表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界飼育日記  作者: 二川よひら
5/7

襲来?

 影は、樽のような体形の中年男性となって、私の目前に現れた。

 薄汚れた判袖の服を纏い、丸々とした腹を揺らしながら、男はダンジョンをゆっくり眺め回す。

 心臓が早鐘を打つ。ダンジョンに初めての侵入者が現れたのだ。

 と、男の身体全体がかしいだ。

 なんだか様子がおかしい。

 男は2、3歩よろよろ進むと、ダンジョンの壁に手をついた。

 男の埃っぽい顔は、全体的に赤みがかっている。

 どう見ても酔っ払いだった。

 私が気付くのと同時に、男の肩が不穏な上下運動を始める。

 あ、これショーショーが抜け毛シーズンによく見せる、例のムーブだ。

 私はたまらず顔を背けた。眼鏡からレンズを取り外し、大きくため息をつく。

 こういう方面でショックを受けるのは、ちょっと、予想してなかったよ。


 ーーー


 コトが十分に落ち着くであろう時間まで待った後、恐る恐るダンジョンを覗き込んでみると、男は壁にもたれるよう座って眠り込んでいた。腹の動きからして、かなりうるさいイビキをかいていそうだ。音が聞こえなくて本当に良かった。

 数匹のネコウミウシ達が、遠巻きにそいつを眺めてうにうにしている。男をどう扱うか戸惑っているのだろうか。

 例のブツの着弾予想地点には、何の痕跡も無かった。

 もし豪快に跡が残っていたら、どうやって掃除したものか、すごく迷っただろう。ホッとしたが、何で床面が無事だったのか、ちょっと不思議にも思う。

 とりあえず、酔漢の幸せそうな寝姿を見ていたら、全てがバカらしくなってきた。

 欠伸をひとつ。

 今日は私も、寝るとしよう。


 ーーー


 手には買い物カゴ、耳には気の抜けるテーマソング。仕事帰りのスーパーで、私は調味料コーナーに足を向けていた。

 ダンジョン立ち上げ初日に、余るかもと考えながら、1kgの食塩を2袋買っていた。

 あれから6日、私は塩をほとんど使い切ってしまっていた。

 という訳で、私は今日も塩を買う。

 事情を知らない人が見たら、食塩中毒を心配されそうだな。そう思いながら、塩のコーナーにずらりと並んだ中から、1番安い1kg食塩の袋を選び、カゴに放り込む。これが最も食塩含有率が高いのだから、お財布に優しくてありがたい。この1kg塩が、棚には3列も使って陳列されていた。在庫が切れることは無さそうで、ありがたい。

 ついでに惣菜コーナーに寄る。揚げたての唐揚げを見つけてカゴに入れ、ストロングなチューハイも何本か補充する。家にまだウィスキーと炭酸水が残っていたはずだから、ハイボールにしても、旨いかもしれない。迷いどころだが、明日が土曜日である以上、酒の在庫はいくらあっても良いというのが、私の持論だ。

 会計を済ませて一路、帰宅。

 今日は楽しみなコトがあるのだ。足取りも軽く、あっという間に家の玄関までたどり着く。

「ただいま、ショーショー」

 声を掛けたが、今日のレディは定位置にいらっしゃらない。視線を向けると、ダンジョン育成用の円筒容器の隣に、もっふりと香箱座りをしていた。

 ショーショーの喉元をくすぐりながら、円筒容器を覗き込む。

「出来てる出来てる」

 薄灰色の結晶がコロンと入っていた。予想通りだ。

 身支度を整えてから、ピンセットで結晶をつまみ、観察ビンに移す。

 猫の手が届かない位置に設けたダンジョン置き場には、同様のビンが既に、2つあった。

 今回出来上がったこいつを含め、私は、ダンジョン飼育キットで作れる上限である3つ分、ダンジョンを完成させたことになる。

 ひとつは、初回。キットのオプション全部入りのダンジョン。

 ふたつ目はあえて、全てのオプションを省いて、必須だと説明書に書かれていた3つの袋、SWとLSとWWのみでつくったダンジョン。

 そして、この3つ目は、オプション品を「適量に」入れる事に挑戦してみたものだ。袋自体を入れるか入れないかお好みで、と書かれたいたWFとACは入れてある。それ以外のオプションは、袋の半分だけを入れるに留めた。

 これで変化を見比べれば、ダンジョンが出来上がる仕組みが、少しは分かるんじゃないかな。

「さて、実験の成果はどうなったかな」

 買ってきた唐揚げと、冷蔵庫の残り物を適当に並べながら、鼻歌を歌う。

 今日は、3タイプのダンジョン比較をつまみに家飲みだ。

 グラスに氷を放り込んで、指3本分の深さまでウィスキーを注ぐ。冷蔵庫で冷やしてあった炭酸水を並々注いで、静かにかき混ぜれば、全ての準備が整う。

 眼鏡の左側にレンズを装着して、私は椅子に座る。ショーショーが喉を鳴らしながら近寄ってくる。この1週間でレンズを付けた姿に慣れきったショーショーは、もう逃げ出すこともない。

 ショーショーを膝に招き寄せて、この世の天国は完成する。

 膝で丸まる猫。冷えたハイボールと十分なつまみ。趣味の時間。

 グラスを傾け、さわやかで複雑な風味をひとくち楽しんでから、私は観察ビンを取り上げた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