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11話 舞い降りた死

 ルナの握ったナイフは空気を切ってアーマーワイバーンのうろこをたたく。だが強靭で、金属より硬いともいわれるそのうろこはナイフの一撃ごときで砕けるほどやわではない。もちろんルナもそんなことは承知のうえ。自分の攻撃は有効打にならないことはわかっている。だからこそ、彼女は休むことなくナイフを振り続ける。決めるのは自分ではなく、草木の陰でじっと息を殺して機会を待つ寛人だ。アーマーワイバーンが寛人に気づいたら作戦はお釈迦、真っ向勝負の肉弾戦となる。それでもかまわないが余計な傷を作るリスクは大きく上がってしまう。だからこそ、寛人の一撃を生かすためにルナは動き、刃をふるう。

 一方の寛人は絶えず位置を変え、アーマーワイバーンの様子をうかがっていた。ルナは完璧に仕事をこなしている。あとは自分が隙を逃がさずとびかかるだけ。ただ寛人は今さらになって重大な問題に気付いていた。


 スキルの使い方がわからない。


 転生からまだ一日も経っていない。スキルの表示の仕方を知って半日も経っていない。そんな寛人にスキルの使い方の知識なんてものはない。手をかざせばいいのか、心の中で思えばいいのか……

 ――きっと、心で強く祈ればいはずだ。寛人はそう決めつけた。そもそも、いちいち口に出していれば手の内をさらしながら戦っていくようなもんだし、それを防ぐためにも何も言わなくてもスキルを使えなければおかしい。自分が読んでいた小説はそうだったと寛人は納得する。それに寛人はしゃべれば体にダメージ人間だ。飛び出して行って、それでスキルを使うために叫んで、それで死にかけるとかはカッコ悪すぎる。つまりイチかバチか、飛び込んでみるしかない。あんな固そうなうろこを剣で叩いただけでは割れそうにない。スキルを使わなければ厳しいだろう。


 ルナのナイフとアーマーワイバーンの鋭い牙がぶつかり合い甲高い音を響かせる。場慣れしているルナであっても巨大なアーマーワイバーンのパワーには屈してしまい、後ろに吹き飛ばされてしまう。ナイフを手放さなかったことだけはさすがだが。アーマーワイバーンは膝をつくルナに向かって突進していく。その時、ルナが寛人を見た気がした。


 寛人は足のばねを限界に使って飛び出した。狙いは背中。思い切り振り下ろすだけだ。寛人はナイトソードを上段に高々と振り上げた。これは森に入る前にこっそり確認しておいた『初級剣技』の技の一つの構えだ。あとはただひたすらにスキルが発動することを祈りながら剣を振ればいい。

 上段に構えた剣を、寛人は狙いをつけてアーマーワイバーンの背に振りぬいた。寛人の筋力と遠心力、さらに重力によって加速したナイトソードはうなりをあげる。歯を食いしばって狙いをにらみつけた寛人は最後の一押しに腕にさらに力を入れ、思い切り剣を振った。


 ギーン、と硬質の物同士が衝突し合う音が月明かりが照らす森に響く。寛人の放った渾身の一撃は確かにアーマーワイバーンの背をクリーンヒットした。威力もあった。だが、その一撃は固いうろこによって簡単にはじき返される。体勢を崩した寛人は後ろにのけぞるとたたらをふんで後ろに転んだ。

 背中に違和感を感じ取ったアーマーワイバーンは突進をやめ、寛人のほうに顔を向けた。アーマーワイバーンの瞳孔の細い目がしりもちをつく寛人をとらえる。月明かりによって不気味に輝く鋭い牙をむいたアーマーワイバーンは迷わず寛人にとびかかる。

 情けなくしりもちをついている寛人は、目をつぶることも、頭を抱えることもない。ただ、もう二回目の人生が終わるのかと、動かない体で思っていた。何ともあっけない。何一つ得ないでまた死ぬのかと。しかしそんな嘆かわしい考えは、夜の森に響き渡る美しくも、頼もしい声により灰と消える。


「――なにへたり込んでんのよ、ヒロト!!」


 アーマーワイバーンの頭上より現れたのは右手にナイフを構えたルナ。彼女は素早く体勢を立て直すと、見事に寛人の前に着地する。


「スキルは、()()()()()()()()()()()()()ってことくらい、ヒロトも知ってるでしょ!」


 襲い来るアーマーワイバーンを前にしてルナは寛人に説教する。そしてルナは空いている左手をアーマーワイバーンに向け、叫んだ。


「スキルの撃ち方、見せてあげる!!」


 刹那、アーマーワイバーンに向けられた左手のひらに魔法陣が現れる。その色はまさに紅蓮、燃え上がる炎の色。


「『爆炎魔法』、紅蓮火山!!!」


 ルナが叫ぶと同時に、魔法陣から絶大なエネルギーを持った業火が吹き出す。その業火は一瞬でアーマーワイバーンを飲み込む。あまりの高熱。周りの酸素が奪われるほどの勢い。鉄すら溶かしそうな炎を食らったアーマーワイバーンはもちろんひとたまりもない。絶叫をあげるながら転げまわるが、体にまとわりつく炎は鎮火することはない。火だるまと化したアーマーワイバーンはあまりの灼熱にいよいよ動かなくなり、白目をむいて息絶えた。アーマーワイバーンが死んだことを確認したルナは魔法陣を解いた。するとあれだけ噴き出していた炎は立ち消え、森は本来の夜の冷たさを取り戻した。


