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第十話 初戦闘(下)

病気で執筆活動が難しい状況でしたが、やっと戻ってきました!

まだしばらく更新が遅れがちになる可能性があると思いますが、これからもよろしくお願いします。

「――で、何とか……」


 疲れ切った様子で、軽装の鎧に身を包んだ男が話している。その鎧は所々切り裂かれ、血に染まっている。それが本人の血なのか、それとも別人の血なのか、はたまた魔物の血なのかは分からない。まあ、正直俺にはどうでも良い事だが。


「魔物の数は少なくとも万単位。上位の魔物もいるようですが、まだ後方のようです。私は何とか逃げ出せましたが、他の者は……」


 そう言って、斥候役の兵士は項垂れる。そのまままるで息絶えたかのように、その場に倒れたが、単に疲れで気を失っただけのようだ。まあ、俺のマップでは残りの一人もちょうど魔物の大軍に捕まった所だ。生きてはいないだろう。馬がなければコイツも死んでいたな。


「バカな! 森から魔物が溢れるだなんて聞いた事がない!」


 誰かがそう言うが、現実はそうでない事は、戻ってきた兵士の格好を見れば、誰もが疑いようはない。過去になかったからと言って、これからも起きないという保証など無いだろうにとすら思う。


「方針変更だ! 街の防衛に専念する。城壁の外で迎え撃った所で、蹂躙されるのは明らかだ。城壁の上からの攻撃に専念するぞ。魔力回復薬をさらに運ばせるように通達。近接戦闘組は魔法専門組の援護を最優先。上空の警戒も怠るな!」


 恐らくはここにいる兵士の中で、最も階級が高いのだろう。的確に指示を出していくが、俺が見ているマップでは、それでどうにかなる問題を既に超えている。


 一通り指示が終わった所を見計らい、俺は指揮官らしき男に近づいて話しかけた。


 普人ふひとの男性に見えたが、良く見るとドワーフらしい。一般にドワーフは低身長というのが相場だが、彼の場合は当てはまらないようだ。


「なあ、ちょっと良いか?」


「何だ? 冒険者なら城壁の防衛に集中してくれ」


 こちらを振り向きもせずに答えてきたが、まあこの状況下では仕方がないだろう。


「一応有用な情報だと俺は思うんだがな。俺が確認している気配察知やその他のスキルだと、どうやら大型種もいるぞ。ついでに言えば、恐らくこの街に匹敵する規模で襲ってくる。ここの城壁は、それに耐えられるのか?」


「何だと?」


 流石にそれを聞いて気になったのだろう。こちらを振り向いた。


「俺の気配察知が間違っていないなら、少なくとも万単位でオークとゴブリンが最初に襲ってくる。その後に大型種も控えているようだ。ここの守りは、それを防げるのか?」


 もちろんこれは、エデムやマップ機能での事だし、それをいちいち言うつもりなどない。それに追求されると、むしろ厄介にすら思える。何でも正直に言うのは、バカのする事だ。


「俺の言っている事を信用しないなら、それはそれで構わないが、俺なら多分だが対処できるぞ?」


 そう言ってからステータスカードを見せる。どうやらこの世界、ステータスカードに記載された能力値が重要な判断基準のようだ。


「け、剣術に刀術が最高位のLV10だと!? それに火魔法がLV8!? これは間違いないのか!?」


 急に動揺した指揮官は、俺の両肩を持つと揺さぶってくる。少しは冷静になれと言いたいが、どうやらこの値は異常らしいし、しかも俺自身はまだLV0。疑われるのは仕方がないだろう。


「俺はステータスカードについて、普通は偽造できないと聞いているが? 信頼しないならそれまでだが、俺が察知している所、ここの守備兵力では守れないと思うんだがな」


 最後の一言で少し冷静になったのか、やっと肩から両手を離す。


 まあ、彼が混乱するのは当然だと言えるし、仕方がないだろう。なぜなら、スキルレベルとはそれを司る精霊から始まり、最終的には神に対しての命令権を持つという、ある意味反則ワザであり、LV10は神に対しての命令権を持つのだから。


 特に魔法については、次のように一般的に認識されているらしい。


 LV1ーLV3 世界の精霊が扱うマナに助力を求める

 LV4ーLV5 精霊の力を借りる事が出来る

 LV6 精霊への絶対命令権

 LV7 天使に力を借りる事が出来る

 LV8 天使に対しての命令権

 LV9 神に力を借りる事が出来る

 LV10 神に対しての絶対命令権


 さらに付け加えると、LV以外にも魔力がその威力を補佐する役目も担う。当然魔力が高ければ高い程、戦闘について優になるという事でもある。そして俺の魔力は、一般的な常識の範疇外だ。


