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12話 吸血鬼

「――――愚かだ」


 肉が燃やされ、いぶされたときのにおいが充満し、灰色の風が吹く。明け方の空に非常な声が広がっていく。

 寛人はその声がしたほうを見上げた。方角はちょうど西。ほんのりと東雲が立ち現れた方角とは最も遠い方向だ。

 焼け落ち、家の外観を残していないがれきの山。表面は黒くいぶされ、炭化した柱があたりに散らばる中、声の主が立っている柱はその家の大黒柱だったのだろう。切り出した角材であるはずなのにそれでも太い柱だ。その頂上。そこに声の主の男は立ち、寛人たちを見降ろしていた。


 双眸はまるで血を垂らしたかのように鮮紅に染まる。その中に黒い瞳が島のように浮かんでいる。鼻は鋭くとがり、唇も紅を差したように赤い。一方肌は漂白したように白い。頭髪は寛人と同じ黒髪だが、寛人のそれよりもより黒く、闇のよう。それと同じ色のスーツに身を包んでおり、その上着のポケットに両手を突っ込んでいる。


「――――愚かだ」


 闇を切り裂く声がまた同じことを繰り返す。開いた口からのぞくのは細く、鋭利な二本の牙。


「なんと人は脆弱で、愚劣で、そして、無力なのだろう」


 男は独り言のようにつぶやく。


「そんな醜悪の者たちの終わりは、このような仕打ちが必要だとは、思わんかね?」


 男は瞳だけを動かし、へたり込む寛人を見た。詩を唱える口調はこの男の癖だろう。だがそこに楽しいなどという温度のある感情は微塵も存在しない。ただ、淡々と、粛々と、男は言う。


「貴様もそこに積まれたものと同じ形、そして同じ血の匂いがする。そうか、貴様もまた愚かなものか。ならばその運命は必然。この私が――」


「『爆炎魔法』、紅蓮火山!!!」


 男が見つめる寛人とはまるで違う方向から強力な獄炎が吹き、そして男を飲み込む。寛人が振り返ると右手のひらに赤の魔法陣を出現させ、そこから男に向かって炎を照射するルナの姿。その目は怒りによって塗りつぶされている。


「あんたが、この村を……ここにいた人たちを殺したのか!!!」


 ルナの咆哮はさらに炎の勢いを増大させる。先ほどアーマーワイバーンに放った魔法と同じだが、まるで威力が違う。周りの空気を焼いて陽炎を作る。


「質問の答えだが、そうだと言わせてもらう。そしてやはり貴様らは愚かだ」


 爆炎の中より聞こえる声。あたりはルナの魔法により炎天下の夏以上の熱を持っているはずなのに、その一言、たったそれを言っただけで温度を氷点下近くにまで下げたような錯覚を引き起こす。


「この程度の火でこの私が灰となると、本気で思っているのか? もしそうなら、そこの女は本当に愚かだな」


 あざけりの言葉を口にした瞬間、男を包んでいたルナの魔法の業火は水蒸気のように霧散した。男にはやけども、衣服の乱れも微塵の変化もない。


「そ、そんな……! 私の魔法が吹き飛ばされるなんて」


 ルナは目をむいて男を見つめた。そんなルナを、男は首だけ動かし見下した。


「貴様ら下等な人間の魔力ではこの私、『()()()のブルート』に傷を負わせることはできんと知れ」


「きゅ、吸血鬼……!!」


 寛人も男、ブルートの言葉に耳を疑い、彼を見上げた。たしかに口からは二本の牙がのぞいている。血の色に染まる瞳もそれらしいが、この世界にはそんな生物もいるのかと寛人は驚愕する。


「そう。貴様らと似た姿を持ちながら、数十倍の寿命、圧倒的な身体能力、強力なスキル、それを存分に振るうための莫大な魔力。愚かな人間とは次元が違う。それが吸血鬼。そして私だ」


 尊大に言ったブルートは前髪をちょいといじると、また手をポケットにしまう。


「そんな私に、貴様は火をかけた。愚かで、力のないものがこの私に歯向かったのだ」


 冷たい目はルナをとらえている。寛人の背に嫌な汗が一筋伝う。寛人は訳が分からないが勢いよく立ち上がるとルナに向かって走り始める。寛人は腰のナイトソードを抜く。吸血鬼など眼中にないかのようにルナに駆ける。


「貴様も同じように――」


 柱に乗っているブルートはほんのわずか重心を前に倒す。まるで飛び降りるかのように。その彼が次に姿を見せたのはルナの正面。その手には赤いサーベルが握られている。


「死ね」


 振り下ろされた凶刃はまっすぐにルナの首筋に向かう。残像すら残さず目の前に現れたブルートに、ルナはまるで反応できていない。何の抵抗もできないまま、サーベルは血しぶきを飛ばし、ルナの首は宙を舞う、はずだった。


