プロローグ
「……ん」
欠伸をしながら起き上がり周囲を見渡す。
白い空間だ。
視界一杯にあるのは真っ白な、どこまでも真っ白な大きな部屋。
部屋……というには広すぎるそこは屋内かどうかも分からない。
「あれ、何で俺こんな所で寝てたの?」
なんとなく眠る前を思い出すが記憶が曖昧で思い出せない。
確かイヤホン付けてスマホゲーをやりながら道を歩いてた気がするんだけどなあ……。
なんて考えていると何もなかった空間が歪んだ。
その言葉通り歪んだのだ。
声にならない声を上げながらその空間を凝視しているとそれは実体として現れた。
「おう、ようやく目が覚めたか」
マッチョだ。
目の前に筋肉盛り盛りマッチョマンが現れた。
身長は二メートルはあるだろうか、金髪ロン毛で前髪は中分けだ。
自分と比べて表面積的にも優に二倍はあろうかという巨体である。
そして服装は黒のブーメランパンツ一枚である。
……もっこりしているように見えるのはやはり外国人だからだろうか。
純日本人の俺と比べて随分と立派なビックマグナムをお持ちである。
彼に比べて自分のデリンジャーでは太刀打ちできそうにない。
――と、そんなことはどうでも良い。
「あの……」
「む? おっと、申し遅れたな。私はマキシマム川崎という者だ」
「ああ、えっと……三浦です」
「知っている、三浦冬馬だろう? 年齢は25歳無職、身長167センチ、体重54キロ、好きな食べ物は麻婆豆腐、嫌いな食べ物はセロリ、特技はティッシュに付いて五分以上語れるだったか。変な特技だな」
「な、何故それを!? あなた一体……」
「私はマキシマム川崎という者だ!」
腕を組みポーズを決めだした。
ボディービルダーの如きフォームを見せられて俺困惑。
肉体で語られても俺には伝わらないよ?
「えっと、言葉で語って欲しいんですけど」
「ちなみに職業は神様をやっている」
「神!? あんた神なのか?」
「いかにも、八百万の神の1柱である」
「八百万の中の1柱!」
凄いのかどうかわかんねえ。
日本の人口統計的にクラスに一人は神様名乗れるよね感ない?
目を細めてみていると自称神様は両手を頭上に上げて新しいポーズを決め始める。
なんていうかいちいちポーズが暑苦しい。
「率直に言おうお前は死んだ」
「し、しん……俺が?」
「うむ、即死だ」
「マジかよ……唐突過ぎてびっくりだ。でもどうして? 死因は!?」
「歩きスマホによる空き缶を踏んで転んだ拍子にアスファルトの地面に頭を強く打ってだ。なんというか運がなかったな」
車に轢かれたとかじゃないんだ……空き缶で転んでって、完全に当たり所が悪かったっていうあれだよね。
「そんな……せっかくつい先日バイトの面接受かったから祝無職脱出とバイト先で俺の為に店長を呼んでくれた可愛い女の子と徐々に始まるラブストーリー第一話が始まろうとしてたのにどうしてくれるんだよ! 予定じゃ五十二話で無事童貞卒業なんだぞ」
「まあ、気にするな。どうせお前のあのどもりまくった面接内容じゃ受からないし、そもそもお前の言ってる娘は店長と付き合ってるから諦めておけ」
「はうん!」
あまりのショックで気持ち悪い声出た。
何だよそれ、俺がバイトに入る前からラブストーリー詰んでたんだけど! 第一話で終わったら残りの展開どうすればいいんだよ!
寝取り? 無理やり寝取りシーンを第二話にしてぶっこめば良いの!?
物語冒頭からドロッドロだよ!!
「マジかよ……」
「マジだ、というわけで、良かったら私の話を聞け」
暫くうなだれてからようやく復活した俺は5分ごとにポーズを変えるマッチョな神様に目を向けた。
「……分かった。一応落ち着いたから話を聞いてやるよ。一目ぼれした奴に男がいたとか死にたくなるからもう忘れる。さあ早くしてくれ」
「うむ、では話すが私は神様だ」
「それはさっき聞いた」
「うむ、ついでに言うとお前は死んだ」
「それも聞いたって!」
「実は普通の流れだと輪廻転生って事でお前を向こうの世界で赤ん坊として一からやり直させるのが普通なんだが」
「だが?」
「はっきり言ってお前向こうの世界と相性が悪い」
「相性が悪いってどういう事だよ」
「魂の形って言えばいいのか、向こうの世界でまた復活させてもどうせ童貞のまま死ぬのが確定している」
「え、俺転生しても童貞のまま死ぬの?」
それ転生する意味なくね?
「生きる意味失くしたわ、それならもういっそのこと俺を殺したままにしてくれ」
ぺたんと地面に横になるがマッチョはまあ待てと引き留める。
「なのだが、流石に可哀そうだからな。特別にお前を他の世界に転生させてやろうと思う」
「…………マジで?」
起き上がるとマキシマム川崎とかいう神様は厳かな表情で頷く。
さっきと違うポーズで、いちいち違うポーズ決めるのうぜえ。
「あとスキルを授けよう。この世界は剣と魔法のある世界でお前が元居た世界とは全然違うんだ。魔物も出るし生身ではきついだろう」
「え、スキルってチート? チート的なの使えるのか?」
「うむ、剣聖でも天才魔法使いでも望めるなら何でもいいぞ」
「何でもかあ……」
しばし考える。
剣聖とか悪くないよな……魔法使いってのも悪くない……が、俺はゲームをやっていた男だ。
きっと更にチートな能力があるはずだ。
思わずにやあ……と笑ってしまう。
「なあマキシマム川崎」
「む?」
「レアスキルをくれよ、誰も使えない、使ってないレアスキルをよお」
「レアスキルか……それは良いが誰も使ってないとなればどこかに制限が出て来るが大丈夫か?」
「ああ」
レアスキル……ユニークスキル。
上等じゃねえか、分かってやがるぜこいつ。
「ふむ、ならばレアジョブもついでに付けよう。だがそんな物で良いのか? 良かったらこの私並みの肉体を欲しても良いのだぞ?」
「それは要らない」
即答するとマキシマム川崎は見るからに残念そうにうなだれる。
申し訳ないが筋肉なんて剣と魔法の世界じゃ絶対ろくに役に立たないだろう、多分。
「分かった、ではお前には誰も使っていないレアスキルを授けよう、スキルだ。更に年齢は本当なら赤ん坊からやり直させるべきだがそのままで世界へ送ってやろう」
「お、年齢まで良いのか?」
「うむ、他の世界との相性は悪くないにせよ記憶を持ったまま赤ん坊になってもお前はそのまま死ぬ可能性もゼロではないからな、それではそちらへ送った意味が無いと思うのだ」
「お前案外優しいな」
「ふふ、私を褒めるな、それよりこの……」
パアン! と自分の大胸筋を叩く。
「筋肉に感謝しろ。筋肉は裏切らない、筋肉は全てを許す」
「ごめん、何言ってるか分からない」
「まあ、お前は筋肉を所望しなかったから分かるまい。ともかく、お前を世界へ送ろう、これも持っていけ」
ひょいっと袋を投げられた。
「なんだこれ?」
「この世界の金だ、それと文字も言葉も普通に使える、上手くやれ」
「おお、何から何までありがとう」
礼を言うとマキシマム川崎はにこりと笑う。
その明るい笑顔と真っ白で綺麗な歯並びは俺には無い神々しさがあった。