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14話 決意

 ゲラゲラと下品に笑う筋骨隆々の男、酒の一気飲みをおだてるよく日に焼けた女、すでに酔いつぶれたまだ経験の浅い若い少年……。まだ昼過ぎ、天の一番高いところに上っていた太陽がようやく西に傾いたかという時分。まっとうな職に就いている人ならば、休日でもない限り上記のようにはならないだろう。

 言うまでもなく、そんな状態になっているのは依頼を終えて帰ってきた冒険者たちだ。クエストクリアにより手にした報酬を早速はたいて仲間たちと宴を開いているというわけだ。冒険者の中にはクエストで受けた傷がまだ癒えていないものもいるようで、頭に包帯を巻いているもの、腕を吊っているものも見受けられる。しかし冒険者たちはかまわない。ピンピンしていようが、ケガしていようが、彼らは仲間と杯を合わせる。ジョッキになみなみと注がれた酒と熱い出来立ての料理に舌鼓を打つ。仲間とバカ騒ぎして酔いつぶれるのが多くの冒険者の楽しみだ。


 そんな喧騒、活気に包まれているギルド。冒険者たちが酒を酌み交わすその奥、クエストが張り出される掲示板の横。クエスト受注などをするカウンターの最も左端に彼女は座っていた。その目は冒険者たちに向けられている。彼女は一瞥すると小さくため息をつく。そんな彼女の様子を見て隣で資料の整理をしていた同じくらいの年頃の同僚が声をかける。


「ちょっとチーク。さっきから何あんたは仕事をさぼって冒険者の観察なんかしてんの? それにため息なんかついちゃってさ」


 チークはカウンターに突っ伏すと、さらにため息をつく。


「――仕事はもう終わっちゃった。さぼってるわけじゃないの」


「じゃあ、私のも手伝って?」


 同僚がぶりっ子じみた声にチークは顔もむけずに拒否の言葉を贈る。「ちぇっ」っとつまらなそうに舌打ちする同僚。チークは仕事が早く、この帝国ギルド第4支部受付嬢のいわゆるエースでもある。そんな彼女はいつもは自分の仕事を片付けると同僚たちの仕事を手伝ってくれるのだが、今日は違うらしい。もちろん、自分の仕事くらい自分で始末しろというのは道理なのだが。期待を裏切られた同僚は仕事を終わらせるべく再びペンを取る。


 一方、第4支部受付嬢のエース、チークはカウンターに突っ伏したまま再び酒場に視線を投じる。いつもと変わらないギルドの日常風景。見慣れているはずの光景をチークは細かく観察する。にぎわう酒場は人が飽和状態で歩くこともままならない。その中に彼女は人を探しているのだ。昨日クエストに出発した年端も行かない少女と昨日出会ったばかりの青年、その姿を。


「ねぇ、さっきからチークが酒場を眺めてるのって、今朝言っていたルナちゃんとお供の青年を探してるから?」


「……まぁね」


「でもクエストを受け取ったのって昨日なんでしょ? そんなに離れていない村の依頼だとしても今日帰ってくるってことはないんじゃないかな?」


「でもルナはあんたが知っての通り行動的なほうだから、昨日の夜にはターゲットを捕まえたと思うんだよね」


「つっても、挑んでるクエスト星4なんでしょ? 慎重に行動して、今夜出るとかもあり得るじゃない」


「ルナにそんなのんびりしたことできないと思うんだよな……」


「それじゃ、その青年がルナちゃんに指導してるんじゃない? 見た感じ私たちと同じくらいか、ちょっと上くらいの年齢なんでしょ? 先走るルナちゃんに待ったをかけてる――うん、そうに違いない!」


 決めつける同僚にチークはあきれたというため息。確かにあの青年がルナに年上としていろいろ教えているのかもしれない。それでちょっと帰りが遅れているだけかもしれないが。しかしチークは昨日、ルナたちがクエストに行く前にした会話を思い出す。


 ――明日の今頃には帰ってくるから。

 ――そんなに急がなくてもいいよ? 

 ――このクエストくらい、パパっと片付けちゃうから大丈夫よ。じゃ、行ってくるね!


