第十七話 領主に招待されたが……
俺は一応というか、まあこの町を救った事に変わりはない。それで何故か領主の屋敷に招待される事となった。何でも勲章のようなものをくれるらしいのだが、俺としては正直あまり興味が無い。むしろ早く素材の換金をして欲しいくらいだ。ただ、流石に領主の招待を断る事は無理らしいので、一応最低限の準備をして招待を受ける事にした。
無論何かあった際の準備は怠っていない。服装こそギルドから借りた服だが、帯剣は認められているようだし、新たなスキルもいくつか覚えた。スキルを勝手に俺自身が作る事が出来るのは、正直こんな時にありがたい。まあ反則だな。
特に何もなければ、新たに取得したスキルは何も役に立たないだろうが、残念ながら既に一つのスキルは役に立っている。全部で4つのスキルを取得したので、残りの3つがどうなるかは状況次第だろう。
別にここの領主が悪者と決まった訳では無いが、どうも悪い予感がする。こんな時は出来る対策はしておくべきだろう。
ギルドから貸与された少々身なりの良さそうな服を着て、俺は領主から派遣されたという馬車に乗り込んだ。馬車は二頭立てで、4人乗りの場所には俺一人。御者が馬を操っているが、他には誰もいない。進む道では時々人々が振り返ったりする光景はあるものの、特に手を振ったりとかそういった事も無い。まあ、下手にパレードなどをされても困るが。
そんな事を考えつつ、持ってきた刀、『茜樺』の握りを触る。モンスタースタンピード後に元の桜樺刀がいつの間にか進化した刀だが、以前よりもさらに手に馴染む感じすらする。
それともう一つの武器である桔梗丸は、これといって変化は無いようだ。まあ桔梗丸は脇差の長さで、茜樺がどうしても利用出来ないような非常用と考えれば、まず使う事は無いだろう。
それにしても用意された謁見用なのか、それなりに質の良さそうな服なのだが、どうもこの服と刀は似合わない。
上下黒に近いグレーの服だが、燕尾服に近いと言えば近いし、なのにダブルのスーツのような雰囲気すらある。正直初めて見る服なので、これで本当に良いのか分からない所だ。俺の武器が刀だという事が、それなりに影響しているのか? はっきり言って、周囲で刀を持っている者は見ていない。
そんな事を考えているうちに、目的地である領主の屋敷に到着した。マップで確認してはいるが、内心色々と面白い事になっている。
そのまま馬車を降り、領主の館の中に入る。因みにここの領主はガリンド王国カルチーク州を治めているらしく、ガブリエル・バルリオス・アルカラ伯爵という名前の普人らしい。
通路は一直線で、ほぼ等間隔に人が並んでいる。そこを案内人らしい担当の執事だろう。彼が先導して、俺の後ろには二人の武装した兵士がいる。武装といっても煌びやかな飾り付けなどがされており、恐らくは儀礼用の物だろう。
入り口付近は甲冑に身を包んだ兵士が並んでいたが、建物の内部ではメイドや執事といった使用人が主で、途中の横道に兵士がいる程度だ。
まあそれにしても、正直物々しいとはこの事だろう。たかが一人の冒険者に会う程度で、まるで守りを固めているといった風に感じる。
そのまま案内されるがままに進むと、ちょっとした広間に到着した。両サイドの壁際には兵士が並んでおり、前には領主らしき人物が立っている。普段は何か家具が置かれているのだろう。絨毯には重い物を置いていた跡が付いているが、それを退かしてまでご苦労な事だ。
「よく来てくれた。私の名はガブリエル・バルリオス・カルチーク・アルカラ伯爵。ガリンド王国カルチーク州の領主だ」
分かってはいたが、こちらをあからさまに見下す言い方に思わず苦笑するしかない。金髪ではあるが、正直手入れが甘いのだろう。どこかくすんで見える
「冒険者のタカオです。今回はお招きいただき、ありがとうございます」
それでも一応は挨拶をしておく。これが大人の対応って言うのか?
