第九話 初戦闘(上)
書いているうちに長くなり過ぎましたorz
後半早めに公開できるように頑張ります……。
早朝、何かが五月蠅くて起きると、鐘の音が鳴り響いている。ハンマーで小さな鐘でも叩いているのか、かなりの高音だ。
これといって装備品という物も無いが、何かが起きているのは間違いないだろう。とりあえずギルドの受付に向かう事にした。すると受付のあるホールの方がなんだか騒がしい。一部で怒号も飛んでいる。
「何かあったのか?」
書類と格闘? している受付がいたので、どうせだから聞いてみた。ちなみに他の受付は冒険者に説明をしていたりと話せる状況とは思えない。
「済みません、今忙しいので後にして下さい」
受付嬢は顔も上げずに書類へ次々とサインなどをしながら、俺のそれだけ伝える。ある意味プロだな。
「間もなくギルド長から発表があるはずなので、もうしばらくお待ち下さい」
それだけ言うと、さらに書類に集中しだしたのかもの凄い勢いで書類が処理されていくが、同時に新しい書類が奥の部屋から運ばれて来る。そのため書類が減るどころか、むしろ増えている状況だ。
今の俺が慌てても仕方がないし、そもそも武器防具を持っていない。何かがあったのは間違いないだろうが、ここは大人しくギルド長の発表を待つべきだろう。そのまま比較的人がいない壁の隅に移動するが、そもそも冒険者のほとんどが受付嬢などに詰め寄っている状況なので、壁際は比較的開いている。
それにしても何があったのだろうか? かなり騒がしくなっていて、正直個人の会話を聞き取れる状況じゃない。こんな事なら、聴覚系のスキルでもあれば強化しておくんだったかな?
昨日、一昨日聞いた話では、本当にこの世界は『スキル』が全てのようだ。逆に言えばスキルさえあれば生活に困らない。普通の住民でさえ薪に火を点けるのに着火のスキルを使うらしいし、本の内容を覚えるために『記憶』といったスキルまであるらしい。当然このようなスキルがなくても生活は出来るが、一般に生活に困ることになるらしい。
周囲を見ながら待っていると、中年のような若いような、よく分からない緑の髪を肩付近まで伸ばした男のようなエルフが、俺が出てきた通路から出てくる。するとこの場にいる全員が途端に静かになった。その後ろに普人の男性もいるが、こっちは茶髪で普通に中年の男性と分かる。
「ギルド長のケラネン様から発表だ。全員そのままで」
一緒に来た男がそう言うなり、全員の目線が確実にギルド長と呼ばれた男の方に向かった。そういえば昨日寝る前に、ギルド長やハッドンと話をしておくように言われた気がするが、今はそんな事をしている場合ではなさそうだ。
「集まってもらい、助かる。一部では既に話を聞いていると思うが、魔物のスタンピードが発生したとの報告が入った。数はおよそ千。今のところ掴んでいる情報では、十種類程度の魔物が確認されているらしい。中にはCランク相当の物も確認しているとの噂があるが、詳細は不明だ。現在この街の東門方面に向かって、約2時間の所まで接近している。本来なら事前に情報が掴めれば最善だったのだが、町の外に防衛陣地を設置する時間はない。よって街の全ての門を封鎖後、各員には城壁の上部または外部で戦闘を行ってもらう事となる。これは強制命令だ。ランクの低い冒険者は城壁の上部から、高い冒険者は城壁の外で魔物の進行を食い止めてもらいたい。武器の消耗品については順次用意させるが、矢などの消耗品は出来るだけ持参してもらいたい。街の衛兵も現在防衛に向かって準備を進めている。何としても街に魔物を侵入させる訳にはいかない。皆の活躍を求める。私からは以上だ」
ギルド長がそう言った後、一歩後ろに控えていたもう一人が前に出て、ギルド長が一歩下がる。
「足りない装備は、近くの店で補給を受けてくれ。既に話は通している。装備を確認後、全員東門とその周辺に集まってくれ。ここから遠い店の武器については、こちらから輸送させる手筈になっている。また、魔法については無制限での使用を許可する。森に被害が出るが、この際致し方ない。それよりも足の早い者は、東門から来ている逃げ遅れている人々の支援に向かって欲しい。そちらの支援に向かう場合は、装備については最低限で構わない。後ほど最優先で装備は受け取らせる。東門その物は、門である以上強度に不安が残る。現在防衛陣地を門の外が周囲にのみ作成中と話が来ている。質問がなければ、すぐに東門に向かってくれ。以上だ」
