第二話 持ち物を確認してみる
2017/01/21
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教会を出てから、そういえば本があったと言われたのを思い出した。中央通りは、教会の前にある道を真っ直ぐ行くとすぐと言われたが、実際距離的には小さな家が数軒あるだけで通りが見える。これなら間違う事はないな。先に本を確認するべきだろうか。
中央通りに一度出ると、露店がかなり並んでいて活気に満ちていた。様々な物が売られているようだ。日はまだ高いし、少しばかり荷物を確認してから冒険者ギルドを探すとしよう。
何気なく空を見ると、何か違和感がある。違和感の正体は太陽だ。太陽が三つあり、それぞれ黄色、赤、青だ。それぞれの光は強くないが、三つも太陽があって良いのか?俺の中では太陽とは一つと決まっている気がするが、これはこれで間違っていない気もする。これも記憶喪失の影響だろうか?
そんな事より持ち物だ。とはいえ小さなバッグ一つしかないが。通りの目立つ所で見るのも不用心だろう。道を少し戻り、あまり目立たない所に移動した。
おそらく麻で出来た物で、色はグレー。本を数冊入れるのがやっとだろう。持ち手はなくショルダータイプで、蓋になるように後ろから表に布が長いが、留め金等は一切ない。
中には茶色い革表紙の本が一冊と、金属で出来ているプレートが一枚、それに白い布にくるまれた小さな物だけ。プレートは特に色が塗られている訳でもなく、金属そのままの色なのか銀色のような感じだ。
プレートを取り出してみると、身分証なのか俺の名前と年齢だけが黒い文字で書いてある。ひっくり返してみたが何も書いていない。
「確かにタカオと書かれていて、その下に十六歳とだけしかないな」
あの修道女が言うように、これでは身分証にならないだろう。身分証というからには、もっと色々書かれていておかしくないはずだ。
身分証らしき物をバッグに戻し、白い布にくるまれた物を取り出す。布を広げると、どうやら金を包んでいたようだ。銀貨や銅貨などが何枚かある。あまり金額は多くないようだ。
不用心なので金を布で包み直し、本を取り出す。小さく、それほど厚くなく、軽い。大きさは手のひらより少し大きい程度で、厚さは爪の半分くらいか?
本を手に取ると、見た事があるような、ないような文字が書かれているが、何故か理解は出来る。ここの一般的な文字ではないはずだが……。見た事もないのに理解が出来る文字というのは、何だか見ていて気持ちが悪くなる。しかし思い出せない事が何か書かれているかもしれない。読まないという選択肢はない。
とりあえず表紙を開いてみる。すると何か解説のような物がまず書いてある。とりあえず確認するべきだろう。
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『これをご覧になっているという事は、無事そちらの世界に到着した事でしょう。まずは無事なご到着、おめでとうございます』
思わず苦笑する。無事でなければどうするつもりだったかと。まあ、向こうも万能ではないのだろうが、せめて確実に無事に送り届ける事くらいはして欲しい。
『最低限の知識は既に記憶に書き込みを行っておりますが、改めて説明させて頂きます。恐らくですが、今しばらく記憶の混乱があるかと思われますが、こちらは時間が経過する毎に問題は無くなります。但し前世の知識については、規定上多少抹消されている事をご理解下さい。またお詫びといたしまして、そちらの世界で成人となったばかりの年齢にさせて頂きました。身体もそちらの世界に合わせて再構成されております。しばらく身体に慣れない事もあるかと思われますが、その点はご了承頂きます』
記憶が混乱しているのはその為か。そもそも俺は元々何歳だったのだろうか?まあ、今さら関係の無い話か。十六歳で成人というのが普通なのだろう。疑問に思ったところで、既に関係ないはずだ。流石に未成年だと問題もあるだろうしな。何より酒が飲めなかったりするのは辛い。
『まずはそちらの世界についてですが、ルーメと呼ばれる世界となります。既に記憶の方へと書き込みが終えていますが、人は普人とよばれる、元々あなたがいた世界では人間と呼ばれる種族の他に、様々な種族が存在します。また人間とは全ての種族を表す言葉ですので、その点はお間違いなきようお願いします』
なるほど。俺が元いた世界では、普人のみが生活する世界だったようだ。確信はないが、そういう事なのだろう。どのみち記憶が消されているのであれば、既に関係ない話だ。
『次にあなたのお名前ですが、既に記憶から抹消はさせて頂いておりますが、名字はありません。これは一部の特権階級などのみが名乗っているものであり、一般の方の多くは名字がありません。これについては、特権階級などに対して、急激な干渉を行った場合に問題が発生いたしますので、誠に申し訳ございませんが、再度ご理解の程申し上げます』
まあ、いきなり特権階級というのも変な話なのだろう。何より今も記憶が混乱している状況だ。こんな状況ではむしろ不審者でしかない。
『また、お手持ちの金銭は次の通りとなります』
青銅貨 一ゴル
銅板 十ゴル
銅貨 百ゴル
銀板 千ゴル
銀貨 一万ゴル
先ほどの金をもう一度確認してみると、持っている所持金は銀貨が一枚に銅貨が十枚。銅板十枚に青銅貨十枚。表になっている。本には一ゴルは十円相当と書かれているのだが、十円とは一体何のことだろうか?知っている気がするが、思い出せない。思い出せないのなら、あまり重要な事ではないはずだ。
『他にそれ以外の通貨として銀板、金貨と金板、白金貨がございますが、一般的に使用される通貨ではございません。縁があればお見かけしたり、手に入れる事もあるかと存じますが、今は一般的な通貨について覚えて頂く事が優先となります』
確かにそれらは、普段は使われることの無いような物なのだろう。記載は無いが、十ゴルずつ単位が上がるのではないだろうか。どちらにしても、今の俺には関係なさそうだ。一般に使用されないという事は、貴族などが利用しているのだろうか?
