代役のお兄様
ミナリアが魔術の間に辿り着く頃、ちょうど部屋の扉がゆっくりと開いた。
「エルナリーナ!!」
そこから現れたメイド。エルフ族のエルナリーナは呼びかけたミナリアに気が付くと、即座にかしずき、頭を地に着けんと言わんばかりに頭を垂れた。
「姫!!申し訳ございません!!」
3人は足を止めて、ただただ唖然とそれを見た。
そもそもエルナはエルフとしての誇りを持っており、長寿で知啓に長けた者としての矜持ゆえにか、完璧主義に近い人物だ。謝るなんてまずない。
そんなエルナが土下座している。
「ま、待てエルナリーナ!なにゆえ、謝る?それに、兄様は?兄様はどうしたのだ?」
「ハルト様は………」
わずかに沈黙が流れ、口を重くしてエルナリーナは答えた。
「我が主、ハルト様……融解してございます……」
……………。
「は、ははは!何を言うのだ!!兄様が融解などするはずあるまい!!」
「まことに……まことに申し訳ございません……」
融解とは、マギカニアでは夢魔族が夢に溶けて消えてしまう事を指す。つまり、事実上の死である。
「時が来たら、これを……と」
エルナリーナは懐から、半分に割れた宝石のネックレスを取り出し、手渡した。
宝石は青い光を帯びて、血糊の様なものがついている。
「…………!!」
夢魔族にしか分からないが、確かに兄・ハルトの匂いがついている。ミナリアは、それを手にすると涙をボロボロと流して嗚咽を漏らしながら、その場からにげる様に走り去った!
「姫!!」
アルスがその跡を追う。
「どう言うことっスか?」
「ハルト様は…………」
ピリピリヒル城に、主が戻る事はなかった。
ミナリア姫が大好きだった優しい兄・ハルト王子。
彼はついぞ2年の旅から戻らず、異世界で夢魔族として姿を溶かしてしまった。
姫は泣いた。
物もろくに食べず、水も飲まず、ただただ兄を思い返しては毎日、毎日、泣いた。
部屋の鍵は閉められたままで、アルスやニカウがあれやこれやで強行を試みても、姫の魔法で硬く閉ざされた扉は、まるで絶望しきったと言わんばかりだった。
エルナリーナは、辞表を提出し、里へ帰り、その辞表すら姫の事務デスクに放置されたままになり……。
時は、1週間が過ぎた………。