面白い子だよ?」
「この子は、お前の餌食にはさせないよ」
「餌食ってなんだよ?」
「お前にはもっと良い女子がいるよ」
トゲのある言い方をしても、私には分かる。
私の為に言ってくれているって。
りょう先輩を好きになるなって。
「私は、モエです」
「モエちゃん? 名前は知ってるよ?」
りょう先輩が不思議そうに私を見ている。
「私はモエです。この子じゃなくてモエです」
私は背の高い先輩に向かって言った。
「リョーく~ん。モエちゃんが怒ってるよ? 早く名前を呼んであげなきゃね」
「何でだよ? どうせ話すのは、今日が最初で最後なんだから、この子でいいんじゃん」
「リョー先輩。私はモエです!」
「わっ分かったよ。モエ! これでいいんだろう?」
「はい」
私は同じ名前である先輩の呼び方を、少しだけ変えた。
私の好きな人で可愛い、りょう先輩。
怖い顔だけど本当は優しい、リョー先輩。
これが私と彼との出会い。
これから二人の先輩と、私の生活が始まるの。
◇◇
「モエちゃん。一緒にご飯を食べようよ」
「またですか? 私はクラスの友達と食べるんです!」
「いいじゃん。クラスの友達も呼んで、一緒に食べようよ」
入学式の次の日から、りょう先輩は私にべったりだ。
昼休みの度に私の教室へ来て、私を教室から連れ出す。
今日こそは、友達と教室で食べようと決めて、りょう先輩から少し離れて話す。
だって、りょう先輩は私の腕を引っ張って、連れていこうとするからね。
「もう! リョー先輩も何か言って下さいよ」
「うん」
「うんって何ですか?」
「何か言えって言ったから、うんって言ったんだよ」
「もう! リョー先輩は、私をりょう先輩から守ってくれるんですよね?」
「誰がそんなことを言ったんだよ?」
「リョー先輩ですよ。私をりょう先輩の餌食にさせないって言ったじゃないですか?」
「そうだったかな?」
「もう! 先輩達は自分の教室へ帰って下さい」
私は怒って、自分の机へ戻ろうと先輩達に、背中を向けた。
そんな私の頭にリョー先輩が後ろから、顎を乗せる。
「チビのモエには、拒否権はないんだよ」
「なっ、また私をチビって言いましたね?」
私はリョー先輩に向かって叩こうと、手を上げるけど簡単に押さえられる。
背の高いリョー先輩には勝てないよ。
「ごめん。モエは小さくて可愛いよ」
リョー先輩はそう言って私の頭を撫でる。
やっぱりチビ扱いしているように感じる。
「覚悟してて下さいね。いつか、私がリョー先輩の頭を撫でてあげますからね。そしたら、私をチビ扱いしないで下さいよ」
「いいよ。まあ、モエにはできないだろうけどね」
リョー先輩は鼻で笑った。
絶対に頭を撫でてあげるんだから。
「リョー先輩がみんなに、何て呼ばれているか知っていますか?」
「俺は何と呼ばれても気にしないから、どうでもいいよ」
リョー先輩は最初の出会いの時も、そんな感じだったけど、もし私がリョー先輩の立ち場だったら、違うと思う。
「私がリョー先輩だったら、逆に気にしちゃいます」
「何で?」
「だって、同じ名前のりょう先輩がいるんですよ? 同じ名前なら呼び方を変えなきゃ、困りますよね?」
「それが困らないんだよ」
「どうしてですか?」
「俺は必ず、あいつの後に呼ばれるからな」
リョー先輩はそう言って、私の友達に私を連れ出す許可をもらっている、りょう先輩を見た。
その目は優しい眼差しで、二人は固い絆で結ばれているようだった。
私が二人の間に入ることは、できない。
だから、二人の絆に嫉妬してしまいそう。
「リョー先輩!」
「何だよ? モエ」
「りょう先輩よりも先に呼んでみました」
「それを、あいつより先に呼んだというのか?」
「私がそう言うんですから、先に呼んでいるんです」
「モエって変なやつだな?」
リョー先輩はそう言って、私の頭に手を置いたと思ったら、髪をグシャグシャにした。
「リョー先輩! 女の子の髪の毛は大事なんですから、乱暴にしないで下さいよ」
私は髪の毛を手櫛で整えながら言う。
「そうだな。大事にしているのがよく分かるよ。だってモエの髪はいつも良い香りがするからな」
リョー先輩は私の髪の毛を一束だけ手に取り、鼻を近付けて私に言った。
その仕草はとても色っぽく見えた。
二人の先輩とは、昔からの知り合いのように、仲良くなった。
仲良くなりすぎて、恋愛になんて発展するのかな?
彼は私を好きになってくれるのかな?
どんどん仲良くなっていくことに、嬉しいけれど不安も大きくなっていく。
仲良くなれて、とても嬉しいのに、、、。
◇◇◇
「モエ!」
ある日、リョー先輩が一人で私の教室に来た。
そして私に向かって手招きをしている。
「リョー先輩? どうしたんですか?」
「明日はりょうの誕生日だから、今日プレゼントを買いに行こうと思っているんだ」
「まだ、プレゼントを用意していなかったんですか? りょう先輩が一週間前から、プレゼントが楽しみって言ってたじゃないですか?」
「だから今日、買いに行くんだよ」
「準備が遅いですよ」
「何を買うかは決まっているから、お店に買いに行くだけなんだよ」
「それでも遅いですよ」
「間に合えばいいだろう? まあいい。放課後に迎えに来るから、一緒に行くぞ」
リョー先輩は私が返事をする前に、じゃあ放課後なと言って、自分の教室へと帰っていった。
勝手すぎるリョー先輩。
私の意思は無視なのね。
それから放課後に、リョー先輩は私を迎えに来て、二人で目的の場所へ向かう。
どうして私を誘ったんだろう?
