第壱話 異世界
わたしは不思議そうに見つめる少女に必死に頼んだ。
「お願い!助けて!」
すると少女は走って森の中に消えていった。わたしは見捨てられたと、助けは諦め、兎に角みんなを岸から離そうと一人一人を引きずろうとした。しかし、照り付ける日光がまるで針に刺されるように痛む。それでもわたしは何とかみんなを波打ち際からできるだけ離して呼吸の有無を確認しながら声をかけることしかできなかった。
すると、森の方からまたガサゴソと草をかき分ける音が聞こえた。それもさっきの少女の時よりも大きく多くの音がする。森の方を警戒したが、出てきたのはさっきの少女だった。戻って来てくれたと喜ぶ私だったが、もっと喜ばしいことが起こった。少女の後ろから複数の大人達も森の中から出てきたのだ。わたしはその人達に必死になって頼んだ。
「お願いします!友達が目を覚まさないんです!助けてください」
すると、一人の男性が答えた。
「任せろ! 俺達の村で看病してやる」
「ありがとうございます」
そう言うと、彼らは担架でみんなを運び、わたしも少女に手を引かれて彼らの村に案内してもらった。彼らの村は森の開けた場所にあり、今にも崩れてしまいそうな家屋がスラムの様にいくつも並んでいた。わたしはその中でも一番大きく、村の中心にある建物に案内された。そこには白い髭が生えたスキンヘッドのおじいさんが床に座って待ち構えていた。わたしはそのおじいさんの正面に座らされた。
「こ度は大変じゃったな」
「あ、あの~。みんなは大丈夫なんでしょうか?」
「あぁ。お主を除いた七名は今、診療所で看病されている。なに、取って食いはしないよ」
わたしはおじいちゃんに向け頭を下げた。
「この度はみんなを助けていただき、ありがとうございました」
「よいよい。この村自体が助けを求めてきた者の集まりじゃからな。助けてほしいという気持ちも、助けてもらった相手に対する気持ちも、みなよう分かっとる。自己紹介が遅れたの~。わしはこの村の村長をしておる、アルゴ=イゲイナじゃ」
「わたしは白雪葵姫と申します。あの、一つ聞いてもいいですか?」
「なんじゃ?」
「先程、この村自体が助けを求めてきた者の集まりとおっしゃっていましたが、どういうことですか?」
「この村は西の大国の侵略から逃れてきた者が集まる村じゃ。とは言っても、最近人が増えて、村というよりも町になってきたがの~」
「そんな事情があったのですか。それにしても、直ぐにここにもその西の大国が攻めてくるのでは?それに見たところ、あまり攻めてきた時の備えはしていないようですが……」
「それならば、大丈夫じゃ。ここは島になっておっての、西の大国の本国からもかなり距離があるし、この島はまだ奴らには発見されておらん。それよりも大変なのは北にもう一つ亡命者の村があるのじゃが、最近土地の利権を争う仲になってしまったのじゃ。しかも、つい先日、村長同士の会議が開かれたのじゃが、交渉は決裂してしまい、奴らはこちらが島の安寧を脅かしていると言い張り、この通り、奴らに村を滅茶苦茶にされてしまった」
「何か対策は?」
「今のところは、警備兵が三十人程いるくらいじゃ。農業や漁業で人手も足らず、軍の増強も厳しい状況なんじゃ。すまないの~。貴殿らも大変だったろうに、不安にさせてしまって」
「いえ。大丈夫です。助けていただいた方々に文句は言いません」
「そうか。礼を言う。ところで、お主はどこの国から来たのじゃ?」
「わたし達は、日本という国から来ました」
「日本……。すまんが、知らぬ名の国じゃの」
わたしは最初、地球のどこかにでも飛ばされたのかと思ったが、日本語も通じるのに日本を知らないというのはおかしな話だ。そこそれで私はこの時点で一つの仮説を立てた。わたし達はあの魔法陣によって違う世界に飛ばされ、何かスキル的なもので翻訳ができているのではないか。というものだ。
すると、わたしの仮説を決定づける事態が起きた。
わたしがイメージすると、わたしの視界にスキルを表示するか否かを選択させるものが現れた。アルゴさんは驚きもしないので、わたしにしか見えていないのだろう。わたしは表示するを頭の中で選択すると、スキル表らしきものが現れた。
ーーー
スキル
<<大東亜ノ皇帝>>
・思念伝達・翻訳・思考加速・暗視・臣民兵召喚・武器製造・造船・超鼓舞・皇帝覇気・スキル譲渡
ーーー
わたしはこれを見て確信した。だが、わたしは元の世界から異世界に飛ばされた事に対してあまり悲しい気は起きず、むしろワクワクしてきた。しかもスキルの内容が確実にあれを作れと言わんばかりものだった。これはミリオタとしては興奮するに決まっている。それに、これならこの村の役に立って恩を返せる!
