姉御対決?!
今回も止まり木旅館ご招待キャンペーン第二弾のお客様の物語。
詩野紫苑様著『歌姫と銀行員』から雨宮綾音様にお越しいただきます!
それでは、張り切ってどうぞ★
あたしの名前は雨宮綾音。東和銀行に入行してX年経つ。その間、どんどん後輩が増えた。最近特によくつるんでいるのは一歳年下の佐伯、その後輩の田中、支店で預金係をしている真由。そしてあの歌姫minaだ。
今の日本の若者でminaを知らない奴はほとんどいないだろう。簡単に彼女のことを説明しておこうか。
まず、トレードマークは女性でも羨む程の光沢のある長い黒髪。アーモンド型の瞳が絶妙な場所に配置されていて、ナチュラルメイクも手伝って清楚系。近頃十代・二十代の女の子を中心に人気が出ているシンガーソングライターだ。テレビ番組などにも普通に出ている有名人。
取り繕ったような媚びがないから、実際に会ってみると男受けもそれなりにしそうだなと思った。うん、こういうタイプも嫌いじゃないよ。ちょっと世話してやろうかとは思うぐらいに。
こうやって解説してみると、本当に雲の上の人物みたいだけど、実はかなり身近な人物の身内だった。ずばり、支店長の姪御たった。
それだけだったら、こうもあたしと関わることにもならなかっただろう。けれど、思ってもみないきっかけで彼女minaは銀行へ来ることになったのだ。もちろん、口座開設だとかそんなありきたりなことじゃない。それは何だったかというと……何と、佐伯、あいつに会いにきたのだ。
話を聞いたときには唖然とした。
事件は二年前に遡る。
当時まだ無名のアーティストだったminaは駅前で路上ライブをやっていた。そこで酔っ払った中年オヤジに絡まれていたところ、佐伯が助け出したという。あたしの関節技もすぐにかかっちまうぐらい弱いのに、無茶するもんだと思ったら、その時佐伯も酔っていたらしく、その直後ゲロ吐いてたらしい。ちっ。せっかくの美談なのに汚くしやがって。詰めが甘いんだよ。
何はともあれ、ちょっと佐伯のことを見直したと同時に、あたしは一つのことに思い至った。
minaは芸能人。華やかな世界の住人。これは、いい男の伝手の一つや二つ、持ってるんじゃないかってね!
閃きを得たあたしの行動は速い。すぐに佐伯を呼び出して、minaとの食事会へあたしを参加させることを了承させた。
それから、あたし達とminaとの交流は順調に進んだ。minaのライブに招待してもらったり、買い物したり、海へ行ったり。佐伯抜きで出かけることもあった。あたしの男漁りは格別順調ではなかったけれど、それはちょっと端に置いておこう。あたしがずっと気になっていたのはminaと佐伯のことだ。
minaが佐伯のことが好きなのは誰が見ても明らか。二人きりになるチャンスもあったのに、まだ押し倒してもいないなんて、これは特別講習が必要かもしれない。と同時に、後輩の真由もそういう気持ちを持っているのは確かなのだ。
このまま放っておくのもね、ということで私は意を決して彼女らに切り出したのだった。結果は読み通り。となると、やはり勃発したのは女子特有の無意味な譲り合いだ。イライラしたあたしは一言こう言ってやった。
「なんだ、二人とも譲り合うのなら、佐伯は……あたしが食べちゃおうかな」
佐伯は、あたしの好みどストライクな男ではないが、一応いい男の分類には入る。そうやって二人の出方を見たところまでは良かったが、その後は本当に本当に失言だった。
「いや、まあ、いい男だと思うよ、あいつは。銀行員や高学歴にありがちなヘンなプライドもないし。うん……ただ、あんなことが無ければ、あいつももっと違った生き方をしていたのかもしれないな……」
あ、やっちまった、と思った時にはもう遅い。目の前の二人は食い入るようにしてこちらを見つめていた。
「教えてください!! 雨宮さん、佐伯さんが過去に何があったのかを!」
ここでまだ私が口をつぐんでいれば、まだ傷は浅かったのかもしれない。けれどその時のあたしは、もう引き返せないとばかりに佐伯の秘密を話してしまったのだ。それに、あたしがこの事を明かすことは、悪いことばかりではないと考えていた。なぜならminaは、minaじゃないとできないことがある。
そう、歌だ。
minaの歌は全世代、全人類に贈る応援ソング。
あたしは、ライブで聴いたminaの歌声、圧倒的なパフォーマンスを思い返して鳥肌が立った。小柄な彼女のどこから発せられているのだろうと不思議になるぐらいのパワーが、歌詞を言霊に変えて、胸の中に直接響き渡る。
だから、この子なら佐伯を本当の意味で立ち直らせることができるんじゃないかって思ってしまった。でもちょっと考えれば分かることだったんだ。秘密を知ったminaが次にとる行動なんて。そしてその結果も。なのにあたしは……。
しばらく経った日のこと、佐伯の様子が明らかに変わった。真由に確認すると、もう時はすでに遅しで。真由は佐伯にminaへ連絡を取るよう迫ったらしいが、梨の礫。数日後、ついにあたしも動き出した。
とにかく、謝るしかない。こんなこと、日頃は絶対にしないけれど、今回はどう考えてもあたしが悪かった。華やかに見えても孤独を抱える芸能人minaの恋心、そして未だに癒えぬ傷をもつ元エリートの佐伯。今や、どちらもあたしにとっては『大切な人達』。だから、誠心誠意頭を下げたというのに、佐伯ときたら……!