 今の俺の火魔法LVは8。これは火を司る天使への絶対命令権であり、LV9や10には及ばなくとも、天変地異を連想させる威力が保証されたような物で、しかも俺の魔力はそれを十全に発揮するのだから、ある意味質が悪いと言えるだろう。そもそもエデムを通じて、実質的に天使を服従させる事など、いとも簡単だった。何せ俺の周囲にいる天使が土下座までしているくらいだしな。他の連中には当然見えないが。天使が土下座している光景は、ある意味滑稽だったが。


 そもそも訓練を受けた騎士や兵士、ベテランの冒険者であっても、SPは一般的にトータルで200を超えれば良い方であり、それが300にも達すれば、普通なら一騎当千とも言えるような実力の持ち主だが、俺に関しては、まあ語るまい。


「俺ならこの状況を覆す事が出来るが、どうする? まあ、一介の冒険者でしかない俺の言う事を、どこまで信頼するかはまた別になるが。それと、倒した魔物の数で金は頂くぞ?」


 正直これは格好の儲け話ではないかと思い始めている。エデムによれば大半の魔物など有象無象でしかなく、Sランクに指定されている魔物でも、俺にとっては程度のよい運動程度にしかならないはずだと。


「俺としては、まずオークやゴブリンを殲滅させる。多少は撃ち漏らしもあるだろうが、それくらいはそっちで対処してくれ。その後、俺は大型種を殲滅する」


 本来ならAやSランクの魔物と教えてやりたいが、そんな事をすれば混乱は必至だろう。俺にだって多少の分別はあるつもりだ。


「わ、分かった。君がそこまで言うなら、それなりの自信があるのだろう。城壁もある事だし、多少の撃ち漏らしは何とかする。報奨金は……この場では何とも言えない。何せ君の言った事が本当なら、私の一存では決めかねる」


「それで良い。しっかり俺の戦いを目に付けておけよ? 嘘でも言ったら、分かってるな?」


 別に俺には威圧のスキルなどないが、それでも指揮官が息を飲むのが分かる。まあ、当然だな。


    ――――――――――


 一人城壁の前に陣取り、マップで魔物の位置を確認しながら魔法の準備を始める。


 この世界には無詠唱の魔法も当然あるが、詠唱した方が威力が上がる。そして今の俺は手加減をするつもりは全く無い。そして、先陣となる最初の魔物の群れが俺の魔法の攻撃範囲に十分入った事をマップで確認した。


「万物を司る火の天使に命ずる。俺の魔力を糧に先陣する魔物の群れを炎の矢で殲滅せよ。天使よ、我に従え。魔物を一掃せよ」


 実体化こそしていないが、俺の目には周囲に何十もの天使が降臨しているのが分かる。そしてそれらは俺の命じたまま、俺が放つ火炎の矢へ威力を高める。エデムの補助もあり、周囲には数えるのも億劫になる火炎の矢が出現したかと思うと、それらが一斉に魔物の群れがいる方向へ飛び去った。


 俺の後ろにある城壁では、何人かが騒いでいるのが分かるが、そんなのは無視だ。これはあくまで前哨戦。弱いオークやゴブリンなどに構っている程余裕は無い。本命はその後ろにいる高ランクの魔物達だ。


 しばらくしてから、少し離れた森の奥で炎が立ち上る。恐らくは地獄絵図になっているだろうが、俺の知った事ではない。森にも延焼しているだろうが、それをどうにかするのは残った兵士や冒険者に任せる事とする。


 その時、俺の頭の中に『レベルが上がりました』とアナウンスがけたたましく流れた。あまりに五月蠅いので、エデムに音を切るように命じる。今はそんな事を気にする場合ではない。


「さて、狩りの時間だな。オイ、後は任せたぞ!」


 城壁から見ていた指揮官にそう告げると、俺はそのまま森の奥に走り出す。森とは言っても一応は道も作られているので、俺が殲滅した魔物の群れまではほんの一分もかからない。俺のステータスは、どうやら馬を全速で走らせても、さらにその上を行くようだ。今回色々と都合が良いが。


 焼け焦げた魔物の群れが見えてきたので、そのまま刀を抜きつつさらに奥へと進む。俺が命じた通り、魔物そのものは焼け焦げていても、原形を留めない程といった事はなさそうだ。むしろ魔法を喰らった魔物が暴れたためか、周囲の森に延焼が始まっている。


 今のところマップで見る限り、魔法は思ったよりも仕事をしてくれたらしい。少なくとも三万近い魔物が絶命している光景は、ある意味壮観だとも言える。


 一部まだ燃えていたりする場所を無視しながら、さらに接近する魔物の群れを視界に捕らえた。とは言っても、既にマップでは捕捉しているし、腰の刀も抜いているので不安はない。


 残っている魔物の数は、さらに増えて五万。最初に減らした魔物と合計すれば、八万の集団という訳だ。しかし負ける気もしないし、そもそもなんだか戦う事に嬉しさも感じてしまう。俺は一体以前どんな生活をしていたんだろうか?