次のページに書かれていたのは種族だ。
『普人、エルフ、ドワーフ、獣人など様々な種族に別れております。基本的にはどの種族も交易を持っている限りは友好な種族と認識されて構いません』
そういえば通りには色々な種族がいたな。それらの事を指しているのだろう。
それにしても不思議な光景だ。通りにある見た事がないはずの文字が、最初から意味も理解出来るし言葉も普通に理解出来る。そもそも先ほどの本だって、何故理解出来たのかも分からない。いや、ここの通りにある文字が普通の文字だと思えるのだが、何故かそれが分からない。やはり記憶喪失で混乱しているのだろう。早く記憶喪失から脱却したいが、こればかりは時間が解決してくれると祈るしかないだろう。そのまま続きを読む事にする。
『そちらの世界にお送りした際に、一般的な方よりも多少とはなりますが、全般的に肉体などは強化されております。またこちらの都合でそちらの世界に行って頂いた経緯もありますので、それ以外の能力についても一般の方よりは強化されているとお考えになって下さい』
とりあえず読む限りは、悪い事はされていないらしいと思う。
『身分証に関しては、新たに作って頂く形になります。名前と年齢の表記のみある、仮身分証をお渡ししておりますが、あくまで暫定的な物です。早急に新たな身分証の発行を行って下さい。特に問題が無ければ無料で作成出来ますし、最悪でもお渡ししている金額にて十分に作成可能です』
身分証発行に必要かもしれない金という事か。まあ確かに無料で作れるとは限らないからな。そもそも身分証というのを作るには、普通金がかかるはずだ。
『職業については、まずスキルを取得されてから選択される事をお勧めします。スキルを最も早く取得するには、冒険者ギルドが良いでしょう。冒険者ギルドに登録する必要がありますが、冒険者となる必要はございません』
冒険者になる必要が無いのに、冒険者ギルドに登録?意味が分からない。普通は冒険者になるために所属するものだと思うが。それとも俺の認識がおかしいのか?
『冒険者ギルドで登録すると、身分証も同時に取得が可能です。商業ギルドや工業系ギルドでも身分証は発行出来ますが、商業ギルドや工業系ギルドの場合は、資本となる金銭または素材などが必要となります。お手持ちの物ではそこまでご用意出来ませんので、冒険者ギルドでの登録を、再度強くお勧めいたします』
なるほど、それなら納得だ。確かに商人なら、買い取るための資金や、売るための物が必ず必要だろう。こっちの世界にはそこまで持ち込む事が出来ないという事なのだろう。だが、資金なり素材さえ用意出来れば、そちらでも登録が可能なのかもしれないな。
『スキルはSPを使用する事で覚える事が出来ます。これは全ての人が持つ物で、基本的な調理といった事もSPで覚えます。スキル無しでも同じような事を行う事は可能ですが、スキルがある場合とない場合とでは、結果が大きく異なります。調理スキルが無いだけでも、まともな食事を作れないとお考え下さい。またスキルにはレベルがあり、スキルによって上限は異なります。スキル毎の上限につきましては、そちらの世界にスキルマスターと呼ばれる者がおりますので、そちらで詳細をご確認下さい』
料理すらスキルが無いとまともに作れないのか?不便なのか便利なのか分からないな。この感じだと、スキルをまともに持っていなければ日常生活にすら困りそうだ。
『なおスキルマスターは、必ず冒険者ギルドに在籍しておりますので、その点でも冒険者ギルドに立ち寄る事をお勧めします』
これを読んでいると、まるで冒険者ギルドというのは職業紹介所のようにすら思えるが、違うのだろうか?これはきちんと確認した方が良さそうだ。
『なお今回はお詫びも込めて、SPを一般の成人年齢時に取得する際よりも格段に多く提供いたしました。今後の生活にお役立て下さい。以上でそちらの世界についての簡単な解説は終わりとなります。タカオ様が新しい世界でご活躍になれることをお祈りします』
ここで本は終わっており、残りは白紙になっている。実際白紙になっているところの方が多い。これならノート代わりにも使えるだろう。筆記具が必要だが、ノートが手に入ったと思えば好都合だ。
さてと。本の確認も終わった事だし、冒険者ギルドを探してみるか。