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妹に婚約者を奪われた、行き遅れ令嬢の恋~王妃様の命令で、今日一日、騎士団長とデートさせていただきます~

「イスラ・サリュード騎士団長。王妃様の命令に従い、今日一日、私とデートしてくださいませ」


 突然の申し出に、イスラは面食らった。


 王宮にある騎士団本部の練習場、朝稽古を終え一息ついていたイスラ。すると、人気のない回廊に呼び出されて、この台詞である。

 

 彼の目の前に居るのは、王妃が一番重用している、ベテランの侍女、クロエ・アップルゲート伯爵令嬢。王妃付きの侍女しか着ることのできない華やかなメイド服。


 きっちりと纏められた黒髪、硬い印象を与える銀縁眼鏡――。その奥にある、黒曜石の瞳からは、なんの感情も読み取ることは出来ない。


 王宮で働く男たちは、彼女の事を『氷の女』と呼んでいる。未婚で27歳と行き遅れだが、顔は悪くない。故にいろんな男たちがこれまでアプローチを仕掛けてきたが、冷たい目で一蹴されてしまうのだった。その結果、相手にされなかった恨みを込め、『氷の女』という訳だ。


 その彼女が、自らデートを申し込んでいる。


「命令……? ええと、俺でいいのですか?」

「はい、貴方で間違いありません」


 抑揚のない声で、彼女が一枚の手紙を差し出した。

 ふむ、と受け取るイスラを、クロエが観察する。

 イスラ・サリュード騎士団長、クロエとそう変わらない歳だが、独り身。そして――。


(近くで見ると更に、とんでもない美形ね)

 

 緊張を悟られないように、クロエは必死に無表情を貫き通す。

 そう、彼女の目の前に居るイスラは、とても美しい男だった。


 健康的な、日に焼けた肌。大きな瞳は薄いアイスブルー。端正な顔立ちは鼻筋が通っていて、まるで物語から飛び出してきた、エルフ族の王子の様。ダークブロンドの長い髪は、邪魔にならないように後ろで括られている。

 

 幾つも傷が刻まれている、年季の入った銀鎧の下には、逞しい肉体が隠れているのだろう。美しさだけではなく、強さも兼ねそろえたイスラは、『剣聖』と崇められ確たる地位も持っている。そんな完璧な男が、口を開いた。


「『クロエ・アップルゲートに命じます。この手紙を受け取った次の日、朝一番で騎士団長イスラ・サリュード殿にデートを申し込みなさい』……ですか。確かに、王妃様の署名だ。どうやら、従うしかないようですね」

「そのようです」

「クロエ殿の様に美しい方と一日ご一緒できるとは、身に余る幸運だ」


 サラッとイスラが気障な台詞を放つ。

 クロエの頬がぴくりと動いた。


「……という訳で、1時間後、城門にてお待ちしております」

「畏まりました、楽しみです」


 その言葉も無視し、クロエは機械的に、彼にくるりと背を向け、去っていく。

 やがて姿が見えなくなるまで、イスラは彼女の背をずっと、見つめ続けたのだった。


「本当に、楽しみだ」


 一人残された回廊で、イスラが呟く。その頬は赤く染まっていたが、幸い、気づく者は誰も居なかった。




 時は遡って――。


 ある王宮の一室、贅を尽くした、豪奢で広い部屋。妙齢の女性が、ピンクブロンドの髪を広げて寝台に横たわっている。その寝台に縋りつく形で、クロエは床に膝を付けた。そしてそっと、彼女――、ソフィア王妃のか細い手を取った。


 ソフィアの瞳が泣きそうに歪み、クロエにやっと微笑みかける。


「あなただけが心残りだわ、私の可愛いクロエ」

「何を仰るんですか、早くお元気になってください」

「……きれいね」


 ソフィアの震える指が、クロエの頬に触れる。

 はっと、彼女はその指を、自らの手で包み込んで、頬に当てた。


「誰よりもきれいな子は、誰よりも幸せな結婚をしなくちゃね。そう、例えば。騎士様なんていいじゃない? 奥さんを何人も娶らなくていいもの」

「私は結婚しません。王妃様にずっとお仕えします」

「クロエ」

「だから、だから」


 とめどなく溢れる涙が熱くて、クロエは苦しくなった。

 彼女は、アップルゲート家に養子として迎えられた。理由は、死んだ娘に似ていたから、だ。元々孤児の彼女が伯爵家に馴染めるはずもなく、その日々は緊張と欺瞞に満ちていた。