 普通に考えれば五万の敵で、しかも何体かは飛行型も混じっており、彼我兵力差など考えるまでもなく突撃は自殺行為でしかない。


 しかし俺をサポートしてくれるエデムは、的確に攻撃が来る位置や攻撃する相手、その種類を瞬時に判断し、俺はそれに従うだけだ。もしそのサポートがなければ、接近する前に死んでいたのは間違いないだろう。何せ今もオークが集団で弓を射るという、俺からしたら魔物らしくない行動をしているくらいだ。魔物も道具を使うんだなと、少しばかり感心してしまう。


 俺はそんな矢の雨の中、一応用意していた盾さえも使わずに避けながら進む。視力が良くなったのか、弓を射るオーク共に焦りの色が見えるが、そんな事は俺の知った事ではない。そして焦っているのは、それを最前列で守るゴブリンやオークなどの混成部隊だ。


 それにしても、俺の視力はこんなに良かったのだろうか? まあ、今回はそれが役に立っているので文句もないが。


 最前列を守る魔物共に、まず刀を横薙ぎにする。距離はまだまだ離れているが、エデムが十分に攻撃が届くと教えてくれた。どうやら俺が持ってきた刀は、ある種の魔道具か何からしい。詳しい事は後で調べるとしよう。役に立つのであれば、今はどうでも良い事だ。


 最初の横薙ぎで、先頭列にいた魔物が次々と両断される。それどころか、その後ろにいた魔物までも、一部が真っ二つだ。俺が持ちだしたこの刀は、本当に刀なのだろうか? どうしても疑問に思うが、まあそれも後で調べれば良い事だ。


 それにしても俺の放つ横薙ぎで、魔物が次々と無力化されていく。ちょうど腰からだったり、胸の位置だったり、中には首の所で胴体と切り離された魔物もいた。思わず笑みがこぼれるのは、やはり俺が戦闘狂なのだろうか? 内臓などをぶちまける魔物を尻目に、次々と魔物を葬る。


 まだ実際に魔物を切った訳ではないが、チラッと刃の様子を見る。そこにはなぜか青白い光が刃全体を覆っており、いわゆる魔法剣のようにすら思える。刀なので、魔法刀か? それとも妖刀とでも表現したら良いのだろうか?


 そして最初の魔物達に接敵する。刀を今までと同じように横薙ぎに振り、そのまま右上から袈裟切り。面白いように魔物達が悲鳴を上げながら切り刻まれる。同時に刀を振った少し先まで、同じように魔物達が胴体やら首やらを両断され、中には臓物などが宙に舞っている。


「オラァ、俺は一人だぞ! こんな物か!」


 何となく言ってみたかったので叫んでみるが、むしろその叫び声に見える範囲の魔物達が萎縮していた。


 そのまま左右に足を運び、次々と魔物達を縦横に両断していく。次第に楽しくなり、顔が笑っているのを自分でも感じた。


 ほんの数分程、刀を振り回した所で、どうやら主軸となるAランククラスの魔物達が現れ始めた。流石はAランクやそれ以上と呼ばれるだけあり、大きさも人のそれ以上だ。


「まあ、大きければそれだけ脅威度は見た目増すからな」


 実際の所は、必ずしもそうとは言えない。大きければ動きが読みやすい場合も多く、何より武器を当てやすい。当然魔法だってそうなる。まあ、大きい分防御力も高い可能性があるが、これについては一概に言えない。


 最初に接敵したのは大型の犬型をした魔物。むしろ狼型と言うべきか? 体高だけでも人の三倍はあるだろうか? 狼型なのでスピードはある可能性があるが、防御力はどうだろうか?


