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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

開かずの間


 今となっては疎遠なんですが、幾年か前に学校の友人から聞いた話です。


 彼は母方の祖父母が東北の田舎にいるらしく、夏休みには泊まり掛けで遊びに行くそうなんですが、その祖父母宅というのが古い茅葺の民家だそうで。

 辺りには清流の小川や滝壺があったりして、彼らは昼間そこで泳いだり虫を取ったりして遊ぶらしいのですが、とにかく片田舎の古い家なのだそうです。

 それでですね、その家の中には一か所だけ妙な場所があるというのです。一畳程度の広さの小さな部屋が、家の奥にぽつんとある。窓も棚もなく、壁と襖で仕切られただけの空間です。物も何も置いていない、用途不明の謎の部屋。

 友人は幼い頃から不思議に思っていて、祖父母に「何の部屋だ」と聞いてみるのですが、「開かずの間だ」と返るばかり。

 開かずの間と言いつつも、日本家屋なので鍵がかかろうはずもない。襖を開けば自由に出入りできるうえに、入ったとしても、やっぱり何も置いていない狭いだけの空間なので、そこまで追及するほどのものでもない。「そういうものか」と思いつつ、それでもちょっとは気になってくる。

 そんなわけで、小学五年生だかの頃に言ってみたんだそうで。


「あの部屋で寝てもいい?」


 開かずの間というわりには、あっさりと許可が下りて、当時の友人はいそいそと準備を始めました。自分の荷物をリュックごと持ってきて、次に普段泊まっていた部屋から布団も引っ張ってきたら、狭い部屋なので布団だけで一杯になる。布団の上にリュックを置いて、ごろりとそのまま寝転がる……。

 そうしてみたら、なんだか秘密基地めいてきて途端にワクワクしてきたらしいですね。

 傍の襖を閉めてしまえば親の視線も完全に遮られる。最初は夜更かしし放題だと思って、携帯ゲーム機でピコピコ遊んでいたそうなんですが、そこは電灯もない部屋なので、流石に夜中遅くなってくるとひたすらに闇が深く濃くなってくる。

 小さな画面ばかり見ていても目が疲れてくるし、暗闇のなかだと眠くもなってくる。やっぱり日付を超える頃にはゲーム機の電源を切って、大人しく眠ったそうです。

 そうして、夢も見ないほどに熟睡していたそうなんですが……物音ひとつしない深更に及んだところで、フッと目が覚めた。

 同時に、身体が動かないことに気がついたそうです。瞼も上がらず、指も動かない。

 そして、すぐそこに誰かの気配がある。

 自分以外の誰かが、布団の周りを歩き回っている気配がする。

 生れてはじめての金縛りだったそうで、「え? え?」とパニックになっているうちに足元まで回った気配が、今度は布団の上に膝をつくような動きをする。

 掛布団代わりのタオルケットを羽織って仰向けに寝ている友人のその身体を跨ぐようにして、じりじりと顔の方へと這い上がってくる。

「やばい、やばい」と思っているうちに、どんどん、どんどん上がってくる。

 そうして、とうとう誰かの気配が友人の顔を真上からのぞき込むような形になって――そこで、ハッと目を開くことができたみたいです。

 目を開けてみれば、先ほどまでの気配はどこにもない。ただ静かな夜の闇だけがそこに広がっている……。


 翌朝、金縛りにあった、誰かの気配がした、というその話を祖父母にした友人ですが、「そんなこともあるかねえ」と軽く流されて終わったようで。

 それっきり、ちょっと怖くなった友人は開かずの間には近寄らなくなったそうです。


 ……そんな話を、数年後、ある雑談の折に体験談として聞いたのが僕というわけなのですが、実はその話を聞きながらふと思い出すものがありました。


 というのも、たぶん宮田登の何かの書籍で引用されていたのを読んだ形だとは思うのですが、南方熊楠が人柱について次のような論を展開していたようなのです。

 ちなみに人柱というのは、まあ、橋を架けたり家を建てたりするときに、生贄として柱の下などに埋められたりする人間のことです。

 古くから全国的に見られる風俗なのですが、とにかくこの人柱という習俗に関して南方熊楠はこのような事例を紹介しておりました。ある屋敷の天井裏には開かずの籠と呼ばれるものが吊り下げられている。何でもその籠の中には屋敷を構えるに当たって人柱となった先祖の遺骸が納められているそうである……。


 そして類似の事例を踏まえて、彼はこう論じるのです。古い家には往々にして開かずの間と呼ばれる部屋があるが、これらの部屋は同じく人柱となった者の上に位置している場所なのではないか――。


 友人の体験談を聞きながら、僕はこの話を思い出していました。

 つまり、彼の祖父母宅にあるという開かずの間もまた、人柱の上にある部屋なのではないか。夜中に彼を金縛りにして、その周りを歩き回り、顔を覗いてきた気配というのは、彼の先祖のために人柱として守り神になった誰かなのではないか……。

 そんなことを頭の片隅で思いつつ、でも僕は彼には言いませんでした。


 この話を聞いてから、早くも十年近く経ちます。

 今では連絡を取り合ってはいませんが、風の便りでは元気にやっているようだと聞いています。そんな彼の祖父母の家、その奥の座敷では今もひっそりと誰かが夜中に歩き回っているのかな……。友人の顔を思い出すたびに、そんなことを考えます。


 筆者にお心当たりがある方で掲載取り下げを希望される場合は、感想欄ではなく筆者マイページからのメッセージでご連絡お願いいたします。


 また、このお話は以下の番組(後編)で取り上げて頂きました。

 怪文化追求サークル「ワニザメ党」の方々が主催されるラジオです。バックナンバーも豊富ですので、怪しいものにご興味がある方は是非一度ご視聴どうぞ。


怪民談義・異 #16「みんなで怪民座談怪SP(前編)」

(https://www.youtube.com/watch?v=2iHRomjqkmU&t=33s)

怪民談義・異 #17「みんなで怪民座談怪SP(後編)」

(https://www.youtube.com/watch?v=TBHQY2xxvoo)

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― 新着の感想 ―
[一言]  よくまあそんな変な場所で寝ようと思ったものですね(誉め言葉)。  お話としては、遠野で民話を収集した佐々木喜善氏が著した、ザシキワラシ関連のエピソードを思い出しました。古い家には往々にし…
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