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飲み比べ 意固地 彼女の事 ~ 小夜 ~

本日二話目。

ご注意ください。


毎年の生産数が限られているこのブラックドラゴンという酒は、例え権力者であっても大量購入は出来ない。


毎年一人一本の入手は何とかなる。飲兵衛たちはこの一本の為に、毎年発売日前に若干の借金をするのだ。


貯金しておけと彼方から聞こえてきそうだが、飲兵衛達はその日使える酒代を貯めこむ習慣は無い。


伝手を使って二・三本買い溜めする位はいいのだが、ある商店が転売を目論み、人を雇って大量に買い占めたことがあった。


ちょっと無理すれば手の届く酒が、逆立ちしても手に入らなくなった。


酒飲みの恨みは恐ろしい。


この話しは瞬く間に広がり、なんと堅気の者から裏稼業の者まで結託するありさま。


結果、この商店はこの酒の転売どころか、通常の商売まで立ち行かなくなり、最終的には購入価格より安く販売することでようやっとの終息を見た。


街に愛されたこの酒は、この一件により余計な手出しは出来なくなった。


自分の購入分を飲み終えてしまったら、新たな購入は難しい。来年まで待つか、この様に他の者から譲ってもらうしかないのだ。




「なに、タダで横取りしようという訳ではない。そこの彼には私から別の酒をプレゼントしようではないか。君、酒のリストやらを持ってきたまえ」


自身の寛大な提案に酔っているのか、荒い鼻息がここまで聞こえてくる。酔うのは酒だけにしてほしい。


「ちょっと待ってください。それは私が貰った酒です。しかも来年を心待ちにしていたのが今晩飲めるとか、見過ごせるわけがないでしょう?」


「そいつは私に無礼を働いたのだ。それを鑑みれば、ブラックドラゴン十年は私が───」


「そちらの事情など知りませんよ」


いや、洩らさず知ってるんだけどな。


「な、なら、ならば勝負して買った方が権利を得るというのはどうでしょう!」


上擦った声で男爵様の客が提案してきた。男爵サマ、自分の客に気を使わせちゃいけない。


「どちらが沢山呑めるか、飲み比べと行こうではありませんか!」






男爵様は二つ返事で了解し、俺に水を向けて来た。ひょっとして結構な酒豪で、勝算があるのだろうか?


今日はまだ蟒蛇(うわばみ)さまへお参りに行ってない俺からすれば、勝利確定で申し訳なさすぎる。


だが周囲の目もあるし、上手く不自然の無いように勝たないとな。


飲み比べの為に奥の男爵様の席へ移動する。こんな入り口に近い席だと、他の客に丸見えだからだ。


奥の席に着くと男爵様は当然上座のソファへ。


もちろん隣には彼女が侍っているが、彼女も仕事だ。俺も嫉妬できる立場にないし、割り切れているからどうと言う事は無い。


反対側の席は背もたれも無い丸椅子だ。通常ならば店の女の子たちが座る椅子で、ちゃんとクッションも利いている。


うん、これはこれで都合がいい。ゆったりソファにもたれていたら、酔いが早く回りそうだしな。


「がんばってくださいねぇ」


隣の椅子に座ったアーヘラが、またもや腕に抱き付いた。


”ぞくっ”


