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6話 出会い、始まり

 小脇にホワイトボードを抱えた寛人は、手に露店の親父から買った『ロックバードの串焼き』を持ちながら人の間を縫っていた。親父の説明曰く、ロックバードは筋肉質な身を持つ体長は二メートルにもなる鶏で、この町では串焼きで食べるのが一般的らしい。そんな串焼きの焦げたたれのにおいは、すれ違う人みんなが寛人の手にある串焼きに注目させるほどである。もちろん味も一級品で、人探しを終えたらまた行こうと寛人は心に決めた。ちなみにその人探しの理由であるネックレスはレイシアの手紙や銀貨と串焼き購入で発生したお釣りの銅貨の入っている巾着にしまってある。


 ロックバードの串焼きをちょうど食べ終わった時、寛人の目の前に他とは一線を画す大きさの建物が現れた。親父が言っていたように確かに大きい建物だと寛人は驚く。見たところ五階建てくらいはありそうで、これは周りが基本二階建てであることからわかる通りかなり高い。一階部分には大きな入り口が口を開けており、そこに多くの人々が吸い込まれるように入っていく。建物自体はかなり古そうで外壁のレンガはかなり退色していた。


 入り口から中をうかがってみると、まず見えたのは昼間から酒を飲みまくる男たちの姿だ。男たちはゲラゲラと下品な笑い声をあげ、愉快そうに酒の入ったジョッキを何度も乾杯させている。街中とは比にならないくらいの騒音と、きつい酒の匂いはまさにギルドならではなのかもしれない。

 そんな居酒屋状態の空間の奥に数人の女性が並んだカウンターのようなところが見える。さらにそのカウンターの横には大きな掲示板が設置されており、そこには大小さまざまな紙が貼りつけられていた。きっとあれがクエストの掲示板なのだろうと寛人は予想した。その予想通り、一人の男性が貼ってある紙をはがすとカウンターに持っていくのが見えた。

 寛人が見た感じだと、カウンターの周り以外に素面(しらふ)の人間はいないようだし、酔っ払いに聞いてもまともな返事が返ってくるとも思えない。それに自分も酒を飲まされる可能性もある。寛人は酒に強いほうだが、真っ昼間から酒を浴びるほどの酒好きではない。寛人はよく中の様子を観察すると、一気にカウンター目指して歩き出した。


 中の熱気はとても高く、歩けば肩がぶつかりそうな状態のところを寛人はすいすいと縫うように進んでいく。寛人は前の世界では相当に鳴らした『人見知り』だ。人が多いところは嫌いだし、そういうところにいると自分が変に見られて笑われているんじゃないかと考えるほどの人見知りだった。そこで寛人の身に着けた技術がこの『人が多いところでも影のように進む歩行術』だ。これは特に大きなショッピングモールなどで人が多く、うまく前に進めない時に人の間を素早く通ることでなるべく目立たずに、迷惑をかけずに進むことができる、長年のボッチと人見知りから生み出された高等テクニックだ。この歩行術が異世界で役立つとはと、寛人はかつての人生で得た何の役にも立たん技術がようやく日の目を見たことに感動した。


 寛人はすいすいと歩行術で移動すると、あっという間にカウンターの目の前にたどり着いた。やはりカウンターの前だけは酒臭い人間はおらず、一種の安全地帯と化していた。その安全地帯にいる人々は掲示板を眺めたり、仲間や受付嬢と話し合ったりと、ギルドの正しい空間を作り上げていた。寛人はあたりを見渡し、誰かとしゃべれないかと考えたが、知らない人に話しかけることが苦手な寛人は結局、手持無沙汰にしている受付嬢に聞くことにした。


「こんにちは。今日はどういったご用件ですか?」


 かわいらしい笑顔を向けられた寛人は無言でホワイトボードをカウンターに立てた。そして腰の巾着からネックレスを取り出してそれをカウンターに置いた。


《これの持ち主を探しているんですが》


 ホワイトボードに面食らっていた受付嬢は浮かび上がってきた文字を見ると、カウンターに置かれたネックレスをまじまじと観察した。


「このネックレスですか……この家紋みたいな模様、どこかで見た気がするんですが……」


 受付嬢は何とも歯がゆい答えを返してくる。


《詳しくは覚えてないですか?》


「うーん、見た記憶はあるんですが、このネックレスを見たんじゃなくて、模様を見たことがあるってだけで、誰のものだったかは……」


 受付嬢が悩んでいたその時、いきなり寛人の横から割込みが入った。


「おっす、チーク! 今日はなんかいいクエスト入ってる?」


 唐突の横入りに寛人はその人物をにらみつけた。しかし寛人はその人物を見た途端、怒りなど忘れ、思わず口から「あ」という声が出そうな口をした。

 寛人の横に立つ人物は、そう、まさしく寛人の探していた少女だった。早く見つかればいいと考えていたが、まさかこんなに早く見つかるとは思わなかった。一方の彼女はヒロトに一瞥もくれない。そんな様子にチークと呼ばれた受付嬢が、


