私は信じてる
今回は、止まり木旅館ご招待キャンペーン第二弾のお一人目のお客様がお越しになります。
いらっしゃるのは山本正純様著『シニガミヒロイン』から白井美緒様。
どうぞお楽しみくださいませ★
私の名前は白井美緒。しばらく前まで、ずっと入院していた。
事の発端は、幼馴染の誘拐。ここ一年ぐらいの間、日本中のたくさんの都市で男子高校生の連続誘拐、そして連続虐殺の事件が起きている。テレビを見てずっと怖いとは思っていたけれど、まさか私の幼馴染まで奪われてしまうことになるなんて。
私の幼馴染である恵一は、高校二年生の新学期の初日、私と登校中に連れ去られた。彼だけではない。私の住む街から合計四十八人もの男の子が行方を眩ませた。これは誰がどう見ても、『あの』事件の一環だった。
これまで、事件に巻き込まれた男の子達は、皆一ヶ月以内に遺体となり、段ボールに詰められた状態で自宅に届けられている。だから、恵一が、恵一が、恵一も、あ、あぁ、
「いやぁぁぁぁ」
私の家のリビングに横たわる恵一。頸動脈はスッパリと切断されていて、いくら揺り動かしてもその瞳に光を宿すことは無い。
他には、こんなシーンもある。私の家に巨大な箱が届く。私がそれを開こうとガムテープを剥がしにかかると、箱の隙間という隙間から赤いものが溢れ出て、みるみるうちに薄茶の段ボールは血の涙を流す。そして、中にはバラバラになった彼が……。
私はPTSDかもしれないそうだ。
こんな夢を見続けている。昼も。夜も。何度も、何度も。
夢を見れば見るほど、それが現実のものになってしまいそうで怖い。なぜあの時、私は一緒に連れ去られなかったのか。などと考えてもどうにもならないことを考えて、どうにか冷静に生活しているフリを続けている。
そして先日、彼の動画がインターネット上に出回り始めた。まだ生きてくれているという安堵の気持ち。そして憤り。それ以上に、早く目の前に本物の恵一を前にして、その存在を確認して、その後は……。その後は? 私は、恵一とどうなりたいのだろう?
少し頭痛がするし、気分が悪い。同じクラスメイトの真紀が言う通り、私は少し無理をしているのだろうか。でも恵一は今頃もっと大変な目に遭っているのだ。だから私はしっかりしておかないと。
私は、退院した時に処方された薬を飲むため、自分の部屋から台所へ向かおうとした。
✽✽✽
止まり木旅館へ来て、一夜が明けた。
ここは時の狭間というファンタジーみたいな夢空間だけれど、テレビをつけると私がいつも家で見ていたドラマやバラエティー番組が普通に放映されている。建物も、風情のある和風旅館という感じだし、話し言葉も文字も日本語。でも、どう考えてもここは日本じゃないのだ。だってここ、旅館しかないのだもの。私は数時間、止まり木旅館の周辺を散策した。でも、どこまで行っても白い霧と砂地が広がるばかり。こんな場所、ありえない。電柱一本無いなんて。
私が再び止まり木旅館へ戻ってきた時、一人の女性が私を迎えてくれた。名前は密さんと言う。
「そなたは、ちと厄介な運気に流されつつある。妾は今日、たまたま機嫌が良い。ちょっとばかし、その流れを正してやろう」
そう言うと、中華ファンタジーのような巫女衣装を翻し、鈴をシャンシャン鳴らしながら舞を始めたのだ。この旅館に通う芸人なのだろうか。若干上から目線の言葉に呆気にとられながらも、私はその様子にすっかり魅入ってしまった。すると、どうしたことだろう。私の身体が一瞬白く光って青い火花がパチパチと弾けた。何これ。魔法?