二人の話が終わると、途端にその場にいたほぼ全員が、駆け出すようにギルドから出ていく。残っているのは受付などをしている職員などの、ギルド関係者ばかりだ。
俺はとりあえず装備も何もないのだし、この場合どうしようかと悩む。そもそもサイズのあった装備がなければ、まともな戦闘も行えない可能性の方が高いだろう。
「君がタカオ君だったかな?」
装備などについて悩んでいると、ギルド長が声をかけてきた。先ほどのもう一人も一緒だ。
「私はこのカルチークの街にある冒険者ギルド長のヴェイニ・ケラネンで、こっちが副ギルド長のエリーアス・ユンガーだ。昨日までの話は聞いている。強制命令なので君にも戦ってもらいたいのだが、装備をまだ揃えていないそうだな?」
「ああ。昨日まで訓練というか、確認なのか? それをしていたからな。流石に手ぶらで戦場に立つ勇気は無い。自殺志願だったら別なんだろうけどな」
そう言って苦笑する。魔法である程度の事は出来そうな気もするが、接近戦ではやはり魔法よりも武器があった方が有利なはずだ。
「ギルドに保管している武器防具で、君に合う物がないか確認してもらいたい。彼に同行してくれ。私はまだやる事があるので、ここで失礼させてもらう。昨日までの事はよく聞いているので、君なら即戦力になるはずだ。出来れば可能な限り魔物を殲滅して欲しい。頼む」
それだけ言うと、ケラネンは俺の前から立ち去っていく。近くにいた別の職員が声をかけている所を見ると、どうやら準備がまだ整っていないのだろう。
「俺は一応副ギルド長をしているユンガーだ。一応元冒険者なのだが怪我をしてな。今は引退してこんな事をしている。付いてきてくれ」
ユンガーはそれだけ言うと、ついてこいと言わんばかりに先へ進み出す。来た扉とは違う扉を通り、そのまましばらく行くとハッドンが扉の前で待っている。
「そ、その、昨日は済まなかったな……」
なんだか彼女が恥ずかしそうに言っているのだけども、正直途中から覚えていない。それもあって正直何に対してなのかも分からなかったりする。
「それより、何か渡す物があるんじゃ?」
今はそれどころではない気もするので、用件の方が大切だ。
「あ、ああ」
そう言うとハッドンが扉を開ける。部屋の中には様々な武器防具などが置かれていた。
「ここにあるのは、大半が遺品だな。とはいえ、持ち主の家族が見つからなかったりで、保管だけしているといった状況だ。他にも遺跡やダンジョンから見つかった物で、使い方の分からない物なども保管している。普通なら店売り品の装備を渡すべきだろうが、昨日の件もあり、ここから好きなのを持っていってくれ」
そう言われて部屋の中を見ると、そこには武器防具などが山のように置かれた倉庫だ。特に整理されている訳でもないらしく、一応持ち主が誰だったか分かる物については、札のような物が付けられてはいる。それでもこの中から目的の者を探すとなると、本人でも苦労するなと思わずにいられない。
「せめて武器と防具を分けるとか、それくらいしなかったのか?」
振り返って二人に聞いたが、ユンガーはそっぽを向き、ハッドンはなんだか恥ずかしそうに頭を掻いている。
思わず溜息を吐きながら中に入り、二人に俺のサイズに合いそうな防具を選んでもらう事にして、とりあえず武器を探す事にした。なぜ武器を優先にしたのかといわれると分からないが、少なくともこの中から探すのであれば、まだ武器の方が探しやすかったからだと思うのだけども、それもいまいち理由に欠ける気がする。
「接近戦用の剣は必要だよな……」
独り言を呟きながら、適当に剣を見つけては、どうも合わないと思い次の物を探す。そんな中、黒光りする鞘を見つけた。
「これは……」
手にしたのはまさに日本刀。ちなみに打刀と呼ばれる物だが、さすがにタカオはそこまでの知識はない。それでも素人目に刀とすぐに分かる物であった。
ゆっくりと黒にツヤがある鞘から刀を抜くと、綺麗でありながらも、一つとして形が似ていない波紋を持ち、長さは二尺五寸で約七十五センチの刃渡り。ただ、タカオにとっては二十九インチ半という感覚。波紋は異世界だからか、日本に伝わる各種伝統的な形とは若干違っているが、当然それも分かるはずが無い。
一般的な日本刀が二尺三寸(六十九から七十センチ前後)なのに対して若干長いが、そういった知識がないため疑問にも思っていない。それでも普通の日本人から見たら刀であって日本刀であり、専門家でもないタカオに区別を求めるのが酷だろう。
