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女将、『作品』になる

今回も止まり木旅館ご招待キャンペーン第二弾のお客様です。

よん様著『人を咥えて竜が舞う』からヒエン・ヤマト様のお越しです!


 寝付けん。与えられた部屋の広いベッドの上で、ウチ、ヒエン・ヤマトはぼんやり空中の一点を見つめとった。


 ウチはナニワー厶公国の出身なんやけど、ちょっと前にヤマト流捕縄術師範代としての腕を買われて、シバルウ国王の家臣頭であるチル臣長に呼び出された。絶対何か企んでるとは予想してたけど、案の定ある特殊任務を秘密裏に押し付けられてしもたんや。チルとかいう女は三十路手前やいうのに、やたら美人で、それだけでカンに触る。なんで引き受けてしもたんやろと思い返すも、カッとなってやったという他、言い訳のしようがない。


 だいたい、アイツが悪いんや。


 事の発端は王国直轄領に入ってすぐの時。早速憲兵に目ぇつけられた時、ウチを迎えに来たのがキラースやった。颯爽と馬から降りて近づいてきたアイツは明らかに美男子やったし、ウチやなくても目が奪われてたと思う。さらに言うたら、ウチの心に住み続けるあの人によう似てた。そやから惹かれんわけがない。それをや! チルはウチに任務を擦り付けるための交渉の材料に使いよった。ウチは女として侮辱されたんや。しかも、ユージンていう名の酔っぱらいとチームにさせられてしもた。


 女って、ほんまに嫌や。悔しいことも傷つくこともようさんある。それに、ウチは男の醜さから生まれた。そやから、長生きなんてするつもりは全く無い。まぁ、うっかり生まれてしもたから、二十歳までは母親の顔立てるためにも生きるつもりやけどな。その後は、ウチがウチのやり方で自分を始末するつもりや。


 さて。なんで今、チームの癖にあの酔っぱらいがここにおらんか言うたら、それはこの宿の空室状況に関係してる。例の如く、ウチらがこの宿に到着した時には最後の一部屋しか残ってへんで、どっちがベッドで寝るかで揉めてたんや。当然、ウチが寝るつもりやったけどな。そこへ現れたんがあのキラースや。もう会えん気がしてたのに。思いがけん偶然やった。


 そしたら、キラースはツインの部屋に宿泊してるらしく、ウチらのうち一人を部屋に引き取るて言い出しよった。宿の主人は手放しに喜んだし、あろうことかウチまで勘違いしてドキドキしてしもたんや。アイツ、キラースが引き取るんはウチやなんてこと、まずありえんのに……。案の定、キラースは蜂蜜酒愛好家のユージンを誘った。今夜はワインやて。せいぜい悪酔いしてくたばってまえ。どうせ明日も馬車移動やしな。


 そうやって悪態ついとったら、このモヤモヤはすぐに無くなる思てた。けど、一向にその様子はなく、イライラは募るばかり。


 ウチは寝返りを打った。


 同じ宿にキラースが泊まってる。その事実があまりに辛い。きっと今度こそ、アイツとは二度と会えんようなる。キラースと出会った日、アイツはチルに命令されてウチを襲う予定やった。力試しのためや。それやのに、それをウチに明かして襲わんかった。それどころか、職務を実行せんかった責任をとるためなんか、遠方の部署への異動を志願しよった。しかもその部署は常に死と隣合わせの場所や。ため息出るわ。


 今頃、ユージンと何喋ってるんやろな。顔が見えんかってもいい。もう一度だけ、最後にキラースが居る場所に近寄ってみたい。


 ウチはそう思いながら、ガランとした部屋を後にした。



✽✽✽



 えっと、どこから話したらえぇんかな。

 ウチは今、止まり木旅館と言う所におる……らしい。少なくとも、看板にはそう書いてあった。


 確か、宿の自分の部屋から廊下に出たはずやったのに、なんで別の宿の門の前に立ってたのかはよぉ分からん。寝る前に飲んだ水が悪かったんか? どう見てもここは、シバルウーニやない。ほんなら夢か幻影かのどっちかや思て、とりあえず周辺を散策してみた。


 それからどれぐらい時間経ったんやろ。何度か夜になって、朝になった気もする。どこまで進んでも変わらん景色の中、行く宛なしに歩き続けて、ふと気がついた時には知らん部屋に寝かされとった。


「お目覚めになられましたか?」


 はっとして視線を天井から横へずらしたら、ピンクの髪の女が一人、ちょこんとウチの布団脇に座ってる。


「アンタ、誰や?」

「私はこの旅館の女将で、楓と申します。ヒエン様、ようこそ止まり木旅館へ!」


 なんでウチの名前を知ってるん?! ウチが着ている道着にも名前は書いてへんのに。目の前で上品に微笑む女が急激に胡散臭ぁなった。そう思た時には、既に身体が動いてた。


「チルの手先か?! 刺客の癖に、そんなえぇとこのお嬢さんみたいな格好してたら、いざという時の動きが悪なるで?! 神妙にお縄頂戴せえッ!」


 ウチは捕縄術師や。麻縄を手に取ると、女将の身体を押さえつけて背中側へ回り込み、一般人には目にも止まらぬ速さで仕上げてく。


「お客様?!」


 最近はろくに稽古もできんかったけど、『作品』はあっという間に仕上がった。まぁこの女、全く動かんかったから、やりやすかったいうのもある。これやったら、早縄やなくても、いきなり本縄でも縛れたかもしれん。


「アンタ、もうちょっと抵抗した方がえぇで?」

「あれ……この縄全然抜けない」


 当たり前や。抜けんよう縛ってるんやからな。


 女将は涙目になってた。それもそのはず。薄紫の綺麗な服着てるけど、それが無残にも捲れて腕と太ももが丸出しになってる上、手足を縛られて海老反りになり、縄と縄の隙間から胸を突き出す形に……なってへんやん?!