 周囲の魔物を一瞥し、次々と切り刻みながら狼型の魔物に近づく。同時に視界へ魔物の名前が表示された。体長200インチ程もあるまさに大型の魔物らしく、名前はゲリというらしい。


 なんだか汚い名前だと思いながらも、何か過去の世界で意味のある名前なんだろうと考えながら、周囲の魔物を葬る。どうせ今は関係の無い事だ。


「にしても、こいつら学習というのをしないんだな……」


 俺を無視していけば、その先には街があるというのに、なぜか俺に殺到してきている。まあ、ここで俺が食い止めていれば街への被害は最小限になるのでありがたいが、数ばっかり多いのが気に入らない。その大半が刀で簡単に両断できるゴブリンやオークの類いだとしてもだ。


「何者だ、お前は」


 こちらに向かって来ているゲリという魔物が、突然声を発してきた。魔物も人の言葉を理解するのかという思いと、わざわざ声をかけてきた事を疑問に思う。


「何者だと言われてもな。邪魔だから排除しているだけだ」


 答えながら、さらに数匹の魔物を葬り去る。周囲は血の海になっているが、それでも構わず攻撃しようとしてくる魔物達には、正直辟易する。


「我々の計画に齟齬が出る。排除させてもらう。恨むなよ」


 そう言って、大きく左前足で俺の方に切りつけてきた。距離はまだあるが、何らかのスキルの効果があるのだろう。周囲の木々がなぎ倒されたので、思わず刀で防御する。その瞬間、金属同士がぶつかる甲高い音がした。


「何!? 俺の攻撃を防いだだと!?」


「そうらしいな!」


 すかさず俺はゲリに向かって刀を振る。こちらもスキルを発動させているので、刀身と攻撃範囲は必ずしも一致しない。俺の攻撃が来ると思っていなかったのか、そいつは肩から血を吹き出した。


「グゥ……」


「目的は何だ? お前らがこの魔物を襲撃させているんだろう?」


 言葉を解する事からも、コイツが誰かに命令されている可能性は高い。ならばそれを聞き出すのが得策だろう。


「たかが傷一つ付けたくらいでいい気になるな!」


 恐らくまぐれ当たりだとでも思ったのだろう。まあ、確かに思ったよりも傷は深かったが、だからといってまぐれで当たるような剣筋だった訳でも無く、どうやらコイツはそれを理解できないようだ。


「まあ、答えるつもりが無いなら良いさ」


 この後にもさらに上位種の魔物がいるのは分かっている。それらのうち、どれかが喋ってくれればそれで良い。情報が得られなかったとしても、ここまでのやり取りで『誰かの指示があった』のは確定事項だ。何も分からずに調べるよりはマシだろう。


 ゲリが再び攻撃態勢に入り、同様に周囲の魔物も俺を囲む。しかし周囲の魔物など、今の俺にとってはただの有象無象でしかない。軽く刀を一閃すると、それだけで血の海がさらに広がった。


 俺が周囲の魔物を排除している事を隙になると思ったのか、そこへゲリが爪で攻撃してくるが、すかさず刀で応戦する。先ほどと同じスキルを使ったのだろうが、それを刀で受け止めると、そのまま刃を引きながら首への攻撃へと繋げる。当然距離があるのでスキルを使う事になるが、先ほども攻撃が通ったのだから問題ないだろう。


 そのままさらに周囲の魔物を一閃するためにその場で回転すると、ゲリの首があらぬ方向に飛んでいるのが分かった。首からは血が噴水のごとく吹き出ており、骨まで断ち切ったのか、それとも関節の間を上手く通したかは血のせいで分からない。


 刀を一瞬確認したが、やはり刃こぼれはまるで無いどころか、血糊すら付着していなかった。どうやらこの世界の刀か、それともこの刀には、特殊な効果があるのかもしれない。


 絶命したゲリに背を向け、次の獲物を探す事にする。周囲にはまだ大量の魔物がたむろしているが、何か情報をもっていそうと言うか、まともに意思疎通できそうな奴は見当たらない。


「まあ、俺に魔物が集中してくれるのは、街の被害が少なくなるから楽なんだけどな」


 そう言いながら素早く周囲の魔物を切り裂く。こいつら、学習能力は本当に無いのだろうか?