その疑問は、目的の場所に着いてから分かった。
目的の場所は女子高生に人気のお店。
可愛い物がたくさん売っているお店。
「可愛い~。これは肉球型のテープのりだ。肉球型にテープのりが出てくるのね。あっちはぬいぐるみだ!」
「モエ、一人で勝手に行くなよ。ちゃんと一緒に全部、見てやるから」
「本当? 嬉しい。あっ、リョー先輩。こっちのキーホルダーが可愛いですよ」
私がリョー先輩を呼ぶと、リョー先輩は分かったから落ち着けと言いながら、私に近付く。
そして私の頭を撫でて、どれが可愛いんだよ? と私の目線になってキーホルダーを見る。
初めてリョー先輩と同じ目線の高さになった。
顔が近くて、リョー先輩の顔を見れない。
さりげなく私は、リョー先輩から少し離れた。
どうして離れたのだろう?
嫌ではなかった。
でも、相手がりょう先輩だったら離れないはず。
「モエ?」
「あっ、えっと、コレです」
私は焦りながら近くにあった、ピンク色のクマのプレートがついたキーホルダーを手に取る。
「このクマさんは、この中に閉じ込められているんですよ?」
「何、そのストーリーは?」
「そういうアニメが流行ったんです」
「へぇ~」
「そのクマさんは自分の色を知らなくて、持ち主の女の子が教えてあげると、キーホルダーの中から出られるんです」
「そんなの色を言えばいいんだから簡単じゃん」
「それが簡単じゃないんです。クマさんは、灰色の世界しか知らないんです」
「灰色の世界?」
リョー先輩は緑色のクマさんのキーホルダーを手に取り、不思議そうに私を見た。
「そうです。クマさんには全てが灰色に見えるんです。ピンク色も緑色も無い、灰色だけの世界です」
「それでクマはどうなる訳?」
「最後は色を知って幸せに過ごします」
「どうやって灰色から色を知ることができるんだよ?」
「呪いをかけられていたので、呪いが解けて自由になったんです」
「呪い?」
「そうです。呪いは愛の力で解けるんです」
「愛がクマの世界を変えたんだな。女子が好きそうな話だな」
「そうですね。私も大好きです」
「それならこのクマを買ってやるよ」
リョー先輩は私の持っている、ピンク色のクマのキーホルダーを奪う。
そして自分が持っている、緑色のクマのキーホルダーを元の場所になおした。
私は遠慮したのに、一緒にプレゼントを買いに来てくれたお礼だと言って、買ってくれた。
リョー先輩は、お菓子がたくさん並んでいるコーナーで、りょう先輩の為に沢山のお菓子を買っていた。
りょう先輩は甘い物が大好きだから、このお店の物を気に入るはず。
リョー先輩は買ってくると言って、レジへ向かった。
私はその隙に、クマさんのキーホルダーのコーナーへ戻って、緑色のクマさんのキーホルダーを手に取る。
緑色のクマさんのストーリーは一番、切ないお話だった。
持ち主の女の子が愛を教えてくれた時には、遅かった。
緑色のクマさんはキーホルダーから出ることができないまま、キーホルダーが粉々になったの。
だからなのか、緑色のクマさんは一番人気。
その緑色のクマさんが残り一つだけある。
緑色のクマさんを、リョー先輩にバレないように買った。
「今日はありがとう」
家へ帰りながらリョー先輩は言った。
手には沢山のお菓子が入った、可愛くラッピングされたプレゼントを持って。
「私も楽しかったので、ありがとうございます」
「モエが子供のようだったよ」
「もう! リョー先輩だってクマさんのお話をしている時、お話の内容が気になるほど好きになっていたでしょう?」
「それはモエが好きなクマだからだよ」
リョー先輩の言葉に私は戸惑った。
だって、私の好きな物を好きだって聞こえたから。
私と同じだから。
りょう先輩の好きなマンガや、好きな音楽。
私も好きになったから。
りょう先輩が好きだから。
「そっ、それはりょう先輩も好きになるって、分かっていたからですよね?」
「えっ、まあ、そうだよ。りょうはモエを気に入っているからな」
「りょう先輩は私を面白がっているだけですよ」
「だから気に入っているんだよ」
「もう! 私は可愛いから気に入られたいです」
「モエは可愛いよ」
リョー先輩は真剣な顔で私に言った。
そんな先輩に見られると、目を逸らしてしまう。
「チビだからな!」
「もう! リョー先輩のいじわる」
りょう先輩より、リョー先輩の方が私を面白がっている。
いつも私の心を乱すリョー先輩なんて、嫌いなんだからね。
「リョー先輩に、このクマさんのキーホルダーをあげようと思ったんですけど、どうしようかな?」
「それって、俺の為に買ってくれたのか?」
「えっ、あっ、はい」
リョー先輩が嬉しそうに笑ったから、私はいじわるをしようとしたけどできなかった。
どうしてそんな顔をするの?
そんなにクマさんが好きなの?
「リョー先輩。お揃いのクマさんを大事にして下さいね。りょう先輩の為に二人でお店に行った思い出の品です」
「そっか。ありがとう」
リョー先輩の笑顔が消えた。
どうして?
嬉しくないの?
でもリョー先輩は、クマさんのキーホルダーを、バッグにつけると約束をしてくれた。
だから私は、リョー先輩の笑顔が消えたことは、気にしないことにした。
読んでいただき、誠にありがとうございます。
楽しくお読みいただけましたら幸いです。