表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/37

16話 侵入

 天球には瞬く無数の星々が浮かぶ。寛人が前生きていた世界の星空とはまるで違う。鈍い赤に輝く星、白い光を届かせる星、鮮やかな緑に光る星。前の世界より多くの色彩を持った星々たち。言うなれば空に宝石をちりばめたような、だ。その東の空に大きく欠けた月も登り始める。月は前の世界と似た雰囲気を持っている。きっと太陽の光を反射している原理は同じなのだろうと寛人は納得する。

 天然のプラネタリウムの下、寛人たち三人は戦の前最後の食事をとっていた。とはいっても簡単なものだ。エネルギーを取るのが目的であって、満腹になるのが目的ではない。満腹になると胃に血が集中して頭に血が回らなくなる。そんな状態では反応できるものもできない。それにこれから挑む相手は生易しい敵ではない。体、心、装備、すべての準備を万全に整える必要がある。装備の準備は日が昇っているうちに終わらせておいた。体の準備、心の準備も徐々に出来上がってきている。


 食事をとり終わった寛人たちは焚火を囲いながら最後の作戦確認を行う。進めるのはハインツだ。


「作戦、もう一回確認するぞ」


 ルナと寛人はうなずく。それを確認しハインツは進めた。


「まずは洞窟まで向かうまでだが、当たり前だが体力を消耗しないためにも戦闘は避けていく。いくら珍しいモンスターに出会おうが無視して進む。隊列は俺が一番前、しんがりにルナで真ん中にヒロトだ。この隊形で森を一気に抜ける」


 ハインツはさらに続ける。


「森を抜けたら洞窟を探す。そう分かりづらいところにはないと思うから三人で探す。ばらばらになって集合が遅れたら時間がもったいないからな。そして洞窟に入る時だが――」


 ハインツはここで好物のカリアンの実を麻袋から取り出し、兜のスリットに放り込む。炒ったコーヒー豆のような外見の実は固いピーナッツといった具合で、口が寂しいときにはいいかもなと、寛人は夕食前に一粒もらって食べたのを思い出した。

 そのカリアンの実をぼりぼりと咀嚼すると、ハインツは続けた。


「絶対洞窟の中は暗い。吸血鬼は夜目が効くから明かりなんて焚いてないだろうしな。だから松明を持っていく。持つのは先頭を行く俺だ。罠もあるかもしれないからな、それは気を付けて行こう。洞窟がどれだけ広いかは知らないが吸血鬼が指定してきたくらいだ、そこそこの広さはあるだろう。吸血鬼を見つけたら戦闘開始、こっちから仕掛ける。直接仕掛けるのは俺、そしてルナ。ヒロトは後方支援兼、俺たちが敗れた時に逃げる役だ。万が一俺たちがやられたとき、ヒロトは俺たちにかまわずに町に逃げろ。そして吸血鬼のことを知らせるんだ」


 寛人はうなずく。あれだけの化け物、自分たち三人で勝てると予想するほど甘くはない。正直負ける確率のほうが高いだろう。だからこそ寛人は万が一に備えて逃げ出す必要があるわけだ。


「ま、負けるつもりはさらさらないがな。――で、作戦内容に戻るが、吸血鬼は半端ないスキルを使ってくる可能性が高い。大技を使われるとやばいから、先にこっちが大技を仕掛ける。俺が一番先に仕掛ける、それを吸血鬼は避ける可能性が高い。避けた吸血鬼にルナの『爆炎魔法』。吸血鬼はこれでも死なないだろうからそこに俺がとびかかって首をはねる。――もしそれが失敗、または効かなかったらそこからは成り行きでどうにかするしかない。相手の手の内がわからないからな」


 ハインツはさらに一粒、カリアンの実を口に放り込む。


「作戦は以上。……作戦とは言えない。いや、そうだな、つまりこれは特攻だな」


「まぁ、相手が圧倒的格上だからしょうがないかもしれないわね……」


「だからこそ、俺たちは死ぬ気で挑むわけだ」


 ハインツは焚火に枝を投げ込む。パチパチと音を立て、枝に火が燃え移っていく。赤々と燃え上がる焚火を、三人は口を開くこともなく、静かに眺めた。それぞれが考え、思い出す。

 戦ったら死ぬかもしれない相手になぜ挑むのか、なんのために挑むのか……。自分のためか、死んでいった者たちのためか、世界のためか……決まっている、彼らの心は一つだ。


 東から顔を出した月は徐々にその高度を上げていく。欠けているとはいえその光は小さな星々よりは強く、かろうじて見えていた遠くの星々や光の弱い星々は月の光に照らされ、その存在を消していった。