    ――――――――――


「偵察隊からの情報だと、あの冒険者が一人で倒しているとの事です。正直信じられませんが、どうやらAランクの魔物……ゲリだと思われますが、それを一刀両断したとの報告すら入っています」


 城壁の中で報告を受けていた指揮官は、次々ともたらされる情報に安堵と混乱の極みにいた。


 普通に考えれば、数万の魔物の中に一人で突撃して何かが出来るはずもない。それが例えどんなに優秀な冒険者だとしてもだ。


 しかも彼が見た装備は、剣と軽装の鎧のみ。魔法が使えるとの話ではあったし、最初にその魔法でかなりの魔物を殲滅したとの情報ももたらされているが、それについても信じられない事ばかりだ。もちろんその魔法も目にしたが、あんな魔法は見た事がない。


 慌てて冒険者ギルドに人物の照会を行ったが、どうやらつい先日登録したEクラスの冒険者であるという情報だけで、それまでの経歴が不明だという。攻撃魔法がそれなりに使えるらしいとは聞いたが、それだと先ほどの魔法の説明がつかない。


「安全第一で警戒は怠るな。今のうちに城壁の守りを固めておけ。素性が分からない奴を頼るのは面白くないが、今はそれどころではないからな」


 どちらにしても、魔物の群れが奴を超えてやってくれば被害は甚大だ。ならば今のうちに準備できる事をしなくてはならない。


    ――――――――――


「全く、呆れるな」


 これまでにゲリを含めて、八頭のAランクやSランクの魔物を倒したが、情報はまるで得られていない。


 特にキマイラと呼ばれるSランクの魔物は、こちらの情報を盛んに得ようとしていたのだが、こっちの質問にはまるで答えないという始末だ。頭が三つもあるためか、それぞれが別の質問をしてきて正直ウザイとしか言えなかったが、Sランクと警戒していたにも関わらず、首をまとめて切断したら簡単に死んでしまった。あれでSランクというのは、ランク詐欺だと思ってしまう。


 ちなみにキマイラは全部で三頭出てきたが、いずれも頭は違っていて、俺が知っているはずのキマイラとは何かが違う気がした。どちらにしても、弱い魔物にはあまり興味が湧かないが。


 そのまま若干の火魔法を放ち、さらに刀で魔物の集団を殲滅しながら進む。気のせいか、最初の頃よりも簡単に魔物を切断できるようになっているような?


『マスター、気のせいではございません。レベルが急上昇しているので、それに伴い各種のステータスが上昇しております』


 エデムが突然話しかけてきたので、周囲の魔物を火魔法で牽制しながら聞く事にする。何か大切な事があるかもしれない。


『マスターのレベルは、現在67となっております。これは一般的に二〇年から三〇年程度の訓練や魔物を討伐を繰り返して得られる値に相当します。また刀術もスキルが最大値となっておりますので、それにあわせて刀の扱い方が変わってきた結果です。ですがあまりに早いレベルとステータス上昇のため、技術がステータスに追いつかないという、本来あり得ない現象が発生しております』


 なる程。それなら当初よりも攻撃が楽になってきた理由に説明がつきそうだ。


 また何かあれば教えるようエデムに伝えてから、再度戦場の様子を確認する。とはいえ、見える範囲ではほぼ殲滅してしまったようだ。マップでは俺の後方に魔物はいなく、前方の少し離れた所から、また新しい魔物の集団が押し寄せている最中。数は残り二万を切っている。


 ステータスがどの程度伸びているかは多少気になるが、今は目の前の魔物を殲滅する事が先決だろう。


 すぐさま駆けだし、先頭の魔物集団に向かう。気持ち体が軽くなった気がするが、それよりも今は魔物を倒す事が楽しくて仕方がない。


 離れていた魔物の先頭集団が見えると、手にしていた刀を相変わらず横薙ぎに振る。本来なら刀の先すら全く届かない距離のはずだが、魔物が血飛沫を上げながら次々とその場に倒れたり、物によっては上下に分断された上側が、空に舞い上がる。それどころか、周辺にある木々まで同時に倒れる始末だ。それが楽しくて仕方がない。


「やっぱり、俺って戦いが好きなんだな」


 思わず笑みと共に、そんな言葉が漏れた。


    ――――――――――


 目の前……と言うには正直距離があるが、それでも俺は目にしている光景が信じられずにいる。


 聞いた限りでは、数日前に冒険者登録したばかりで、魔物との戦闘経験すら怪しいとの話だったが、奴は一人魔物の集団に突撃すると、その周囲にいる魔物が斬り殺され、血の海が広がる。


 一応これでも十年近く兵士をしているし、足の速さを買われて偵察の任を任される事が多いが、そんな俺よりもアイツは早く、その上攻撃力が段違いだ。


 そもそも熟練の冒険者だとしても、否、熟練の冒険者なら魔物の群れに飛び込むような事はしない。それは自殺行為でしかなく、囲まれたら最後、それは死に直結する。当然そんな事をする冒険者など、いるはずがないと俺は思っていた。