「こら、ルナ。私はまだこの人と大事なお話をしてるんだけど。この人にまずは謝りなさい」


「ごめんごめん、いつもすぐに終わらせるし、いいかなって。――ごめんね、いきなり割り込んじゃって――」


 チークに叱られてようやく寛人を向いた少女、ルナは寛人の顔を見て言葉を詰まらせた。寛人はホワイトボードをルナのほうに向けて、


《さっきぶりですね》


 と文字を浮かべた。その文字を読んだルナはようやく言葉を発した。


「さっきぶつかった人!? なんでここにいるの!」


「あら、何知り合い?」


 チークののんきな言葉にルナは「そんな深い関係でもないけど」と返答する。寛人は話すよりまず物を見せたほうがいいとカウンターに置いてあったネックレスをルナに見せた。


「あっ!! これ私の! ……って、まさかあの時落としたのを届けに来てくれたの?」


 寛人は《うん》とうなずく。そうして寛人はネックレスをルナの手のひらの上に握らせた。


「親切なお兄さんに、ルナちゃんはキチンとお礼を言わないとね~」


 チークがおちょくった調子でルナに言う。受け取ったネックレスをやさしく握りながらルナは小さく言った。


「えっと、その……ありがとう」


 ちょっぴり素直じゃないところは年頃だからだろう。ほんのり顔を赤くして言うルナのかわいさはまさに殺人級で、しゃべってもいないのに寛人は鼻血を吹き出しそうになる。


《どど、どういたしまして》


 ホワイトボードに若干動揺が現れた文字を浮かべ、寛人は小さく礼をする。そんな二人の様子を見てチークがニヤニヤしながら言った。


「ルナが人に素直にお礼を言うなんて珍しいわね~。なに? この人に惚れたの?」


 いきなりそんなことを言い出すもんだから、ルナも寛人も二人して噴き出した。


「なな、なに言ってんのよ! この人とはさっき、偶然会っただけで、そんな喋ったわけでもないし、そもそも私がこんな奴に一目ぼれするわけ、あ、あるわけないじゃない!!」


「こんな奴」とか言われた寛人がちょっぴり落ち込む中、必死のルナの弁明にチークはさらに意地悪い笑みを浮かべた。


「ツンツンしちゃって~。いいんじゃない? いっつも一人でクエストに出かけちゃうルナを私は心配しているのよ? この際だからこの人とパーティーでも組んじゃえば? これも何かの縁ってことでさ」


「なんだって私がパーティー作んなきゃいけないわけ!? そもそも、こいつが冒険者だってことは――」


「ルナはこの人の腰に下がっているものが見えてないんですか?」


 そう言ってチークは寛人の腰にぶら下がっている剣を指さした。そして寛人に問いかける。


「お兄さん、冒険者さんか何かでしょ? 着ている服なんてこのあたりじゃ見たことないし、どこか遠いところから来たんでしょ?」


 その質問に、寛人は《ぼちぼち遠くから》と答える。正確に言えば次元や世界をまたぐほど遠くから来たのだが。


「やっぱり? そんなに遠くから来れたなら冒険者ランクも高いんでしょ?」


 チークの口から飛び出した『冒険者ランク』なる単語に、寛人は首をかしげる。


「なに、知らないの? ……あ、もしかしてあなたのいた場所って冒険者ランク制度すらないところだったの?」


 そもそも冒険者なんてものが存在しませんでしたと、寛人はホワイトボードに転写しそうになるが、すんでのところでこれを回避する。チークの言葉にルナも納得したようで、


「確かに、服装、顔立ち、髪の色、ここらじゃ見ない特徴ばっかりだしね。こっちの制度が適用されてないところから来ていたら納得がいくわね」


 一人で納得するルナに、寛人も合わせて《そういうことです!》と元気よくホワイトボードに文字を浮かべる。


「なるほどね。じゃあ、ここで冒険者登録していったら? ここで登録しておけばクエストを受ける時のも有利だし、報酬も増えるからさ」


 チークの提案に、寛人は迷わずうなずいた。自分の職業はレイシアのカードを引いた時に『冒険者』と決まっている。『冒険者』がどんな仕事をするかは知らないが、クエストをこなして生計を立てれば、仕事をしていることになるはずだ。それに仕事面で有利になるなら登録したほうがいいに決まっていると寛人は確信した。

 寛人の冒険者登録の意志を見たチークは、身をかがめてカウンターの下を覗き込んだ。そして取り出したのは一本の小さな針と試験管のようなガラスの容器。それをカウンターの上に置くと、チークは仕事モードに切り替わって話し始める。


「じゃあ、冒険者登録の説明をするわね。登録はいたって簡単で、この針であなたの血を少量抜いて、その血を試験管に入れる。あとは私が登録用の特別な機械にその試験管をセットし、完了すればそれでおしまい。最後に冒険者登録の証である名前入りの鉄製のプレートを受け取ったらそれで終わり。理解、オッケー?」


 寛人は指で丸を作る。それを確認したチークは針と試験管を寛人に手渡した。


「じゃ、これで指の腹あたりを指して血を抜いて。ぐっさり刺さなくていいから」


 寛人は一つうなずき、そっと針を指の腹に差す。にじみ出てきた血をそっと試験管に垂らし、それをチークに手渡す。それを受け取ったチークは奥の部屋に歩いて行った。

 寛人が針を刺した指をしゃぶっていると、一分もしないうちにチークが帰ってきた。チークの手には鈍く光る金属の板。その板をチークはそっとカウンターに置いた。


「これが冒険者の証、『冒険者プレート』よ。これは身分証明になるから肌身離さず持ち歩いてね」


 寛人は置かれた冒険者プレートをそっと手の取った。金属の光沢の中にはしっかりと『ミネヤヒロト』と名前が刻まれていた。

 こうして寛人は冒険者の第一歩を踏み出した。

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