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天女の策略

◇密


「え?! なんですか、それ?!」


 楓は、不審者のように両手をばたつかせて慌てふためいている。あぁ、楽しい。


 妾は袖口からおもむろに木札を取り出した。もちろん、そこには『密』の文字を書いてある。


「え?! もう用意してるんですか?!」

「ぬかりないであろう?」

「で、でも私、そんなに急いでませんから! それに、翔が忙しいのは仕方がないことだし」


 と言いながらも、その声は尻すぼみ。やはり楓は翔との触れ合いに飢えているのだろうな。


 実は、楓達の結婚式以来、時の狭間チェーンの宿同士の交流はすっかり活発になってしまった。人材育成と称した異動も多ければ、厄介な客には宿を横断して支援するような仕組みにもなっている。その全体管理をしているのが翔なので、実際女将の楓よりも慌ただしく過ごしているようだ。そして、楓は寂しがっている。


「それに、女将業って大変なんですからね! そう簡単にできるものじゃないんですから!」


 分かっておる。分かっておるから、もう手回しは済ませているのだ。けれど、それをまだ悟られてはならない。妾は考え込んでいるフリをした後、このように提案した。


「では、楓。明日より妾が女将業を代わってやろう。三人連続、お客様をたった一日で元の世界へ帰らせることができたら認めてくれぬか?」


 楓には、「楓達の夫婦仲が心配なのだ。楓達の役に立ちたいのだ」と訴えかけるような必死の眼差しを向ける。こんな真剣な表情をするのは久しぶりなので、頬がつりそうだ。でもここで笑ってしまっては全てが台無し。妾の願望、つまり、楓が翔に「赤ちゃん欲しいの」から始まり、「二人っきりになりたい」へ続き、「夜もかまってほしいの」へ繋がる一連のこっ恥ずかしいおねだりをしているシーンを目に焼き付けるということが叶わなくなってしまう!


 しばらくすると楓はこくりと首を縦に振った。妾の決死の演技が実を結んだらしい。


「分かりました。では、明日からお願いします。で、でも密さん? これだけは言っておきますけれど、今回のことは、私が風邪とか引いても止まり木旅館がなんとかなるように、いざという時のための訓練っていうことですからね! 別に、翔といっぱい○○○したいからっていう理由じゃありませんからね!」


 楓は恥ずかしそうに真っ赤な顔を両手で覆うと、器用に横走りして部屋から出ていってしまった。同時に、隠れていた潤が姿を現す。手にはいつものタブレット。


「密さん、グッジョブです!」


 どうやら、潤はさっきの楓を動画で録画していたようだ。きっとこれは『楓さん語録』にも収録されるのであろうな。妾、確かに良い仕事をしたかもしれぬ。



***



 そして四日後。妾の前には、手洗いに行くのを我慢している幼子のようにそわそわした楓がいた。


「密さん、私……」

「楓、皆まで言わずとも良い」


 もちろん、後で言ってもらうが。

 楓がこんな状態になったのは、もちろん妾の手柄である。妾は約束通り翌日から三日間、やってきた客の相手をし、短い者で五分、長くても二時間で元の世界へ追い返すことに成功していた。これも、事前に同僚の屋都姫やつきへ扱いやすい客を回してもらえるよう頼んであったからだ。


 しかし、出来レースであったことを知らぬ楓は、きちんと女将業をこなす妾に唖然としたり、素人にも関わらず短時間で客を元の世界へ帰した妾の手腕に嫉妬したり、はたまた翔との旅に思いを馳せて赤面したりを忙しく繰り返している。正に百面相。


 一方妾は、接客以外のことにも力を入れていた。それは、状況確認と仲間集めである。誰か、至極真っ当な御客様兼若女将見習いをする妾を褒めてくれ。


 まず、粋に話を通すと、最近は楓に代わって厨房に立つことも増えたとのことで、止まり木旅館の食に関する懸念は無くなった。どうやら知らぬ間に、宿り木ホテルの厨房へも修行に出ていたそうで、妾も食してみたがなかなかの腕前であった。


 さらに、粋もかつては結婚して子どもを授かっていたらしく、我が子の可愛さについては小一時間程聞かされた。ただし、その結末は災害による行方不明であったので、妾が弔いの舞をすることになったのは自然な流れである。妾の舞に心を打たれた粋は、全面的に協力すると誓ってくれたのだった。


 次に、忍。彼は、もともと大名の家臣であったことから、跡継ぎ問題などには敏感である。幸い、翔に側室ができる気配はないものの、未だに楓が不老であることをよく分かっておらぬ彼は、早く後継者を残してもらわないとと心配していたようだ。忍にとって止まり木旅館とは、彼の故郷である『おいえ』にあたるのであろうな。そんなことから、彼の言う『お世継ぎ』対策には賛成とのこと。


 そして、巴。彼女は元々妾に相談してきたぐらいなので、始めからこちら側の人間だ。「もし楓さんに娘が生まれたら、やっぱり貧乳になるのかしら」などと心配し、妾には「豊胸の舞って無いの?」と聞いてきたが、そんなものあるわけがない。


 その後は、潤。彼は最近、お宿『金のなる木』にも通いつめている。ついに楓以外にも興味を持ち始めたか?!と思ったが、そうではなく、まどかに止まり木旅館のノウハウを伝えているようだ。これは翔の采配で、妻へのストーキング行為を減らしたいという思惑なのだろう。そんな微妙な独占欲は、残念ながら楓には伝わっていないようだが。


 さて、潤は妾の提案に乗ると言う。楓が旅に出ると、近くで観察できなくなるのに、どうしたことだろう? 問い詰めてみると、『金のなる木』の千草が、妾の遠見の鏡と同じようなものを持っているらしい。潤はそれをノウハウを伝える報酬として受け取る予定になっているそうで、心配いらないとのことだった。そうだな。潤が簡単に諦めるわけがなかった。


 それから忘れてはいけない、仕入れ係の礼。今は梓と椿と共に仕入れの旅へ出ているそうで、まだ顔を合わせていない。


 そして最後は、この男だ。翔と並んで、今妾が一番面白いと思っている男。名前は『はやて』と言う。



次回は新キャラ視点のお話です。

お楽しみに!



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お読みくださいまして、どうもありがとうございます!

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止まり木旅館シリーズを初めてご覧になる方は、下記の順に目を通されると本作をより理解しやすくなると思います。

第一弾 『止まり木旅館の若女将』
https://ncode.syosetu.com/n0739em/

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第二弾 『止まり木旅館の住人達』
https://ncode.syosetu.com/n2619es/

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