 やがて、アップルゲート家に新しく娘が生まれ、彼女は不要の存在となった。居ないものとされ、ひどい扱いを受けていたクロエは、死のうかとも考えた。

 

 そんな時、救ってくれたのがソフィアだった。王妃付きの侍女となったクロエは、家を飛び出した。ソフィアは優しく、賢明で、2人はまるで本当の姉妹のように、すぐに仲良くなった。


「それはいけないわ。乙女は、一生に一度は、騎士様に恋するものよ」


 消えそうに微笑むソフィアは、病に臥せっている。


 この耐えがたい現実に、クロエは打ちひしがれた。


「だから、命令です。明日朝一番で、騎士団長のイスラ・サリュード殿にデートを申し込んできなさい」

「えっ……」


 嫌だ。

 クロエは、男性が苦手だ。なんの理由もないわけではない。過去に、裏切られた経験があるためだ。これまでも、見合いを勧めるソフィアの言葉を幾度となく断ってきたが。弱弱しい彼女を思えば、断れるはずもない。


「……畏まりました」

「うふふ」


 ソフィアが笑う。

 クロエも、仕方ない人だ、と眉を下げて微笑んだ。


「じゃあ、ちょっとお水を持ってきてくれる?」

「はい、只今」


 クロエが後ろ髪を引かれるような表情を浮かべ、退出していく。足音が遠くなって、暫くの静寂。



「…………うふふふ、あははは、ついにやったわ! 大成功ね!」



 枕に顔を押し付けて叫ぶソフィア。寝台で足をバタバタと動かし、隠し切れない喜びをかみしめた。すると、そんな彼女に再び声がかかる。


「王妃様、温かいお茶も持ってきましょうか?」


 ひょい、と顔を出すクロエ。思いついて、途中で戻って来たのであろう。ソフィアは心臓を跳ねあがらせた。


「そっ、そうね! お願いするわ」

「畏まりました」


 クロエの足音が遠くなっていく。


「はあ~……びっくりした」


 顔色を悪く見せるため、サイドテーブルから白粉を取り出し、顔にはためかせる。


「クロエが悪いのよ。いつまでたっても私にべったりなのだから、いいひとを見つけなきゃね」


 そう、ソフィアは仮病を使っていた。

 意地悪く可愛らしい唇をゆがませて、ソフィアは、クロエの淹れる温かいお茶を待ちわびたのだった。




 ――そして冒頭へと返る。

 

 待ちきれなかったイスラは、30分前から城門に立っていた。

 王宮勤めの貴婦人方が、頬を染めながら、ひそひそと彼を見つめて噂話をしている。大方、誰が最初に声をかけるか話し合っているのだろう。

 クロエはそれに気づいて、盛大にため息を吐いた。


(しまった。城門じゃ目立ちすぎるわよね)


 噂になるのは必至だろうが、覚悟を決めて、クロエは美貌の騎士団長に声をかける。


「イスラ様。お待たせいたしました」

「……クロエ殿! いいえ、今来たところです」


 嘘である。

 2人が話す様子を見て、貴婦人方が去っていった。

 そして、イスラがクロエの姿を目に入れる。彼の、息を呑む声が聞こえた。


「とても、きれいだ」

「え?」


 下ろされた長い艶やかな黒髪。銀縁の伊達眼鏡は外されて、大きな黒い瞳が目立つ。淑やかな薄紅色のドレスは、王妃様が直々に選んだ勝負服だ。

 普段は薄化粧だが、今日は流行の紅を差していて、目に鮮やか。

 直球に褒められたクロエが、恥じらって目を伏せた。


「イスラ様も、素敵ですね」


 固い声は社交辞令に聞こえる。灰色のシャツに黒のサーコート。シンプルな衣装ながら、それらが彼の男らしい美しさを引き立たせていた。

 

