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13話 朝の訪れ

「必殺!! 『天空大鷲落とし』!!!」


 ルナとブルートのちょうど真上から轟いたバリトンの声。ブルートは頭上を見上げた。


 地上からおよそ25メートル。そこでバリトン声の持ち主は両手で片刃の長い太刀を握り、それを上段に構えていた。まとっている鎧は濃い群青、頭をすっぽりと覆う鉄兜には目の部分にスリットが入り、そこから銀の瞳がのぞいている。彼――声の感じから男であろう――は高々と振り上げた太刀を構えたまま、重力に従ってまっすぐに吸血鬼に向かって落ちてくる。


「――ちっ……」


 ブルートはつかんでいたルナを乱暴に地面に投げ出すと、大きくバックステップを取る。そこに飛来する鎧の男。ブルートが避けたところに太刀を大きくたたきこむと、凄まじい轟音とともに土煙が立つ。ブルートはサーベルを落ちてきた何者かに構えるが、襲いかかったりはしない。


「……!」


 寛人は土煙が朝の冷たい風で流される中、突如上空から現れた男を見た。鎧の男は地面に太刀を振り下ろした状態で固まっていた。数秒ほどそのまま固まっていた男はようやくその姿勢を解くと吸血鬼に向き合った。そして吸血鬼と向き合う鎧の男は太刀を肩にかけながら、


「くっそ~~ッ! あと少しでってところで避けられた~!!」


 悔しそうに、そして楽しそうに言った。そんな彼を投げ飛ばされ地べたに転んだルナと這いつくばったままの寛人は不思議そうに見つめる。ブルートには何の表情もない。ただいきなり現れた人間に冷たい視線を浴びせるだけだ。


「いきなりなんだ、貴様は」


「貴様なんて、丁寧な呼び方をどうも。でも俺にはちゃんと名前がついている。ハインツ=シュターゼン。テメェが人に狩られる側なら、よっく覚えときな!」


 ハインツは刃渡りは寛人の身長ほどもあろうかという長さの太刀を中段に構える。美しい乱れ刃の剣相(けんそう)は金属独特の光沢に輝き、名刀であることをうかがわせる。

 構えるハインツの背を見ながら、名を聞いたルナは、


「ハインツ=シュターゼンって、この帝国内冒険者の中で五本の指に入るっていう、あの……!」


「ん? お嬢ちゃんは俺のこと、知ってんのか。ありがたいねぇ。――待ってな、今そこにぶっ倒れている青年ごと助けてやっから」


 ハインツは背後のルナに快活にしゃべると、次いで寛人のほうを見ながら力強く言った。顔は全く見えない、素性も知れない男だがその声には力があった。その声に寛人は思うように持ち上がらない頭を動かし、小さくうなずいた。

 いよいよ朝色に染まり始めた空の下、ハインツは吸血鬼に問う。


「テメェ、吸血鬼だろ? この村も、テメェがやったんだな?」


 一転して冷酷な声の問い。


「そうだ、と言えば?」


 ブルートは問いに問いで返した。その問いに、ハインツは行動で返した。


「テメェを狩るだけだ……!!」


 いつの間にかブルートの背後に回っているハインツに驚いたのは、ブルートではなく寛人とルナだ。ハインツとブルートの間はおよそ7メートルはあった。大きく踏み込んでも一歩では届かない距離。その距離をハインツは音もなく、気配もなく、さらに動体視力を置き去りにする速度で移動し、ブルートの背後を奪った。


「瞬殺、『月光烏魔討ち』……!」


 ハインツの背後からの一撃は、ブルートの首を跳ね飛ばすべく、糸でつながっているかのようにまっすぐ放たれた。ブルートに何の反応もない。いくら吸血鬼とはいえ、この攻撃は見えなかったのだろうと寛人は勝利を確信する。


「――愚か」


 刹那、背後をハインツに完全に取られた吸血鬼のブルートの姿が消える。それはまるで先ほどのハインツの『月光烏魔討ち』のごとく。忽然と消滅した。ハインツの太刀が空を裂く。


「貴様はそこそこの実力を持っているようだが、それでも私には届かんよ」


 空気を凍らせる声は、最初にブルートが立っていた柱の上から聞こえた。寛人たち三人はそちらを向くと、そこには当たり前のようにブルートの姿があった。ブルートの手からはいつの間にか赤いサーベルは消え、空いた両手をまたポケットにつっこんでいる。ブルートはまもなく日が昇る東の空を忌々しそうに見つめながら、


