代役のお兄様
━━━そして……
腹ごしらえをしたミナリアはニカウとアルスと3人で魔術の間に来ていた。
召喚陣の前には何かよく分からないニカウ独自の呪文がチョークで書かれている。
「げふ……」
「ひ、姫!はしたないです!」
「どんだけ食ってんスか。さすがにあの量はドン引きッス」
「仕方あるまい!1週間ぶりのよく焼きワイバーンハンバーグは最高だからね!アルス、あのハンバーグにアーリマン目玉焼きは良かった!またやってよね!」
「ははは……姫は相変わらず貴族にしては質素ですねぇ」
「うむ!」
「じゃ、概要を説明するッス」
口を動かしながら、陣の周囲に更に何か刻み始めるニカウ。
「まず、材料がいるッス。普段は触媒がいるんスけど、あまりにイレギュラーなんで触媒もイレギュラーッス。召喚の触媒は関係異物。今回は溶けた夢魔族の王子なんで、それもあやふやッス。」
「なんなのだ?それは?」
カリカリと長ったらしい呪文を書き続ける。
「姫の意識ッス。」
「意識?」
「うっす。あやふやな王子を連れ出す為に、確かな記憶、あとそのエル姉さんの持ってきた怪しいネックレス。それらを触媒にするっス。」
「本当に上手くいくのか?」
あまりに不確定要素が多いので、さすがにアルスも訝しむ。
「一応、言っておくッスけど召喚はマギカニアでもハッキリしねぇ部分が多い古代魔法ッス。それを知識の浅い王子に行使させていたのは俺ッスよ」
「なんでもいい!!お兄様をカケラでも取り戻せるなら!!ニカウ!!」
「へいへい。」
ニカウの呪文は床一面になり、やがて姫やアルスの足元まで及ぶ。
「あ、ロリコンさん。足、下げてくれッス」
「だれがロリコンさんだ!!」
「に、ニカウ!ちょっと長すぎではないか?」
「ちっぱい姫はちゃんと召喚に備えてくれッス。」
「だれがヘチャムクレだ!!」
「自覚あるんスね」
そうして出来た広大な陣。
「じゃ、あとはちっぱい姫が思い起こせれば、それが鍵になって、このゲートの陣からカケラを引っ張り出せるッス」
「おっぱいの事は言うなっ!!」
「姫、向こうで何が起こっているか分かりません!善は急げです!はやくカケラを呼びましょう!!」
「む…………」
ミナリア姫は、祈るように。
記憶の底から、2年前の姿を思い起こす。
(お兄様……)
兄の姿。消してイケメンではなかったし、貴族にしては平々凡々だった。力仕事が得意なのかと思えば、武術もそこまででもない。キレた事を口にして知識があるのかと思えば、ゴブリン語も赤点スレスレで数字には弱い。
でも、人には………
マギカニア貴族でも人望だけは。人望は厚い。
老若男女、下々にいたるまで友達がいた。
なにより………
「お兄様~!もうムリぃ~!」
「はっはっは!ミナ、頑張れ!ほら、もう少し!これを解いたら休憩だ!」
「なんだ?物足りなかったのか?しょうがないな。兄さんのハンバーグをあげよう!」
優しかった兄。自分の経験からか、時には厳しくても優しい兄。
「お兄様!学校まで来ないでよ!」
「でも、お弁当ないと困るだろ?ほら、今日は兄さんの作ったハンバーグサンドイッチだぞ?」
「私、食いしん坊じゃないもんっ!」
「ほらほら、デザートに堪忍豆腐も作ってみたぞ?エルナみたいに大きくなれないぞ?」
「うるさぁ~い!!早く帰れっ!!」
思い出すほど思い出が溢れる。
「帰ったら手を洗う!手は一番、魔界雑菌が増えるんだぞ?」
「昔、マギカニアの大戦では………」
「じゃあ、ミナ!行ってくるよ!学校休むなよ?」
それはわずかに涙になって、瞳からまたホロリと頬を伝う。
「お兄様ぁっっ!!」
思わず叫んでしまう。
それに呼応するように召喚陣が眩い光を放つ。
その中で、確かに何か人型の様なものが構成されていく。
「こ、これは!?」
「ま、まさか!カケラが人型を作ってるッス!もしかして!」
やがて、光が収まるとそこには人が1人立っていた。
その姿を確認して、ミナリア姫は思わず抱き付いた!
「ハルト兄様!!」