ヨミヒラ坂から
「……………。」
気が付くと、俺は大きなお屋敷の前に立っていた。
ピリピリヒル城じゃない。辺りは魔界っぽくない。
真っ赤な空と辺りにはキラキラと綺麗な水を湛えた川が流れ、そこの上には白い何かが漂っている。
「どこだ?」
「それに触ったり、その向こうに行ってはなりませんよ。」
屋敷の扉が開き、中から執事服の男が出てきた。
アルスではない。
「どうぞ、ヘルナさまがお待ちです。」
「………誰?」
「あるじですよ。」
「ある、じ?」
屋敷の中は紅い絨毯に紅い壺や紅い宝石、紅い花に紅い壁。
おっと、火は元から紅いか。
何から何まで真っ赤だ。ヘルナ?誰だ?
あれ?そういえば、エルフ国境が…………。
(思い出せん。)
モヤモヤしたまま中庭の庭園に案内されると、そこでは紅の長い髪をした少女が優雅に茶を楽しんでいた。
「連れてきてくれた?ガルフ。」
ガルフと呼ばれた執事は少女に会釈すると、それに答えた。
「そう。アナタが例の…………」
「君がヘルナ?」
「えぇ。自己紹介がまだだったわね。」
横を向いて茶を楽しんでいたいたが、ティーカップを置き、こちらに向き直る。
その時、ハッとした。体の半分が縦に半分だけ、真っ二つに線が引かれたように半分だけ真っ黒なのだ。まるで死んでいる。
少女はこちらに向かい、スカートの端を持ち上げ、ぺこりと可愛らしく会釈する。
「私はヘルナリナ。ヘルナリナ・デス・カニヴァルス。初めまして、王子様。」
…………━━━ずいぶん、物騒な名前だ。ヘルとかデスとかカニバリズムみたいな名前だ。ん?ヘル?デス?
「もしかして…………」
「気が付いたかしら?アナタは死んだの。まだ完全じゃないけど…………。ガーちゃん」
ガーちゃんと呼ばれて、ガルフは「ぁぁ、ゲフンゲフン!」とわざとらしい咳払いをする。
それを見て、ヘルナは「あ」とだけ言う。
「ガルフ、向こうはどんな感じなの?」
「救命措置が取られ、一命は取り留めている状態です。」
「な…………!!」
思わず絶句した!死にかけてる?いや待て、確かに屋敷の川は三途の川っぽく…………
━━━━「それに触ったり、向こうに行ってはなりませんよ」
ガルフの先ほどの言葉が脳裏を過ぎる。
あ、これ、死んでるじゃん!
「お分かりかしら?」
ヘルナはこちらに優しく微笑む。
いや、待て落ち着け。落ち着け。
「いや、分からない。なんで、俺がこんなお屋敷に?」
「あ…………そ、それは………」
急にモジモジと赤面し始めるヘルナ。
まさか、惚れたとか言わないよな?
ガルフは「おほん」と咳払いすると、ヘルナは緊張混じりに言った。
「わ、私を………抱いて下さらない?」
「は…………?」
聞き違えか?今、何段飛ばした?
「今なんて?」
「一晩でいいのです………子種が」
「ストォォオップ!!よ、用はアレか!?」
………………。
赤面したヘルナとの間に沈黙が流れる。
「…………ベッドの上か」
それを告げられて、コクリと頷いた。
「確かにヘルナさまは体が半分は死に体ですが、とても良きお方です。この魔界の地獄では永久に年を取りません。さらにヘルナさまはこの地獄の支配者であらせられます。ご婚儀に際しては…………」
「ちょっと待て」
「ちなみにヘルナさまはとしては、お子は…………」
「待てってのォオオ!!」
大声を上げて、ガルフの言葉を遮った。
ゼエゼエと息を荒くしているヒロにヘルナは近づくと、言った。
「私ではイヤですか?」
そんな風に迫られると男としてはドキリとしてしまう。
「……………ハッ!!違う違う!!待ってくれ!!君は確かに女性としては魅力的な方だろうと思う!!だが、待て!!仮に一晩寝たら!?」
「向こうでは死亡し、アナタは永久にヘルナさまとお幸せに」
「ホラキタぁ!やっぱ死ぬじゃん!!」
「何か問題でも?」
「ありまくりだ!!」
「死は受け入れるものです。万人に死はあります。そのために我らがいるのです。」
「ソウジャナァ~イ!!」
だめだ。ガルフは話にならない。
「ガーちゃん………」
ガルフはまた「ゲフンゲフン!」とわざとらしい咳払い。
「あ。ガルフ、席を外して………」
「かしこまりました。」
ガルフは言われるがまま、そこから退くと屋敷の中に戻って行った。
ヘルナはそのまま、テーブルにあった茶器でもう1杯の茶を入れる。
「さぁ………」
どうやら、自分に淹れてくれたらしい。
席に着き、それを頂く。紅いと思いきや、元いた世界にあった紅茶だ。香りがとてもいい。
「懐かしい?」
「あぁ、久しぶりだな。長らく魔界のお茶だったからな。」
「あなたのために記憶を介してガルフに探させたの。」
茶を一口、頂く。やはり香り高い。
「なぁ、なんで俺なんだ?」
「ここではね、上から降りてくると死んでいるから、みんなあなたみたいに気力がないの。活力がないの。死んでいるから当然なのだけれどね。」
クスリと笑うヘルナ。
最初は違和感もあったが、やはり可愛らしい少女だ。
そういえば、北欧神話だったか冥界の女王は体が半分死んでいたとか。彼女もそれに類するのだろうか?
「活力がないと、ね。だから、ここでは支配者階級には一族が増えるチャンスは少ないの。あなたは珍しい方。」
「他はどうだったんだ?」
それを聞くと、残念そうに首を横に振った。
「善人はここには来られない。来てもみんな活力のない状態。活力があって、ここに来るのは、ずさんで野蛮な方ばかり………」
「俺が野蛮でない保障はないぞ?」
「そう言う人はそんな事、言わない。そうでしょう?」
…………参った。
なんだか、手のひらに乗せられているみたいだ。
下手を打つと、ホントにベッドの上でデッドエンドだ。
「本題に戻そう。」
「戻りたい話?」