 たかが昨日の話だ。受けたのが星4クエストだから慎重に動いているだけかもしれないし、もう依頼を達成してどこかで道草を食っているということも考えられる。

 そう考えたいのに、チークの心の中にはもやもやとした得体の知れない感情が浮かんでいる。これを嫌な予感とでもいうのだろう。

 チークは酒場を見つめる。すでに出来上がった冒険者の中から二人が笑顔で戻ってくるのを待ちわびながら。


 ◇


「……」


 固い床の感触を背中に感じる。同時に閉じた瞼の上から暖かな日の光も。薄く目を開けた寛人の目がとらえたのは空ではなく、どこかの建物の天井。それほど高いわけではなく、三角屋根を一本の梁が支えている。

 仰向けに寝ていた寛人はゆっくりと体を起こすと、室内を見渡した。鍬や鋤を立てかけておくための棚、余ったのかわずかしか残っていない麻袋。寛人は室内を軽く見渡しただけでここが村の小屋――寛人とルナが借りた――だと気づいた。

 かけられていた薄い毛布を寛人はどけ、あぐらをかく。息を大きく吸い込む。煤の焦げ臭いにおい。次いで寛人は自分の体を触る。どこも傷まない、何も変わっていない自分の体。誰のものだかは知らないが、着ていた大きめの白いシャツをめくってみても、そこに傷跡はなかった。


 窓からのぞく空は天高く澄み渡り、日の光が差し込んでいた。日の高さから見ても今は昼頃だろうと寛人は予想する。暖かな日差しを顔に浴びてしばらくほおけていた寛人だったが、外から声が聞こえるとゆっくりと立ち上がった。

 ドアに近づいて押し開こうとしたとき、自分の姿を見て寛人は思いとどまる。着ていたのはシャツ一枚と下着のみ。いくら何でもこれで外に出るわけにはいかない。寛人は布団の横にたたまれていた自分のパーカーとジーパンを手に取る。穴は開いているものの血が染みた跡はどこにも見受けられない。


 ダメージジーンズと化したジーパンをはくと寛人はドアを開いた。吹き込んできた風が運んできたのは焦げ臭いにおい。そして目の前に広がっていたのは村の廃墟。この小屋は運良く燃えなかったようで、辺りの家屋はほとんどが全焼していた。広場方向から吹いてきた風に乗ってかすかに声が聞こえる。寛人はそちらの方向に歩き始める。


 天高く上った太陽が地上を温めているというのにここはどこかうすら寒い気がする。燃え尽きた家屋に目を配りながら寛人は歩を進める。

 広場に出るとそこにいたのはルナと晴天に映える濃い青の鎧を身にまとった人物。彼らは何やら喋っていたようだが寛人が広場に入ってきたことに気が付くと小走りで駆けよってきた。


「ヒロト! 目が覚めたのね」


 ルナは若干煤で汚れてはいるものの、けがはないようでいつも通りの溌剌な様子。


「青年、体はどうだ? 痛むところはないか?」


 よく響くバリトンの声で体調を心配してくれる鎧の男。兜で頭を覆っているため表情は全くわからないが、目元部分はスリットが入っており、そこから銀の瞳がのぞいている。そんな彼をルナが紹介する。


「こちらはハインツ=シュターゼン。私たちを助けてくれた冒険者。この帝国で五本の指に入るとされる実力者よ」


「はじめまして、青年……ではなく、ヒロト。君の名前はルナから聞いている」


 差し出された手をヒロトは握る。大きく、固い手だ。


「そんなことより、体調はいいんだな?」


 ハインツに大丈夫だとうなずくと、ハインツはそれはよかったと安堵の声をあげる。ルナもほっとした表情だ。


「寛人の治療をしてくれたのはハインツなの。私のスキルじゃどうともならなかったから本当に助かったわ」


 ルナがハインツに礼を述べ、寛人もハインツに深いお辞儀。


「なに、あれくらい感謝されるほどのことじゃあない。――それよりヒロトが起きたんなら昼食にしないか? ちょうど一区切りもついたことだし」


「?」


「ヒロトは知らなくて当然だけど、いままで私とハインツで遺体を並べていたの。山積み状態じゃあまりにもかわいそうだから」


 ルナが向けた視線の先には多くの遺体。全員の目が閉じられ安らかに眠っているようには見えるが、体の一部が欠損している遺体もあり、痛々しさはどこにも消えていなかった。

 寝かせられた遺体の中にコウちゃんの姿を見た。見開かれていた目は、ルナたちによって閉じられ、いまは安らかに眠っているかのようだ。一生目覚めることのない眠りにつき、たった一度きりの人生を突如として奪われた一人の少年。夢をかなえることも、寛人たちとかわした約束も果たせないままこの世を去ってしまった。寛人の目に光るものがにじんだ。

 遺体に近づいた寛人はそっと膝をつく。本当なら一人一人に手を合わせたいが、数十体という遺体に一人一人手を合わせていたら時間がかかってしまう。寛人は静かに目を閉じ、手を合わせた。一分ほど黙とうしていた寛人は、目元をぬぐうと立ち上がる。その顔には悔しさ、怒り、そして決意が浮かぶ。


「ヒロト……」


 寛人は北を見た。痛みで混とんとした状態の中で聞いた、吸血鬼ブルートのいる洞窟の方角。北をにらんだ彼は心に誓った。

 この手で、自分が終わらせる、と。


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