 偵察が主任務の俺でも、一応はそれなりの対魔物訓練は受けているし、数匹なら相手に出来ない事もない。


 しかしアイツが相対しているのは数匹どころか数千、数万の大軍だ。それを何事もないように次々と斬り殺していくのは、現実に目にしていなければ信じられないだろう。


 そして何よりも信じられないのは、単身でAクラスどころか、Sクラスの魔物を、いとも簡単に殺戮していく事だ。アレは戦闘などではない。殺戮という言葉がしっくりくる。または一方的な虐殺。まるでSクラスの魔物が、その辺にいるゴブリンと同等に思える。本来ならあり得ない話だ。


 その事を伝令に伝えるも、当然伝令はそれを信じない。当然だ。目にしていなければ信じられるはずがない。目にしていても俺自身が信じられないのだ。


 一つ救いがあるとすれば、奴の持つ剣が俺の方に向いていない事だろう。アレがもし俺の方に向いたら、俺は逃げる間もなく死ぬ事は間違いない。


 一体アイツは何なんだ?


    ――――――――――


「お前がボスで間違いないか?」


 目の前にいるドラゴンに対峙しながら、一応呼びかけてみる。


 エデムの情報によると、SSクラスとされる竜種で、名前はテーバイと呼ばれるドラゴンで、平均的な大きさは体高が1100インチ、全長が頭から尻尾まで2000インチを超える大型のドラゴンだという。鱗の色は黒で、それが少しばかり威圧感を与える。


 確かに見上げる程大きいが、正直怖さはまるで感じない。確かに鱗の威圧感はあるが、恐怖になると言う程でもない。


「貴様が我々の邪魔をしたのか?」


 やはり人語を解せるようだ。ランクの高い魔物の場合、意思疎通が出来ると考えて間違いないだろう。ただ、人を襲うという意味では害悪でしかないが。


「邪魔? まあ、そういう事になるのか? 元はお前らが街に来るのが悪いと思うんだが?」


 一応刀を左手だけで構えている。別に両手で構えても良いのだが、周囲の魔物はあらかた倒し終わり、残っているのはこのテーバイとその周囲にいる少しの魔物だけだ。取り巻きの魔物を倒すだけなら、片手でも十分に事足りる。


「まあ、雑魚ばかりで助かったがな。流石にお前みたいな奴を何匹も相手にするのは、正直疲れそうだ」


 何故だか分からないが、俺はコイツに負ける気がしない。油断は禁物だが、かといって必要以上に警戒する程の力があるとは思えない。


「いい加減、お前らの目的を話して欲しいんだがな。こちらが質問しても、まともに答えた奴はいなかったぞ?」


「決まっておろう。生贄が必要だからだ。しかしお前のせいで台無しだ。ここはお前だけでも嬲り殺して、再度襲撃するしかあるまい。全く無駄な事をさせてくれる!」


 どうやら怒っているらしい。恐怖はまるで感じないが。


「お前が俺を倒すと? それは何かの冗談か?」


 見た目で力量を判断していけないとは思うが、それを抜きにしても目の前のドラゴンが強いとは、どうしても思えない。


『マスター、基準が間違っています。マスターを基準にすると、大半の魔物など相手になりません』


 何故だかエデムがそんな事を伝えてきた。俺って人間だよな?


「目障りなお前は、今ここで私の糧となってもらおう」


 そう言うと、どうやらブレスでも吐くようだ。そんな事をすれば、周囲一帯が燃えてしまうのではと思い、さっさと決着を付ける事にする。何より今はブレスに集中するためか、正直隙だらけにしか見えない。


 まずは刀を横凪に強く振ると、ドラゴンの周囲にいた魔物どもを殲滅する。少しばかり強く横凪に振ると、ドラゴンを守るように多数いた魔物は、その瞬間に大半が胴体が上下に分離して足だけが立ったまま、上半身が吹き飛んでいった。


 そして正直意外だったのは、俺が放った横薙ぎの斬撃がドラゴンの片足まで切断した事だ。いくら胴体よりは細いといえ、斬撃の余波で切断できる物なのか?


「グオォォォォォォォォォッ」


 周囲にドラゴンの咆哮というか、これは傷みによる悲鳴みたいな物だと思うが、それが響き渡る。少し驚きはしたが、少なくとも俺が持っている刀で十分貸与可能な程度の鱗なのだろう。


『マスター、その刀は特殊なのですが……』


 は?


