学術都市キーン2
ワイバーンの落ちた所へ向かうとそこには既に人だかりが出来ていた。
喧々囂々としていて話を聞くと倒したのは学術都市キーンにある名門校の教授らしい。
へえ、そいつが倒したのか……俺落としはしたけどとどめは……分からないしな。
なんてぼんやり思っているとユウハ様がずんずんと先を歩いて行く。
「ちょっと待て、これを倒したのは私の弟子だ。何故訳の分からん奴が倒した事になっているんだ」
そして大きな声で怒鳴りだした。
大勢の観衆の目がユウハ様に向くが怯む様子もない。
こいつって変な所で度胸あるよね、もし俺なら視線に負けて後ろに下がると思う。
「ほう、私を嘘つき呼ばわりかね?」
声と共に一人の男が観衆の中から出てきた。
眼鏡をかけた細身の男だ。
歳は俺より上、きつそうな顔をしている。
「デルコイ……」
ユウハ様が少々嫌そうに呟く、ていうか知り合いなの?
「んん? そういうお前は研究論文盗用のユウハ元教授ではないか」
教授? こいつ教授だったの? ていうか盗用って。
「何が盗用だ! 私の論文をどうでも良い理由でぼろくそにこけにしたくせにそれをさも自分が書いたかのように学会に出したのはむしろお前じゃないか」
「ふ、心外だな。あれは私が考えて書いた論文だ」
「貴様……だがこれで分かった。お前は人の手柄を盗んでばかりだったからな、だから今回も自分がやったことにして盗んだんだろう」
ユウハ様が指さし言うとデルコイは、ピクリと眉を動かす。
「黙れミニミ族が」
「…………っ!」
ユウハ様が黙ったのを見てデルコイはにやりと笑う。
「ミニミ族は黙って他の者と同様奴隷でもやっていればいい」
「ミニミ族と今回のワイバーン退治は関係ないんじゃないか?」
なんか大人しくなったユウハ様を後ろに庇いながら俺は前に出た。
正直前になんか出たくなかったけど、師匠がプルプルしてるからこれは泣くなと思ったのだ。
師匠俺以上にメンタル強くないからなあ……。
俺はワイバーンを指さし言う。
「これは俺が倒したワイバーンだ、多分」
「ほう、貴様が? 見たところ冒険者に見えるが随分とみすぼらしい格好だ。ワイバーンと言えば並みの冒険者じゃ太刀打ち出来ない危険なモンスターだが、貴様何級だ?」
「え、いや……D級だけど」
正直に言うとデルコイは鼻で笑った。
「D級? はは、聞いたか? こいつ駆け出しのD級冒険者のくせにワイバーンを倒したと言い張るのか?」
デルコイ周辺で笑いが起きる。
おうおう、馬鹿にしてくれるじゃねえか。俺は本当に倒したんだぞ、多分。
――と言いたいところだけど実際D級冒険者である事は間違いないし、説得力無いよなあ。
デルコイは反論しない俺を見て笑みを深める。
「ふん、ミニミ族は嘘ばかりつく。それに付いている男もたかが知れている。このワイバーンんは紛れもなく私が倒したのだ。見ろ、私の氷魔法で穴が開いた様を」
「氷魔法の穴? これが?」
後方から声がした。
振り返ると俺の後ろには深くフードを被った奴が立っている、恐らく声的に男だろう。
「なんだ貴様は?」
「おっと、申し遅れた。我はチェリッシュという者だ」
「チェリッシュ?」
ユウハ様が小さく呟くが知っているのかな?
