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見つけた 前編 6  作者: 弥生
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はやる気持ち


待合室の中は、思っていたよりも多くの人で席が埋まっていて賑やかだった。


自動販売機で何となしに温かい缶コーヒーを買い一口飲んだ。


強い苦味と強烈な甘さで目が醒めるようだった。


『あっまっ。やっぱり苦手な味だ。』


私は窓際に立って外の景色を眺めた。


遠くに山が見えた。


12階から見下ろす地上はまるでガリバーの気分だ。


群れを成して元気良く動き廻る蟻のようなミニチュア人間を興味深く眺めた。


病院の広い駐車場を出入りする車も玩具じみて見えるから滑稽で退屈しなかった。


「青山さん。」


「あ、はい。」


「やぁ、こんにちは。」


「こんにちは。」


「ん?今日は少し顔色が悪いかな?ちゃんと食事らしい食事をしてますか?駄目ですよ、しっかり食べないとね。さぁ、どうぞこちらへ。」


軽く見上げるほど身長差のある川上先生が真面目な顔で首を傾けて私の顔を覗く同作を、眼鏡をかけた麒麟のようだなとか想像して、私は少しにやけた。


「あ、はい。」


後を付いて歩く間、床に写し込まれた二人の影が異様に大小の差があることも、やっぱり私は可笑しくて今度は我慢出来ずに声を出して笑ってしまった。


一瞬、川上先生は私の方を振り返ったが、穏やかに笑みを浮かべただけで何も言わなかった一瞬、川上先生は私の方を振り返ったが、穏やかに笑みをただけで何も言わなかった。




父の主治医は40代前半位の精神科医で、会うと必ず私の体調も気遣って話しかけてくれる。


父が入院したばかりの頃、看病疲れで疲労が溜まった私は突然に廊下で倒れ気を失った。


軽い貧血だった。


簡易ベッドに寝かされ点滴を受ける私が目覚めた時、ベットの横に川上先生が居た。


何でも、

患者を持つ家族は時に看病疲れで倒れてしまうことがあるから、あなたも気をつけるように。


それに、慢性的な貧血のようだから十分用心するに越した事ない。


と、私の脈を計りながら先生は話した。


何時も穏やかな優しい笑顔で接してくれる川上先生は、患者の父に加え、私の体調までも気にかけてくれる。


素直に有り難いとは思うが、毎回会う度にじっと顔を覗き見られるので、少々気恥ずかしく感じていた。


待合室の突き当たりにある個室に案内された。


3メートル四方の狭い部屋に真っ白な蛍光灯がギラギラと目を刺す。


父の脳の断面図を写した映像は白黒で、乾燥した糸瓜の断面を拡大したようなグロテスクさに嫌悪を感じないはずはない。


私は軽い目眩がしたが暫くは我慢して川上先生の話しを黙って聞いていた。


「先程も説明した通りで、お父さんの年齢ですと、やはり若年性かなぁ、進行はまだ遅いですが、認知症で間違いないです。」


「…。」


「何か精神的なショックなどが大きな不安要因となりそれをきっかけに鬱から認知症へと移行してしまったのかと考えています。」


思っていた事を、ずばりと川上先生に言われたので、何も言い返せなかった。


「昨年に奥様を亡くされた事がお父さんの心に大きなショックを与えた。」


「…。」


「極度の拒食と睡眠障害でになり鬱状態が続いて体調が悪くなられての入院でしたね。」


「…。」


「少し言動と行動に不安要素があり、脳の検査をしたところ、認知症を発症されていることがわかりました。」


「まだ早い段階ですし、進行も今は遅いようですから、あれ?青山さん、大丈夫ですか?深呼吸して下さい!」


私は、急に強い目眩に襲われ全身の力が失せて椅子から崩れ落ちそうになった。


瞬間、川上先生の両腕に抱き抱えられた。


そして目の前は真っ暗になった。



真っ白で何も無い。


色が無いわけでは無い。


柔らかな光が差しこむ。


優しさが空気に溶け込んでいるような暖かさを頬に感じる。


無心でそれに頼って、安堵したい自分が其処に居た。


ふわふわとした柔らかな何かに埋もれて、気持ち良く沈み込んでいる。


『あぁ、もっとずっと此処にこうして居たい。』


瞼を開いても、閉じても、真っ白に明るい柔らかな光は、無条件に顔から全身を癒しながら包んでくれる。



「…お母さん…」





ゆっくり、また瞼を開けた。


目の前のテーブルに、缶コーヒーとリュックが見えた。


「…あぁ、そうか。」