『後ほどご説明しますので、今は戦闘に集中して下さい』


 まあエデムがそう言うのだから、後で聞けば良い事だ。それにこのドラゴンには色々聞きたいからな。


「お、おのれ! 私の脚を!」


 あー、やっぱり怒っている。まあ、それでも恐怖は感じない。それよりもやるべき事があるな。すぐさま刀を二度振り、背中にある巨大な羽を胴体から切り離す。これで飛ぶ事は出来ないだろう。


 すぐさま『ドサッ』という音がして、ドラゴンが背中を見る。なんだかシュールだ。


「き、貴様!」


 もちろんそのまま終わらせる気は無いし、せっかくだから痛めつけるのもアリだと思う。何せコイツが街を襲おうとしていたのは事実。その代償は支払わせるべきだ。俺は再度刀を振ると、今度はドラゴンの尻尾が真ん中程から切れる。アレって食材になるのだろうか? 見た目赤身なので、もしかしたら下手な牛などよりも旨い可能性もある。


『マスター、いくら何でも戦いの最中に美味そうだというのはどうかと思われますが……』


 エデムに注意をされるが、そもそも相手のドラゴンが混乱しているのか、こちらに攻撃してこない。なので一方的な戦い? になっている訳ではあるのだが。


「そろそろ逃げられないようにした方が楽かもな」


 そう言ってから再度刀を一振り。残っていたもう一つの脚を切断する。それまで二足歩行だったドラゴンは、ただでさえ片足を失い不安定になっていた所を、尻尾と脚を失った事でその場に崩れた。


 当然周囲にドラゴンの咆哮というか、むしろ悲鳴が響くが、俺としては必要な情報を聞き出すためにも逃げられる訳にはいかない。それにかなりの巨体だ。この程度ですぐに死ぬ事もないだろう。


「さて、もう一度質問するぞ。なぜ街を襲おうとした? 正直に答えろ。次はその手を片方でも切り落とすから、そのつもりでな」


 ドラゴンの呻き声がようやく終わり、俺の方を睨む。


「それと、ここでブレスでも吐くつもりなら、とりあえず片目を潰すからそのつもりでな。そんな位置から吐くブレスなど、避けるのは簡単だからな」


 そう言いながら刀をちらつかせると、ドラゴンは低く唸った。まだ観念した感じではないな。


「俺としては、このまま食肉の材料にしても構わないんだが、どうする?」


 そう言ってから、ドラゴンの頭にある二つの角のうち、一つを切断する。その瞬間、ドラゴンの顔色が明らかに変わった気がした。


「は、話す!」


 なんだか急に必死になったな。まあ、これで色々と話してくれれば文句もないが。


「で、今回の襲撃は誰が指示したんだ?」


 ドラゴンの顔の横に近づき、目のすぐ側で刀を弄ぶ。明らかに覚えている目をしているが、俺の知った事ではない。


「あ、新しく生まれた魔王陛下のためだ! 魔王様の力を高めるには、生贄として人を殺すのが一番簡単で、人が産む恐怖心も陛下の力を高めるためとなる。逆に我々が集団で負けるような事となれば、陛下の力が弱まってしまう……」


「なるほど。魔王は生まれていると。その魔王が直接指示したのか?」


「ち、違う! まだ陛下は生まれたばかりだ。その陛下をお守りしている者がいて、彼らが今回のような指示を出す。もちろんある程度陛下が力を付ければ、陛下が直接指示を出すようになるだろうが、今はまだそれだけの力を持っていらっしゃらない……」