「では、行きましょうか」

「はい」


 この国では、貴族でも気軽に、城下でデートを楽しむ風習があった。

 貴族と庶民の格差を少しでも減らしたいという、ソフィアの思い付きである。


 2人は、ソフィアに『ここに行きなさい!』と指示されたカフェに向かったのだった。




 珈琲の香ばしい匂い。硝子のシャンデリア、燭台に灯る幾つもの蝋燭の火。店内全体が暖色の光に満ちて、落ち着く雰囲気だ。足を踏み入れると、貴婦人たちの密やかな話し声が聞こえてくるが、決してうるさくはない。


 案内人がやってきて、2人は奥の席へと通された。牛革張りのソファがぎゅっと音を立てて、2人はそわそわとメニューに目を通す。

 

「ご注文はお決まりですか?」

「はい……ええと」

 

 2人が同時に口を開いた。


「「生クリームたっぷりのミルクココアで」」

「「……」」


 沈黙。


「「やっぱりメロンソーダフロートで」」

「「…………」」


 沈黙、沈黙。


「マネしないでください」

「そちらこそ」

 

 ツンと冷たく言い放つクロエに、イスラが優雅に微笑み返した。

 案内人が、ぷっと耐えきれずに噴き出す。


「失礼を。お二人は、味の好みがご一緒なのですね」

「そのようですね」


 イスラが答えた。

 クロエもそうだが、彼は見た目に反して、甘党なのだった。暫く経って、席に『生クリームたっぷりのミルクココア』が2つ運ばれてくる。


「正直に申し上げます、イスラ様」

「イスラ、と」

「……い、イスラさん」

「まずは、飲みませんか?ココアが冷えてしまいます」

「……はい」


 温かいココアを口に含むと、この世の至福を集めた味が口内に広がる。クロエはこの瞬間が、たまらなく好きだ。イスラも、ほっと息をついて甘さに隠れるココアの苦みを楽しんだ。


「イスラさん、私と貴方様では釣り合いません。身の程は知っておりますので、ご安心ください」

「何を仰る。貴女は素晴らしい女性です。お恥ずかしいですが、10代の頃の様に、ずっと胸がときめいております」

「なっ」


 クロエが赤面した。


「なぜ釣り合わないと?」

「……私の身分は、今では伯爵位ですが、元々は孤児です。つまり、庶民の血が流れています」

「……それだけですか?」

「はい?」

「俺も孤児出身ですよ」

「え」


 ニコリと彼が笑う。まさか、同じ境遇だったなんて、とクロエが目を見開いた。


「なので、同じ境遇でありながら、王妃付きの侍女を務められているクロエ殿に、憧れておりました」

「申し訳ありません……。存じ上げませんでした」

「いいえ。この地位に居ると、元が孤児だと部下に侮られます故。知っている者は少ないのです」

「そうでしたか」

「釣り合いましたね?」


 今度は、妖しくイスラが悪戯に微笑んだ。今までクロエにアプローチしてきたどんな男性よりも、イスラは手ごわい。乙女の様に胸が高鳴って、頬が熱くなるのを彼女は感じた。


(こんな男性、初めてだわ)


 カフェを出た後も、相手から打ち切られると踏んでいたデートは、つつがなく続行された。


 驚くべきことに、一見共通点のない2人は、とても気が合った。

 王立図書館に通っているだとか、猫が好きだとか、そういったくだらないことでも、クロエは嬉しかった。初めて――ソフィアを除く――、気の合う友達ができた気分だ。

 クロエの言う事為す事に、イスラは心から興味を持ってくれて、微笑んでくれた。

 

 

 移り変わっていく心に気づかないふりをしているうち、デートは終盤を迎える。


「ここのレストランが美味しいらしいです」

 

 クロエが手紙を見直した。ソフィアの手紙には、完璧なデートプランが連なっている。


「王妃様はなぜ、城下の事にこんなにお詳しいのでしょう……」

「さ、さあ」


 さっとクロエが目を逸らした。まさか、偶に身代わりになって、その間ソフィアが外で遊んでいたとは言えない。首を傾げるイスラにこれ以上追及されないよう、クロエが入店を促す。