また柄の部分は黒を基調としながらも、濃い紫で染め上げられたらしい紐で覆われており、刀身が長いことから柄も若干長い。梅紫と呼ばれる紫であるが、編み込みが優れているのか色が一色という事は無く、微妙なグラデーションを刻んでいる。
「カタナ……?」
思わず呟くと、二人がこっちを見た。
「変な武器を見つけたな」
俺が撮った刀を見て、最初にユンガーが声をかけながら近づいてくる。その声を聞いたのか、ハッドンがこちらを向いた。
「何かあったの?」
やはりハッドンは、訓練場にいる時とそうでない時に、どうやら性格が変わる感じがする。一体彼女にとって、どちらが本来の性格なのだろうか? 出来れば今の方が俺的には良いが……。
「刀があるんだな……」
「何? それは刀というのか? 変わった形の剣だとは思っていたが」
「ああ、刀と呼ばれる剣の一種だな。そういえばなぜ俺は知っているんだ?」
今まで持ったことすらないはずなのに、なぜだか刀とすぐに分かった。まあ、今は武器として使えれば構わないが。
刀には桜樺刀と銘が刻んであるが、制作者や製造年の銘は無い。それを静かに鞘へ収める。
「それが良いのか?」
ユンガーの質問に、思わず首を縦に振った。なぜだか持った感触も重量も、完璧に俺に合っていると思える。
「まあ、一応他の武器も確認してくれ」
ユンガーはそう言うと、ハッドンも一緒に防具探しへと戻る。俺はそのまま近くを見る。するとそばに小さな剣――脇差を見つけた。
それは鞘と柄が同じ古代紫でありながらも、ツヤのある光沢を放っており、何の飾りもないのにもかかわらず独特な存在感を放っている。
手に取りゆっくりと鞘から抜くと、刀身は僅かに紫がかった色をしている気がする。銘は桔梗丸とあり、これもまた作者と年代はない。
周囲を再度確認すると、埃を被った比較的小さな箱があった。それを持ち上げ近くの台に置くと、慎重に蓋を開ける。中には藍色で染め上げられた、見事な紐などが入っており、よくよく確認すると刀を腰に下げるための物が一式入っているようだ。
とにかくなぜこんな物があるのかは分からないが、武器としては悪くないと思うし、一度試し切りをしてみたくなる。
「確認だが、ここにある物なら何でも良いのか?」
少し離れた所にいたハッドンがこちらに気づき、それを首肯する。手には盾のような物があるが、正直あまり好みに合わないデザインだ。
「訓練場は開いているよな?」
今度はユンガーがこちらを向き、首肯した。
「少し試し切りしてくる」
そう言いながら、倉庫のような場所を後にする。二人は特に何も言わず、俺はそのまま扉を出ると、訓練場の方向を示す看板に従って歩いた。
昨日ならば通路で数人程度会う事もあったが、今日は誰にも会わない。それどころか、訓練場に近づくと静けさが増す。実際訓練場に到着すると、そこには誰もいなかった。
「これなら好きに出来るか」
そう言って、まずは刀を鞘から抜き構えた。手に馴染むように吸い付くそれは、まるで俺が最初から持ち主であったかのような錯覚さえ覚える。数度軽く振ってみるが、剣の覚えなどないはずであり、当然刀などの覚えもないはずなのに、手に馴染んだそれは綺麗な弧や直線を描いていく。
今度は脇差と交換し、軽く周囲で振ってみるが、これも同じように体の一部であるかのような錯覚さえ覚えた。
「武器はこれだな……」
ついでに持ってきていた鎧と留める道具類を見て、急ぎ倉庫に戻る事にする。もしこれがあるなら、その鎧も合っておかしくないだろう。むしろ合って欲しいと願うのだった。
――――――――――
結論から言えば、刀に合う鎧はなかった。それでも似たような物がいくつかあり、それらを組み合わせて着用する事にする。おかげで格好は胸だけが和式で、腕や足、腰などは洋式といったチグハグな形となった。それでも軽量重視の装備を選び、少なくとも動き辛いといった事だけはない。ある意味和洋折衷なのだが、やはりチグハグだと思う。
盾は一応いくつか候補を渡されたが、強度よりも取り回しの良さと、腕に着装できる物にする。刀を振る以上、両手で構えるのは当然であり、手に持つタイプの盾は邪魔でしかなかったからだ。
弓などの装備も考えたが、時間もあまり残されていない事を考え諦めた。
そして今はスキルの確認をするために、受付にいたオルニーの所にいる。ちなみにノルベルトは何か他に用事があったらしく、昨日の午後からいないらしい。まあ、街のどこかにいるはずだとの事なので、魔物の事については連絡が行っているだろう。
