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第十九話 ベスティア・オアーミ(獣人)の国、ラーチャで

 シュメル王国は人口の8割以上が!ベスティア・オアーミ《獣人》と呼ばれる、人と動物が混ざったような容姿をしている種族が支配している王国で、その歴史は実は周辺にある普人の国よりも長い。


 王国に伝わる歴史書では、その成り立ちは4000年程前に遡り、最初に国を興したと言われる8大獣族から始まり、それをさらに36氏族がこれまで国を支えてきたとされている。実際には国が出来る前から村などがあったはずなので、相当な歴史があるはずだ。


 8大獣族と呼ばれる者達がそれぞれの王家を持ち、8大獣族が持ち回りで王国を支配していると言われているが、詳細に関しては分かっていない事も多い。


 それというのも周囲を険しい山岳に囲まれており、少なくとも8大獣族の王やそれに近い者がここ数百年は国外に出ていないからだとされている。


 そもそもが険しい山岳に囲まれている事もあるので、シュメル王国以外にいる獣人は、そのほとんどが数百年から数千年前に王国を出た子孫だとされているが、これもはっきりしない。


 そんなシュメル王国ではあるが、当然険しい山岳の比較的生活しやすい地域には、国境を兼ねた町や村が存在している。ただし入国自体は禁制品さえ無ければ問題とされる事は無いが、入国したとしても山岳を越えた中にある町に到達する前に死ぬ事が多いため、単なる見張り程度の意味しかないと言われてもいる。確かに山岳を越える事が文字通り命がけならば、あからさまに下手な物を持ち込まない限りは問題ないのだろう。


 俺達はガリンド王国第三の都市であるカルチークを出発して、3週間かけてシュメル王国の山岳地帯手前にあるラーチャという人口5000人程度の町に到着した。


 本来なら馬車で1週間程度の距離らしいが、途中で追っ手が来ていたりと面倒な事が何度かあり、その度に追っ手にはお引き取りという名の自然にカエッテ(・・・・・・・)もらっている。ついでに持っていた荷物も有り難く全て頂戴した。おかげで金貨なども100枚単位で補充でき、この町で頂戴した装備品も売却する予定だ。ナイフや矢などに毒が塗られていたりするので、全ては買い取ってもらえないかもしれないが、その時は適当に処分しよう。まあ、毒を消そうと思えば一瞬なのだが。


「装備品、買い取ってもらえると良いですね。量産品なので、あまりお金にはならないと思いますけど」


 エレナの言うとおり、頂戴した装備品は量産品がほとんどで、安物である事も分かった。一応所属の国や作られた工房など、どこで作られた物かなどの証拠は削り取られているが、どれも一応正規兵の鎧や武器なので、実際の所バレバレである。機密保持という概念がないらしい。


「そっちには期待していないさ。一応金貨などはここでこの国の通貨と交換できるらしいし、そっちの用意が足りるかが問題だな」


 ハンダーと呼ばれる魔法の収納袋には、金貨だけで万単位ある。ほとんどが素材換金で得た物だが、流石にこれだけの量を一度に換金となると、両替拒否される可能性もあるだろう。いや、拒否間違いなしだな。


「ついでにエレナの武器も、そろそろまともなものにしたいな。バカな連中のおかげで、こっちの方が余計な出費だ」


 エレナが持っていた武器は短剣だが、一応魔法の武器に該当する。自動防御の魔法がかけられているらしいのだが、問題はその自動防御が発動すると、武器が少しずつ劣化してしまうという事だろう。最初の数回だけ自動防御が働いたが、毒の矢などは劣化が早まるのかもしれない。


「俺が作っても良いが、材料が必要だしなぁ。それと場所もか」


「えっ? タカオって鍛冶をした事があるの?」


「いや、ないぞ。ただ、スキルで持っているが。いつの間にか鍛冶LV10を取得していたんだ」


 それを聞いてエレナは呆れたと言いながらも、そのうち何か作って欲しいと約束させられた。一度くらいは作ってみるのも一興だな。それとここへ到着するまでに、道具などを作成するスキルがいつの間にか付いていた。


 俺自身、スキルについては意味不明だ。


 町の入り口らしき所に門番が何人か立っており、門番用と思われる石造りの簡易的な家もある。平屋でそれ程大きくは無さそうだが、ベージュ寄りのグレーで出来た家は落ち着いた感じがある。