一瞬の威圧。


反射的にアーヘラが飛び退き、小声でつぶやいた。


「ちょっとしたスキンシップなのにぃ。レイラ姉さん怖すぎ……」


言葉は発していなかったが、彼女は割り切れていなかった。きっと表情も変わっていないのだろう。




座って待っていると、テーブルに続々とシュナップスとショットグラスが並べられていく音がする。


一応チェイサーの為の水も用意されるが、酒豪と自負しているのであれば、意地でもこれに手を伸ばしたくないだろう。


だが男爵サマに意地を張られて死なれても嫌なので、折を見て俺から手を伸ばす事にする。


「十本だから、半分にして五本先に飲んだ方が勝ちだ。チェイサーも用意されているが飲んでる余裕はあるかな?」


のんびり一晩で一本空けるのも飲み過ぎだと言うのに五本早飲みで競うとか、この男爵サマの正気を疑ってしまう。


大分こちらを侮っているようだ。恐らく男爵サマは二本は確実に呑め、三本は怪しいのではなかろうか。それでも十二分に酒に強いのだけどね。


「酒は楽しく飲まなきゃダメですよ」俺がショットグラスを掲げるとアーヘラが最初の一杯を注いでくれ、口元に寄せるとアルコール臭が鼻に付く。


「ふん、美人の酌だ。楽しくないはずがなかろう」男爵サマの軽口に、アーヘラと彼女が上品に笑い声をあげる。


愛想笑いに聞こえない辺り、この店のオネエサマ方は格が違う。


「乾杯」

「っ乾杯!」


一気に流し込むと、それは特徴的な味や香りもない唯酒精の強い液体だった。


ほぼ同時に飲み干すと、ショットグラスをテーブルに音を立てて置くのも同時だった。


「さあ、もう一杯行こうか」


乾杯が一拍遅れたくらいで舐めやしないから男爵サマ、そんな迫力のある声を出さないでほしい。




「───でね、あの店のペアの情感たっぷりな歌は試す価値あるわぁ」


「男女ペアの吟遊詩人とは珍しいな。専属?レパートリーも結構あるのか?」


「専属なのよ~。レパートリーも豊富らしいけど、店に入れる人数も限られているでしょ?行きそびれている人の為に、今月いっぱいは第八部らしいわよ」


「ほほう……それd」


「勝負中だぞ、黙って飲めないのか!」


俺がアーヘラと雑談しながらシュナップスの杯を空けていると、男爵サマから苦情が入った。


「ちゃんと飲んでるのですからいいじゃないですか。もう二本目ですよ。楽しく談笑しながら酒を飲む。何がいけないので?」


そう言いながら俺は、満たされていた酒をクイッと空ける。


「減らず口を叩くな!」


「そう言われましても……こんな目をしてるので、黙って飲むのも退屈なんです。男爵サマも、隣にはこの店一番の器量良しがいるのだから、楽しめばいいじゃないですか」


「あら、いいのは器量だけかしら?」


隣の彼女も絡んでくる。


「っと、これは失敬。美貌も店一番でしたね」


「まぁお上手。目が見えないのに美貌も店一番だなんて」


「サルクロッドの中で一番と言わない所が、レイラ姉さんの奥ゆかしい所よねぇ」


「これは一本取られました!言い直しましょう。この店で一番、私が大好きな”美声”と」


”はっはっは”とか”うふふふ”と三人で笑っていると、取り残された一人から”ぐぐぐ”と聞こえてくるので、すかさず気勢を削いでいく。


「では、レイラさんにかんぱーい。男爵様、はい乾杯っ」


「かっ乾杯!」


ぐいっと空けるとすかさず注がれた。


「アーヘラに乾杯!」


「乾杯!」


飲み干すと三度(みたび)注がれるので繰り返す。


「この店の美女たちに乾杯!」


「「「かんぱーい!!」」」


乗って来た周囲の席からも、乾杯の声が上がる。この様な高級店では珍しい事だ。立て続けに三杯飲んだが、男爵サマは大丈夫かな?




その後も乾杯が続くと、お互いの二本目が空になる。


三本目の封が切られたが明らかに男爵サマのペースが落ちるので、少しリードした辺りでこちらのペースも落とす。


「アーヘラ、水をくれ」


俺の言葉に男爵サマが反応する。


「なんだ、少しリードしたからってもう勝ったつもりか?」


そこにアーヘラが水を手渡しながら耳打ちしてくる。


『男爵サマ、目付きが怪しいわぁ。酔い潰れるのも直ね』


その言葉に対し、彼女の太ももを叩いて同意を示す。


「いえいえ。リードしていても潰れてしまってはこちらの負けですから。そういう男爵様こそ大丈夫ですか?ろれつが回ってないようですが?」


「あっ」


”ぐっ…ぐっ…ぐっ…ぷはぁ”


彼女の声と喉を鳴らす音……こりゃ水を一気飲みしたな。


「ふんっ。お前の言う通りだ。潰れた奴が負けだ。───俺はまだまだいけるぞ!……かんぱいっ」


「乾杯」


気合を入れ直した男爵サマに付き合って、俺も杯を重ねていく。……早く潰れてくれないかな。




男爵サマは明らかにペースダウンし、酒を注がれてもすぐには口を付けず、手の中で酒を温める時間が長くなった。


するとペースを合わせている俺の杯の酒も温くなっていく。


「おまえ…ペースが、落ちてるぞ……降参する、なら、いまのうちだ……」


赤ら顔でろれつが回っていない人に強がられてもなぁ。


「しかしおまえ、マスクの、せいで、顔色が分からん、じゃないか。はじゅせ!」


あ、最後で噛んだ。


それに免じて外してやるか。


「ん~?あまり、かわっている風にぁ、みえんな……」


「男爵様、あれは変わってないのではなく、顔色が悪いのですよ」


彼女が俺の顔色を”一周回って具合が悪くなっているのですよ”と言い包める。


「しょ、そぅだろう。あれだけ飲んで、かおいろ一つ、かわらんやつが、いて、たまるか」


一気に口調が怪しくなったな。




にも拘らず飲み続けていく。


流石に今飲んでる三本目はブルーベリーを加えたシュナップスだ。味も香りも変化があるのは助かった。


そのお蔭だろう。


男爵サマもチェイサーを飲みながら、ようやっと三本目を空けようとしている。


俺はと言えば一足先に飲み終わり、絶賛演技中だ。


ショットグラスはテーブルの上で、俺は水の入ったグラス(チェイサー)をゆっくり飲んでいる。


傍目から見れば、相手より先に一区切り飲み干し回復を図っているが”これ以上飲みたくない。先に潰れろ!”と見下ろしている、と言った所だ。


”ガンッ”


”プフゥ”


目の前では男爵サマが三本目の最後の一杯を飲み干したところだった。


男爵サマ、口の端から結構な量のお酒が零れている様に見えますが?……ノーカンにすると拗れるだろうから、見なかった事にしよう。




しばらく呼吸を荒くしながら沈黙を続ける男爵サマ。


対して俺の演技は、呼吸が落ち着いているように見せかけているように見せかけている演技だ。


───自分で何を言っているか分からなくなってくるな、これは。


「男爵様、提案があるのですが」


「なんだ」


「引き分けにしません?」


「降参じゃないのか?俺はまだ飲めるぞ」


「そうでしょうとも。俺だってもう少し行けます。ですがこの先は泥沼ですよ」


俺は瞑っていた目を開いて男爵サマを見る。


大きなテーブルの対面の彼は、二メートル以上先にいるのでどんな姿をしているか分からないが、薄っすらと見える姿は挙動がおかしい。


俺の目のせいか?


