表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/37

15話 それぞれの思い

 小屋に戻った寛人たち三人は円になって座る。その中央には昨日の夜のように鍋が一つ置かれている。中には数個のジャガイモ。これは火事で焼け落ちた家の中から探し出してきたものだ。灰をかぶってしまっていたが、村のはずれにある井戸からくみ上げた水で丁寧に洗ったため、元通りのきれいな表面になった。それを簡単にゆでたものが寛人たちの昼食となった。

 特に会話もなくこれらを食べた寛人たち。鍋の中身がきれいになくなったことを確認し、食後の挨拶をした。


「さて、飯も済んだことだし、これからどうするか決めようか」


 ハインツは腰の麻袋から炒ったコーヒー豆のようなものを取り出すと、兜のスリットからそれを放り込んだ。ハインツは先ほどのジャガイモも兜を外すことなく、スリットから起用に芋を放り込んで食べていた。それをルナが聞くと、何でも兜だけは寝るとき以外は外さないらしい。


「吸血鬼、か……」


 ぽつりとルナはつぶやく。


「まさか本当にいるなんて思わなかったわ」


「まぁ、一般的にはもう数百年も前に人間や獣人――つまり魔族以外の者たちによって滅ぼされたということになっているからな。俺も冒険者になって初めて見た」


「え、そうなの? あの時はずいぶん知っているかのような聞き方をしてたけど……」


「あれはちょっとした強がりさ。俺の攻撃をいとも簡単によけたからな。俺もちっとばかし動揺しちまったんだ。それを見せるわけにはいかねぇだろ?」


 寛人はハインツが空から降ってきたときの光景を思い出した。確かに、ハインツが放った二つの技を吸血鬼は余裕を持って対処していた。どの程度すごいのかはわからないが、帝国指折りの冒険者の技を簡単にあしらうものはそういないだろうし、自分が見た感じハインツの技のキレは圧倒されるものがあったと寛人は分析する。


「で、そんな吸血鬼についてだが、やつは今ここにいるらしい」


 ハインツが指さしたのは、吸血鬼が去り際に置いていった地図。その洞窟の部分だ。


「吸血鬼の言っていたことを信じるなら、やつは今日の夜までは……つまり明日の日の出まではここにいるらしい。この洞窟がどれだけ遠いか知らないがこの村から北に行った森っていうのはルナから聞いた感じじゃそんなに大きくないらしい。森の北側に出るには歩いて1時間かからないだろう」


 寛人たちが今日の明け方までいた森。暗くてよく見えなかったからわからなかったがそう大きな森ではないらしく、ルナが冒険者の経験から推測したと言った。


「場所に大きな問題はない。が、問題なのはあいつの強さだ」


 ルナと寛人は大きくうなずく。


「ヒロトを簡単に吹き飛ばしたものね」


「吸血鬼は人の数十倍の力を持っているという逸話もある。ヒロトは実際攻撃喰らって、どう感じた?」


《死ぬかと思った》


 がれきに突っ込んだものの、運よく無傷だったホワイトボードを膝に乗せながら寛人は答える。


「……そりゃそうだろうが、そうじゃなくて、吸血鬼の強さについて聞きたいんだが」


 ホワイトボードに《そっち?》と表示しながら寛人は頭をかいた。


《俺を吹き飛ばした時、あいつは片手でサーベルを振っていた。両手だともっとやばいと思う》


「確かに、あの時吸血鬼は片手で寛人を吹き飛ばしてたわね……」


「それにあいつの反射神経も相当なもんだ。俺の『月光烏魔討ち』をよけやがったからな」


 思い出すほどに吸血鬼の圧倒的な強さを寛人たちは認識する。まさに一騎当千と言える力。常人じゃ手も足も出ないだろう。

 ハインツは唸る。


「援軍を呼びたいところだが、今から最も近いギルド、第4支部に行っても酔った連中しかいないだろうし、素面のやつらもクエストに出かけちまってるだろうからな……」


「それにあれだけ強いんじゃ、普通の冒険者じゃいくら数を用意しても……」


「同感だ。つっても俺と同じ五本指のやつらはどこにいるか知らねぇしな」


《帝国兵に頼むのはどう?》


 寛人はこっちの世界での職を決めるときにレイシアが見せたカードの中に『帝国兵』があったことを思い返す。


「帝国兵を動かすってことは、帝国軍上層部の許可が必要なんだ。許可が出るまで帝国兵は動けない。ひでぇ話だが帝国のお偉いさんたちは村一つが滅んだくらいじゃ軍隊を動かさない。……ま、ここが南方方面軍管轄だったら違っただろうが」