 門番は兵士のようで、剣や槍を持ち、簡易的な鎧も着てはいるが、本格的な武装とはほど遠い。まあ門番があまり重武装だと、それはそれで威圧感が出すぎてしまう問題もある。明らかに何かあると分かっている場合ならともかく、普段ならこの程度だろう。


 それと門の奥には横に棒があり、一応それ以上勝手に進むなという事なのだろう。


「身分証を」


 狐型獣人の兵士らしき男が聞いてきたので、俺はカルチークとは別の町で再発行した物を、エレナも同じ町で発行した物を見せる。


普人(ふひと)の冒険者とは珍しいな。一応決まりなんで聞くが、用件は?」


「用件と言う程でも無いと思うが、こっちの方の魔物に興味を持ったのと、後は観光だな。行けるならこの国の首都も見てみたい。結構ここから出も遠いらしいが?」


「そんなに魔物の分布は変わらないと思うが、半分観光というなら止めはしない。ただ、首都に行くというなら覚悟した方が良いぞ。普人が十分な装備も用意せずに行くと、大抵途中で死ぬからな。希に通りがかった者に助けられる事もあるが、年に数人いれば良い方だ」


「結構厳しそうだな」


「ああ。ただ、行く事は止めないぞ。二人とも問題ない。ラーチャへようこそ」


 男がそう言うと、奥にいる犬だか狼系の兵士らしき男が前にあった横の棒が、90度角度を変えて通れるようになった。


 俺達はそのまま先に進み、とりあえずは町の中にあるはずの宿を探す事にする。


 宿は全世界共通のマークがあり、家の形の看板の中にベッドがデザインされた物だ。これは文字が読めない者でも大丈夫なようにする配慮らしく、同じように武器や防具、道具、薬などの販売店はそれぞれ別のマークとなっている。


 ちなみに武器関連の店の場合は、剣と槍が横に並べられた形であり、防具の場合は盾がデザインされ、道具屋の場合はハンマーと試験管のような物が一緒にデザインされている。そして薬屋だが、こちらは三枚のそれぞれ異なる葉が3方向に向いた形のデザインだ。何でもそれぞれ傷薬の葉、毒消しの葉、麻痺の葉らしい。まあ、今は治療薬がきちんとあるので、葉の状態で売る事は通常無いらしいが。


 検問を越えて中に入ると、すぐ近くに案内板があった。細かくはないが、宿がどこにあるかくらいはおおよそ分かる。宿は町の中心部近くにあるようで、どうやら中心部に店が集中して集まっているようだ。


「そうね。流石に私も疲れたわ。まあ、追っ手はタカオが殆どどうにかしちゃったけど、あんなに追いかけてくるとは思わなかったもの」


「確かにしつこかったな。心当たりはあるか?」


「あの家では、私の価値なんて殆ど無かったはずよ。正直、なんであれほどしつこかったのか、こっちが聞きたいわ」


 そう言いながらエレナはゲンナリとした顔をする。


 確かに酷い時には1日で複数の襲撃があった。それを考えれば当然だろう。


「まあ、流石に国を超えてまでは襲ってこないと思うけど、一応注意して?」


「もちろんだ。しかしあれだな。これだと連中の言っている事が正しいか疑問だ」


「言っている事?」


「魔族が一方的な悪者って話だ。まあ、確かに人を襲ってはいるが、理由がはっきりしないというのもおかしいと思わないか? 少なくとも一部は話が出来るんだぞ?」


 エレナは顎に手を置き、何かを考えている。まあ、彼女も知らないだろう。知っているとすれば、国のかなりの上層部のはずだ。


「噂だけど……襲われた町で防衛できなかった場合、人が誰もいなくなると聞いたわ。死体すらないらしいのだけど、それも関係しているのかしら?」


「さあな。まあ、今考えた所で答えは出ない。それよりも、あの先が目的地のはずだな」


 この町の構造は、山へ近い方に住宅が多く、中央寄りが商業関連。その左側が工房などを占め、反対は一部の高級住宅と町の行政関連施設などが集まっているらしい。先程入った入口側は主に低所得者層と冒険者系統、兵士の詰め所などがあり、見ている限りではさほど治安が悪くないようだ。