「今回は貴様のおかげでこの町が救われた。感謝する。おかげでこちらの犠牲も出ずに済んだ。そこで貴様には私から勲章を授けよう」
伯爵がそう言うと、一人の執事と思わしき男がトレーのような物に何かを載せながら伯爵の元に来た。サイズは小指程度だが、一応金色をしている。恐らくだが、ワイバーンの顔を模した物だろう。ここの屋敷に入る前に、屋敷の扉に同じ形の物があった。そちらはもっと立派に作られていたが、身につける物となると、それ程大きな物にする訳もないだろう。まあ、正直身につけるつもりはないのだが。ただ、ここでは今のところ大人しく従っておく。
「こちらへ」
執事らしき男がそう言うので、伯爵の元へ行く。すると伯爵がトレーから勲章を取り、俺の左胸に付けた。
「竜種1等勲章だ。戦闘で最も功績が高い場合に贈られる、普通冒険者なら目にする事などあり得ない物だ」
「ありがとうございます」
一応、礼は言うが名誉で飯は食えないんだよな。
「それと、後で褒賞金を送る。さて。冒険者だとこのような方グルしい事は好きでないだろう。立食形式だが、ちょっとしたパーティーも用意した」
伯爵が言い終わると同時に、メイドが何人もテーブルなどを設置しだし、その上に食事が次々と載せられてゆく。それを見ながら、一部に気になる事が分かったが、とりあえずは無視だ。まずは相手の出方を見よう。それに見た目だけなら他のと変わりはない。ここで余計な事を言うのは、得策とも思えない。
「こちらをどうぞ」
メイドの一人がガラス製のコップを差し出す。一瞬で色々気が付いたが、これも何事も無かったかのように受け取る。そこへ赤ワインが注がれた。周囲をチラッと見たが、どうやらワイン専用のグラスというのは無さそうだ。並々と注がれたワインを左手に、そのまま待つ事とする。
「それでは乾杯としよう。この街を救ってくれた英雄に!」
伯爵が音頭を取って、グラスを持った他の者達がグラスを上に掲げる。仕方なく真似て、全員が飲むのを確認してから俺もワインを一口だけ口に含んだ。それを伯爵がじっと見ているが、今は気にしない事にする。
「どうかね、そのワインは? 一応それなりに年代物だ。とはいえ、普段から冒険者がワインを飲むとは思えないがな」
どこかトゲのある言い方をした伯爵を無視し、そのまま口に含んだワインを飲み干した。
「そうですね……ワインには詳しくないので申し訳ないですが、美味しいと思いますよ」
とりあえず当たり障りの無い返事をするが、伯爵はどこか訝しげな顔をしている。俺も内心その理由を知っているが、気にしない事にした。伯爵にメイドの一人が何か耳打ちをし、それに伯爵が頷く。
「せっかくなので、おかわりを頂いても?」
残りのワインを飲み干して要求すると、すぐにワインが注がれた。それを再び口に含み、半分ほど飲む。それを見た伯爵とメイドは、余計に訝しげな顔をしたが、俺の知った事ではない。まあ、正確には何に驚いているか知っているが。
「こちらをどうぞ」
先ほどグラスを持ってきたメイドが、皿にナイフとフォークが載った物を差し出した。チラッと見て、予想通りな事を確認する。しかし何事も無いように受け取った。
「ありがとう。おすすめの料理とかはどれかな?」
メイドが若干引き攣った顔をしているが、それもあえて無視して気が付かない振りをする。それにしてもご苦労な事だ。
「ボスドタウロの肉がお勧めです」
見たところサイコロステーキのように見える。その他にいくつかお願いして、皿に盛ってもらう。そして早速ボスドタウロと言われた肉を口にしてみたが、どうやら牛肉のようだ。ただ部位が良いのか、味付けの問題なのか美味い。
「味はどうかな?」
それまで声をかけてこなかった伯爵が、急に問いかける。理由は分かっているが、それを顔には出さない。
「美味いですよ。料理もワインも。一つ欠点を付けるとすれば、グラスとナイフ、フォークに付けられた毒薬ですかね? 無味無臭で無色なのが救いですけど」
嫌味を込めて、笑顔で答えた。その途端、周囲にいた兵士が腰の剣に手をかける。
「物はコルサニアックですね。悪くない選択ですが、俺には無意味かな?」
「お前達、殺れ!」
伯爵がそう言うと、周囲にいた兵士が一斉に俺めがけて斬りかかってくるが、そのどれも俺を掠める事すら出来ない。
「な、なにぃ!」
兵士の一人が驚いて声を出す。まあ驚いて当然だろう。何せ剣その物は俺に接触しているに等しい。だが現実には接触しているだけで、当然切る事、突く事は出来ていない。
「な、何をしている!」
伯爵が大声を上げ、再び斬りかかってきたが、結果は何も変わらない。それがある意味滑稽だ。
「無意味な事を……」
俺はそう言うと、周囲にいる兵士に向け強く殺気を放つ。それだけで兵士達が尻餅をつき、何人かは股間から臭いが出ている。
「伯爵、まだ続けるか?」
今度は弱めに殺気を放つが、伯爵も尻餅をついてしまった。そんなに殺気を放ったつもりはないが、その手の事に慣れていなかったのだろう。
「俺を殺したいなら、せめてドラゴンを数十頭でも用意するんだな。それからこんな金色だけの金を欠片も使っていない勲章など必要ない。今後俺に何かしようものなら、死を覚悟しておけ」
俺がそう言うと、伯爵は『ヒィ』と言って尻餅をつきながら後ずさる。因みに殺気は伯爵にしか向けていないので、隣にいるメイドや執事は驚いているだけだ。
「お待ちください!」
突然俺の後ろから声がしたので振り向く。現れたのは綺麗な銀髪をした少女。恐らく15、6歳くらいだろう。
「お父様。いい加減にしてください! 街を救ってくださった英雄に、あまりにも失礼です」
少女は俺の横に来ると、鬼のような形相で伯爵を睨みつける。どうやらこの様子からすると、今までにもこのような事があったのだろう。ただし今回は失敗したが。
「エレナ、お前には関係ない! そもそもお前に口出すする権利など無いのだ!」
エレナと呼ばれた少女が出てきて気を取り直したのか、伯爵が怒り出す。しかし言っている事は彼女の方が正しい。問題なのは伯爵や周囲の兵士が、娘であるはずの彼女に対して攻撃的な目をしている事だ。恐らくは彼女の立場が弱い事に起因するのだろう。
「君は?」
「申し遅れました。私はエレナ・ペーニャ・バルリオス・カルチーク・アルカラと申します。伯爵家の四女ではありますが、出生の問題がありまして……」
最後の方はどこか言い難そうにしている事から、恐らくは妾もしくは下の身分の者が産んだ子なのだろう。それで立場が弱いと思われる。
「お前など我が家の恥さらしだ! そもそもここに呼んだつもりもない!」
いらない子扱いか。これならちょうど良いか?