「!!!!」


 ルナとブルートの間に捨て身で飛び込んだのはナイトソードを手にした寛人。半ば体を投げ出すように飛び込んだ寛人は体を無理やりひねると、ルナに襲い来るサーベルの刃を防ぐためにナイトソードを構えた。そこに直撃する吸血鬼の一撃。それは片手で振るわれたはずだが、まるで巨人の一撃のように重い。


「ヒロト!!」


 突如横から飛び込んだ寛人にルナが叫ぶ。そのルナをかばうように寛人は剣を固く握る。


「邪魔だ」


 邪魔だてされたブルートはサーベルをそのまま力で振りぬく。体を浮かしている寛人にそれをふんばるなんてことはできるはずもなく、そのパワーに吹き飛ばされる。直線状に飛んだ寛人はそのままの勢いで焼け落ちた家屋に突っ込んだ。


「ヒロト!!!」


 ルナの悲鳴にも似た声。寛人が突っ込んだところには灰が舞い、焼けた木材が砕ける音。


「弱い人間に、あれを無事で耐えるだけの力はない」


 ブルートはちらりと埃立つ寛人のほうを一瞥すると、再びルナに向き合った。


「今度は邪魔もいない」


 ブルートは白く青ざめ、爪が長く伸びた手でルナの顔をわしづかみにした。そしてその体格からは想像もつかない力でルナを持ち上げる。


「……!!」


 ルナは腰に下げたナイフに手を伸ばす。


「無駄な抵抗も許さん」


 ブルートは腰のナイフを赤いサーベルを持つ手ではたき落とす。地面に落ちたルナのナイフは乾いたむなしい音をあげた。


「……」


 がれきの山に突っ込んだ寛人は何とかそこから這い出る。ただ、頭から血を流し、全身強打と数本の骨が折れたことによる鈍い痛みと、折れたことで先のとがった木材が体に刺さったことによる熱を帯びた激痛。寛人にはがれきの山から這い出てくるのが精いっぱいだった。がれきの山から寛人は転げ落ち、地べたに這いつくばった。そんな寛人にブルートは言う。


「見ていろ、人間。貴様の同胞を今、殺してやるぞ」


「!!」


 寛人は口を開け、声を出そうとする。しかしこれだけの傷を負った体は叫ぶ気力すら残していない。しかも寛人はしゃべれば体にダメージを負ってしまう。もし今声を出せば寛人にとって致命傷になってしまう。

 寛人は黒くすすけた地べたに這いつくばったまま、ルナに手を伸ばす。


「愚かだ。こうして目の前で仲間を殺されそうになっているというのに、できることはそれだけ。か弱いな」


 ブルートは侮辱の視線をヒロトにくれると、サーベルをルナの首元に当てた。


「ここにいた者たちはほとんどが焼殺だった。貴様には趣向を変えて斬殺をくれてやろう」


 ブルートは初めて喜色をはらんだ表情を浮かべた。目の前の人間を蹂躙し、傷つけ、その命を奪うことに至高の快感、喜びを見出しているのだ。


「……!」


 痛む体に鞭を打ち、寛人は這いずる。吸血鬼までの距離は何メートルだろうか。ただこんなスピードで間に合う距離でないことくらい、血がにじんだ寛人の目はとらえている。しかし彼はあきらめない。手を伸ばす。目の前で殺されそうになる少女に。


 ルナの瞳から一つの雫が流れ落ちる。圧倒的な吸血鬼の力と恐怖で体が動けなくとも、彼女の目は地べたの青年に向けられる。文字通り死に物狂いで近寄ろうとする青年を。


 東の空が白み始める。もう間もなく、日の出だろう。今日という新たな一日の始まり。だがそれを迎えると同時に、吸血鬼につかまれた少女の一生は終焉を迎えようとしている。


 寛人はかすむ視界にルナの顔を鮮明にとらえる。その瞳は恐怖に染まり、助けを求めている。そんな彼女に自分は手を伸ばすことしかできない、彼女の最後を地べたで見ていることしかできないのか。寛人は奥歯をかみしめる。


 サーベルを高々と上げたブルートは宣告した。


「終わりだ」


 目をつぶるルナ。固く閉じた瞳から流れる涙は顔をつかむブルートの手を伝い、重力に従って地面に吸い落ちていく。その一滴が地面ではね、砕けた時、よく響き渡るバリトンの声が、あけぼのの空から轟いた。


「必殺!! 『天空大鷲落とし』!!!」

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