………おかしい?
━━━シャリシャリシャリシャリ…………
「………………。」
部屋には2人いるのに、ただ果物の皮を器用に剥く音だけが響き渡る。
シャリシャリシャリシャリ………
サクリと、剥き終わった果実に刃を入れて等分すると、皿に乗せて差し出す。
「どうぞ」
「なんだコレは?」
アルスから謙信に差し出された皿の上の果実はリンゴに似ているが、奇妙な形に造形されている。
ウサギにも似た形だ。
「ピピラビです。魔界では幸運の白い魔物として親しまれています。」
「……………。」
「可愛いでしょう?姫が大好きなのですよ。ピピラビ細工の果物。姫が風邪をひいたりすると、毎回、これをお出しします。」
「………………。」
手を伸ばさず、黙る謙信。
「どうかしましたか?」
「何故、お前はこんなことをするのだ?私はお前を…………」
「あのことならもう気にしていませんよ。それに、私が放っておいても、姫ならきっと不器用に指を怪我しながら、同じようになさるでしょう。だから、姫を少しでも知って欲しいのですよ」
「ミナリアを………知る?」
「…………少し、昔話でもしましょうか。アレは私がまだ、ここに仕えるより前の事」
━━━━私は、とある理由から一族の里から出ると1人、芸を披露しながら歩く毎日を送っていました。街から街へ。国から国へ。安息のある場所を探して、来る日も渡り歩きました。
そんなある日、いつものように立ち寄った街で手品芸を披露していました。大抵は見たら金銭などを路銀として足下の箱に入れて人々は去って行きますが、その日は違いました。
「……………ん?」
1人だけ小さな女の子がキラキラした瞳でこちらを見つめていました。人混みがなくなっても、ずっと残っていました。
「どうしたのかな?」
「おにーさん、すごいね!すごいね!!あれ、どうやったの!」
「あぁ、これかい?」
いつも通り、何も無い場所からアメ玉を出す手品をしてサービスすると、やっぱりキラキラした瞳でこちらを見ていました。
「あげるよ」
「わぁ~!!」
アメ玉を口に入れてあげると、にこにこと満面の笑みで彼女は言うのです。
「おいしいね、おにーさん!」
「そうかい?よかった」
「またあしたもみせてね!」
「明日か…………」
毎日、渡り歩く私はそれを聞いて少し罪悪感が残ってしまいました。
「………やらないの?」
「うん。大丈夫だよ。」
「わぁ~!やった~!ぜったいくるね!」
そこで私は初めて留まりました。
来る日も来る日も女の子はやってきて、雨の日も、風の日も、毎日毎日、1人だけでやってきていました。
だから、私もつい彼女が飽きないように仕掛けも手品の種類も増やしてしまいました。
しかし、ある日のことです。
「おにーさん………」
「どうしたんだい?」
「みな、おかしいの。くらくらするの………」
演目が終わったあとに彼女をよく見ると、彼女は顔色が悪く熱もありました。
「おにーさん………」
「ミナリアちゃん!!」
そのまま彼女は倒れてしまい、私は焦って街を走り回りました。
彼女を抱えたまま、街中を走りました!
「誰か!」
「誰か!彼女を知りませんか!!」
しかし、家の方は見当たらず、かろうじて聞き出した場所は街から離れたピリピリヒル。彼女を抱えたまま家まで走って辿り着くと、彼女はようやく落ち着いてくれました。
「ミナ!…………あなたは!?」
「ハルトさんですか!?妹さんが!!」
「とにかく、こちらへ!」
寝床へ寝かせてあげると、彼女はやがて眼を覚ましました。
「ミナ…………よかった」
「ミナリアちゃん…………」
「あれ…………?」
ハルト王子と2人で安堵すると、再びミナリアちゃんを寝かしつけました。その後にやってきた医師によると姫は夢魔なので精神的な傷が原因になっているのだと聞きました。
夢魔は精神に入り込み、夢を見せたりする種族。それゆえに肉体があっても心の傷は他種族よりも大きな痛手となりやすかったのです。
王子は疲れを癒し、汗を洗い流すためにと風呂を貸してくれました。
その時、せっかくだからと共に湯を浴び、湯に浸かった時です。
「正直、あなたの事はミナから聞いていました。ミナはね、ずっと楽しみにしてたんですよ。あの子、普段は身分のせいで他の子には避けられてばかりだから、口下手だし、甘えん坊だし、そのくせ、どこか頑固で、不器用だから友達もいないんですよ」
「とても、純粋そうな良い子に見えますが………」
「………そうですね。良い子です。街には普段は出ないのに、毎日毎日、1人でこっそり抜け出して。だから私もつい心配で言ってしまったのですよ。お兄さんは旅芸人なんだ。その足をミナが止めるようなマネはしちゃいけないよ?………なんて。返ってそれが傷つけてしまったのかな。」
「そんな…………。ミナリアちゃんも分かってるハズです!それにあなたは何も間違えてはいない!その子のために将来を考えてツラい思いもさせなきゃならないのが」
そこまで言うとハッとしました。
出過ぎたマネだと。
「………すみません。ついアツくなりました」
しかし、肝心な王子は怒るどころか、目を伏せて微笑むと首を横に振りました。
「ところでアルスさん」
「なんでしょう?」
「実はウチにはまだ執事やメイドがいない。先代が亡くなった時に辞職してしまいましてね。ちょうど探していたんですが………」
「はぁ」
「この仕事は私や妹の事を想ってくれる人物にしか務まらない。なおかつ、天才でなくとも多岐に渡ってこなせる経験豊富な人物でなくてはならない。なかなか見つからなくてね」
