8話 出立
スキル一覧の一番上、そこに書かれた『真・言の葉』の文字。その文字を寛人は不思議そうに見つめる。
一方のルナは寛人のホワイトボードに《さぁ?》の文字を見ると、
「いや、何でヒロトまでそんな反応するの? ヒロトのスキルでしょ?」
当たり前の突っ込みに寛人は思わず《そうだった》とホワイトボードに文字を映す。
「まったく、ヒロトはしゃべらないだけじゃなくて、ちょっと抜けてるところがあるわね」
《そ、そうでしょうか……?》
怪しまれなかったことに寛人は安堵しつつ、手の甲の上に現れているスキル一覧を眺めた。一番上はともかく、下の二つのスキル、『初級剣技』と『初級魔法』は字の通りだとすると、初歩のスキルである可能性が高い。寛人のスキルを見たルナも、
「ヒロトは『初級剣技』と『初級魔法』、どっちも取ったんだ~」
と言っている。つまるところ冒険者はどちらか一方のスキルは持っているらしい。
寛人がルナはどっちを持っているんだろうと思っていると、ルナが寛人の顔を覗き込み、
「で、結局ヒロトのこのスキルは何なの?」
そう言いながらスキル一覧の一番上、『真・言の葉』の文字を指さす。こちらに転生してまだ間もない寛人は当たり前だがスキルを使ったこともなければ、スキルの内容も知らない。そんな寛人がルナにスキルのことをしゃべることはできるわけないのだ。寛人はこの際仕方ないとホワイトボードに文字を映す。
《スキル内容ってどうやって見るの?》
そう表示した。それを見たルナは一瞬ぽかんとした表情を浮かべたが、意味を理解するといたずらっ子のように笑って、
「そっか、スキルの見方すら知らなかったヒロトはそれもわからなくて当然よね。それに表示させて見せたほうが早いもんね。えっと、スキルの内容を見たいなら――」
その笑顔のかわいさに寛人は思わずルナの顔を見つめた。どう考えても自分より年下の女の子だが、もうすでに十分な女性としての魅力があると寛人は思った。ただ、まだ胸とかが小さいなとも。ボヤっと考えていた寛人にルナからの叱責が飛ぶ。
「ちょっと、聞いてるの? ヒロトのために説明してるんだけど?」
寛人はルナにぺこりと頭を下げる。ルナはやれやれと、寛人が考え事をしていた時にすでに話した内容をしゃべりだす。
「いい? このスキルを見たかったらこのスキル名をまた叩けばいいの。ただこれは他人がやっても見ることはできないから、他の人に見せたかったらヒロトが自分で叩いて見せるのよ」
今度は真面目に、ふむふむと聞いていた寛人は早速、問題の一番上のスキルを二回たたいた。するとパソコン上に新しいウインド―が現れるのと同じように、新たに青白い画面が現れた。そこにはスキルの内容が、こう書いてあった。
〈種別・パッシブ。内容・#%&=*+?――――〉
「……?」
「ちょっ……これなんて読むのヒロト? もしかしてヒロトの生まれ故郷の文字?」
ルナの質問に寛人は首を横に振る。種別はともかく、一番重要な内容部分が文字化け状態になってしまっている。もちろん日本語ではない。というより、この世界でも日本語が使われていることから考えても、ルナも寛人も読めなくて当たり前なのだが。
「ヒロトも読めないとなるとしょうがないわね……ただ、スキルの種別はわかるわね。パッシブ、つまり常時展開状態のスキルってことね。パッシブスキルなんていいスキル持ってるのね。パッシブスキルは修得が難しくて、私みたいな普通の冒険者は取らないのに」
ルナが感心したように言う。なんだかよくわからないスキルだが、レイシアが言っていた通り、ただの能力を自分は授かったわけではなさそうだと寛人は考えた。転生する前のレイシアの言葉を聞いた限り、レイシア自身が寛人に宿るスキルを決定するわけではなさそうである。つまり自分が修得したスキルすら運任せらしく、使わなくてはわからないといったところか。寛人はそう一人で納得した。
「で、結局どんなスキルなの?」
一人納得する寛人にルナが当然のように詰め寄る。寛人は若干のけぞりながら、胸の前にホワイトボードを掲げた。
《戦闘でのお楽しみ》
「――ふふっ、なるほど。そう来たか。じゃあ私のスキルも戦闘時でのお楽しみってことでどう?」
ルナの提案に寛人は二回うなずく。これでルナに自分が己のスキル内容すら知らないという事実を知られずに済んだと寛人は心の中で汗をぬぐう。あとで他の二つのスキルを確認しなくてはと寛人は心にメモする。
「でも、戦闘スタイルくらいは互いに知っておかないとね。私はこのナイフで最前衛を張るスタイルなんだけど、ヒロトは?」
ヒロトは居住まいをただし、ホワイトボードを構えた。しかし戦闘をしたことがない寛人は、もちろん自分がどこのポジションで戦えばいいのかもわからない。ただ、『初級剣技』と『初級魔法』のスキルを持っていること、それから腰に下がっている『ナイトソード』を見れば自分も前衛で戦うことくらいわかる。
《俺もこの剣で前衛したり、魔法を使ったりする感じだ》