「それで、どの様なスキルを追加されたいのですか?」
「そうだな。あればなんだが、熱感知と刀術、小刀術がまず欲しい。それから疲れ難くするスキルも欲しいな。他には対象が味方かどうか判断できるスキルも欲しい」
「ちょっと待って下さいね」
そう言って、彼女は後ろの本棚からいくつかの本を取り出す。それを確認すると、俺の方に向き直った。
「どれもあるみたいですね。スキルレベルはいくつになさいますか?」
「そうだな……刀関係は出来るだけ上げたいが、二つを最大まで上げるといくつのSPが必要になる?」
「えーと、ちょっと待って下さい。最大となると……」
手元にあるメモ用紙のような物に数値を記載していき、何度か本と数値を比べた後に頭を上げて俺を見る。
「一つを最大にした時が、武術系統の場合は300のSPを使用するので、2つですと600ですね。ですが、剣術にしても最大値まで上げた方など聞いたこともないのですが……」
そう言って彼女は俺の法を怪しむが、俺としてはまだまだSPが余っているのであり、その程度なら問題がない。
「ちなみに今、確か剣術がLV5だったよな? それを最大にするにはいくつ必要だ?」
「えーと……残りは252ですね。ですが、本気ですか? 一つだけでもLVを最大にした人など、先ほども申し上げましたが……」
「気にせず、最大値に全部してくれ」
そう言ってステータスカードを渡す。それをクリスタルの上に置く彼女の顔は、正直引き攣っていた。
「はい、これで完了です。ですが、ステータスと体が馴染むまでに、肉体系のスキルですと1時間から2時間は必要ですので、その辺は気をつけて下さい」
「ああ、もちろん。ついでだが、これとこれを……」
そうやって確定スキルは次の通りだ。
基本スキル系
・ステータス開示
・着火
・洗浄
・時間
・地図LV5→LV10(+5)
技能スキル系
・調理LV5
・ナイフ術LV5→LV10(+10)
戦闘スキル
・体術LV10(+300)
・護身術LV5
・格闘術LV5
・剣術LV5→LV10(+252)
・刀術LV10(+300)
・小刀術LV10(+300)
・弓術LV5
・大弓術LV5
・盾術LV5
魔法スキル
・初歩魔法→中級魔法(+50)
・火魔法LV4→LV8(+600)
・水魔法LV4
・風魔法LV4
・土魔法LV4
・精霊魔法LV4
・召喚魔法LV4
・妖術魔法LV4
・回復魔法LV4→LV10(+1720)
戦闘補助スキル
・感知LV5→LV10(+15)
・隠密LV5
消費SP 3522 残りSP 468
火魔法をLV8にしたのは、これから殲滅船だと言うことなら、当然火力があった方が良いだろうと思い、体術をスキルとして覚えていなかったので、ついでに最大値にした。ナイフ術のSP消費が低いのは、そもそもナイフ程度は生活系スキルらしく、消費SPが極めて少ないらしい。どちらかというと素材の剥ぎ取りや採取に使う物で、LVも本来ならそのままでも良かったのだが、何となく最大値まで上げてみた。その結果、SPを大量消費して受付の彼女は俺のことを化け物でも見るかのような顔をしていたが。
これでもまだLV0の状態で、魔物を倒せばその分LVがあがり、SPが増えるそうだ。これからの戦闘が楽しみで仕方がない。
――――――――――
装備とスキルを整え、敵が到着する予想時刻まで30分程残すだけとなり、俺も防衛陣地に到着した。
何度か刀などの装備を点検し、少なくとも普通に扱えそうだという自信が次第に付いてくる。まだ十全とまでは行かなくとも、8割方は扱えそうだ。敵到達時刻には少々間に合いそうもないが、こればかりは仕方がないだろう。
『地図レベルと感知レベルが規定値以上に達したことを確認しました。これよりスキル統合を行います。ステータス開示、時間、地図、感知が統合され、情報スキルとなりました。以後、情報スキルに疑似人格が発生します。初めまして、マスター。マスターの情報スキル疑似人格を司ることになりました。私に名前を付けて頂いてもよろしいでしょうか?』
いきなり脳内でそんなアナウンスが出て、思わず周囲を見渡す。
『マスター。私は疑似人格のため、他の方には見えません。マスターの脳内に直接呼びかけております。ご返事は思考するだけで結構です』
驚いて、ステータスカードを見ると『情報』というスキルがあり、アナウンスがあったようにステータス開示、時間、地図、感知が消えている。
思考すれば良いと言うことは、考えるだけで良いのか?