彼女によると俺の目は、大きな黒目の焦点の定まらない目をしているという。


「どうですか?」


「そ、そうだな。お前の言う通りだ」


なんとあっさり頷いた。ではこのままこっちの意見を押し通すか。


「ではブラックドラゴンの十年物ですが……キープしておきましょう」


「ボトルキープか?」


「そうです。私もよくこの店を利用するので、次お会いした時に二人で飲みましょう。どうですか?」


「分かった、分かったからその目を閉じろ」


そんな反応されると少し傷つくのだが。


ひょいと隣のアーヘラを見ると”ん?”と小首を傾げている。


シミ一つない肌の目元がパッチリとしたキュートな顔立ちに、セミロングの髪をウェーブさせている。


しかし視界は白黒だ。


そして俺の目を見つめるが特に拒否反応はない。男爵サマは俺の目に何を見たのだろう。


俺は目を閉じると、目隠しを付け直した。




「折角なので一杯くらい飲みましょうか」


既に飲み過ぎなのだが、味見せずにはいられない。小さなショットグラスにしたくらいでは、自重したとは言えないかもしれない。


杯二つ満たされる。


「では乾杯」


杯は掲げられたが返事は返ってこなかった。


構わず口に含むと、まずはちみつのような香りがした。その後にはあんずの香りと仄かにタール臭が鼻を抜けていく。


他にも多くの香りを感じるのだが、具体名が出てこない。香りを個別に嗅げば表現できるのだろうが、そういう意味では勉強不足だ


味としては少し渋みがあるだろうか。この酒は香りを楽しむ酒だとつくづく思う。


そうして最後の一口を飲み干すと、前から悲鳴が上がる。


「大変!アーヘラ、布巾取って!」


香りが広がった所を見ると、どうやら男爵サマが酒を零してしまったようだ。


様子を伺っていると男爵サマ、殆どシャツに零してしまったらしい。もったいない。




「あーあ、男爵サマったら」


本人を目の前にして、アーヘラが聞こえてしまう音量で声を上げる。


「どうした?」


「ソファに寄りかかって潰れちゃった」


「「「はあぁぁ」」」


!?溜め息が一つ多い。


「どうしましょう、お待ちになります?お帰りになられるのであれば、伝言を承りますが?」


「ははは。私そっちのけで勝負していましたしね。日を改めて一席ご一緒しましょうとお伝えください。私はここらで失礼します」


男爵サマのお客様だった。接待そっちのけは不味いだろ。


だが見事な気配隠蔽っぷりだった。あの調子で気配を隠されたら、果たして俺は気付けただろうか。






俺は手酌で自らの酒杯を満たしてテーブルの奥へ置き、小さく二回手を打ち鳴らす。


「アーヘラも一杯飲むか?」


「飲む飲む!あーっとと、ストップ!」


新しいショットグラスに注いでやってアーヘラに手渡すと、打って変って吐息を漏らしながら大事に飲んでいった。


その間に彼女に向けて”どうする?”と声を出さずに口を動かすと、、彼女からは”先に帰っていて”と二人だけの合図のリズムで手を小さく打ち鳴らす。


「じゃ、俺もこの辺で」


そう声を掛け男爵サマの傍によると、気付かれない様に頭に手をのせて酒精解毒をして踵を返した。


立ち去る俺の後ろでは、ソファに寄りかかって耐えていた男爵様がずり落ちて来るが、彼女はその頭を支えてそっと自分の膝へ導いていく。


気付かぬ俺は、うらやまけしからん!と抗議の声も上げられない。


男爵様が膝枕に気付くのは何時なのだろう。






★☆★☆






未だに気付かない男爵様を膝に乗せたまま、私は神に捧げられた酒杯をクイッっと飲み干す。


ん、美味しい。


でも愛しい人、お酒はちゃんと祭壇にお願いしますね。でないと奉納していただいた回数に、酒神は勘定して下さいませんよ。


一応この希少なお酒は、私の身を介して酒神にお届けします。


ああ、この化身(アバター)はこの先ずっと、貴方と共にありますから。宜しくお願いします、愛しい人。




”俺”と”彼女”のとある一日はこれにて終了。


感想を、と贅沢は申しません。評価ボタンをポチポチ押していただけると嬉しいです。


ブクマもしていただけると泣いて喜びます。


では、またどこかで。


お読みいただきありがとうございました。

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