「入りましょうか」

「ええ」


 ソフィアが事前に選んでいただけあって、店内の内装は素晴らしい。すべての家具が高級感を放ち、床は絨毯張りだ。照明はやや薄暗く、連なる真っ白のテーブルクロスが、ぼんやりと浮かび上がっている。


 ウェイターが片付ける食器の音を聞きながら、メニューを頼んで料理を待っていると、イスラが席を立った。


「少し外します」

「わかりました、どうぞ」


 レストランで1人の時間と言うのは、どうにも心細く落ち着かない。

 メニューを見ているふりをしていると、クロエに声が掛けられた。顔を上げると、華やかな深紅のドレスを纏った、ブロンドに青い瞳の美しい女性。――血のつながっていない、クロエの妹だ。


「お姉さまじゃないですか? おひとり?」

「……リリー。貴女も此処に来ていたの」


 すると、リリーの後ろから1人の男が現れる。


「……!」

「アレン様、遅いですわ」

「すまない、リリー」


 クロエの心に、一滴の黒いインクが落ちていく。黒く染まっていくその感情は、『悲しみ』だ。かつて、アレンと呼ばれたこの男は、クロエの婚約者だったのだ。

 しかし、婚約している間に、アレンの浮気が発覚する。その相手は、なんとリリーだった。その出来事は、深くクロエの心を抉って、大きな傷跡を残した。

 

 それ以来、彼女は男性が苦手になったのである。


(よく、2人で居るのに私に話しかけられたわよね)


 悲しみが、怒りへと変化していく。


「お姉さま、良かったら3人でお食事しませんか? アレン様が、あの誉れ高い、王宮騎士団に入団されたんです!」

「……結構よ」


 クロエが立ち上がる。椅子が大きい音を立てて、傍の客が振り向いた。それでも関係なしに、彼女は彼らの間を通り過ぎ、背を向けて歩き出した。惨めで、楽しかった気持ちが、一気に下降していく。早足で出口へと向かっていると、イスラを見つけた。


「クロエ殿。どうされたのです?」

「すみません、やっぱり、帰ります」

「……何かあったのですね、俺でよければ、力になります」

「…………」


 黙っていると、妹のリリーが追いかけてきて、再びクロエに声をかける。


「お姉さま」


 その時、イスラとアレンの目が合った。アレンは、クロエとイスラを交互に見ると、顔を青ざめさせていく。


「だ、団長……」


 彼が気まずそうに呟く。その声も聞かず、クロエが颯爽と店の出口から、外へと出て行った。イスラはアレンを一瞥すると、彼女の後を追いかけていく。


「クロエ殿!」

「先ほどの2人は、私の妹と元婚約者です。顔も見たくなくて、すみません」

「良いのですよ、貴女の事だ、よっぽどの事情なのでしょう」

「浮気されたんです」

「……そうでしたか」


 イスラの顔が、みるみる内に鋭い表情へと変わっていく。剣聖と謳われる彼の殺気は凄まじい。それを見てしまった、すれ違う周囲の人が、ひっと声を上げた。


「イスラさん、今日はありがとうございました。とても楽しかったです、……それでは」


 クロエが、泣きそうに顔をゆがめて、イスラに振り向いた。そして、駆け足で去っていく。


「お待ちを!」


 必死な声で呼び止めるも、彼の願いは届かない。あっという間に距離が離れて、彼女の姿は雑踏へと消えた。


「アレン……。最近入団した新人だったな。さて、どうしてやろうか」


 くっ、とイスラが喉を鳴らす。

 先ほどまでクロエに見せていた優しい顔は影を潜め、黒い表情を浮かべるイスラ。憧れの女性と折角デートをこぎつけたというのに、まさか部下に邪魔されるとは思っても居なかったのだろう。


「後悔させてやる」







 小鳥の声が聞こえる。

 瞼に仄かな光を感じて、クロエは腫れぼったい目を開いた。頭痛がする、昨日、泣いたまま寝落ちしてしまったからだ。ぼんやりとしていると、窓から、コツン、という音がした。

 

「……何かしら?」


 のろのろと、上着を羽織り窓の方へ向かうクロエ。

 窓を開けると、乾いた風が頬に当たる。近所のパン屋さんの香りが鼻をくすぐった。


「クロエ殿!」


 名前を呼ばれた彼女は驚いて、身を乗り出して窓の下を見た。そこには、にこやかに微笑みながら、手を振るイスラ。クロエはそれに気づくと、急いで窓から身を引いた。


(なんで、イスラさんがここに?)


