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コンスタドール向井

 異世界に来ても物事ってものはすべからず上手くいくものではない。

 俺って実は凄いんじゃ? とか少しでも思ってしまった罰だろう。

 牢屋に入れられてしまった。


 投獄三日目である。

 牢屋と聞いた時は抵抗の一つでもしようかと思ったが理由を聞いて大人しくなった。

 そう、以前ジョブのせいでパーティに入れてもらえなかったからって排水溝をコンクリートで固めたせいで排水設備が故障してしまった件だ。

 無罪を主張しようにもその犯人は紛れもなく俺だから仕方がない。

 諦めて連行された。


 ちなみにその際、カインやミアナはもちろん庇ってくれたし、何故か分からないがルウが凄い剣幕でイケメンに怒っていた。

 冬馬ならお前を瞬殺出来るぞと。

 どうして突然俺の事を名前呼びになったのか分からないし罪が重くなるから下手に煽るんじゃないよと思いながらなんとかルウをなだめた。

 ルウまで捕まるかと思ったよ本当に。


 ともかく、俺はぺたりと壁に背中を預ける。

 聞いた感じだと投獄は一週間位みたいだし、ろくなものは出ないが三食飯付きでベッドとトイレ付き、ちょっと手狭だがワンルームに一人だから思ったよりは快適に過ごしている。

 寒くもなく熱くもない、ちょっと匂いが気になるがそれくらいだろう。

 野宿よりは多少マシかもしれない。


 ていうかせっかく異世界に来たっていうのに投獄されてるってどうよ?

 異世界なら日本では出来なかった体験が出来ると思っていたが、まさか投獄生活を体験できるとは思ってもみなかった。

 もし日本に戻ったら刑務所との違いを感じてみたいと少し思った。

 いやま日本に戻ったとして犯罪をする気はないけどさ。

 でもあと四日か、それまで何しようか。


 腕組み考えていると足音が聞こえてきた。

 牢の見張りは飯の時位しか来ないと思ったが、もう飯の時間か?


「邪魔するよ」


 そんな事を考えていると一人の男が俺の牢に入ってきた。

 なんと形容しようか、言葉にしがたい何かがある。

 ただ、俺はそいつも牢に来たならきっと犯罪者である。

 ならば罪状は一つだろうと瞬時に気づいた。


「どうも、その……罪状は変態ですか?」

「何言ってんの?」


 男は怪訝な顔をした。

 しかし、怪訝な顔をしたいのはこっちの方だ。

 それは男の格好に問題があるのだ。


 まず下、短パンと素足である。

 素足ってのが気になるが百歩譲ってそれは良い、だが問題は上半身だ。

 シャツなどを着ていない、ムキムキの筋肉になぜか首元に青のマフラーとつけている。

 短パンで素足で半裸で青のマフラー装備。

 どう見ても変態にしか見えないのだが……。


 そのくせ顔は堀が深いイケメンだ。

 これはもしかしたら俺の貞操の危機という奴だろうか?