少し音もしたからか、旅館の奥から女将の楓さんが飛んできた。
「あら、密さん? 突然どうしたんですか? 何かを祓ってくれたのかしら? 美緒さん、お身体は大事ありませんか?」
「はい、大丈夫……」
返事は最後まで言うことができなかった。急に心が穏やかになって、意識が遠のいていったのだ。
✽✽✽
目が覚めると、私は真っ白な布団に寝かされていた。私の髪はボブ丈なので、寝癖で飛んでしまっていないか不安になり、手で頭を撫で付ける。ここは、客室のようだ。窓の向こうに見える素晴らしい日本庭園をぼんやりと眺めていると、襖の向こうから声がかかった。
「どうぞ」
襖が開くと、しゃんっと背筋を伸ばして座る女性、楓さんがいた。惚れ惚れするような所作でこちらに頭を下げて、部屋の中へ入ってくる。
「昨夜はよくお休みになられましたか?」
「はい。お陰様で」
尋ねられて初めて気づく。私、密さんに祓ってもらってからは、一度も悪い夢を見ていない。丸一晩、ぐっすり眠ったなんていつぶりだろう。楓さんは全てを見通しているかのような、深い瞳をこちらへ向けていた。
「少し、私の話を聞いてくださいませんか?」
私が頷くと、楓さんはそっと微笑んで話し始めた。
「私、以前好きな人が、自分の手の届かない所へ行ってしまったことが二度あるのです」
「相手の方が出世されたとか、お引越しされたとかですか?」
楓さんは首を振る。
「一度目は、ここへいらしたお客様に『彼氏』として連れさられてしまいました。ここには、様々な世界から様々な方がお越しになります。私共はお客様を選ぶことはできませんし、基本的に時の狭間から他の世界へ行くこともできません」
「つまり、その方と世界を隔ててしまった、と」
楓さんはそれを肯定すると、話を再開する。
「その次は、好きな人が無事に時の狭間に戻ってきてしばらく経った頃のことでした。私達はすっかり恋仲になっていましたが、今度は彼が故郷に帰りたいと言ったのです」
それって、フラレたということかしら。私はどんな顔をすれば良いのか分からなくて、頬を強張らせた。
「彼は当時、旅館において特別な役割を担っていましたから、時の狭間の住人ではありますが別の世界へ赴くことができたのです。彼はその裏技を使いました。でも私はその明確な目的も分からなくて、ただ帰りを待つことしかできませんでした」
私は恵一の顔を思い浮かべた。彼ならば、なんでも顔に出る分かりやすいタイプなので、こちらからちょっかいを出して軽く翻弄させるぐらいのことは簡単にできる。そんな隙も見せてくれない楓さんのお相手って、どんな方なのかしら。私は少し興味を膨らませながら、楓さんに続きを促した。
「でも、彼はちゃんとまた私のところへ帰ってきてくれました。私が言いたいのは、こういうことです。大切な人はちゃんと自分のところに帰ってくる。美緒さんには、そういった方がいらっしゃるのでしょう?」
「いえ、恵一はそういうのじゃなくて」
恵一のことを考えると、自分の顔が火照ってしまうのが分かる。でも、楓さんのお相手のような、そういうのではないつもり。幼馴染としての責任感というか、長年一緒に居たことによる情というか。とにかく、そんな関係ではないのだ。
「ごめんなさい。困らせるつもりはなかったの。でもね、ここからは女将としてではなく、あなたと同じように女の子としての人生を経験してきた先輩としてのお話。聞いてくれる?」
「はい」
「その恵一くんという方は、素敵な人なんでしょう? あなたがそんな顔をするぐらいだから、そそっかしい所もあるかもしれない。しっかりしているとは言えないかもしれない。でも、形はどうあれ、あなたが心を寄せてしまう程良い方であるのは確かなのよ」
私は、恵一と一緒に下校した時のこと、私が作ったご飯を恵一が美味しいと言って食べているところなどを振り返った。他にも、学校やプライベートでのたくさんの思い出。恵一は、私がいてあげなくちゃいけないぐらい駄目なところもあるけれど、本当はすごく優しくて、純粋で、そして……
「私、信じてます。きっと恵一は生きてくれている。そしてまた、一緒にたくさんの思い出を作ります」
それは事実上、私の『宣言』になった。
まだまだ不安は拭えない。でも、私が信じなくて、誰が真剣に彼のことを考えるのだ。恵一のお父さん、お母さんも事件の直前まで彼と一緒にいた私を責めるばかりで、全然頼りにならなかったし。負けたら、駄目。だって私は、恵一の幼馴染なんだから!
次の瞬間、背後からふわっと風が吹き付けた。
「お客様、お帰りの扉が開きました」
振り返ると、そこにあるのは私の部屋のドア。そうだ。ここをくぐって、私は止まり木旅館にやってきたのだ。
今、私はとても凛としていると思う。
「お世話になりました」
私は浴衣姿のまま、半開きになっているドアの方へと向かった。
「この度はご利用ありがとうございました。もう二度とお会いすることがありませんよう、従業員一同お祈りしております」
ちょっと変な挨拶。私はそう思いながらも、ドアの向こうへ歩いていった。
あ、旅館に部屋着を忘れてきてしまった。と気づいた時には、私は自分の部屋の前に立っていた。勉強机の上にある目覚まし時計を確認する。私が時の狭間にトリップしていた間、こちらの時間はほとんど進んでいなかった。でも、この身に纏う止まり木旅館の小鳥柄の藍色浴衣が、あの体験を夢ではなかったことを物語っている。
今回お越しになった白井美緒様は、山本正純様著『シニガミヒロイン』のキャラクターです。
突然連れ去られた男子高校生達が、理不尽で命懸けの恋愛シミュレーションゲームに取り組みます。
元の世界に戻れる唯一の方法は、攻略対象と付き合うところまで持ち込むこと。これが、なかなかに難しく、無慈悲なのです。
美緒様は、主人公恵一くんの幼馴染。
とってもヒヤヒヤドキドキできる物語で、一気読み間違いなしです。
興味をもたれた方は、ぜひぜひご一読くださいね♪
『シニガミヒロイン』
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