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2.衛藤は決意した。

 衛藤はその牛丼屋で、ばつが悪そうにチーズ牛丼を食らいつつも、そしてその店員の可愛さにも面食らっていた。衛藤の唯一と言っていい友人の田中は、無言でネギ玉牛丼を食らう予定であったが、やはり、深夜から朝方にかけてのこの時間帯に勤務する店員の、あまりの可愛らしさに驚いた。そうして、気がはやるように友人に語りかけた。


「確かに可愛かった。」衛藤は無理に笑おうと努めた。「俺は、温玉を注文していた。しかし、持ってきたのは生卵だ。外見はいいかもしれないが、中身は案外仕事のできないクズだったりするんだろう。」


 田中は顔をしかめた。


「そうだろう。人間の価値は見た目で決まるわけじゃない。お前も思うだろう、こんな時間にアルバイトしてるようなが、いいやつなわけないと。」


 衛藤は、また、チー牛をかき込んで、生卵とともに胃に流し込み、一気に平らげてしまった。アルバイト募集。確かにその張り紙が、壁に貼り付けられていたことを確認し、お会計を済ませ、店をあとにした。


 目が覚めたのは昼過ぎだった。衛藤は起きてすぐ、ネオンテトラに少し多く餌を与えた。そうして、ネオンテトラに昨晩餌をやれなかったことを詫びた。ネオンテトラは、お腹が空いて死にそうだった。帰りが遅くなるなら、もう牛丼屋には行くなと言っているかのように、貧弱に水を揺らした。衛藤は、それは出来ぬ、水槽の水を替えてあげるから、どうか元気を出してくれ、とさらに押して罪滅ぼしを懇願した。ネオンテトラも繊細な生き物であった。水を替えると数匹が死んでいることがままあった。なかなか、飼育には神経がいる。


 カルキ抜き用のバケツをベランダに取りに行くと、コンクリートの地面がじっとりとし、朝方にかけてどうやら雨が降ったようだった。昼まで眠っていた衛藤は、降っていたことは気がつかなかったが、バケツが少し重くなっていたことでそれを感じた。煩わしい作業であるが、それでも、ネオンテトラのためだと、めいめい気を引きたて、魚臭い水槽を擦り、水を替えた。


 衛藤は、ネオンテトラの飼育を終えると、いよいよやることがなくなり、もう一度ベットに横になることにした。衛藤は、一生ここにいたい、と思った。この堕落した生活がこのまま続けばいいと願ったが、いまは、そう言っていられない。スイッチを入れるべきときである。衛藤は我が身に鞭打ち、ついに労働を決意した。


 と言っても、まだ眠気と頭痛がある。寝ぼけたまま電話をかけるのは忍びない。ちょっと一眠りして、電話をかけよう、と考えた。起きた頃には、頭もスッキリしていよう。少しでも頭が整理された状態で、電話をしたかった。衛藤ほどのチー牛は、やはり見知らぬ人との会話に抵抗がある。スマホに向かって起床時刻を呟いた。


「ヘイ、Siri。十七時に起こして。」


 目をつぶると衛藤の頭には、昨日の牛丼屋の出来事がよぎった。そうだ、俺には、俺の中には、恐ろしくて大きなものがある。それを踏みにじることは、普通ではない。俺は自分を曲げる気はない。一ばんきらいなものは、安易にネギ玉を注文する事と、それから、嘘をつく事だ。田中も、その事を知っているはずだ。なぜあそこまで声を荒あげたのだろう。


 田中が可愛いと言った、あの店員は、普段は何をしているんだろうか。衛藤は、それからあのてんいんのことを想像して、なぜチー牛を注文してしまったんだと後悔した。絶対にチー牛って思われてますやん、いや逆に、あそこまで堂々とチー牛頼む自分ってかっこいいすらある、と解釈した。

 

 衛藤は、あのてんいんの制服に花崎と書かれていたことを思い出し、ともに働いている姿を妄想した。そして、掛け布団に潜り込んで、死んだように深く眠った。


 部屋にはただ、稼働する水槽フィルターのモーター音が響いていた。


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