 へたり込んで動けない寛人にルナが振り返る。口を半開きにしたままの寛人にルナが、


「大丈夫?」


 優しく、ただそれだけ言って手を差し伸べた。寛人は差し出された手を取ってようやく立ち上がる。ルナがナイフを腰の鞘にしまっているとき、寛人は背中に背負った麻袋からホワイトボードを取り出す。


《助けてくれてありがとう》


「いいのよ、だって仲間じゃない」


 なんでスキルを使わなかったとか、どうして逃げなかったとか、そういう寛人を責めることをルナは全く言わない。ただ当たり前に寛人の前に立ちふさがって、助けただけ。ルナにとってはなんてないことでも、寛人にとっては命を救われたことに変わりない。


《本当にありがとう》


「だからいいって。失敗くらいするわ、だれでも」


 それだけ言うと、ルナは黒焦げになったアーマーワイバーンに近づき、背中に生える黒いうろこをはぎ取った。


「これを持ってギルドに帰れば依頼達成、クリアってことね」


《本体はどうすんの?》


「本体は朝にでも村の人と一緒に来て回収するの。アーマーワイバーンのうろこは黒焦げでも高く売れるから村の臨時収入になるしね」


 ルナはもしかしたら、自分たちの報酬の量だけでなく、村にも利益があるかどうかでこのクエストを選んだのかもしれない。いや、そうだろう。ルナはこうして仕事をこなしたのに、自分は何もできなかった、スキルを使いたがらなかったルナにスキルを使わせてしまった。

 落ち込む寛人にルナが温かい声をかける。


「何落ち込んでるの? クエストクリアじゃない。喜びなさいよ! 足手まといだとか考えてちゃ、前に進めるもんも進めないわよ」


 ルナの励ましに、寛人はうなずく。そうだ、まだ俺はこの世界に来たばかり。何も知らない、そこらの子供以下の知識しか持っていない。できなくて、知らなくて当然。なら今は生き残ったことを祝おう。クエストクリアを喜ぼう。


「なんか元気出たみたいね。ならいいわ! ――運よくあたりの木に延焼はないみたいね。それじゃ、村に帰りましょうか」


 寛人はうなずくと、二人並んで村のあるほうに歩き出す。村に着くころには東の空が白み始めるころだとルナが言う。帰って一休みしたら朝の日課のランニング、そして起きてきた子供たちに約束のスキルお披露目だ。ルナが言っていたが、スキルは声に出さなければ意味を持たないらしい。しゃべれば血を吐いてしまうような寛人にとっては苦行だが、クエストで何の役にも立たなかった汚名をそこで返上しようと、寛人は覚悟を決める。


 月はいつの間にか地平に沈み、空には月明かりが消えたことでより一層星が輝いていた。だがあと一時間もすれば空は明るさを持ち始め、そこから十分もすれば夜明けが訪れる。転生二日目。この世界で初めて迎える朝だ。


 森を抜け、数分歩いた時。ルナが村の方角を見つめながらつぶやいた。


「やっぱり今時期の農家の朝は早いのね。もう煙が上がってる」


 感心したように言うルナ。寛人もまたルナの言う煙を見つける。もちろんルナが言っている煙とは煙突から出る朝食の準備の煙だろう。もうすぐ種まきだと言っていたし、もしかしたら俺たちの帰りを待って早くも起きている人たちかと寛人も考えた。しかし村に近づくにつれ、天に上る煙の柱は増加し、村にあった家の数より多く上がっている気がしてくる。――何かおかしい。


 異変を感じたのは寛人だけでなく、ルナもだ。二人は顔を見合わせると全速力で駆けだす。なにもあるはずがない。つい数時間前までいた村に、子供たちの笑顔が咲き、人々が生き生きと暮らすあの村に、何かが起こっているなどあり得ないことだ。寛人は脳裏に浮かぶ想像を懸命に打ち消す。火事か、それともモンスターに襲われたのか、賊の襲撃か……そんなこと、あるはずがない。


 ようやく村の北入り口にたどり着いた寛人とルナは目を見張った。そこにあるのは村ではなかった。『廃墟』。荒廃し、嵐が通り過ぎた後のよう。あたりにはまだ灰を含んだ風が吹き、鎮火していない火をあおっていた。人の住む様相ではまるでない。しかし、ここには数時間前まで自分たちと共にいた人々が……


 恐る恐る進む二人の足は村の中心、広場に向かった。誰でもいい、誰か、いや全員いるはずだと、寛人は広場に足を踏み入れた。


「……!!!!」


「うっ……!!」


 漂うはたんぱく質が焼けた嫌なにおいと生々しい血肉の香り。広場中央にうずたかく積まれた山。それは人の山。人ではないか。ただ人の形をした、人として生きていた肉塊の積み重なった山。そこにいる者たちの瞳には生命の光などは宿していない。ただ濁った瞳で虚空をにらんでいる。誰だかわからないほど顔が焼けた者、身ぐるみをはがされ何もまとっていないもの……


 おぼつかない足取りで近づいた寛人の目に、ある少年の顔が映った。かつて、先ほどまで「コウちゃん」と呼ばれていた少年。その目には何も映っていない。その目に宿るのは「無」。山の中腹でそれを見つけた寛人は膝から崩れ落ちる。半開きの口からは何も出てこない。背後でルナの声ともつかない嗚咽、叫び。それをつんざくように、冷酷で、『死』が口を開いたような声があたりに響いた。


「――――愚かだ」

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