「彼女もこんな馬鹿とは縁を切ったほうがいい……」
何も分かっていないのはお前だ。お前がminaへ投げつけた言葉をそっくりそのままお返ししてやるよ!
抑えきれない憤りが膨れ上がった瞬間、反射的に動き出す直前の腕から力が抜けた。佐伯の顔を見て思った。こいつは嘘つきだ。言っている事と表情があまりに合っていない。なんでお互い好きなのに、変なことに拘って身を引いてんだよ?!
「馬鹿野郎! お前は本当に馬鹿野郎だ……」
あたしはそう言って、しゃがみこんでしまった。
あぁ、何やってんだろ。あたしは席に戻ろうと思って、佐伯が閉めた応接室のドアを押し開けた。
✽✽✽
止まり木旅館。ここは時の狭間という異空間にあるらしい。ごく普通の純日本風の建物と接待。悪くない。問題があるとすれば、見渡してもいい男がいないところか。というか、客いるのか?
「ため息ばかりつかれていますね」
私に話しかけてきたのは、ここの女将だ。あたしが旅館の庭を勝手に散策していたら、追いかけてきて「楓です!」と名乗っていたような。その後、あたしの姿を見て急に闘志を燃やしたり、女将の従兄妹にあたしが少し似てると言ったり、騒がしくしていたが、客室に案内されてからは少し静かになった。
あたしはいつも履いているピンヒールを脱いで、座敷の畳に脚を投げ出した。そこへ、さらにもう一人の女性がやってくる。
「綾音様、まだ昼間ですけど、お酒などいかがですか?」
思わず瞬きしてしまった。まず、状況確認をしよう。私はおそらく今、勤務時間中に白昼夢と呼ばれるものを見ているにちがいない。あまりにもリアルない草の香りや、窓から注ぐひだまりの温かさはおそらく幻覚。だから……
「いや、いい」
それにしても。
残念そうに眉を下げて盆に載せた酒器を後ろ手へ隠す彼女。こいつは……できる。詰まるところ、しおらしい所作をする割に、強者の雰囲気を隠しきれていないのだ。面白いじゃないか。きっとこの夢はすぐに冷めてしまう。そうすれば、また目の前の現実に立ち向かわなければならない。少しぐらいここで道草をしても構わないだろう。
「名前は?」
「巴と申します」
童顔で染みついた営業スマイルは可憐な部類だけど、おそらく本当はそこそこの年齢だな。
「何か、武術をやっているのではないか?」
「はい。ここ止まり木旅館は様々な方がいらっしゃいますし、非常時に備えて嗜む程度には」
よく言う。一瞬、隙を見て空手の技を決めてやろうかと思ったけれど、やめておこう。女将はともかく、どうも他にも強い者の気配がこの部屋の近くで複数感じるのだ。
「それにしても、この宿はあまり流行っていないんだな。いい男がいれば、夜這いでもかけてみようかと思ったのに」
と言ってみると慌て始める女将。何か言おうとするが、それを必死に止める巴。何となく力関係が分かってきた。
「彩音様はお綺麗な方ですし、芯の強い方とお見受けしますから、元の世界では恋人などいらっしゃるのではないかと思っておりましたが」
巴という女は、なかなか明け透けなことを言う人のようだ。確かに、我ながらプロポーションも良い方だと思う。銀行でも常にピンヒールで闊歩し、スカートは膝上十五センチ以上をキープ。茶色のセミロングヘアも手入れはぬかりないし、隙は無い。じゃぁどうして……というと、私なりに過去はいろいろあってだな。
私はちょっと意識的にもったいぶって間を開けると、ふっと息を吐きながら髪をかきあげた。あれ。女将が「完全に負けた!」とか言って畳を殴り始めた。
「あたしのことは、いいんだよ。ね、もしもの話だよ?」
女将は放っておいて、あたしは巴に話しかける。