「よし。じゃあ、その連中の名前と居場所を教えろ。ついでに特徴その他全てだ」


「む、無茶を言うな。仲間を裏切るこ――」


 途中で俺は目の前にある右目に刀を突き刺す。ドラゴンが痛みで大声を上げたが、俺の知った事ではない。


「俺はお願いなどした覚えはないぞ。これは命令だ。履き違えるな」


 一度刀を抜き、ドラゴンがこの後どうするか見守る事にした。


 ようやく呻き声が終わると、ドラゴンは右目からなんだか分からない透明な液体を出しながら、顎を地面に擦り付ける。


「私も全ては知らないのだ!」


 恐らくはそれなりの勢いで言ったのだろうが、その声は弱々しい。


「とりあえず知っている事を全て話せ」


「い、言えな――」


 再度、右目に刀を突き刺すと、抉るように刃を動かす。ドラゴンの悲鳴が響き渡る。


「お前、状況を理解していないんじゃないか? そもそも脚と翼も失った状態で、逃げられるとでも思っているのか?」


 刀を再度抜いてから問いかけるが、しばらく呻き声を上げているだけだ。全く使えない。


「お、お前如き――」


 再度何か言おうとしていたので、今度は右目を上瞼から下瞼まで切り裂く。


「理解していないようだな」


 普通に拷問だが、コイツは街を襲って住民を蹂躙するつもりでいた奴だ。当然こっちが手加減をする理由などない。それに偵察に行った人間を既に殺している。


 ちなみに脚を切ったと言っても、まだ膝から上はそれなりに残っている。痛みさえ我慢すれば、多少は歩ける可能性はある。それで逃げ切れるかどうかは別問題だが。


 流石に声が枯れてきたのか、呻き声も最初の頃よりは小さくなった。その代わりに、どうやらこのドラゴンは震えているようだ。小刻みにだが、体が小さく揺れている。巨体のため震えているのか体を揺すっているのか、正直判断に困る所だが。


「わ、私も詳細は知らされていない……」


 何か諦めたのか、前よりも声がだいぶ小さくなった。まあ、俺が求めている事ではないが。


「これだけ巨体だと、まだまだ嬲りがいがありそうだな?」


 俺の一言に、ドラゴンが明らかに大きく震える。


「へ、陛下のお名前はミカル様。付き添いに付いている数は知らされていない。本当だ! 今回私に命じたのはイゾールダ様というエンケラドス族の族長も務めている女性。恐らくは陛下の付添人だと思うが、詳細は知らない。本当だ! 私は彼女に今回の襲撃を命じられただけだ!」


「お前、ドラゴンだよな? ドラゴンにエンケラドスの奴が命令するのか? おかしくないか? 普通、同じドラゴンが命じるんじゃないのか?」


 俺が矢継ぎ早に言ったのが悪かったのか、それとも少しばかり(・・・・・)嬲ったのが悪かったのか、ドラゴンはすぐに返事をせず口を閉ざす。


 さすがに一度に言いすぎたかとは思ったが、埒が明かないので再び刀をドラゴンに向けると、ギョッとした顔をしてから口を開いた。


「わ、我々にも命令系統がある……。それは君の思い違いだ」


 フム……。此奴らは軍として組織されているのか? それにしては、下っ端は文字通り単なる魔物の集団で統率すら取れていなかったように思うが。


「とは言え、下級のモンスターはまともな命令などしてもそれを理解できない。集めて目標に対して襲うように伝えるだけだ。大半はそれ以上理解できない」


「お前らって、バカだろう?」


「な、何だと!」


「ろくに命令も聞かない奴に街を襲わせて、本当に意味がある事が出来ると思っているのか? 魔王の復活に必要? 人が死ぬ事が? そもそも、何で人が死ぬ事が必要になるんだ? 別に殺した死体を魔王の所に持って行く訳でもないんだろう。当然襲った魔物達が食べたりするか、その場で野ざらしになるんだろうが、それと魔王の力が高まる事の関係は? お前はそれを説明出来るのか?」


 分かっていなかったのか、ポカンとした顔をしている気がする。まあ、ドラゴンの表情なので本当にそうなのかは分からないが。


「……説明は、出来ない。そもそも、考えた事すら無い」


「やっぱりお前らはバカだ。まあ、それもお前にはもう関係ないが」


「なっ!」


「お前、そんな傷で動けるのか? 仮に俺が見逃したとして、その後に偵察隊が来るぞ? お前はそれから逃げられるのか? 最初はどうにかなるとしても、動けないお前は隙だらけだ。お前が攻撃できないところから襲われるだろうな。当然、長時間攻撃を受ける可能性もある訳だ。そうなれば今よりもずっと痛みが続いたまま、長時間苦しむだけだぞ。まあ、お前がそれを望んでいるなら構わないが。それとも動けるのか?」


 当然、まともに動けない事を承知で聞いている俺は、ある意味悪役だな。それはそれで構わないが。


「――のむ」


「何だ? 良く聞こえなかったぞ?」


「殺してくれ。頼む。お前なら大して苦しませずに殺せるのだろう? 確かにお前の言う通りだ。お願いだ」


 これ以上はコイツも何も知らないだろうし、ここでドラゴンを殺せば俺もドラゴン殺しを名乗れるか? そういう意味ではチャンスでもあるな。まあ、エデムも知らないだろうとは言っている。


「良いだろう。その望み、叶えてやる」


 俺はそのままドラゴンの首に近寄ると、刀で一閃した。直後にドラゴンの胴体と頭が分離し、周囲に血飛沫が上がる。それを避けるように下がってから、この後、今までの事をどう説明するか迷ってしまった。

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