 俺には一応魔法があるがもし寝込みを襲われたらと思うとこいつに背中は見せられない。

 思わずケツに力を込めつつとりあえず仲良くなろうと試みてみる。


「えっと、何をしてここに来たのかは分かりませんが同室ですし仲良くしましょう」


 そんな事を話すと男はアメリカの映画の如くおしゃれに肩を竦めた。


「勘違いしているが僕は別に犯罪を犯してここに来たわけじゃないぜ、僕は君に会いに来たんだ」

「…………」


 マッチョで半裸で投獄されていて逃げ場のない俺に会いに来た。

 確定だ、俺はこいつと戦わなければならないのか……。

 じりじりと距離を取り角に引いて行くと男は目を細めた。


「マキシマム川崎……という男を知っているかな?」


 その言葉に俺は足を止める。


「川崎ってマキシマム? 神様ですか?」

「ふふ、やっぱり川崎先輩に遣わされたんだね。そう警戒しないで、僕は君と話がしたいんだ」


 そう言うと男はにこりと笑った。


☆☆☆


「三浦冬馬君、コンクリート開拓士……聞いたことのないジョブだ、街で噂を聞いた時に明らかにこの世界の人間じゃないと思ってたんだ」

「はぁ……」


 現在牢屋の一室で向かい合わせで話している。

 見た目もあって未だに警戒はしているがマキシマム川崎を知っているとあっては、多少信用できるかもしれない。


「申し遅れたね、僕の名前はコンスタドール向井。八百万の神の一柱、世界四大神の一人。ご存知の通り上腕二頭筋の神様さ」

「いえ、存じてないです」

「またまた、この上腕二頭筋を見てもそんな言葉が出て来るかな?」


 言いながらポーズを決めたくましい腕を見せてくる。

 服装も相まってやっぱりただの変態にしか見えないがやっている事がどことなくマキシマム川崎に似ていて思わず警戒心が薄れてしまう。

 もっとも、見せられたところで存じているという言葉に変わることは無いのだが。


「どうだい? 僕、仕上がってるかい?」

「…………それで、コンスタドール向井さんが俺に何の用ですか?」


 無視するがコンスタドール向井は気にした風もなく新しいポーズを決める。


「川崎先輩に遣わされた君には戦争を終わらせる勇者になって欲しいんだ」

「戦争?」

「神の戦争さ」


 神の戦争……ゴッドオブウォー。

 その単語を聞く限りだとただの人間である俺に何か出来るとは思えないけど。


「いやあの、俺にそんな戦争を終結させられる勇者になるほどの力は無いと思うんですけど」

「いや、君なら大丈夫だ。川崎先輩の祝福を受けながらも不細工な身体をしているからね」

「不細工って……ていうかそもそも相手はどんな奴なんですか? 血なまぐさいのは苦手なんですが」

「大丈夫だ、血なまぐさい事にはならない。君には妥協点を見つけて欲しいというだけだからね。いわゆる仲裁さ」

「妥協点? 仲裁? 戦争の?」

「そうさ、今はこちらが優勢だ、しかしいつひっくり返るか分からない。それに彼らの目的は僕には決して受け入れられないんだ」


 コンスタドール向井は深刻そうな顔をする。

 その顔は堀の深いイケメンぶりもありすこぶる絵になるが身体も入ると見栄えが相当悪くなる、そのファッションどうにかしろマジで。

 とはいえ、それを言った所で話が進まないから俺は気にせず真剣に情報を集める事にする。


「ちなみにですけど、相手方の要求は何なんですか? 何が戦争の原因なんですか?」

「ああ、相手はとんでもない事を狙っているんだ」

「とんでもない事?」


 コンスタドール向井は深刻な表情で言う。


「男は筋肉のない不細工に、女は細く胸も小さく華奢であるべきだというのを人間の主流思想にしようとしているんだ」


☆☆☆


「…………」


 はっ! いかん、意識が遠のいていた。

 とんでもなくどうでも良い話を聞かされた気がした。


「恐ろしいよ、貧乳、貧弱、貧相を愛せと言うんだよ。僕には受け入れられないよ」


 コンスタドール向井は、両手で自分を抱きしめながらわざとらしく身震いして見せる。


「ちなみにコンスタドール向井さんは」

「向井で良いよ」

「……向井さんはどんな思想なんですか?」

「僕は勿論、男は筋肉ムキムキこそが至高でそれ以外は不細工、女はムチムチで巨乳のドエロイのが至高……という思想さ。素晴らしいだろう? 川崎先輩は平和主義だからお互い仲良くすべきと言っているけど無理だよ。相手の主張は受け入れられない。せっかく僕が思想を主流にしたっていうのに困るよ」

「…………」


 なんてどうでも良い理由で戦争しているんだと突っ込みたいところだが、一つ気になる所があった。


「ちなみに聞きますけど、筋肉が無い奴は不細工って思想を定着させたのは向井さんなんですよね?」

「いかにも、筋肉こそ全て、筋肉は裏切らない、筋肉は正義、力こそパワーだ」


 あー、おーけー。分かった。こいつだ。カインやミアナやルウが俺を見て不細工って言った理由はこいつのせいだ。ろくでもない思想を定着させやがって。


「ついでに聞きますけど神の戦争は起こってからどのくらいになるんですか?」

「そうさな、かれこれ千年を超えるな」


 千年! そんなどうでも良い事でこいつらは千年も戦争してんのか!

 暇人にも程がある。


「僕も色んな街を行き来して布教はしてるんだけど、相手も色んな街で自分の思想を流布するからね。この世界全体まで思想が反映されていないのは悔しいよ」


 ぎりり……と歯を食いしばるがこいつが真剣に熱く語れば語るほど聞いているこちらとしてはやる気が失われていくのだが。


「それで、俺は一体何をすればいいんですか?」

「そうだね、君には僕らの仲を取り持って欲しいんだ」

「え、でも思想に妥協する点は無いように思うんですけど、正反対じゃないですか」

「確かにね、でも僕もいい加減戦争を続けるのに疲れた。何より川崎先輩がこの世界に君を遣わしたのも何か意味があるんだと思うんだ」

「いや、多分そんなに意味は無いと思いますけど」

「というわけで、君には妥協点を考えて欲しい。別にすぐというわけじゃない。かれこれ千年も戦争をしているんだ。ゆっくりこの世界で自由に生活しながら仲裁できる妥協点を見つけて欲しいんだ」


 こいつ全然人の話聞かねえな。


「ともかく、君には僕から祝福を与えよう。川崎先輩とは被らないような祝福さ。それとせっかく君にお願いするんだ。ここにいつまでもいられては僕が困る。だから君をすぐにここから出してあげようと思う。ちょっと待っていてくれ、僕が話を付けてこよう」

「え、いや祝福は良いけど俺は別にあと四日でここ出れるし妥協点探しっていうのもやるって言ってないけど」

「さあ、善は急げだ。行ってくるよ」

「いや、だから待てって、話を……聞けよ」


 俺の話を聞く気もなく向井はさっさと牢屋から出て行ってしまった。

 入り口の鍵を壊して開けっ放しで。


 もう俺普通に出入り出来るよね、これ。

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