「アンタ、貧乳なんやな。せっかく見栄えのええ『作品』にしたろう思てたのに、ほんまに残念やわ。でも素材が悪かったら仕方ないわな」


 ま、実はウチも他人のこと言えんけどな。

 その時、女将の様子がガラリと変わった。


「な、な、な、何て事をしてるんですか!?」

「今更やな。何をって、怪しかったから捕縛しただけや」


 女将が大きな声を上げたからか。凄い足音と、殺気みたいなもんが突然こっちに迫ってきた。

 あかん! 咄嗟に床を蹴って飛び上がる。少し離れたところに着地した時には、部屋の隅に銀色の槍の穂先みたいなんを構えた男が佇んどった。


「忍くん!」

「女将、大丈夫……じゃないですね」


 忍と呼ばれた男は、少し狼狽えた様子を見せる。

 続いて、部屋の中に数人の男女がなだれ込んできよった。


「楓さん!」

「大丈夫ですか?!」

「何があったんだ?!」


 けれど、皆一様にして、女将の姿を見るやいなや無言になってまう。しばらくすると、ポツリポツリと『作品』の感想を言い始めよった。


「これはこれで……アリなのかもしれませんね」

「楓、こういう趣味だったのか」

「楓さん! そのお姿ではコンプレックスが隠せてませんよ!」

「記念写真撮っておきますね。はい、笑って!」

「ムチムチしてて、ハムみたいです」


 おい、誰も助けんのか?! 女将の味方ちゃうんかい?!

 呆気にとられてたら、女将がようやく再起動した。


「ヒエン様、早く解いてください! 私共はヒエン様の敵ではないんです!」

「そんなん信用できへんな!」

「ここは時の間。あらゆる時空や世界から隔絶された異空間なのです。おそらくヒエン様は何らかの原因で非常に追い詰められた状況にあったのではないですか? そんな方々が時折このお宿に迷い込まれるのです」


 何やて? この女、どこまでウチのこと知ってるんや? まさか、あのことまで?!


「アンタにウチの何が分かるんや? これ以上貶められるんは我慢ならん!」

「私はお客様を侮辱するつもりなど毛頭ございません。ただ、ヒエン様はもう少し素直になられた方がいいですよ? 恋愛は権利です。それは女性にとっても、男性にとっても」

「そやけど、そういう気持ちを利用して、人を踏みつけるような奴がおるんも確かなんや!」


 チルみたいに、な。


「それでも、好きになったご自分を責めてはいけません。好きっていう気持ちは何よりも尊くて、ごく自然な感情なんです。例え、それが報われなくても」

「報われんことぐらい、わざわざ言われんでも分かってるわ!」


 あぁ、いちいち腹立つ女やな。だいたい、こんな夢ん中まで追手をつけてくるとか、チルも趣味悪いわ。ウチははよ元の場所に戻って眠りたい。こういうよぉ分からん謎現象とかに振り回され続けるんは性に合わんのや。


 ウチは、未だに海老反り芋虫のままでいる女将を足元に見下ろした。


「帰らせてもらうで!」


 そしたら、背中側に不思議な気配が近づいた。身構えて後ろを確認すると、空中に一枚のドアが浮かんどる。あ、これは宿のドアや。ここをくぐれば、元の場所に戻れる。それが、ウチには直感的に理解できた。


「ほな、な?」


 ウチが軽く手ぇ上げて踵を返すと、集まっていた宿の従業員らしき者達がビシッと整列した。


「この度はご利用ありがとうございました。もう二度とお会いすることがありませんよう、従業員一同お祈りしております」


 確かに、もうこんなところ来たないわ。


「ヒエン様、生きてくださいね!」


 最後に女将の声がした。せやな。あともうしばらくは生きるつもりや。そんで、ちょうど良い死に場所を見つけよう。


 ドアをくぐる。


 なぜか、頭の中は初恋とも言えるあの人のことでいっぱいになってた。こんなこと考えとったら女々しくなってしもて、隙ができそうで嫌やけど、今夜ぐらい……ええやろ。


 ウチは見覚えのある元の部屋に戻ったことに少なからずほっとして、再びベッドへ横になった。

 今度こそ、眠りに落ちた。




 翌朝、常備してたはずの麻縄が一本足りんで、背中に悪寒が走ることになる。



今回のヒロイン、ヒエンちゃんが登場する、よん様著の『人を咥えて竜が舞う』は下記からお読みいただけます。

https://ncode.syosetu.com/n4108cn/


大阪弁のヒエンちゃんは、出生に関する悩みを抱えつつも、サバサバした楽しい女の子。

職業もおもしろいですよね。

本作で一番好きなところは、ありきたりな旅モノではなく、そこに丁寧に書き込まれている心理描写や登場人物達のリアルなやり取り。それぞれに秘められた何かがあって、大切なものも生きる信条も違う。そんな中、ヒエンちゃんの生き様は少し生き急いでいたり、大胆だったりして、ハラハラしながら読み進めることができます。

私は、とても深いお話だと思いました。

気になった方はぜひチェックしてみてくださいね!



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お読みくださいまして、どうもありがとうございます!

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止まり木旅館シリーズを初めてご覧になる方は、下記の順に目を通されると本作をより理解しやすくなると思います。

第一弾 『止まり木旅館の若女将』
https://ncode.syosetu.com/n0739em/

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第二弾 『止まり木旅館の住人達』
https://ncode.syosetu.com/n2619es/

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