「もう太陽が昇ってしまう。我々吸血鬼は太陽光が唯一の弱点でね。貴様らと遊んでいる暇が無くなってしまった」


「つれないこと言うじゃねぇか。せっかくだから日が昇るまで遊ぼうぜ。文字どおり死ぬ気でな」


 ハインツの言葉に、ブルートは一つ中傷の笑みを浮かべた。


「どう転んでも死ぬのは貴様らだが、そんなことはどうでもいい。ただ――」


 パチンと、子気味よい音を指で鳴らしたブルート。するとハインツの足元に一枚の紙が落ちる。それを拾い上げたハインツの口から「地図か……?」と言葉がこぼれる。


「そう地図だ。その地図にある印のついた洞窟。今夜、そこで私は待っていよう。この村より北に進んだ森を抜け、さらに進んだところにある洞窟だ」


「なんだ、わざわざ出向けってことか?」


「いや、そうではない。来ようが来まいがそちらの勝手。三人で来るもよし、援軍を呼んできてもよし、そこの瀕死の重傷を負った男を置いてきてもよし……。ただ、来ないのであれば私はその洞窟から移動し、さらに人を狩らせてもらう」


「なるほど、日が昇っちまえばテメェは死んじまう。だから仕切り直し。来れるもんなら来て見やがれってことか」


「そういうことだ」


 ニヤリと、さもしい笑いを浮かべた。挑発的な目つきをして、寛人たち三人を見降ろす。


「――さて、私はもう失礼しなければならん。では、返り討ちの準備をして待っておるぞ……」


「おい、待てやコラ!」


 ハインツが叫んだ時にはブルートは霧のように姿が薄れ、そして山影から日が昇るほんのわずか前に完全に姿を消した。ブルートが消え、そして日が昇ったことによりあたりの空気は熱を帯び始める。遠くからは朝を知らせる小鳥たちのさえずりが鳴り、天高い青い空には薄い雲が浮かんでいた。


「逃げた、の……?」


 ルナは朝焼けに染まる柱を見つめながらつぶやいた。先ほどまでそこにいた吸血鬼の面影はまるでなく、悪夢が過ぎ去ったように、静かだった。


「みたいだな」


 ルナの独り言にハインツが無意識に答える。彼は背負った長い鞘に太刀をしまうと、いまだへたり込んだままのルナに手を差し伸べる。


「立てるか?」


「ありがと――って、ヒロト!!」


 ルナはハインツにつかまりながらなんとか立ち上がると、まだ恐怖で震える足を必死に動かして、地べたに沈んだ寛人に駆け寄った。這いつくばる寛人は右手を上に伸ばしたまま、ピクリともしない。

 血みどろの寛人の肩に手を置き、ルナは必死に声をかける。


「ヒロトっ!! ねぇ返事してよ、ヒロトっ!!」


「……」


 ルナの声に飛びかけていた意識を取り戻す。何とか首を動かし、ルナの顔を仰いだ寛人。ルナの瞳には涙がたまり、今にも零れ落ちそうだ。


「大丈夫か、青年? いま俺が回復魔法をかけてやるから」


 ルナの隣に膝をついたハインツが寛人に頼もしい声をかける。薄れ行く意識の中で、寛人はハインツにほんの小さくうなずいた。


「ごめん……ごめんね……」


 ついにあふれた涙とともに、ルナの口から弱弱しい声が漏れた。寛人の右手をやさしく握りしめ、大粒の涙を流すルナ。自分が無鉄砲に攻撃したから、吸血鬼を怒らせた。向こう見ずな自分に向けられた攻撃を代わりに仲間に受けさせることになってしまった。後悔、そして自分に対する怒り。寛人はそんな感情をルナの涙から感じとった。寛人は握られた右手を残り僅かの力で持ち上げると、そっと、涙が止まらないルナの眼もとに当てた。


「……」


 寛人は震えてうまく動かない右手でできるだけ優しくルナの涙をぬぐう。ルナのせいじゃない。俺が勝手に飛び込んだだけだ。気にするな。そう言うかのように。ぽかんとするルナ。寛人の行動にハインツは頭をすっぽりと覆う兜の中で、小さく笑った。


「ヒロト……」


 鼻をすするルナに、寛人はほほ笑んだ。無事でよかったと。声が出ない、出せない寛人にとって、これがルナを安心させる最も効果的な行動だと、激痛で散漫する寛人の脳ははじき出した。

 いよいよ力が入らなくなった右手が地面にゆっくりと落ちる。瞼が重くなり、思考が停止し始める。先ほどまで感じていた土のにおいもしなくなり、頬と密着した地面の冷たさもわからなくなった。


「大丈夫、心配するな。俺がきちんと直してやるから、お前は寝てな」


 ハインツがかけた声に、寛人はうなずいた。実際、うなずいてはいなかったが、彼の脳ではそれも気付かなかった。


 いよいよ痛みに耐えきれなくなった寛人の脳は活動を止めた。

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