 町の治安は町にいる兵士が担っているらしく、貴族の私兵などもいないと見える。まあ人口5000人程度という町の規模を考えれば、当然だとは思うが。


 宿はさほど高級な物はないらしく、素泊まりタイプか食堂や酒場が併設されている二種類が大半。特に低レベルの冒険者や、旅費を浮かせたい旅人が素泊まりの宿を選択しているようだが、全てがそういった訳でも無い。一部の稼いでいる冒険者も、装備の資金集めのためだろうか? 素泊まりの宿で最低限の食事を持ち込んで宿泊している者もどうやらいる。


「ここでお金を節約するほど困ってはいないでしょう? 普通の宿にしましょう」


 エレナに同意して、比較的綺麗な宿に入る。宿の名は『鳥のさえずり』と共通語で宿を示す看板の下に書かれている。壁の表面にレンガが一部貼り付けてあるのか、少しお洒落な感じだ。


 中に入ると奥にカウンターがあり、手前はいくつかテーブルなどが置かれているが、客は見当たらない。奥のカウンターにいるのは、鳥系統の獣人だと思われる。正直獣人なので、エプロンをしていても男女の区別がつかないが。ちなみにエプロンの色は水色。女性のような気もするが、先入観はあまり良くないだろう。


「宿を頼みたいが、二人部屋は空いているか?」


「ああ、空いているよ。二人部屋だと2500ゴルからだが、どのランクにする? 一番高いのだと1万ゴルで、夕食と朝食付き、宿の貸し切り風呂も使える。その次が7000ゴルで風呂は共同だが、他は同じだな。その下が5000ゴルで食事なし。一番下だとベッドが1つのみだな」


「どうする?」


「風呂があるのは嬉しいわね。でも、共同で良いと思うわ。食事付きのにしたら? お金はあるんだし」


 エレナの意見を採用し、7000ゴルの部屋にする。とりあえず銀貨2枚を渡した。


「何泊かはまだ決めていない。とりあえずこれで2日分は足りるはずだが」


「先払いで銀貨2枚なら、割引で3泊まで大丈夫だ。とりあえず3泊という事で良いか?」


「ああ。それで頼む」


「これが鍵だ。部屋は2階に上がって階段の一番奥。風呂は1階にある。夕食は夕方の鐘が鳴ったらいつでも大丈夫だ」


 鍵を受け取り、とりあえず部屋へ向かう事にした。鍵は金属製で魔力の反応が微かにある直方体。エメラルドのような色をしているが、これは魔力による物だろう。


 階段を上がり指定された部屋の前に行くと、ドアの隣に鍵の差し込み口のようなものがあったので、そこへ差し込むと、鍵が開く音がした。やはり一種の魔道具で間違いないようだ。


 しかし進んでいるな。カルチークの街はガリンド王国で第3の都市だと聞いていたが、こんな魔道具は一つもなかった。ここは正直町としても規模が大きいとは思えないが、こんな魔道具が普通にある事を考えると、獣人の国の方が文明が発達しているのか?


 部屋の中に入るとダブルサイズのベッドが2つに、テーブルと椅子2脚がある。どちらも木製だが、程よく使い込まれた雰囲気が良い感じだ。値段はそれなりにしたが、他の調度品などを見る限りでも、損したという気分にはならない。


 他にも部屋には黒い電話があり、これも魔道具らしい。1階の受付直通になっているようで、何かあればすぐに対応する旨の事が側に書かれている。


「私が聞いていたベスティア・オアーミ(獣人)と、色々違う……」


 俺よりもどうやらエレナの方が驚いているようだ。聞いてみると一般に獣人とされる者は、非文明的で、普人(ふひと)よりも数段劣っていると聞いていたらしい。確かにそんな事を聞いて育ったのならば、これを見れば驚くのも無理はないだろう。どうやら獣人と普人で、何か差別的な物を感じる。


「ここから先は獣人というかベスティア・オアーミの領域だ。今までの常識で考えない方が良いだろうな」


 忠告半分でエレナに言っておく。余計なトラブルはゴメンだ。まあ彼女ならそんな事はないと思うが。


「気になるのは料理か。そんなに違う物を食べているとは思わないが、好き嫌いはあるからな」


「そうね。でも、そればかりはどうしようも無いわ」


 ここに来る途中で、俺とエレナはさほど好き嫌いがない事を確認している。まあ大丈夫だろう。


「とりあえず数日ここを拠点に、先の準備をするか。今の状態でも大丈夫だと思うが、用心に越したことはないからな。それにいい加減、袋の中の戦利品も売りたい」


 俺がそう言うと、エレナはどこか苦笑いをしていた。

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