「エレナと言ったな? こんな所出て行くつもりはないか? 贅沢は出来ないだろうが、俺の仲間になれ」
どうせこのままにしておけば、彼女が良いように扱われるとは到底思えない。ならば仲間にしても良いだろう。ステータスを見たが、悪くない。すぐに戦う事は無理だろうが、訓練すれば化ける可能性もありそうだ。相手のステータスを確認できるのは、こんな時に便利だな。しかもここにいる大半の兵士より、素質時点でステータスが高い。
「え、えっ?」
流石に混乱させてしまったか。
「どうせこんな家では大した扱いをされていないんだろう? だったらこんな家から出て、俺の仲間になれという事だ」
「そ、それは……」
一瞬だけ伯爵の方を見るが、伯爵は怒り心頭で俺たちの話を聞いていないようだ。
「よろしいのですか? 私など、あなた様の力になれるとは思えませんが……」
「なれるかどうかは、後々分かるさ。で、伯爵。お前はこの子をどうしたい? この様子だと、結果は分かりきっているが」
「そ、その様な者など私の娘ではない!」
なんとまあ、定型文のような答えだ。
「と、いう事だ。悪いようにはしないぞ?」
「そうですね。この家は今まで碌な事をしていません。私がその中の一人に数えられると思うと、正直苦痛でしかありませんでした。えーと、お名前は?」
「俺はタカオだ」
「ではタカオ様。ぜひ一緒に連れていってください。このような所にいるだけで、私は我慢なりませんので」
「おい。この家を出るなら姓を名乗る事を禁じるぞ!」
どうやらこの伯爵は、自分の思う通りにならないと癇癪を起こすらしい。領主としては最悪だな。
「元よりそのつもりはありません。タカオ様。今から私はただのエレナです。それでもよろしければ、一緒にいさせて下さいますか?」
「ああ、もちろんだとも。こんな口だけの伯爵など、俺には怖くもないからな。そうそう、伯爵。俺たちに危害を加えようとしたら、次は無いと思え。俺にとってはお前の命など、魔物の命より安いからな。ではエレナ。こんな所はさっさとおさらばしよう」
そう言い残して、俺とエレナは屋敷を後にした。
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それで取得したスキルは
・物理攻撃低減LV10
・魔法攻撃低減LV10
・状態異常低減LV10
・マーキングLV10
・威嚇LV10
の5つだ。
物理攻撃低減と魔法攻撃低減はどちらも攻撃を受けた際のダメージを低減させるスキルで、LV10では事実上ダメージを受けない。受けるとすればはるか格上の攻撃であり、ステータスの事を考えてもほぼダメージを受ける事は無いと言える。
状態異常軽減も状態異常を防止するスキルで、LV10ともなれば毒や麻痺などの状態異常を受ける事は無い。むしろ毒や麻痺の攻撃を受けた事を判別出来るので、敵の攻撃の種類が分かる。
そしてマーキングのスキルは、こちらが指定した人物や魔物に対してその位置を特定したり、こちらに敵対の意思がある場合にマップ表示させる事が可能となる。
これらで事前に伯爵家が敵対していた事は分かっていたし、毒を盛られていた事も分かった。結果として新しい仲間が出来たのは、僥倖だったと言える。
エレナのステータスだが
・体力 :D(154)
・筋力 :D(127)
・力 :D(119)
・素早さ:E(89)
・器用 :C(259)
・敏捷 :D(187)
・反応 :S(85)
・感知 :E(98)
・知性 :S(799)
・学習力:A(1019)
・知識 :B(795)
・魅力 :A(801)
・HP :293
・MP :956
と、魔法系に強いだろう。しかも体力や筋力が、あの部屋にいた兵士と遜色ない。むしろ兵士の砲が弱いというのは、そっちが問題だと思うが。
他にスキルだが
・着火
・洗浄
・地図LV2
・調理LV4
・護身術LV3
・初歩魔法
・火魔法LV3
・水魔法LV3
といった具合で、元々色々な素質があってもおかしくない。
今後はエレナのスキルを上げながら、他の街に移る事としよう。あの伯爵の膝元にいるのは、正直こっちからゴメンだ。