「我は少々魔法をかじっている者だ。してこの穴を少々見せてもらったが確実に氷魔法ではない。断面の温度と他の部分の温度が同一、という事は氷魔法では確実に無い。勿論その理屈では火魔法でも無い。考えられるのは温度が変わらない魔法だが。偶然我は見ていた。そう」
男は俺の袖を掴み、言い放った。
「こいつがこの飛竜を倒したのだ、間違いない」
それに対しデルコイは小ばかにするように笑う。
「何を言い出すかと思えば、こいつはD級冒険者だぞ? さては貴様ら仲間か? 馬鹿馬鹿しい、ふざけるのもいい加減にしろ」
「お前は!」
「やめとけよ」
ユウハ様は目の端に涙を浮かべ、顔を真っ赤にして今にも襲い掛かりそうになっているが、俺がそれを止める。
こういう奴は何言っても無駄だよ。
俺が諦めている中、フードを被った男は更に一歩前に出た。
「……それは我に向かって言っているのか?」
「ん? 貴様以外に誰……に」
直後、男がフードを外す。瞬間、周囲の笑い声がピタリと止まった。
イケメンだから……という理由ではなさそうだ。
「な……」
「もう一度聞く、我チェリッシュ・ガイラルへ言っているのか?」
男の顔が驚愕に染まる。
隣でユウハ様も驚いているけど、結局この人誰なの?
「……わ、私は忙しいからこれで失礼する」
それだけ言い、デルコイはさっさと逃げて行ってしまう。
「おい、待て。話はまだ終わってないぞ。……たく、まあ良い、一度は許そう。二度目は無いがな。いや、あいつの顔忘れた。もう一度確認してこよう」
男はデルコイが逃げて行った方向へ歩いて行く。
助けてくれたのか……とぼんやり見ているとユウハ様が俺の袖をぐいぐい掴んで無理やり歩かせる。
「なんだよ、あいつ庇ってくれたんだぞ。お礼位言った方が良いんじゃないか?」
「良いから、早く来い」
「お、おう」
☆☆☆
学術都市キーン。
水の都ともいわれる街である。
街の半分を水路が流れており、ゴンドラに似た小さな船が水路を横切っていく。
聞けば近くの湖から水を引き入れているそうだ。
現在俺とユウハ様はキーン内の定食屋でご飯を食べている。
魚料理が有名なだけあって確かに美味い。
まあ、見た事もない魚でちょっと食べる前は不気味だったが美味しいならいいや。
食後の果実ジュースを飲んで一息ついてから俺はずっと気になっていた事を聞く。
「それでユウハ様」
「ん?」
「さっきの奴は結局誰だったんだ?」
「…………」
見た感じ俺らを庇ってくれた気の良いイケメンにしか見えなかったよな、何か最後の方を聞く限りだと偉い人っぽかったけど。
聞くとユウハ様は苦い顔をしたまま口を噤む。
聞いて欲しくなさそうだ。
あれ? いや待てよ。俺気づいたかもしれない。
信じられないけど、可能性の上ではゼロではないかも。
思わず冷や汗をかきながら俺はユウハ様を見る。
「ユウハ様、もしかして」
「……気づいてしまったか? まあ、確かに街で聞くことがあったかもしれないからな」
街で噂になるほど有名なのか? 俺の知らない所でマジかよ。なるほど、それでパデキアの村へか。
うんうんと頷いてから俺は机に突っ伏した。
「おい、どうした?」
どうしたもこうしたもねえよ、本当もうヤダ。
ここまで絶望するのはマキシマム川崎に俺の恋心を打ち砕かれた時以来だ。
「……なんでしょう?」
「なんだって?」
「あいつ、ユウハ様の昔の男なんでしょう? どうせ初めての男とかって奴なんでしょう?」
はぁ、もういいや。一応ユウハ様ここまで送ったし俺フューゲルに帰ろう、学校とかもいいや。
「お前、そんなわけ……そもそも私はまだ」
「こんな所にいたのか、探したぞ」
聞き覚えのある声が聞こえる。
顔を上げれば手を挙げにこやかな笑みを浮かべているのは、街の外で会ったあの糞イケメンだ。
探しただって、やっぱりそうだったんだ、そういう関係だったんだな。
ふう……とため息をついて俺は再び机に突っ伏す。
隣に誰かが座る音がした、恐らくイケメンだろう。
どうせユウハ様の方へ……。
「全く待っててくれてもよかろう? なあ」
ふと俺の肩に違和感、ていうか手が載せられた。
あれ、あれれ?
ゆっくり顔を上げるとイケメンが俺を真剣な顔で見据え、そして。
「気に入った。お前、我と来い」
え、俺?