 クロエは素早く、手櫛で髪を整え、再び窓から顔を出す。よく見てみると、イスラの隣にはもう一人、男性が立っていた。


「アレン、様」


 顔はぱんぱんに腫れ、服も泥だらけ。どうやら、誰かにタコ殴りにされた様子だ。そして、隣に立っているのはイスラ。クロエは顔を青ざめさせた。


「えー! 皆さん! ご注目を!」


 イスラが、大声を出して周囲の注目を集め出す。なんだなんだ、と路地を囲む家々の窓から、ご近所の住民が顔を出した。アレンが震えながら俯き、イスラがにやりと笑う。


「ほら、言え」

「は、はい……」


 イスラが、アレンをはたいた。何かを言う様に促されたアレンは、顔を上げる。


「私、アレン・カリアードは! 王宮騎士団の新人です! しかし、婚約者が居る身でありながら、他の女性に現を抜かし――」


 再びはたかれるアレン。


「婚約者の『妹』に浮気をし、彼女を傷つけました! 責任を取って、騎士団を辞め、婚約も解消いたします!」


 言い切ったアレンが、膝を突いた。

 窓から顔を出すご近所さんたちが、激しいヤジを飛ばす。


「……この最低野郎! くたばっちまえ!」

「それで済むと思うな!」

「カリアード家の恥さらしね!」


 辺り一帯は大騒ぎ。アレンに向かって、残飯や腐った卵が投げられていく。彼らはクロエの味方らしい。

 彼女の胸に、不思議な感情が沸き上がり満ちていった。恥ずかしい気持ち、スカッとした気持ち、そして――。


「クロエ殿ー!」


 イスラが、喧騒の中、彼女に呼びかけた。


「もう一度、俺と、デートして頂けますか!」


 爽やかで良く通る声。ご近所さんのヤジが止んで、クロエに注目が集まる。

 

 頬は熱く、心臓が早鐘を打った。『氷の女』と揶揄されていた彼女は、瞳を輝かさせ、イスラに向かって満面の笑みを見せた。



「……喜んで!」



 わっと歓声が上がった。

 高らかな指笛も聞こえて、クロエが更に頬を染める。こうやってイスラは、クロエと2度目のデートする権利を勝ち取ったのだった。



 噂は噂を呼び、アップルゲート家とカリアード家は注目され、隠れて行っていた様々な悪事が露呈した。国王はお家断絶の厳しい処分を申し付け、2つの貴族は没落し、クロエは自由の身となった。


 しかし、王妃の鶴の一声で、クロエは爵位を頂く運びとなる。アップルゲート家に仕えていた家臣たちは、路頭に迷う運命から救われ、事は一件落着となったのだった。




「――あの時は本当に肝を冷やしました」

「何度も謝ってるでしょう?」


 王妃の一室、ソフィアの美しい、ピンクブロンドの髪を梳かすクロエ。

 デートがうまくいったと報告された途端、元気を取り戻したソフィアは、自分の悪だくみをクロエに白状した。ほっとして泣き出したクロエを宥めるのに、ソフィアは大変苦心したのだった。


「今日は、『生クリームたっぷりのミルクココア』が飲みたい気分だわ、クロエ」

「……からかわないでください」

「うふふ」


 ソフィアが、クロエの薬指に光る指輪を微笑ましく見つめる。

 

 イスラから受け取った婚約指輪を、クロエの指がそっとなぞった。


 恥じらうクロエをソフィアがからかう。――きっと誰が見ても2人の事を、仲のいい姉妹ですね、と微笑むだろう。


読んでくださった貴方様、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
王妃様がお茶目。
[気になる点] イスラはいつ、何がきっかけでクロエにほのかな想いを抱くようになったのか。 [一言] 面白かったです。 王妃様、おちゃめですねぇ。王様は出番なかったけど、きっとこんなかわいらしい王妃様に…
[良い点] 王妃が最高過ぎます。 イスラもヒーローに相応しい行動力。 凄く楽しめました。
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