第十三話 とりあえず、ギルドで
「だーかーらー、何度も言っているだろうが!」
俺は街の外に作られた天幕の中で、ハールやその部下の兵士、そして冒険者ギルドから来たケラネンとハッドンに、同じ説明を既に十回程繰り返している。ハッドンに関しては多少信じている部分もあるようだが、それ以外はほぼ信じていないだろう。
「そもそも、さっきも言ったがモンスタースタンピードを俺が抑えたのに、その結果がこの待遇か? 換金もそうだが、正直ベッドで休みたいんだ!」
思わず立ち上がったまま机を叩いてしまうが、仕方のない事だ。既にギルドから二人が来て、三時間は経過している。その間、こっちは同じ事を言い続けている。
「し、しかしだな。ギルド関係者の証言では、君の装備は最初に渡した物と違っているそうではないか。それにステータスを計測すると、最後の値とあまりに違いがあるとなっている。確かに見た感じでは本人に似ているとギルド関係者も証言しているが、ステータスやスキルがあまりに違いすぎる。そこだけでも、疑われて仕方がないのだぞ……」
俺は思わず刀の柄に手をかける。流石に抜きはしないが、同じやり取りを繰り返されては我慢にも限界がある。
「ま、待ってくれ」
流石に不味いと感じたのか、ハッドンが会話に割り込んできた。
「確かにハール騎士団長の仰る事も分かるが、ステータスなどを別にすれば、私は彼がタカオ本人だと思う。何より『真実のクリスタル』が、嘘ではないと証明しているはずだ」
真実のクリスタル――その透明なクリスタルに身体の一部を触れさせ、言った内容に嘘があると赤く光る。確認のためだったらしいが、最初の質問で『魔物は一切倒していない』という質問に対して『そうだ』と答えると、確かに赤くクリスタルが光った。きちんと俺の嘘にクリスタルが反応するかのテストだったらしいが、もっと他の質問で良かったと思わずにいられない。
その後は様々な質問をされたが、一度も赤く光る事はなかった。
「確かに装備品等が変化したというのには驚くが、私も嘘でないとクリスタルを見ていた。あなた方が言いたい事も分かるが、これ以上拘束する必要があるとは、私は思えない。ギルド長はどう思われますか?」
「そうだな、ハッドンの言っている事が正しいと私も思う。騎士団長。これ以上の拘束は、冒険者ギルドとして正式に抗議を申し入れたい」
流石に不味いと感じたのか、ハールが唸ってから周りの兵士に何か目線で合図する。すると兵士達は揃って首を横に振った。
「分かった。我々の方から住民達の方には伝えておく。ギルド所属者にはそちらで対応願いたい」
「それはもちろんだ」
流石にこれ以上は不味いと思ったのか、ハールが大人しく引き下がる。それにしても無駄な時間でしかなかった。素材の売却よりも、早く一度寝たい。
――――――――――
街に入る際に若干周囲の目線が気になったが、入る直前にハールが問題ない事を伝えたので、トラブルにはならなかった。それでも冒険者ギルド所属と思われる連中の目線が少し痛い。俺から言わせれば、そんな事をするなら魔物を倒せと言いたいのだが、余計なトラブルになりそうなので仕方なく我慢した。
その日はギルド長とハッドンが気を利かせてくれたのか、ギルド内にある部屋をすぐに用意してくれ、翌日詳しい話を聞かせて欲しいと言われる。とは言え何度も話した事でもあるし、多少確認したい事があるだけとは言っていた。どうやら装備とスキルに関して聞きたいらしい。
まあ、確かに装備が勝手に変化していたり、本来手続きをしなければ上がらないはずのスキルが上がったりと、ギルドとしてもその点は見逃せない事のようだ。
翌日目覚めてからギルド併設の食堂で朝食を摂る。どうやら昨日の件で避けられているようだ。全く人間が小さい。どちらにしてもギルド長とハッドンがこの後話があると言っていたので、さっさと朝食を済ませる事にする。おかげで朝食の味があまり記憶に残らなかった。
「昨日に引き続き済まないね。しかし前代未聞な事で、こちらとしても確認は必要なんだ。まあ、そこに座ってくれ」
男性エルフであるケラネンギルド長に即され、用意されていた椅子に座る。ギルド関係者は他に普人女性で俺の訓練なども担当したハッドン、同じく普人男性の副ギルド長ユンガー。それからスキル受付責任者で弧人男性のスメーに、スキル専門家で普人男性のノルベルト。それから魔法学専門家で女性エルフのステッラが同席している。
机の上には陶器のコップに入った水の他に、同じく陶器製の水差しが置かれ、他には記録するためだろうか、若干茶色い色の紙と羽根ペン、インク壺が置かれているだけだ。
俺の左横にハッドンが座り、他は対面する形になる。
「さて。昨日は戦闘のあらましを聞いているので、そこは省略する。何よりタカオ君本人も、戦闘時にスキルのレベルなどが上がったかどうかなど判断は出来ないだろう。なのでここでは、上がったスキルの確認と、なぜ突然そこまで上昇したのかを調べたい。そのためにノルベルトとステッラに協力を仰いだ。タカオ君の最初に計測したスキルや能力値、昨日計測した値については既に配布した通りだ」
どうやら副ギルド長ユンガーが司会的な役割を担っているのだろう。ケラネン以外が無言で頷く。