「あの、まさかとは思うのですが」
「その通りですよ。イグザクトリィ~です。悪い話じゃないはずですよ。ミナもよく懐いていますし、私はあなたなら任せていいとさえ思う。」
それだけ言うと一日、時間を頂きました。
その日のうちに私は彼女の病状を見に、部屋へお邪魔しました。
「ミナリアちゃん、大丈夫かい?」
「おにーさん…………うん。大丈夫」
部屋のテーブルを見ると果実が置かれていました。
私はちょうど今のように腰掛けてそれを剥きました。
「…………ごめんね、おにーさん」
「どうして謝るんだい?」
「だって、お兄様が言ってたの。おにーさんは旅芸人だからミナが止めちゃダメだって………」
「……………。」
「ミナ、悪い子だね…………」
私は黙って果実をくり抜いて、ある形を作りました。
「これ、な~んだ?」
「あ、ピピラビだ……………」
「そうだね。ミナリアちゃん。ピピラビは魔界で正しい行いをする者の所に現れて幸運を与えてくれる。だから、ここにピピラビが今、ミナリアちゃんのお皿に乗ってるから、ミナリアちゃんは間違えてないし、きっといいことがあるよ」
「そうかな?」
「そうだとも。だから、これを食べたらお休み………」
ピピラビを造りながら、私は決めていました。
魔界はとても自由で、何が正しいか間違えているかもあやふやだ。
ただ皆、お互いに気分をあまり害さないように、強欲にありながらも、無駄な争いは避けている。
乱れる子も少なくはない。だからこそ純粋な彼女は傷付き、彼女は魔界でも光り輝く。それは闇のそこで小さく輝く光。
もしも私がいなくなれば彼女という私の光はどうなるのか。
そんな考えが過ぎりながら、私は気づいてしまったのです。
この光を守りたい。
ただ彷徨う私に差し伸べられた手にも感じました。
━━━━━━……………。
「あの姫がどうしてアナタを追いかけて行ったと思いますか?」
「……………しかし」
「姫はずっと欲しかった。それは私一人では与えられないもの。アナタ一人でも、ヒロさん、エルナさん、信玄さん、ニカウ、ヘルナさん、誰か一人でもダメです。広がる和。それが姫の欲しかったものなんですよ。」
「広がる和…………」
「兄上の時のように失いたくない。そんな必死な想いがあって、ヒロさんもそれに似たものがあって、私も、他のみなさんも、恐らく同じなハズですよ。アナタはどうなんです?」
茶を汲みながら、それをティーカップに注ぐと手渡した。
「…………まったく。本当に出過ぎた執事だな。いや、出来過ぎた執事か。あの時からまるで芯が変わった様子も無い。」
「それで結構ですよ。」
謙信は茶を手に取ると、微笑みながら言った。
「努力しよう。私も。その和のために」
━━━━聞き耳を立てていたが、これは心配なさそうだ。
さて、最後は…………
「さて、遅くなったな、マイ・ワイフ………」
「あら、その気になりましたか?」
「冗談に決まってんだろう」
ヘルナリナのところだ。脇にはニカウが立っている。
なぜニカウが立っているかと言えば、聞くことは決まっている。
「さて、こないだの件だが」
「……………。」
実は街角の路地でエルフの残存兵数名の惨殺遺体が見つかっていた。
このエルフ兵の死体は服装からエルナの焼却者の部隊のものでないことから、里からやってきたのは明かだ。更にエルナの調べで兵は特殊部隊。数少ない隠密だと分かった。謙信は銃撃を受けた事は覚えており、話から合致させるにこのエルフ兵が謙信を銃撃し、なんらかの細工をして魔人に仕立てのも明白だ。
問題は……………━━━━
「あれはなんだ?知っていたな?」
「………………。」
問題はヘルナリナがアレを知っていた点だ。
しかも周到に準備がなされ、それゆえに撃退は安易だった。
ヘルナリナは未だに目的を明らかにしていない。
疑いたくはないが、何か目的があって好意的にしているとも取れる。
「イドの魔人」
「なに?」
「彼らはそう呼んでいるそうよ。精神に寄生して乗っ取る魔法兵器。」
「お前がなぜ、そんなものを知っている。」
「私の目的は大罪人よ。あんなものが目当てなんじゃない。アレは尖兵よ。」
「大罪人って何すか?確か罪人の魂が召喚されてるって聞いたッス。相手はサモナーッスか?」
「ノー。サモナーではないわ。召喚してるのは別でしょう。私の探している大罪人はね、いわゆる戦闘狂よ。現世に返り咲いて何かしようとしている。恐らく大戦争もね。」
「大戦争?」
「それはこの地に縁が深いってことも掴んでいるわ」
「名前は?」
「カルドナ・フォン・ザナドゥ」
━━━━聞いたことが無い。
「ザナドゥって、あのザナドゥ第4帝国っすか」
「知っているのか?」
「滅んでいるッス。第1の帝国から脈々と敷地を広げた国ッス。ただ、第3………つまり3代目の帝国の時にこのマギアルは進行を受けて、第4、つまり4代目で国主が乱れたため、それを期に離反したッス。第4帝国は楽園。別名・死の楽園と呼ばれた最後の帝国ッス。」
「…………そうね。ガルフの調べで縁は分かったけど、カルドナは公の記録にはないから、私は第3帝国の秘匿人物かとも思っているわ」
「…………待て。おかしくはないか?秘匿人物なら戦功も上がらない。なら罪人として落ちるなら腑に落ちない。」
「そこが分からないの。ただ、恐らくカルドナが絡んでエルフをあそこまで軍隊化させてるんじゃないかと睨んだの。それで調べで出てきたのが………」
「イドの魔人と言うワケか…………」
「私の目的は大罪人カルドナを捕らえる事と、現世での争乱を防ぐことです。」