「アルゴさん。わたしのスキルならば、お役に立てるかもしれません!」
すると、アルゴさんは驚き、慌てた様子でブツブツと何か言い始めた。
「濡れてもいないのに浜辺で倒れていた。そして、知らぬ国の出身。まして、このスキル」
わたしは心配になってアルゴさんに話しかけた。
「アルゴさん?どうかなさいましたか?」
するとアルゴさんは大慌てで話し出した。
「あなた様があの伝説の勇者様でしたか!すると、あのお方々は勇者様のお仲間……。これは大変じゃ!」
「待ってください!どういうことですか?」
すると、アルゴさんはいきなり頭を下げて話し出した。
「我々は様々な民族、国、村の集まりじゃが、唯一この東亜で共通した伝説がありますのじゃ。それが、『強大な敵に民が苦しめられた時、異世界からスキルを持った勇者様が現れ、みなを一つにする』というものですじゃ」
わたしは重々しく口を開いた。
「わたし達が勇者……」
「えぇ。というよりも、スキルを持っている貴方様が勇者でございます」
「そうですか……」
わたしは、勇者という事にはときめいたが、伝説に詠われるレベルとなると、一気にプレッシャーを感じた。だが今はそんなことを言っていられない。わたしは、早くみんなに現状を伝えねばと思った。
「すいません。みんなのことが気になるので、診療所に案内してもらってもいいですか?」
「えぇ。もちろんですじゃ。では、わしの孫に案内させましょう。サガ!診療所に案内して差し上げなさい」
するとさっきの少女が現れた。わたしは少女に合わせてかがみ目を合わせながら言った。
「あなたサガちゃんって言うのね。さっきはありがとう」
サガちゃんはかわいらしい声でぼそぼそと言った。
「どういたしまして……。お姉ちゃん行こ」
「よろしくね。サガちゃん」
わたしはサガちゃんに手を引かれながら病院に向かった。病院も村の中央にあり、さっき居た建物の近くだった。
「ここだよ」
その病院はボロボロで、入るといきなりベッドが左右五つずつ並べられていた。わたしが病院内を見渡していると、みんなの体がピクピクと動き始めたのだ。そのままみんなは目を覚ましだした。わたしはその場に崩れて大泣きしてしまった。
「うわぁぁぁ――――――ん!!みんな~!よがっだよ~!!」
みんなは起きたら知らない場所、知らない人に囲まれて混乱していただろうに、加えてわたしが大泣きしだしたのだから、もう訳が分からなかっただろう。みんなはとりあえずわたしを泣き止ませようと、まだ寝ていろと言う看護師さん達を押しのけてわたしの周りに集まってきて、わたしを宥めてくれた。
わたし達はその後、診察を受けたが、異常は無かったので、直ぐに退院となり、男子用と女子用の空き家に案内された。とりあえずそこで少しの間休んだ後、今後どうするかの会議を開くことにした。
だが本当に、みんなが無事でよかった。