「それと、一応再度能力値などを計測出来るように道具は用意している」
付け加えるようにケラネンが言った。言われてみればギルド長の後ろにある小さな机に、クリスタルが置かれている。
「それにしても、こんな事……」
ノルベルトがスキル一覧を見て絶句していた。良く見ると、どうやらステッラは呆然としている感じだ。まあ、スキル専門家と魔法専門家が驚くのは無理もないだろう。
「一つ聞きたいんだが、良いか?」
「ああ。で、何が知りたい?」
ユンガーが反応する。てっきりケラネンの方が反応すると思っていたが、法則が分からないな。
「ギルドに登録した時聞いたと思ったんだが、確か勇者と呼ばれるような存在がいるんだよな? そういった連中とはまた違うのか?」
「そうだな。君の疑問は分からないでも無いが、今回のケースは違うと言える。そもそも勇者とは単なる称号でしかないし、戦闘中にスキルその他が上がったという前例は聞いた事がない。王立図書館などに行けば何か分かるかもしれないが、それにしたって我々もここのギルドを取り仕切っている立場だ。そんな前例があれば、一度くらいは耳にした事があるはずだ」
「それもそうだな……」
「それにだ。君に渡した装備が戦闘後に変化している。しかも我々が保管していた時には、武器の一つは間違いなくレジェンダリー級だったし、鎧に至っては確認こそしていないが、せいぜいレア級のはずだ。それが装備全てミソロジー級になっているとなると、これこそ説明が出来ない。かといって少なくとも戦場で鎧を着替えるとは思えないし、我々も困惑している」
ユンガーが困惑するのは当然だと思うし、俺だって同じだ。しかし現実に武器や鎧が変化しているのも事実であるし、俺に説明しろと言われても答えようが無い。
「さらに付け加えると、我々が知らない効果が装備に付加されていた。今もその効果を調べさせているが、こっちは時間がかかるだろう」
ユンガーはそう言うと溜息をつく。
そもそも劣化しない武器とか、どう考えてもおかしい。包丁であれなんであれ、刃物であればいずれ劣化する事は何となく分かる。しかし今回の戦いでは、全く劣化した形跡がない。
何となくだが、特別な加護のような物が付加された気がするが、確証も無いので話すだけ無駄だろう。
「それよりも! このステータスは一体どういう事ですか!」
今までの話をぶった切る発言をノルベルトが奇声を上げるように放つ。思わず全員が彼の方を向いてしまったのは無理もない。
「確かにそうですね。常識的に考えて同一人物とはとても思えない上昇値です」
まるで俺の事が憎らしいような顔をしながら、ステッラも発言した。
確かに気持ちは分からないでも無いが、その言い方はどうかとは思うが。
「それはそっちの専門だろ? 俺は単にスタンピードを阻止しただけだ。途中で何かする余裕なんて無かった。こんな事言われなくても分かっていると思うが?」
俺の言葉にノルベルトが苦虫を噛み潰したような顔をするが、無視だ。そもそも昨日も嘘で無い事は分かっている事であり、俺に聞かれても困る。
「それと、SPも信じられない程上昇していますね」
スメーも不思議そうな顔をしているが、あの二人程変な反応はしていない。むしろ呆れている?
「本人に自覚が無いとなると、我々も原因究明は無理か……」
場の空気が悪くなったのを感じてか、ユンガーが目配せをしてノルベルトとスメーに対し、無言の圧力をかける。俺もそうして欲しいので文句はない。
「まあ、すぐに分かる程簡単な事ではない事だけは確かだ。それにタカオ君本人に今後何らかの異常が発生する事も考えられる。君には申し訳ないが、しばらくの間我々の所でいくつかのテストを行ってもらいたい。無論、君の意思はできるだけ尊重する」
「尊重と言われてもな……今の二人の反応は、正直俺も気分が悪くなるぞ?」
「だそうだ。二人もあまり無茶な事を言わないように。それとハッドン君。彼の力量を再度確認して欲しいが、構わないかね?」
「それは構いませんが、ステータスを考えると訓練場に多大な被害が予想されます。どこか別の所で確認作業を行うべきかと思いますが?」
ハッドンは冷静だな。確かに今のステータスでは、訓練場が吹き飛んだりしてもおかしくは無いだろう。
「分かった。その辺りはハッドン君に任せる。街の郊外で比較的安全な所を探しておいてくれ」
確か前に、街の外は魔物で溢れているような事を言っていたような気もするが……。
「スタンピードの直後なので、周囲の魔物は比較的少なくなっているでしょうね。開けた場所で確認作業を行います。ただ、正直スタンピードで荒れ果てた場所が一番良いような気もしますが」
確かにあそこなら大概の魔物は駆逐されているだろう。しかも俺が放った魔法でかなり見晴らしもよくなっている場所も多い。
「そうだな。任せる。ギルド長は何かありますか?」
話題を振られたケラネンは少し何かを考えている。
「いや、それで構わない。一応報告は毎日頼む。それとタカオ君には今のステータスを反映した新しいカードを発行しよう。流石に今のままだと問題だ。ランクに関しては……悪いが一時保留させてくれ。こっちも騎士団や領主と少し相談したい」
一応冒険者ギルドは国などから独立した機関らしいが、かといって全く無縁でもないのだろう。




