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7話 己のスキル

 寛人がチークから受け取った冒険者プレートを紐を使って首にかけていると、ルナが思い出したかのようにチークに詰め寄る。


「すっかり忘れてたけど、今日いいクエスト、入ってきてない?」


「そういえばルナが来た理由ってそれだったわねー。ちょっと待ってて」


 そいうとチークは再び奥の部屋に引っ込んだ。冒険者プレートをパーカーの中にしまいこんだ寛人にルナが話しかける。


「そー言えば、まだ互いに自己紹介、してなかったわね。私はルナ。よろしくね」


 寛人はホワイトボードを胸の前に持ち、


《俺はヒロト。よろしく》


 と表示した。ミネヤという名字を名乗るかどうかは迷ったが、ルナが名乗らなかったところを見た感じ、普通は言わないようだ。


「で、何であなたはその板でしかしゃべらないの?」


 ルナがホワイトボードを指さしつつ聞く。出会ってから一言も言葉を発していない寛人を不思議に思うのは当たり前のことであるため、いずれ聞かれるであろうと思っていた寛人だったが、「自分は声が出せません」と正直に答えていいものだろうか。自分の体を傷つけないと声が出せないというのは、寛人の弱点である。それをまだ出会って間もない人にべらべら言うことはさすがにはばかられると、寛人は口をつぐんだ。


「……ま、言いたくなければ言わなくていいわ」


 寛人の様子を見てルナは深くは聞いてこなかった。あっさり質問の矛先を収めたルナの横顔を寛人は静かに眺めた。そこに奥の部屋からチークが何やら数枚の紙をもって戻ってきた。


「お待たせ~。今日入っているいいクエストはこのあたりじゃないかな?」


 チークは手にしていた紙をルナの前に広げる。それをふむふむと品定めするルナの横から寛人もそれを覗き込む。そこに書かれていたのは簡単に言えばクエスト内容だった。クエストの達成条件や報酬、場所など基本的なことが短くまとめられている。その紙の一番上には星が描かれている。その星の数はまちまちで一つのもあれば多いと三つのものもある。クエスト用紙を一通り見終わったルナがチークに文句を言う。


「ねぇ、チーク。ホントにこれだけ? 星三つじゃまともな報酬ないじゃない。もっと星の多いクエストちょうだいよ」


「でも、ルナまた一人でクエストに行くんでしょ? 星三つでも行かせたくないのに、それ以上の難易度なんて行かせるわけにいかないわよ」


 二人のやり取りを聞いている限り、どうやら星の数はクエストの難易度を示しているらしい。星1が最も簡単なクエストで、星が増えれば難易度が高くなるかわりに報酬もよくなるらしい。


「なによ、私の実力を過小評価しないでくれる?」


「そうじゃなくて、せめて一人でも一緒にクエストに行ってくれる人がいればいいのにって思っているだけよ」


 迫るルナをチークはたしなめる。ちょっとした姉妹げんかを寛人は取り残されたように眺めていたが、不意にこちらを見たルナに手をつかまれる。


「じゃあ、こいつと一緒なら文句ないでしょ?」


「!?」


 突然の巻きこみに寛人は驚いてルナの顔を見た。しかしルナはまるで寛人のことを見ず、カウンター越しのチークを凝視している。


「え~と、会ったばかりの人とクエストに出かけるってこと?」


 チークは寛人とルナの顔を交互に見ながら言う。


「なによ、誰連れて行こうが一緒にクエストに行くことに変わりはないはずよ?」


「そうなんだけど、その人の許可を取らないのは……」


 ルナはグリンと人に顔を向ける。突然美少女の顔が目の前に現れた寛人は思わずのけぞった。


「――いいわよね?」


 寛人は親指を立ててサムズアップ。それを見たルナは満足そうにうなずいた。


「よっし! さぁ、チーク。これで一緒についてきてくれる仲間ができたわよ。もっと星の高いクエストを持ってきんしゃい!!」


 ルナはカウンターをたたいて高らかに言うのだった。


 ◇


 がやがやと冒険者たちの笑い声と飯をかっくらう咀嚼音、皿がぶつかる音があたりに響く中にある一角の丸テーブル。そこにはいかつい冒険者たちの中ではかなり浮く二人の人物が向き合って座っていた。一人は美しいダークブラウンの髪を持ち、凛々しくも幼さの残る顔立ちをした美少女、もう一人は黒い髪に周りの人物たちと比べたら彫りの浅い顔立ちの冴えない男。周りから見たら男が美少女の付き人か何かに見えることだろう。そんな二人はテーブルの真ん中に底の浅い鍋によそられたシチューみたいな料理を置いている。


「さ、食べて食べて! クエストについてきてくれるヒロトに、私のおごり!」


 ダークブラウンの髪の少女、ルナが冴えない男に料理を勧める。勧められた男、寛人は《それじゃあ》と白い板に文字を出すと鍋から湯気を上らせるシチューを皿によそった。牛乳のいい香りが鼻腔をくすぐり、思わず寛人の口からよだれがたれそうになる。