私は、まだ病院にいた。


狭い簡易ベッドに寝かされている。


ぼやけたドットがどこまでも連なる白い天井を見ながら、壁に時計を探した。


目線を自分に向けると、手の甲に点滴の管が入っているのに気がついた。


『お墓参り。お花屋さん。腕時計は持っていない。』


カーテンの向こうでは、忙しそうに看護師が行ったり来たり仕事をしている。


聞いた事あるパタパタとゆっくりとしたテンポの摺り足音が聞こえて、川上先生が現れた。


「青山さん、気が付きましたか?大丈夫?」


「…。」


「貧血で倒れたんですよ。覚えてるかな?」


「今、何時ですか?」


「ん?今、14:35ですよ。少し点滴入れたから、横になってゆっくり休んでからお帰り下さいね。」


「あ、はい。」


「青山さん、腕を探したんだけど、なかなか良い血管が出なくてね。また今回も手の甲に点滴してしまってごめんね。痛いでしょ、あと30分掛からないくらいで終わるからね。」


「…30分。」


「お父さんには、倒れたことは伝えていませんよ。心配なさるといけないから。」


「はい。何も伝えないでいてくれて良かったです。心配かけたくないし。点滴終わったら直ぐに帰ります。」


アイロンのノリが効き過ぎて硬い肌掛け布団を、点滴をしていない方の手で鼻のあたりまで引っ張り上げた。


本当は、頭から全身を布団の中に隠してしまいたかった。


「青山さん、先程は話が途中までになってしまって。」


「あ、はい。」


「あのね、来週末にはお父さん、退院出来そうなんですよ。」


「退院ですか?」


「そう。体重も少し戻って来ているようだしね、気分も落ち着いた日が続いているようだから。何も無ければ来週末、土曜日あたり退院出来そうですよ。」


そう言いながら掛け布団を直して、私の点滴が刺さっている方の腕をゆっくり引っ張り出し、管も直した。


「あ、はい。」


「退院の際は、一階正面の総合受付窓口でお手続きをお願いします。青山さん、何度か入退院されているからお解りですよね?」


私は、うなずいた。


川上先生は、目尻にシワを寄せて笑顔で続けた。


「私がずっと此処にいて話していたら、ゆっくり出来ないね。」


「いえ、…ああ、あの、私、用事が。」


「え?ああ、そうでしたか。よかったら、少し点滴早めにしようか。」


そう言って、点滴の落ちる速度を少し早めた。


「では、終わったら、ナースコールして下さいね。」


「はい。ありがとうございます。」


川上先生は、ふと真顔になった。


真顔になって、大きな手の平で私の前髪を寄せて、おデコを撫でた。


撫でた手は、頬をつたって唇に触れた。


目と目が合った。


私はきっと、びっくりした顔をしていたのだろう。


我に返った先生の表情もびっくりした顔だった。


私は、訳もわからず笑った。


ただ、子供扱いされているようでおかしかった。


川上先生も、優しく笑いながら病室を出て行った。



広い病室のベッドではなく、硬く細長い簡易ベッドの上に寝かされた私は白い天井を見つめて呟いた。


「ありがとうございます。ありがとうございます。

ありがとうございます…。」


繰り返す無音の唇は乾燥していた。



何に対してのありがとうなのかが分からなかった。






寺の入り口に着いた頃は、もう夕焼け空だった。


門の側、私より一回り大きいお地蔵さんに向かって目を瞑り手を合わせる。


花束の中から向日葵を1本抜いて、お地蔵さんの足元に置いた。


母の眠る墓は、墓地の中でも奥角にある。


椿の木が一本生えていて、その周りに砂利が敷き詰められている。間から猫じゃらしが勢いよく生えていた。


コンクリートの壁の向こうも何やら空き地らしい。


そこは殺風景な場所にあったから、好都合だった。


私は最近、ここに来ると何時も泣き弱ってしまう。


声を我慢しようとしても、幾らでも溢れて漏れだす。


生きている現在の私が、一番素直になれる場所であり、時間だった。


リュックから線香を出して火をつけた。


煙は紅い空へ糸を延ばすように登っていく光景を暫く眺めた。


向日葵の束を生けて、手を合わせる。


さっきから、涙は流れ続けて止まらない。


私はやっぱり思うのだ。


独りぼっちを感じない日は無いと。


『早く、お母さんの所に行きたい…。』


頬を流れる涙をペロリと舐めて、その場にしゃがみ込んだ。









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