「友人二人が付き合いそうで付き合わない。それを後押ししたつもりが、自分の言動が原因で二人の仲が悪化する。こんな時、どうする?」
巴は、視線を天井にやった。
「あたし、どうしたらいいんだろうな。自分のことだったら、何とでもなるんだ。これまでだって、全部自分のことは自分で責任とってきたし。でもこればっかりは……」
「私は、なぜそんなに悩んでらっしゃるのかが分かりません」
「何だと?」
私に睨まれたというのに、巴は落ち着き払ったままだ。調子が狂う。
「こういう恋愛事って、結局はその当人間の問題ですもの。綾音さんが考えている程、実際は責任が重いわけではないかもしれません。それに、もっとするべきことがあります」
悩んでる人相手に容赦がない。思わずムッとしてしまったが、あたしは言い返さなかった。心当たりもあるからだ。佐伯の秘密は、遅かれ早かれいずれminaの知ることとなっただろう。
「もっと肩の力抜いたほうがいいですよ。そのお二人の友人である綾音さんは、近々そのお二人が仲直りした時に備えて、『良かったね』って言えるような余裕をもっておかないと。そうすれば、いい男も寄ってくるかもしれません」
巴はいたずらっぽく笑った。つられてあたしも笑う。
「そうだな。あいつら二人も子どもじゃないんだし。それに、人の心配してる場合じゃないか」
そこで、はたっと自分の本音に気づく。あたしは、確かに二人の仲が悪化したことを辛く感じているけれど、もう一つ気にかかっていることがある。minaのマネージャー、岡安のことだ。
お固いことばかり言う小姑みたいな奴。はっきり言って第一印象は悪かった。でもその後、minaを通じて顔を合わせる機会も増え、少しずつ別の面を知るようになった。そして、海にいった日……。
そうだ。佐伯とminaの縁が切れるということは、あたしとあいつも。ん? それって重要なことか?
「あ、お帰りの扉が開きました」
突然、女将が私の背後を指差す。振り返ると、そこには東和銀行応接室の扉が、宙に浮いていた。
無意識に立ち上がると、下の方から巴の声がする。
「ハイヒール、お忘れですよ」
巴は、あたしの足元に靴を並べた。
「ありがとう」
話、聞いてくれてありがとう。
「もし、そのお二人が行き詰まって止まり木旅館にいらしてしまった場合は、精一杯おもてなしし、必ずそちらの世界へお返しいたします。ご安心くださいね」
今度は、いたずらっぽい笑顔ではなかった。その瞳に仕事人の意気を感じる。あたしは大きく頷くと、ドアの方へと向かった。
「馬鹿野郎はあたしだな」
ドアをくぐると見慣れた職場。あたしは何事もなかったかのように席へ戻った。
この時のあたしは、まだ知らない。止まり木旅館から帰るきっかけを作ってくれた岡安と強い縁があるなんて。
今回お越しになった雨宮綾音様は、詩野紫苑様著『歌姫と銀行員』の登場人物です。
『歌姫と銀行員』
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この物語は男性主人公の柔らかな雰囲気のお話で、流行りのガツガツしたハーレムものでもないため、大変安心して読み進められます。
概要としては、タイトルにある通り、芸能人である歌姫と普通のサラリーマンとの恋物語。一瞬非現実的な取り合わせに思われるものの、内容は大変リアルで、いつの間にか前のめりで二人を応援したくなってしまう素敵なストーリーです。
読後は温かな気持ちになれること間違いなし!
お仕事モノとしても優秀な作品ですし、分量もそれほど多くないので、ぜひご覧ください。
この作品は続編もありまして、雨宮さんの見所も満載なので見逃せません♪