『はい、その通りです、マスター』
ちょっと考えただけで、疑似人格が反応した。これではなんだか見張られているような気さえする。
『その点は大丈夫です。マスターの秘密をこちらから開示する事は、私には出来ません』
スキルが統合されて、何か良いことになったのか?
『はい。今回のスキル統合により、周囲の様子などを私が代行して監視することが可能です。ですのでマスターが眠っている際にも、常に周囲の状況は私が監視しますので、何かマスターに問題が起きそうな時は、事前にお伝えできます』
便利なのか? まだ良く分からないな。しかし名前か……。
『呼びやすい名前で結構ですので、よろしくお願いします』
うーむ……この疑似人格は、そもそも男性なのか、女性なのかが問題だな。頭の中に響く声は、中性的でどちらとも言える。
『名前が決まっておりませんので、現在どちらでもありません。ご要望でしたら、命名後もこのままで構いませんが』
ふむ……それならエデムはどうだろうか?
『一般的に、それは腫瘍を指す言葉ではないでしょうか? マスターがそうお望みなら、受け入れますが』
いやいや、腫瘍じゃない。先進的思考型多目的疑似人格と言う言葉が思い浮かび、その略称としてなんだかそんな言葉が思い浮かんだだけだ。まあ、多分略称として間違っているとは思うけども。
『エデム……恐らくはErweiterte Denken-Typ Mehrzweck -Pseudo-Persönlichkeitを解釈されたのかと思いますが、そういった理由であれば結構です。これからはエデムと名乗らさせて頂きます。男性名に近いと思われますが、男性的音声に変更しますか?』
いや、このままで構わないな。中性的な方が、中立的な思考が出来る気がするだけだが。
『分かりました、マスター』
マスターという呼び方はなかなか心くすぐるな。
にしても、これまでのやり取りがほんの数秒。思考が早くなった気がする。
『はい、マスター。思考の代理演算で、一般的よりも早く物事を考えられるようになっておりますので』
なんだか便利になった。まあ、それよりも今は向かってくる敵が問題だ。
『マスター。マップに敵の進攻状況及び種別、到達予想時刻、数を表示します』
すると半透明なウィンドウのような物が目の前に現れ、赤系統の色を使った敵の進攻状況と、ここまでの予想到達時刻などが表示される。数は……2万を超えている!?
『現在の索敵範囲において、正確な表示です。敵兵力の主体はオークが4割、ゴブリンとその亜種が4割で、残り2割がそれ以外となっております。また今のところ183体のAランクの魔物を捕捉しております。列挙しますか?』
いや、そこまではいい。むしろかずが20倍も違うことの方が問題だ。
『マスターなら一人で十分に討伐可能な数ですが?』
は?