「?」


「ヒロトは帝国に来てそんなに経ってないだろうから知らないと思うけど、帝国軍は東西南北、四つの方角を分けて担当している方面軍があるの。特に南方面軍の将軍はすごく民思いで、許可が出なくても軍を動かしちゃう人なの」


「そうそう、確か名前は……なんだっけな? ルナ、覚えてるか?」


「それは――いや、私も覚えてないな……」


 ルナは確か南のほうに実家があったなと、寛人は昨日の会話を振り返る。ルナの顔に浮かぶ、どこかぎこちなく作った笑顔を不審に思いながら寛人は、


《じゃあ、どうするの?》


「こうなったら、俺たちだけで行くっきゃないってことになるな」


 ハインツが言う。


「援軍が期待できない。だからって吸血鬼をほっといたらもっと悲しみが広がっちまう。そんなこと、みすみす見逃せないだろ」


「私も、戦うわ。村のみんなを……人をこんな風に殺す悪魔を知らないふりするなんてできない」


 ルナの言葉に、ハインツと寛人は大きくうなずく。


「ヒロトも、同じ気持ちなんだな?」


《もちろんだ》


 人をあんな風に、残虐に、無情に殺す化け物が怖くないと言ったら、それは嘘だ。怖い。もうあんな苦痛を味わいたくはない。でも、あいつに未来を、人生を壊された人たちがいる。その人たちを、自分は何もできずに後で知った。悔しかった。目の前で笑っていた人たちが、目の前から消え、そして一生話すことができない存在になってしまった。そんなことがこれからも続けられようとしているなら、それを防ぐのが自分の使命。寛人は決意する。


《俺たちの手で、終わらせよう》


「あぁ、俺たちが悪夢を断ち切るんだ」


「そうね、私たちが……これ以上悲しみが広がらないように」


 三人の心は一つ。それを確認し、ハインツは言う。


「そうと決まれば作戦会議だ。相手は怪物だからな。しっかり作戦を練っとかないとな」


 時刻は全世界で言うところの午後二時を回ったころ。日が傾きを増し始めた時分だった。


 ◇


 まだ日が高いというのに、ここはとても冷たい空気があたりを包んでいた。外との違いは気温だけでない。明るさもだ。ここは昼の明るさなどを忘れたかのように薄暗く、日の光は奥に行くほど届かず、闇が支配する空間となっていた。

 闇が最も濃い場所に彼は立っていた。吸血鬼、ブルート。人間の作り上げた種別で言うところの魔族に属しており、今の人間世界ではそのほとんどが滅んだとされる生き物。その生き残り。それがブルートだ。


 夜目が効く吸血鬼にとってこの程度の暗闇の中の様子をとらえることなど、昼間の外と変わらない。岩肌は存外遠く、洞窟の奥なのだが洞窟で最も広い空間となっている。天井は30メートルは離れていようかという高さ。岩肌から染み出した雫が固い岩に落ちる音だけが聞こえる。その音色はまるで一種の演奏のように美しい。ブルートはその音色に耳を澄ませながら、懐から一枚の紙を取り出す。


 大きさははがきサイズ。もうずいぶんくたびれており、元は白かったであろう紙面は黄色く変色してしまっている。その紙をブルートはいつも大事に、肌身離さず持ち歩いている。懐に入れてからもう、三百年になる。ブルートはその紙を時たま取り出してはいとおしそうに眺める。

 色あせてしまったそこに描かれているのは三人の人物。仲睦まじく、笑顔が印象的な家族の絵。もう何百年も前に描かれたものだ。真ん中には笑顔がかわいい少女、その後ろには優しく微笑む女性と、少女の肩に手を乗せ、白い牙を見せ笑う男、ブルート。


「エイナス……」


 ブルートは絵の中央にいる、笑顔がまぶしい少女にそっと触れながらささやいた。眠っている子供にやさしく声をかける親のように。いつも人間にかける声色とはまるで違う声。彼の頬に一筋、涙が。


「すまない、エイナス。君の前では泣かないと決めているのに……」


 涙をぬぐいながら彼は絵の中の少女に謝る。


「まだ君が願ったことを果たしていないのに、私が泣いていてはいけないな」


 絵の中で笑う少女は何も言わない。ただ笑っているだけだ。彼女に彼は語りかける。


「エイナス、どうか見ていてくれ。私のなす全てを」


 闇の中で彼は語りかけ続けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