「おいしそうでしょ? 私もこれが好きののよねー」


 ルナはそう言うと鍋からシチューをすくった。ルナはかなりの大喰らいのようで皿になみなみとシチューをもった。それを見ていた寛人にルナが言う。


「なに? 食べないの?」


 寛人は首を横に振ると、手を合わせて、口パクだが「いただきます」と言う。


「なにそれ? ヒロトの出身地じゃ食べる前にそんなことするの?」


 どうやらこちらの世界に食事の挨拶という概念はないらしい。面白がるルナに


《自分の血肉になる食材たちの命と、それら食材を作ってくれた農家の皆さん、自然に感謝するためのものさ》


 と寛人はまじめ腐って答える。それを見たルナは


「ずいぶんと高尚なことするのね。じゃあ、私も真似して」


 ルナも手を合わせると口パクで何かをつぶやく。本来は口パクしなくてもいいのだが、いちいちつっこむのも面倒なので寛人は何も言わないでおく。挨拶を済ませると、二人は木のスプーンを手に取ると、それを熱いシチューにつからせる。シチューの海からスプーンを引き上げると、そこにはスプーンの皿に山のように盛られたシチュー。それを二人はほぼ同時に大きな口を開けてほおばった。


「!!!」


 あまりの熱さに寛人は口をもごもごと動かす。よだれが口からこぼれそうなのを必死に耐えていると、そんな寛人をしり目にルナはバクバクとシチューをほおばっている。どうやら熱いのが得意な逆・猫舌らしい。

 寛人はそう言えば自分が死んだ原因も、熱い餅を無理に飲み込もうとしたことだったなと思い出し、口の中で冷ましたシチューを何とか飲み込むと、次の一口からはしっかりと息を吹きかけてシチューを味わった。



「あぁ、おいしかった!」


 ルナは満足そうな笑みを浮かべる。その前には空になった鍋と皿。どちらもキレイにへずられており、お残りなんて微塵もない。寛人も満足そうにいっぱいになった腹をなでる。


「じゃあ腹ごしらえも済んだとこだし、今回のクエストの確認とでも行こうか!」


 そう言うとルナは腰のポーチから丸められた紙を取り出し、それをテーブル上に広げた。その紙の一番上には四つの星。これは上から二番目に難度の高いクエストを意味しているとチークから聞いた。


「今回はここから北東に進んだ山脈のふもとにある村に現れたアーマーワイバーンの討伐ね。アーマーワイバーンって知ってる?」


 寛人は首を横に振る。


「簡単に説明すると、でかくてかたいうろこを持つトカゲよ。そんなに気性は荒くないけど、今は繁殖期らしくて気が立っているの。そんな状態で人里近くに現れちゃったらしいわね。そのトカゲを打ち取るのが今回の私とヒロトのクエストね」


 ルナはクエスト用紙を指さしながら要点をまとめていく。先ほどのクエスト選びではほとんどルナが一人でクエストを選んだものだから、今一度寛人にも説明する必要があるというわけだ。


 一通りの説明を終えたルナは、クエスト用紙を読んでいる寛人の格好を上から下まで眺めると、いぶかしみながら寛人に尋ねる。


「……ねぇ、ヒロトってなんか防具つけてるの?」


「?」


「いやだってさ、寛人の持ってる剣ってナイトソードでしょ? それ持ってるってことはそこそこ前衛で戦うってことだろうに、見た感じ、服の下にも何もつけてないみたいじゃない」


 ルナが不思議そうに聞いてくるので、寛人はいま一度自分の服装を見た。着ているのは冬物の黒いパーカーと裏に起毛素材があるジーパン、靴はランニングシューズとどう見ても防御力のへったくれもない、ただの普段着だ。


「それともヒロトは何か特殊な『スキル』でも持っているから防具が要らないってこと?」


 ここで飛び出した『スキル』という、完全に異世界物の定番用語の登場に寛人は目を輝かせる。そう言えばレイシアも、一番要らないものを捨てることで力を手に入れられるとか何とかと言っていた。つまり、『声』という大きなものを失った自分にはすごい力が宿っているに違いないと寛人は心を躍らせる。そんな素晴らしい自分の力を寛人は確かめたかったが、いかんせんその『スキル』の確認法がわからない。こういうのはたいてい視界の片隅に何か浮いていて、それをタップすると表示されるとか、網膜投影されるとか、表示しようと思えばその画面が現れたりするものなのだが、どれを試しても何も起こらない。


「さっきから何してんの? 虚空に手を伸ばしたり、何回もまばたきしたりして、ちょっと不気味と言うか……」


 怪しいものを見る目を向けるルナに、寛人は正直にホワイトボードを向けた。


《スキルの確認法って、どうすればいいんですか?》


「確認法? そんなことも知らないの? それはどっちの手でもいいから、その手の甲を二回たたけばスキル画面が出てくるはずよ」


 ルナがお手本というように右手の甲を二回たたくといきなり青白い画面が現れた。大きさは一般的なノートパソコンの画面くらいで、それが手の甲の上に表示されている。ルナがもう一度二回右手の甲をたたくとその画面は瞬時に消えた。

 それを見て寛人も、ルナの真似をして右手の甲を二回たたいた。するとルナと同じ青白い画面が現れる。その画面に書かれているのは『MP』と書かれている緑のバーと、所持スキル一覧の文字。『MP』は十中八九『マジック・ポイント』のことだろう。今はまだそれを使っていないから緑のバーはマックス状態だ。すると問題は今寛人が持っているスキル内容だろう。寛人は期待に胸を膨らませながら所持スキル一覧を開いた。


「――ねぇ、ヒロト。下の『初級剣技』と『初級魔法』は知ってるんだけど、一番上のスキルって何?」


 ヒロトのスキル画面を覗いていたルナはスキル一覧の最も上にあるスキル名を指さしながら言った。


「この『真・言の葉(ゴッド・ワード)』って何?」


《――さぁ?》


 寛人はホワイトボードを構えてそう表示した。

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