『マスターの持つ魔力や武器を用いてなら、この100倍でも問題ございません。ただ、その場合は地形が変わる魔法を使用することをお勧めします。今回に関しても、先手として魔法で焼き払えば大半を無力化できます。使用する魔法は通常の火の玉――マスターですと火弾の超並列詠唱で、今から20分後に魔法を行使すれば9割を無力化可能です。この場合魔物の死体が残りますので、少なくとも魔石の確保も行えます。それよりも強力な魔法を行使した場合、魔物そのものが蒸発してしまいます。討伐したかどうかはステータスカードに記載されますが、疑われることとなりかねません。死体が残るという意味でも、火弾のご使用をお勧めいたします。効率的な使用時間はこちらで指示します。並列詠唱は私にお任せ下さい』
なんだか新しいスキルだかなんだか分からないが、便利になったと思う。
「ちょっと良いか? 俺のマップ機能と索敵を行使すると、向かってくる魔物の数が多いと思うんだが?」
近くにいた指揮官らしき普人の男に声をかけた。基本的に兵士は皆同じ鎧姿なのだが、一人だけ肩に身分証らしき☆が2つある黒帯を付けている。
「本当か!? どのくらいの規模か分かるか?」
流石にエデムの事を話しても信用などしてもらえないだろう。一般に認知されているスキルで話を合わせる事にする。
「俺の気配察知だと、万単位の可能性を否定できない。このままでは蹂躙されるだけだと思うが、そちらが良ければ、俺の魔法を使えばある程度先に数を減らせると思うんだが、どうする?」
しばらく悩んだ後、先に一応偵察をするとの事だ。まあ最初の情報では千程度の魔物だというのに、俺が万単位などと言ったら、すぐには信用しないのだろう。俺だって多分信用しない。
偵察隊が出ている間、俺はマップで様子を確認する。どうやら次々とマップのエリア外から魔物が侵攻しているようだ。数は既に三万を超えている。この街の人口が約五万三千という事をすでにマップで確認済みだが、戦闘要員としてカウント可能なのはせいぜい二万。常備兵力は千でしかないし、冒険者の総数は二千程だが、その中でまともに戦えそうなのは三分の一程度だ。つまりすぐに兵力として期待できるのは二千七百程度だが、兵士の全てがこちらに来ている訳もなく、冒険者の総数と合わせても、その数は二千五百程度でしかない。そしてまともな戦力としてカウントできるのは千二百程度。このまま街を守るのは無理だろう。
『街の男手を全て頼っても、これでは勝てないでしょうね』
エデムが俺に伝えてくる。エデムの情報では、どうやら数匹だがSランクの魔物もいるようだ。特に目立つのはエンケラドスというSランクの魔物で、巨人タイプ。エデムによると、一般的に最低でも身長780インチを超え、大きい物だと2000インチを超える物もいるらしい。俺のマップ機能では、1400インチほどの身長もある巨大なエンケラドスが一匹捕捉されている。
他にもSランクの魔物としてステークスケルベロスという魔物を二匹捕捉している。二つから五つの頭のある犬型の魔物らしいが、体長は最低でも400インチはあり、炎を吐いたり毒を吐いたりする魔物らしい。ほとんど時間をおかずに全ての頭を潰さないと倒せないという魔物らしく、頭さえ一つでも残っていれば多少時間がかかっても胴体ですら回復させるという厄介極まりない魔物だ。
「この街の兵力じゃ、とてもじゃないが無理だよなぁ」
周囲に一応聞かれない程度の声で呟く。実際この街にはSランクの冒険者はいないし、それと同程度の力を持つ兵士がいないこともマップで確認済みだ。
『偵察に出ていた者達が潰走していますね。十名の偵察隊を放っていましたが、残りは三名です。うち二人は怪我を負っていますし、特に一人は移動に支障が出る怪我を負っているようですので、こちらに戻ることが出来るのは一人だけでしょう』
少し意識を切り替えてマップを見ると、確かに三名が街に向かって逃げているのが分かる。そのうち一人は魔物の集団に追いつかれそうだ。もう一人も今の移動速度だと、街に到達する前に魔物の波に飲み込まれるだろう。一人だけ移動速度が速いので、馬に乗っているのかもしれない。まあ、細かい所までは確認しないが。
魔物はご丁寧にも東門だけを目指しているようだ。まあ、数からして分散していなくても十分に蹂躙できる数ではある。既にマップでは五万の魔物をカウントしている。この街の人口に匹敵する規模だ。
マップを確認していると、一番遅れて逃げていた一人が、魔物の集団に飲み込まれた。もう一人もさほど時間をおかずに飲まれるだろう。唯一助かりそうな一人は、あと三分もあればこちらに戻って来る。
『マスター、どうなさいますか?』
どうもこうも、大規模魔法を何度か使って殲滅するしかないだろうに。分かってて聞いているというか、まあ、俺のスキルが統合された、疑似人格なんだろうけども。
最初に大規模魔法で吹き飛ばしつつ、残りを各個撃破するしかないな。Sランクなどは、俺が受け持たないとどうしようも無さそうだ。
少し離れた所で、何か騒がしい。どうやら偵察に出ていた生き残りが戻ってきたようだ。さてと、重い腰でも上げるか。