 月を見たハインツが立ち上がる。


「もう時間だ。――行くか」


 その言葉に寛人とルナは立ち上がる。寛人が焚火に水をかけると、辺りは途端に暗くなり、夜のとばりが降ろされた。

 歩き出した三人の冒険者たちを空に輝く無数の星と月が青く照らしていた。


 ◇


「ここ、みたいだな……」


 ハインツは大きく口を開けた洞窟の前でつぶやいた。その横には寛人とルナ。全員が真っ暗な洞窟を覗き込んでいる。

 村を出発した三人は森にたどり着くと予定通りの隊列を組んで歩き出した。寛人とルナにとっては二日連続の森の夜。フクロウか何かの鳴き声しか聞こえない森の中を三人は慎重に進み、何事も起こらないまま森を向けた。

 森の北側は岩山がそびえたっていた。高さはそれほどではないにしても、月と星の明かりに照らされた岩山の存在感は相当なものだ。夜に来たいような場所ではないなと寛人はあたりを見渡した。三人はその岩山のふもとを十分ほど歩き、洞窟の入り口を見つけた。

 いったん洞窟から離れた寛人たちは近くの草陰にしゃがみ込む。


「月の位置からして、予定通りの時間には着いたみたいね」


 ルナは月を見上げながら言う。


「――準備はいいか、二人とも」


 ハインツの言葉に二人はうなずく。

 ハインツは用意していた松明に火をつけた。途端にあたりが明るくなり、よく見えていなかった闇に染まっていた部分も鮮明に見えるようになった。火のついた松明を手に、ハインツは立ち上がる。それに倣うように寛人とルナもゆっくりと立ち上がった。


 遠くから獣の遠吠えが聞こえ、夜の空気に溶けて行った。春先の夜は底冷えするが、洞窟から噴き出す風はあたりの空気とは比べ物にならないほど冷たく、冥界から吹く風のよう。

 大きく口を開けた洞窟の前に三人の冒険者は立った。一人は兜鎧の隙間からのぞく銀の瞳で闇を見つめ、一人は腰に下げたナイフの柄をそっとつかみ、一人は奥にいるであろう魔物を思い、固くこぶしを握った。


 先頭を歩くハインツが一歩を踏み出し、その後ろに寛人、ルナの順に続いた。

 洞窟の中は案外広く、道幅は5メートルといったところ。天井も3メートルはありそうだ。赤茶色の岩肌からはところどころから水が染み出し、松明の光を浴びて、てらてらと光った。小さな水たまりが点在し、その水たまりに雫が落ちて独特の音色を奏でていた。


 慎重に歩みを進めるハインツの背を眺めながら進んでいた寛人だったが、ふいにハインツが止まったことでその背にぶつかりそうになる。立ち止まったハインツを不審に思いながら、寛人は行く手を覗き込む。松明の明かりが前方を照らすその最も奥。何とか松明の明かりが届いているところに、何かが転がっている。


「?」


 寛人はそれが最初なにかは気づかなかった。サッカーボール大の球体だが、何やら毛が生えていて、いくつかの突起が出ている。そして松明の明かりがある部分に反射したとき、寛人はそれがなんであるかに気が付いた。


「――!!!」


「どうしたの、二人とも――っ!!」


 覗き込みながらささやいたルナも、転がっているものに気が付いて思わず声にならない叫び声をあげた。

 ハインツがゆっくりと近づき、それを確認する。それは本来つながっている部分が切断され、切断面から赤黒い肉を見せている。

 人の首。それが洞窟の固い地面に転がっていた。松明の光を反射したのは光を失った瞳で、それを寛人は見たのだ。よく見るともう一つ、同様の首が転がっており、ぽかんとした顔をしている。何が起きたかわからないといった表情。二つの首の胴体であっただろうものが二体分地べたに寝ていた。思わず吐きそうになった寛人はそれを気合で押し殺す。


「……」


 ハインツが洞窟の先を照らすとさらに一人の遺体が。こちらは胸から腹にかけて大きな太刀傷を作っており、それが致命の一撃となったようだ。

 ハインツはそっとしゃがみ、遺体に手を合わせる。寛人やルナも、生々しい傷跡を残す遺体を直視できないものの同じように手を合わせた。


 寛人は立ち上がると、洞窟の奥をにらんだ。この奥にいる吸血鬼がやったに違いない。ハインツが地べたに落ちていた冒険者プレートを拾うと寛人に手渡す。それを腰に付けた巾着にしまい込む。このプレートも届けなくてはならない重要なものだ。


 三人は再び深淵に向けて歩き出す。その目は一様に闘志の炎で染まっていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