何ともあいまいな回答だが、寛人的にはこう答えるしかない。『初級剣技』や『初級魔法』の内容も知らないのだから、こんな魔法を多用するとかもしゃべることはできない。最悪嘘をつけばいいが、ばれた時に厄介なことになりそうなので寛人は無難に答えた。
「なるほど、やっぱり前衛か。となると、どう見てもその服装は前衛向きではないわよね? ぼろぼろのナイフでも簡単に貫通しちゃいそうだけど?」
ルナは再度寛人の服装を下から上まで眺めた。その視線をたどるように寛人も自分の格好を確認する。確かにこれは平和な日本の街中での服装であって、「一狩り行こうぜ!」の格好ではない。それに戦闘初心者の寛人はどんなに些細な攻撃だとしても避けることができない場面もあるだろう。それを考えれば簡単にでもいいから何か防具を身に着けたほうがいいだろう。
《なにか防具を買いたいんだけど、どこで買えばいい?》
「やっぱり何か買う感じ? それならいい店を知っているわ、ついてきて!」
そう言ってルナは寛人の手をつかむと強引に引っ張りだした。寛人はよろけながら手を引くルナの後ろをついていった。
◇
「まいど!」
防具屋の店主の野太い声を背中に受けながら寛人とルナはドアを開いた。気持ちのいい青空が広がる通りに出たルナは寛人の姿をよく確かめた。確かめられている寛人の格好はそこそこ変わっている。
「うん、店の外で見てもいい感じじゃない。なかなか様になっているわよ」
ルナの誉め言葉に寛人は素直にお辞儀をする。お辞儀したと同時に金属の胸当てのベルト部分が小さな軋みの音を立てる。
「それにしてもよかったわね。銀貨五枚で金属の胸あてと革製の脛あて、それに黒の手袋とその白い板を入れる麻袋までつけてくれるなんて。今日の親父さん、機嫌よかったからサービスしてくれたみたいね」
ルナがまた自分の格好を確認するのをちょっと恥ずかしく思いながら、寛人は先ほどの購入場面を思い出す。ルナが寛人を連れてやってきたこの防具屋は彼女のお得意の店らしく、店主の親父が気さくに寛人のオーダーに合うものを用意してくれたのだ。さらには寛人の所持金を鑑みてサービスとしてかなり安く防具を売ってくれたらしい。寛人は相場がわからないのでよくわからないが。
「よし、ヒロトの装備もそろったことだし、早速行こうか、クエストに!」
ルナは右手を高く上げて威勢よく声をあげる。寛人もルナに倣って右手を高くつき上げた。
「ヒロトもやる気十分みたいね。目的の村までは徒歩で三時間、今から行けば夕方には着くわ。気合で行くわよ!」
そう言ってルナは元気よく歩き出した。寛人はその背中を見つめ、その視線を自分の手のひらに移した。本当に始まるのだ。ここから、新たな人生が……。寛人は思わず武者震いをした。
「ヒロトなにしてるの? おいてっちゃうよ!」
ルナの声に寛人は顔をあげた。そしてルナの待つところに走り出した。
◇
岩肌から一つの雫がにじみだし、そっと、下の水たまりに落ちる。雫が落ちた時の美しい音色は闇に溶け、消えていく。その雫が落ちた水たまりに突如として飛び込んできたのは、人。その体には大きな致命の太刀傷を作り、そこからとめどなく深紅の液体を流出させる。人はピクリとも動かず、不気味な格好をし、仰向けに倒れたままだ。それを見つめるのは赤い、冷徹の目。その目の持ち主は視線を剣を構えておびえる二人の男に変えた。
「て、てめぇ! いきなりなんてことしやがる! よくも、よくも俺たちの仲間に手ぇ出しやがったな!!」
男の一人が暗い岩の窟に響く叫びをあげる。その声は勇ましく、その反面、大変おびえていた。もう一人の男は燃え上がるたいまつを手に、赤い目の持ち主を恐怖と怒りを含んだ目でにらみつけた。
「――なんと、愚かな生き物か……貴様ら人間は」
赤い目の持ち主は凍てつくような声色でつぶやいた。視線を倒れた肉塊に移すと、その肉塊を蹴り飛ばした。肉塊はごろごろと力なく転がり、壁にぶつかりようやくその動きを止めた。
「明かりがなければ夜目も効かず、力もなければ寿命も短い。知恵があるかと思えば、幾度となく愚かな戦を繰り返し、多くの犠牲を払わねばその戦を止めることさえできない」
まるで二人の男がいないかのように、独り言をつぶやくように、詩をうたうように、赤い目の持ち主は言う。
「それほど愚かな存在である人間に、高等な種族である我々が狩られるなど、あってはならない。それはまさに弱肉強食の摂理に反した愚かな行為、大罪だ」
赤い目の持ち主は赤く染まった一本のナイフを手に男たちを見つめた。その目は生き物を見る目ではなく、物を、いや、ごみでも見るかのような嘲りの目だ。
「そんな大罪を犯した人間たちは、どうなる運命か……もう、わかるな?」
赤い目の持ち主はいつの間にか男たちの後ろに立ち、手にしたナイフを地面に投げ捨てた。そのナイフが地面に落ち、甲高い音を響かせた直後、二人の男の首がずるりと落ちる。首から上が無くなったことで、まるで栓が無くなったように、血の噴水が同時に男たちの首から噴き出した。吹き出した血を頭から浴びた赤い目の持ち主は、頬を伝ってきた血をなめると戦慄の笑みを浮かべた。
その口からのぞくのは二本の鋭くとがった牙と深紅に染まった長い舌であった。